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浩之のバイト

「じゃあないいんちょ、また明日」
「藤田くん、あのゲーセンでバイトしてるんやろ?」
「ああ、月曜からな。暇があったら塾の帰りにでも寄っていきな」
「そうやね、で時間は何時までなん?」
「時間は……」



いいんちょと付き合うことになったオレは、夏の旅行の為にゲーセンでバイトバイトを始めた。
見知ってる場所ってこともあるし何より通学路の途中だ、店番とゲームのメンテだけってのもおいしいよな。 これで時給は、割といいんだこれが。
さてさて、今日も元気に頑張りますかね。
数日の経験からいって夕方から学生が、そして入れ替わるように会社員がやってくる。 九時以降ともなると、人もまばらにしかいなくなる。
以前は、クレーンゲームやプリクラ目当てで来ていたカップル層が出てくる時間だが、最近出来た郊外の大型アミューズメント・スポット『ZEGA』に見事に持っていかれてている。
ここの店長もクレーンゲームの景品を変えては、客を呼び戻そうとしているが今のところ効果は無いようだ。



「さて、暇になってきたねぇ」
そんなことを呟きながら、サービスカウンターにいると…。
ん? 見なれた女の子発見! って、あれいいんちょじゃねーか。 店内をキョロキョロ見ている、オレを探してるって感じだな。
「おーい、いいんちょ。ここだ、ここ」
オレに気がついたみたいだな、小走りに駆け寄ってくる。
「塾は終わったのか?」
「うん、今日は早ぅ終わったから、ついでに藤田くんの様子みよう思うて。 ……ふぅん、わりと似合うとるやん制服」
「ん? そうか?」
「うん、イケてると思うわ」
物珍しそうにオレの姿を上から下まで見ると、いいんちょはウンウンと一人頷いた。
そうか…イケてんのか。 ちょっと格好をつけて「フッ」と笑って言ってみた。
「まあな、いい男はなに着ても似合っちまうからな。」
「あほ、すぐ調子にのるんやから」
微笑みながら言ういいんちょ。
とか言いながら、いいんちょはまんざらでもないようだ。 かわいいねぇ。
「いいんちょ、オレにほれ直すなよ」
「!…アホ…」
顔をほのかに赤くして、うつむくいいんちょ。 うーん、イイねぇ。



ラブラブ気分に浸っていると、大きめの声が聞こえる。
「おーい、藤田君。ちょっと来てくれ」
おっと、店長のお呼びだぜ。 いいんちょに「悪い、また後でな」と言って分かれるとスタッフルームに向かう。
さて今度は何ですかぁーっと。
「藤田君、このぬいぐるみの補給しておいてくれ」
店長は透明なビニール袋と鍵をオレに手渡した、羊のぬいぐるみだった。
しっかし……でかい。 なんて、でかいんだ。
羊くんは長さ30cm×高さ25cm×幅20cm程の、とんでもなくデカイぬいぐるみだった。
サタレイ・シープの通称「プーくん」ぬいぐるみ。
収集用ごみ袋並みのビニール袋に、たった六つ。 って、こんだけかい! 思わず心の中で、ツッコミを入れてしまった。
なんだかなぁ、物珍しいのは認めるけど効率悪くねーか? これ。
まぁいいや、それじゃ、補充しましょうかねぇ。 さっさと終わらせて、いいんちょと話をしますか。 鍵で扉をあけてポイポイポイッ、はい終り。
鍵を閉めると、袋と鍵を返して店長にお伺いを立てる。
「あの、知り合いが来てるんでチョット時間いいっすか?」
「ん? ああ、暇な時間だしね。いいよ」
お許しをもらったところでいいんちょを探す、いたいたクレーンゲームにいましたよっと。
確かあの筐体は景品が水平に並んでるタイプだな、そいつが複数列あって挟み取るタイプだったはずだ。 難易度は5段階評価で2、つまりEASYってとこか。



