2002年作品

 

水きり豆腐

 

さみどりのアボカドグラタン頬張れば海賊たちの海の香がする

 

洗濯機にカップラーメン置かれをり秋の匂ひのする昼下がり

 

特売のワゴン入りした「夏ポテト」かあさんを呼ぶ子らの声する

 

おっさんが「さかなさかな」と口遊み二千二年の夏は暮れゆく

 

頭皮よりじわりじわりと汗が浮く遠い台風五日動かず

 

うつむいて歩いてをれば目の端の水引草が風に揺れてる

 

肥厚した踵つまめばいろいろに形を変へり楽しき中年

 

年ごとに肉の弾力失はれ鎧ふ上着は堅くなりゆく

 

置いてきた一年分の髪の毛に未練があるよHAL美容室

 

じわじわと染み出る水を痛いとぞ思ひ見てをり水きり豆腐

 

秋の重さ

 

赤箱の中にて十年うつすらと黄色くなりし牛乳石鹸

 

立秋の日は無理矢理にどこかしら秋らしきもの探してしまう

 

立秋の頃より急に抜け毛増ゆこやつも暦どうりにゆくか

 

「極生」の青一色の素気(そつけ)なさそれもいいかとすつぴんで飲む

 

透明な羽持つものに許される金色の田の上の領域

 

なべ底に凝る煮魚もうすでに秋の重さに堪へかねてゐる

 

夏の日

 

けだるげに家族の服を干してゐる妊婦の吐息 朝から暑い

 

強制し甲子園へと連れて行き愛校心が育つと思ふか

 

応援の生徒達にも高野連の支配 明るい高校野球

 

湧きあがる汗を宥めて南国の女のやうにゆったり歩く

 

濃き影と薄きを交互に身に纏ひガード下よりなかなか出られぬ

 

蝉の声一樹の桜より降れり地下なる無数の幼虫思へ

 

扇風機一台夏の友として苦楽を共にしやうじゃないか

 

ひと切れの西瓜を味はひ尽くすため風鈴吊るし窓開け放つ

 

さらさらと専売公社の塩降りて西瓜食みにし祖母のゐた夏

 

人工水母

 

目覚ましのうるさき音はどこの家たぐりてみればわが家の二階

 

あちこちの家の家電のエラー音エコーしてゐる午前九時半

 

スリッパの八十八円出し惜しみ古ワイシャツを裂きて作りぬ

 

「執筆者の友だち口調は堪へられん」高校生は参考書を蹴る

 

水槽の人工水母欲りすれど四万八千円はちと高い

 

散らぬやう注意払って切ったのに三日月ひとかけ失せてしまへり

 

特売のトイレットペーパー横抱きに家へ急げば夕さりの鐘

 

夏の夜の水は重たく沈みをりキッチンの桶に取り残されて

 

失言を装ひ世論調査する官房長官 藪じらみ咲く

 

魂の尾

 

空豆の過保護の覆ひ取り去ってわたくしのために煮立ってもらふ

 

菜の花のやうに明るい玉子焼弁当に入れ持たせたい春

 

針槐つばらつばらに降る道を昔の恋を拾ひにゆかな

 

はつなつの寿司の緑の柿の葉をほどけば柔く指をくすぐる

 

パンジーの蜜吸ふこともあるんだね迷ひて来たる青筋揚羽

 

買替への電波時計のいしあたまどんどんずれる奴がよかった

 

電波受け自動修正する時計考えてみりゃ不気味なしろもの

 

咲き急ぐあまたの花のかたはらに揺るぎもせずに時待つ皐月

 

さまよひたき魂の尾っぽ押へつけオーガンジーを裁つ春の宵

 

つぶやく

 

休日はかったるくってアルコールグラス片手にだらだらしちゃおう

 

とんがった花びらをもつ薔薇が好き二十世紀のにんげんだもの

 

スカートや下駄をはかせて世の中のあれやこれやは成り立ってゐる

 

