そして、ふたりのプロローグへ

プロローグ


・・・もーいーかい。
・・・まーだだよー。
・・・もーいーかい。
・・・まーだだよー。


・・・地平線に沈んでいく、真っ赤な夕陽。
・・・空一面を焦がすような夕焼け。
・・・長く伸びた影。
・・・親に手を引かれ、家に帰る子供たち。


「・・・ひ、ひろゆきちゃ〜ん・・」

私は泣きながら、ともだちの名前を呼んで、同じところをぐるぐる歩いていた。

「・・・ひろゆきちゃあ〜ん・・」

「おーっ、ここだ」

「浩之ちゃん!」

私は、ぱっと顔をほころばせ、ポロポロこぼした涙を拭い、転びそうになりながら、全力で返事をした男のこのもとへ駆け寄ってきた。

そして、男のこの手を握って、

「浩之ちゃん、み〜つけたっ!」

笑顔で言った。


幼い頃の

浩之ちゃんとの

大切な思い出・・・

それは、私の心の原風景だった。

私の想いは、ここからはじまったんだ・・・


第一章 部屋の中で・・・

ぼんやりと天井を見上げる。

・・・しばらくの間、オレに話し掛けねーでくれるか?

苛立った浩之ちゃんの声が頭の中をよぎる・・・


「浩之ちゃん・・・」
・・・いい加減にしろっ!

「浩之ちゃん・・・」
・・・しばらく会いたくねぇ

「浩之ちゃん・・・」
・・・ついてくんなっ!

だんだん遠くなる後姿・・・

いくら呼びかけても、心を閉ざしたように振り向いてはくれない・・・

昨日のことなのに、涙が溢れて止まらなくなる。

「・・・浩之ちゃん・・・私・・・」

傷ついたように辛そうな顔・・・

「・・・会いたいよぉ・・・ひろゆきちゃん・・・」

私が、いけなかったの?

私が、甘えすぎたから・・・


私は、浩之ちゃんが”すき”
だから、側にいたかった。

初めてのキス
唇に残るかすかな温もり
天井を染める、夕陽のオレンジ色

・・・お前、おとついのアレ、内緒だからな
<・・・ふふふっ>

変らない”いつも”が、そこにあった。

・・・なんだよ、その含み笑いは
<なんでもない、なんでもない。うんわかったよ。内緒にしとく>

なにげない”ひとこと”が、うれしかった

・・・とくに志保には絶対だぞ!
<うん>

いつまでも”ここ”にいられると思っていた。 



「・・・ひろゆきちゃんのこえ・・・ききたいよ・・・」

・・・ったく、しょうがねーなあ

浩之ちゃんの口癖

<私、その口癖言うときの浩之ちゃんの目、好き>

・・・な、なんだよ、突然

<すごく、やさしい目するから>

「・・・ひろゆきちゃん・・・」

気づくと、私は浩之ちゃんの家の電話番号を押していた。

ツルルル・・・

ツルルル・・・  
 
耳の奥で呼び出しのコールの音が響いている。

ツルルル・・・  

ツルルル・・・  

コールの音を聞いているうちに、怖くなってくる。

力が抜けたように、そのまま受話器を置いた。

・・・しばらく会いたくねぇ

浩之ちゃんの声が、頭の中をよぎる。


「あら、あかり、どうしたの?」
「え・・・う、ううん。なんでもないよ、お母さん」
「そう。どこか出掛けるの?」
「ちょっとそこまで・・・」
「気をつけてね」
私は、何かを探すように家を飛び出した。


 第二章 街の中で・・・

私は、気づくと昔通っていた中学校に来ていた。
ほんの一年とちょっと前まで毎日通っていたのに、それがとても昔に思えてくる。
 
中学校・・・。
志保と初めて出会った場所。
浩之ちゃんと雅史ちゃんと一緒に通った場所。
ここは、春になると校庭の木々には、桜の花が舞い散り、校庭を鮮やかに春色に染め上げた。

入学式が終わると、花見をやろうと言い出したのは、やっぱり浩之ちゃんだったね。
私達は、お互いにいろいろな物を持ち出して、初めて子供だけで花見をしたよね。
お酒は無理だから甘酒を用意したけど、浩之ちゃんは嫌がって飲んでくれなかった。
もしかして、昔、家の雛人形のひな壇を壊しちゃった事、まだ憶えてたのかな?