「戦果はどうだ、いいんちょ」
オレは近づくといいんちょに声をかけた、いいんちょはジッとガラスを見つめたまま動かない、心なしか表情は硬い。 おかしな雰囲気に気づいたオレは、いいんちょに更に声を掛けようとしたがいいんちょの声に遮られた。
「なぁ…、何でかなぁ?」
はい? 何が? とオレが返すよりも早く。
「何で取られへんのかなぁ、こんなもん…」
その声には、自嘲的な響きさえ感じられた。 あちゃぁー、轟沈かよ。
ここはなだめて、おとなしくなってもらわなきゃ。 以前みたいに台でも蹴られた日にはオレは首、よくても二人して出入り禁止だぜ。 何とかフォローをしようと声を掛ける。
「そ、そりゃ、ゲームだしな。 取れない時もあるって、ハハハ。 前に言ったろ早めに見きるのがコツだって。 で、い、いくら注ぎこんだんだ?」
もう少し余裕を持って喋りたかったが、乾いた声が出るばかりだ。
「……」
何やら喋ったようだが、オレにはまったく聞こえない。
「えっ、なに?」
言った瞬間に後悔した。 マズイ、マズイよ、こいつは。
「…えんや」
語尾だけしか聞こえない、だが重々しい響きが言葉にまとわり付いていた。 やべぇ、きてるよいいんちょ。 もしかしてオレは、触れ得ざる者に触れてしまったのか?
するといいんちょが、スッとこちらに向き直る。 照明の光が眼鏡に反射して視線は見えないが、口の端がヒクヒク痙攣している。
何を言っていいかと戸惑っているオレに、いいんちょは近づき両手を差し出した。 その両手はゆっくりとオレに伸びてくる。 そして胸ぐらをグッとつかむと、
「2000円やいうとるんやぁ! 何回言わせたら気ぃすむんやぁ! この、どあほ!!」
店中に響き渡る大声量で怒鳴りつけた。 あまりの迫力に硬直するオレ、いいんちょはそれでもお構いなしで詰め寄ってくる。
「取れる思うてたんや! こんくらいなぁ! でもやってみたら何やこれ? 欲しいのは奥の方やし、落し口近くは図体のでっかいもんでブロックしよる。 おかげで見てみぃ!」
いいんちょはオレの胸ぐらを引っ張ると、ゲーム機内を覗かせた。 硬直しながらも状況を確認すると。 ……なんだ、こりゃ。 同じ種類のストラップが落し口辺りに散乱している、奥の方ではきれいに一列空列が出来ている。
思わず口からこぼれる一言。
「ひでぇ…」
「ひどい? 何がひどいんや? 言うてみい!!」
うっ、火に油を注いじまったよ…。 このままじゃオレの命が危うい、何とかフォローしとかねぇと…。
オレの思いを知ってかどうか、言葉を待ってるいいんちょ。 おーい、睨んでる、睨んでるよ。
「いっ、いやっ! ひどくはない、ひどくはないけど…。 凄いと言うか何ていうか…。 あっ、欲しかったのってこれだよな?」
慌てて取り繕いながら周りの様子を伺うと、店員の居ないことを確認して素早く筐体を開ける。 そしてストラップを取り出すと、急いで鍵を閉めた。
何処かで見たことがあるような、黒髪・長髪のおとなしそうなキャラクターだ。
「ほい、これで機嫌なおせって、な」
なるべく違和感のない笑顔を見せながら、いいんちょにストラップを渡す。