桃栗の三年過ぎてもう五年花さへつけぬレモンの強情

 

好きなものは好きなんだ、子よ。へろへろと窪塚君のアップを見てゐる

 

日時計の影のところにうす蒼き「今」って奴が腰かけてゐる

 

玉葱を切るときくらゐ思ひきり打算も見栄も離れて泣かむ

 

近ごろはとんと使はぬ栓抜きに錆がじわじわ広がってゐる

 

さびさびと照らされてをり最近の風呂は少々明るすぎるぞ

 

冬の飛蝗

 

食わかつ仲間なるかな庭隅のバジルの葉より逃げる飛蝗は

 

枯草をどけしところに三角の蟷螂の頭 転がってゐる

 

身じろがぬ飛蝗なれども日によりてわづかに位置を変へて風避く

 

ふはふはのマーレインの葉は暖からうもう何日も動かぬ飛蝗

 

雨の日は雨の日用の場所があるアーチ描く葉の内なる飛蝗

 

とびたてる飛蝗はあれど啓蟄も親しき奴は未だ動かず

 

和歌山に桜が咲いたと聞きし日に草の間の飛蝗は消えぬ

 

クラス会

 

駅に入るレールはうねり重なりぬクラス会とふは駅に似てをり

 

「赤い橋」に思春期前の面影をもつ中年がまたひとり来る

 

エピソードのひとつひとつを解凍す骨片のある生き物を食みつつ

                

人により語る記憶は異なれり映像(イメージ)派あり挿話(エピソード)派あり

 

幼日の恋の対象照れながら告白し合ふ(わぁ、おバカだな)

 

つらき今ぽろりぽろりと零れ落つ隠り江に戻り来し鳥となり

 

行方知れぬクラスメ−トに続く糸どこかにあらぬか 鍋つつきゐる

 

歳末風景

 

熱帯の蔓植物をとり込みていよよわが家は箱舟となる

 

座布団の葡萄唐草陽を浴びてガラスの向かうに見知らぬ鳥が

 

男らは土下座するがに俯きて髪洗はるる理髪店の椅子

 

燃えるゴミも燃えないゴミもごちゃまぜに焚火とされる臭き歳末

 

蓑虫のバッグは誰ぞの家深くずんと眠つてゐるかもしれぬ

 

手にとりてやはり買へざる連用日記五年の後に思ひ及べば

 

除夜の鐘聴きつつシケモク銜へをり今日でやめると誓ひながらも

 

うち揃ひ年越そばを啜るうちさう云やこれが初そばになる

 

水の重力

 

昼時の喫茶店前寄り添ひて郵便バイク二台止まれり

 

国産の肉など長らく御無沙汰でパニック起こす機会(チャンス)を逸す

 

老い鶏をさばきて食みし豊かさを思ひて開く祖母の文箱

 

今日こそは庭に穴掘り埋めなくちゃ限界点なるキッチンのゴミ

 

皇室の子の誕生は直ぐ知れど三日後に聞く近所の慶事

 

「様」づけと「ちゃん」づけに呼ぶ子どもの差平等の夢ぶれる夕暮れ

 

今日ヘリはガラス震はせ飛びゆけり何かが我が家に近づいてゐる

 

遠方に鴉の声あり手の中にとろり静まる水の重力

 

羽あるもの

 

新型の電車に乗ると新しき家電と同じ匂ひ漂ふ

 

一群の秋明菊はすくと立ち後ろ姿を無防備に見す

 

秋の日に鼻腔の壁に貼りついた羽ある虫は一生終はんぬ

 

秋晴れの眩しき日には扇風機の羽を洗ひて高く掲げむ

 

Angel(エンジェル)の羽を百円ショップにて買ひたりこれをどうしたものか

 

ふつふつと寂しき音をたてる鍋北半球に冬は来れり

 

冬の月差しこむ窓の酢の壺に花梨沈めて暗きに移す

 

          

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