中二年になると志保が、ハンディマイクを持ち出してカラオケや騒いだりして、随分にぎやかになったね。
浩之ちゃん憶えているかな? 
あの時のお弁当、私が初めて全部ひとりで作った事。
浩之ちゃん、「いいんじゃねぇ〜か」って、志保と取り合って食べてたよね。
それからだよ、私がお料理するのが好きになったのは。
浩之ちゃんが、美味しそうに食べてくれるから、お母さんにいろんな料理を教えてもらって一生懸命作ったんだよ。
おいしそうに食べて、喜んでくれる人がいたから・・・


商店街を通ると有線からなのか、聞きなれた曲が流れていた。
アップテンポの元気のいい曲で、たしか少し昔のアニメの曲だった。


 〜♪〜

かわりばんこでペダルをこいで、
おじぎのひまわり通り越して
ぐんぐん風をのみこんで、そう飛べそうじゃん
初めて感じた感じた君の体温、誰よりも強くなりたい
あったかいリズム 2コの心臓がくっついてく

 〜♪〜


そういえば、私が初めて自転車に乗ったのは小学校のときだった。
小学校の頃、自転車に乗れるようになった浩之ちゃんと雅史ちゃんが羨ましくって、二人の後を走って追い掛けていった事もあったね。
浩之ちゃんと雅史ちゃんは、かわりばんこに自転車の後ろに乗せてくれたね。
だけどその後、ふらふらしてたから、知らないおじさんに危ないって怒られたりしたね。
私のせいで、二人が怒られるのがイヤだったから、浩之ちゃんに自転車の乗り方を教えてもらったんだよ。
相変わらず、ぶっきらぼうで素気無かったけど、一人で乗れるようになるまで、ちゃんと教えてくれたね。


 〜♪〜 

いつも一緒に遠回りしていた、帰り道
橙がこぼれるような空に、なんだかHAPPY&SAD

あたしたちってどうして生まれたの 半分だよね
一人で考えてみるけど、やっぱへたっぴなのさ

 〜♪〜


歌に見送られる様に、商店街を通りすぎる。
私の足は、自然に子供の頃通った秘密の近道に向かっていた。
薬局の看板のわきを抜けて、細い路地に入る。
道無き道を、浩之ちゃん曰く「ネコ道」の先には、いつも遊んでいた公園があった。
ネコ道と公園を分けるフェンスを見上げる。
ほんの少し手を伸ばせば、一番上に届く。
幼かった頃は、こんな所も登れずに泣いてしまってたっけ・・・

フェンスを越えると、私は公園の中を歩き出す。
私の隣には、いつも浩之ちゃんがいてくれた。
幼かった頃は、置いて行かれない様に浩之ちゃんの後を少し小走りでついて行ってた。
中学の頃だったかな、時々後ろを振り返って、待っていてくれる様になったのは・・・  
いつもするみたいに、「しょうがね〜なあ」って顔で、待っていてくれたね。

少しは、並んで歩ける様になったかな・・・
これからも、いっしょにあるいていけるかな・・・

さっきの歌が頭の中で、リフレインする。
〜♪〜
あたしたちってどうして生まれたの 半分だよね
一人で考えてみるけど、やっぱへたっぴなのさ



 第三章 公園の中で
 
・・・もーいーかい。
・・・まーだだよー。
・・・もーいーかい。
・・・まーだだよー。

公園のどこかで、隠れん坊をする子供達の声がする。
ずっと昔、まだ浩之ちゃんが、怖かった頃
夕暮れの中で、泣きながら孝之ちゃんたちを探してた事があったね。

私は、ベンチに座って、そんな事を思い出していた。

あの時は、本当に寂しくて、怖くて、悲しくって、涙が止まらなかった。
あのまま、家に帰ったらみんなと遊べなくなっちゃうって、どうしたらいいか分らなかった。
孝之ちゃんが、見つけてくれなかったら、一歩も動けなかった・・・

私は、あの頃から変らないね。
今も、浩之ちゃんを探しているんだ。
また、見つけてもらえる様に・・・


ねえ、浩之ちゃん・・・

家の中にも、
学校にも、
帰り道にも、
公園にも、

この街には・・・

私の中には・・・

浩之ちゃんとの思い出が、こんなにも溢れている・・・

だからね、きっと大丈夫。
私は、変らなかった。
だから、きっとこれからも
私は、変らないから。
浩之ちゃんを「すき」で、いられる。

たとえ、幼なじみのままでも
たとえ、恋人になっても・・・
私は、浩之ちゃんが、「好き」

私の中で感じていた不安や悲しみが、無くなっていく・・・

探していた答えは、私の中にあったから。

浩之ちゃんが、私と同じ時間を過ごしてきてくれたから。
私は、私でいられるんだ。


夕暮れの中、ポツンとベンチに座っている。
なんとなく、浩之ちゃんが見つけてくれてる気がするから、家に帰る気がしなかった。

黄昏の公園。
少し肌寒い風が、吹き始める。
もう、遊んでいる子供達もいない。
そんな中を、夕暮れのオレンジに染まりながら、走りこんでくる人影。

あれは。

間違えない。

その人影はー

「あかり・・・」

「浩之ちゃん・・・」 

「あ、あかり、オレ・・・」

「ひろゆきちゃん、見〜つけた」

「・・・あ、あかり?」

「・・・なんてんね。・・・来てくれるような気がしてた。・・・だから、ずっと待ってたよ。」

溢れていく、想いが、止まらない。
もう、迷ったりしない。
捕まえた浩之ちゃんの手を離さないように、ぎゅっと握り締めていた。

「私ね、・・・さっきから、ここで、ずっと考えてた」

わたしは、ゆっくりと話しはじめる・・・


この時を、
アルバムをめくる様に振返れば、この時が幼なじみのエピローグ
そして、これからはじまる新しいふたりのプロローグ・・・

 FIN