「……」
差し出されたストラップを見ながら、うつむくいいんちょ。
「ん? これじゃねーのか? じゃあこっちの緑髪のロボットか? それとも赤いお下げの女子高生か?」
オレの言葉に無反応ないいんちょ。 なんだ? 欲しくねーのか?
数瞬の沈黙のあとに、いいんちょは言った。
「…どう言うつもりやの、藤田くん…」
「は? どういうって……」
「これは『袖の下』ちゅうやつか?」
……オイオイ、何かイヤな方向に話しが向いてきてねーか? これじゃオレが悪者じゃねーかよ。
いや、それより怒りのはけ口が俺になっているって事は、命の危機だ。
何とかしないとマズイな。
「いや、そういう訳じゃ…」
「ええ度胸しとるやないの、かつて『関西の双璧』・『神戸の龍』言われた私に…」
『関西の双璧』? 『神戸の龍』? ってオイ、向こうで何してたんだよいいんちょ。 と心の中でツッコミながら、何とかなだめる方向で会話を進める。
「い、いやっ、これは……その何だ。 ホラ前に約束したじゃねーか、サービスするって…」
苦しいっ、苦しすぎるぜオレ様っ! …くはぁっ! 空気が固体化してるぜ、神様ァ何とかしてくれぇ!
「……」
「いや、本当だって、サービス・サービスゥってな」
……寒いっ、寒すぎんぜ。 自分でやっててピエロ以外の何者でもない。 でもここでいいんちょに爆発されたら、ってもう爆発してるか。 しかしクビだけはなんとかしねーとな。
「……」
「は、はは…」
上目遣いに俺を見ているいいんちょ、睨んでるよ、オイ…。
そう思っていると、ボソッといいんちょが呟く。
「…メガネの娘や…」
「はい?」
再びキッと睨んで、表情を硬くするいいんちょ。 あっちゃー。
「メガネの娘!」
「お、おう!」
オレは反射的に返事をすると、急いで扉を開けて『お下げでメガネの女子高生』ストラップを取り出す。 ……なんかよく知ってるような気がするんだけどなァ。
そんな事はすぐに忘れて、急いでいいんちょに手渡す。
「これでイイのか?」
オレからストラップを受け取ると、いいんちょはうつむいて一言言った。
「うん、これでええよ……」
ふー、何とか危機は去ったようだぜ。 後はアフターケア−だな。
オレは時間を確認すると、いいんちょに言った。
「もうすぐ終わるからさ、表で待っててくれよ」
「…うん」
何とか素直に聞いてくれた、さてそんじゃ帰り支度をしょうか。
一息ついてカウンターに行くと、店長がいたので挨拶をしておいた。
「あ、もう時間なんスけど、あがってイイですか?」
「ああ、そうだね。 ご苦労さん」
更衣室で着替え終わって外に出ようとした時、店長から声が掛かった。
「藤田くん、チョット」
「はあ、何スか?」
何やら真面目な顔をしてる、オレなんか言われるような事したっけ? そんな事を考えていると、
「さっきの女子高生、藤田くんの知り合い?」
わちゃー、シッカリさっきの見られてたんだ。 そういや、いいんちょかなりの大声で叫んでたもんな。 って事は、景品あげたとこも見てたんだろうな…。
「す、すいません。 あの…」
俺の声を遮って、店長は言った。
「イヤ、まぁいいんだ」
「はい?」
オレは思いっきり間抜けな変事をしていた。 厳重注意とか、給料天引きとか、クビとかを想像していたオレの思考外の返答だった。 そして店長は続ける。
「藤田くんの彼女だって言うならいいよ、今度からは騒がないように言っといてくれ」
なんか、穏便に済んでる…。
「それに、あの娘からは回収してるから。 損益じゃないしね」
…いいんちょ、かなりハマってるんだな。 というか、やめろよ、向いてないって。
オレは、はぁーと深くため息をつくと、店長が袋を差し出す。
「これで彼女のご機嫌をとってこいよ」
袋の中を見ると、景品のぬいぐるみが入っていた。
「いいんスか?」
「お得意様をなくしたり、悪い評判を立てられることを考えりゃ、こっちの方が建設的だよ。 ほら早く行きなって」
「ありがとうございます。 じゃあこれで」
ふーん、以外や以外、話のわかる人じゃないか。 などと考えながら表に向かうと、いたいた。
「おまたせ、いいんちょ」
「藤田くん」
何か機嫌は直ってるみたいだな、よかったぜ。 何よりクビになってない事がよかった。
「あのな、藤田くん、さっきは……ゴメンな。」
いいんちょは熱くなり過ぎなんだよ、と言いたいところだが、ここは我慢。
「あー、あれか、いいよ今度からは気をつけてくれよな。 いいんちょとの旅行のためのバイトなんからさ」
「うん」
チョットしおらしくなってる、いいんちょもいいかな、何て思いながら店長の土産を差し出す。
「うちの店長から、今後とも御ひいきにってさ」
いいんちょは袋を受け取り、ぬいぐるみを見るとキョトンとしていた。
「ええの? これもろて」
「ああ、今日の武勇伝はもう御免だってさ」
オレは笑いながら言うと、いいんちょはビックリていた。
「なんやの、店長さん知ってたん? いやや…、藤田くんゴメンな。 何か言われてんとちやうか?」
「別に。 いいんちょは、お得意さんらしいじゃねーか。 結構あの店に貢献してるみたいだな」
からかい口調で言ってやると、途端に「そんな事ないわ」とそっぽを向く。
「しっかし、夏までは我慢してくれよ。 旅行のためだしな」
「……うん、わかったわ」
そっぽを向いたまま、頷くいいんちょ。

さて、今日の仕事も終わったし、いいんちょとヤクドでも行って帰るか。



FIN



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