EVANGELION
人生、楽しんだ者の勝ち



 碇ゲンドウは、ブリフノーボックスのガラス越しに、息子である碇シンジを見下ろしていた。
 その口元に、笑いが浮かぶ。
「ふっ。出撃」
 対使徒用決戦兵器として製造されたエヴァンゲリオン。
 その初号機のパイロットの予備として、碇シンジはここ、第3新東京市地下のジオフロント、ネルフ本部に呼び出されている。
 そして、時を同じくして、第3使徒もやってきた。
 時間はない。
 何も知らないシンジに、どうやってEVAに乗ることを承諾させるか。
 シナリオは、できていた。
 しかし──
「父さん、僕、父さんの再婚には反対だからね」
 いきなり、関係のないことを言われて、ゲンドウはとまどった。
「な、何を言っている」
「本当は、再婚するのは反対じゃないけど、綾波レイだっけ? さすがに同い年の女の子を母さんとは呼べないよ」
「シ、シンジ、何を言っている」
 周囲から、ゲンドウに冷たい視線が集まってくる。
 綾波レイ。
 エヴァンゲリオンのパイロットであるファーストチルドレン。
 ゲンドウの秘蔵っ子。
 普段は無表情の鉄面皮娘だが、ゲンドウを相手に会話するときのみ、年相応の笑顔を見せる。
 更に、この間の起動実験失敗で大けがを負ったレイを、ゲンドウが真っ先に助け出したことを、皆知っている。
 手に、ひどいやけどを負ってまで。
(やっぱり)
 そんな、咎めるような視線。
 確かに、いつもむっつりの碇ゲンドウも、レイを相手にする時は、穏やかな笑顔を浮かべていたりする。
 今まで、意識の表面には浮かんでこなかった疑惑が、シンジの言葉で表層に浮かび上がる。
 そう言った人々の頭の中で、ゲンドウの笑顔は、助平なヒヒ親父のそれに変換される。
 恋愛は自由──とは言え、何しろ両者の年齢差は、まさしく親子ほどに存在する。
 いくら何でも、問題有りだ。
 しかも、綾波レイの容姿が整っていることもあり、その視線にはやっかみも混じる。
 何で、あの髭が──てな感じだ。
「いい加減にしてよね。妻殺しの息子ってだけでも、肩身が狭いのに、今度は14才の女の子と再婚? 冗談じゃないよ。僕に、表を歩くなって言うの?」
 シンジが、叫ぶ。
 まるで、皆に聞かせているような口調だったが、誰も気が付かなかった。
「し、司令、本当ですか?」
 聞いたのは、赤木リツコ。
 ネルフの技術部部長である。
「何を言っている」
 ゲンドウも混乱しているのか、同じ言葉を繰り返している。
「父さん──おまけに、愛人関係の清算までしてないの? 再婚するつもりなら、身の回りは綺麗にしてからにしてよね」
「な、何だと?」
 シンジは、ちらとリツコに視線を向ける。
「リツコさん、父さんの愛人でしょ。おまけに、母親のナオコさんにまで手を出していたって言うし。親子丼? ──全く、息子の立場も考えてよ。色ぼけ親父の息子。恥ずかしいよ、ほんと」
「リ、リツコ、本当なの?」
 趣味悪すぎ。
 そんな顔色で口を開いたのは、葛城ミサト。
 ネルフの作戦本部長である。
「だいたい、リツコさんを最初はレイプしたんでしょ。──全く。妻殺し、ロリコン趣味、レイプ。勘弁してよ。少しは息子の立場ってものも、考えてよね」
 周囲からの咎めるような視線は、更にきつくなる。
 ゲンドウは、うろたえつつ、通信機に手を伸ばした。
「冬月」
「なんだ?」
「レイを起こしてくれ」
「僕に、紹介してくれるの? でも、やっぱり、同い年の母さんは嫌だよ」
 シンジの言葉は無視する。
 これ以上、こいつと話をしていても、何ら益はない。
 却って、有害だ。
 ここは、予備の使用をあきらめて、レイを使う。
 そんな、判断。
 慌てて、混乱しているらしい。
 シンジが何故知っているなどの、疑問の追求を思いつかない。
 おまけに選んだ行動も、どこかちぐはぐだった。
 そして、ストレッチャーが運び込まれてくる。
 乗っているのは、アルピノの少女、綾波レイ。
 全身包帯だらけである。
 それを見て、シンジが世の終わりという顔をする。
「包帯フェチ。──そこまで」
 恐れおののく声。
「シ、シンジ君、疑うのも分かるけど、レイは本当に怪我をしているのよ」
 ミサトが、何とかフォローする。
 しかし、ミサト自身、ゲンドウを疑っているのは確かな発言である。
「じゃあ、コスプレマニア?」
 レイは、白いボディースーツを着ている。
 プラグスーツという名前で、エヴァンゲリオンとのシンクロを助ける働きがあるのだが──事情を知らない者にしてみれば、エッチで特殊な格好にしか見えない。
「……」
 ミサトも、もう言葉はない。
 重苦しい沈黙。
 ゲンドウに、いたたまれない視線が集まる。
「赤木博士! 何をしている! パーソナルパターンをレイに書き換えろ!」
 針の筵じみた状況に、たまらなくなって叫ぶゲンドウ。
「レイと再婚……レイと再婚……」
 しかし、赤木博士は、どこか違う世界に行ってしまっている。
 レイとゲンドウの結婚と言う話が、かなりショックだった様子である。
 シンジの言葉通り、最初はレイプだったのに、いつの間にか──まさしく、恋愛はロジックじゃないのである。
「父さん。──この子を乗せるつもり?」
 シンジが、叫ぶ。
「そうだ!」
 もはや、ゲンドウに威厳はない。
 いつもなら、周囲の者を無理矢理従わせる威圧感を放っているのだが、今はただ、虚勢を張っているようにしか見えない。
 畏怖の視線は皆無。
 ただ、冷たい視線を向けられるのみである。
「何? 僕に反対されたからって、今度は早速処分しようって言うの? これって──」
 EVAを指さす。
「母さんを融かして殺した、人間ディスポーザーでしょ。──ほんと、何考えているんだよ!」
「ち、違う! これは、エヴァンゲリオン初号機。使徒に対抗できる、唯一の兵器だ!」
「じゃあ、何で彼女なのさ! 包帯フェチじゃなくて、大けがをしているんでしょ!」
「ほかの者には無理だからだ。──これに乗れるのは、レイと、お前しかいないのだ!」
「──僕まで処分しようって言うの?」
 半目になって、シンジが問う。
「ちょ、ちょっと、シンジ君」
 ミサトが、慌てて口を挟む。
「これは、本当に、あの化け物に対抗するための兵器で、人間ディスポーザーじゃないわ」
 しかし、シンジの疑いの視線はあまり変わらない。
 確かに、あんな色ぼけ親父のことを信じられないのは当然だ。
 ミサトは、そう内心で頷いている。
「……」
 たっぷりの沈黙。
 その間中、ゲンドウに、いたたまれない視線が集中攻撃される。
 シンジはため息を一つこぼした。
「僕にも乗れるんだね?」
「ああ」
「だったら、僕が乗るよ。──いくら、母さんと呼ぶのは反対だって言っても、殺したいほど憎んでいるわけじゃない。彼女には、罪はないからね」
 こうして、ゲンドウの思惑通り、シンジはエヴァンゲリオンに乗ることになった。
 だが、とてもシナリオ通りとは思えない、ゲンドウだった。

 エヴァンゲリオン初号機、エントリープラグ内に、碇シンジの姿はあった。
「彼、落ち着いていますね」
 発令所では、必死で、場の雰囲気を取り持とうと、オペレーターの伊吹マヤが声を出す。
 しかし、いつもなら返事をするはずの赤木リツコは、未だ、どこか違う世界の住人のようだ。
 ぶつぶつと、何事か呟いている。
「あう〜」
 玉砕に、目の幅涙を流すマヤ。
 それでも、起動準備は進んでいく。
 そして、エントリープラグにLCL注水。
 これは、パイロットのシンクロを助けると共に、巨大な人型兵器が動く際に生じる衝撃を緩和するという役目を持つ液体である。
 肺に取り込めば、呼吸までできると言う、便利な液体であるが──
「水?」
 シンジが、うろたえたように叫ぶ。
「父さん、やっぱり僕を始末するつもりだね! 再婚に反対する、僕が邪魔なんだ!」
「違うわよ、シンジ君!」
 ミサトが叫ぶ。
 彼女は、シンジの衝撃的な暴露話から、精神的な復調を遂げていた。
 元々、人ごとであるし、彼女の最大の目的は使徒への復讐である。
 本文に立ち戻りやすかったという事情がある。
 ──とは言え、無碍に否定できないため、叫びにも咎める響きはない。
「このロリコン! 変態ひげ親父! レイプ魔! 色ぼけ! むっつり! コスプレマニア! 変態性愛者! 甚助! エロ親父! 包帯フェチ! 妻殺し! 息子殺し! ああ〜もう首まで来た。──この、一生恨んでがぼがぼがぼ……」
 しかし、やかましいシンジに、顔を顰める。
 しばらくじたばたしていたシンジだが、LCLが肺を満たして呼吸できるようになると、ようやく落ち着きを取り戻す。
「ああ、本当に呼吸できる。──父さん、僕は信じていたよ」
(嘘付け〜!)
 皆の、心の叫びである。
 人類の未来をかけた決戦だというのに、まるで緊張感のないまま、準備は進む。
 そして、シンクロ──
 エヴァンゲリオンの操縦は、操縦桿を操作してではなく、パイロットとEVAのシンクロによってなされる。
 平たく言えば、考えれば動く、と言う具合である。
 ただ、感覚の共有がなされているため、EVAが傷つけば、パイロットも痛いし、訳の分からない物とシンクロするわけだから、精神汚染の危険があるという弊害も存在する。
 そして、一番の問題は、パイロットを選びすぎると言うことだろう。
 現時点で、エヴァンゲリオンの操縦が可能なのは、全世界で3人しかいないのである。
「シンクロ、成功──シンクロ率……嘘! 99,89パーセントです」
 伊吹マヤの、感極まったような声。
 それもそうである。
 現在、エヴァンゲリオンの起動に成功しているのは、ドイツ支部の秘蔵っ子、セカンドチルドレンだけである。
 しかも、その数字は現在70パーセント前後であり、しかも半年の訓練を経た後であることを考えれば、初起動でこの数字は驚嘆に値する。
 理想値に限りなく近い数字である。
「行ける、のね?」
 技術畑ではないミサトに、マヤのような感嘆はない。
 彼女にとっては、EVAが動き、使徒と戦えるならば、それでいいのである。
「構いませんね!」
 背後を振り返り、一段高くなった司令席に座るゲンドウに尋ねる。
 その声には、たっぷりと棘があった。
「……」
 ゲンドウは、いつもと同じポーズで椅子に座っている。
 だが、どこかうなだれたように見える。
「かまわんよ。使徒を倒さねば、我々に未来はないからな」
 無言で座るゲンドウに変わって、横に立つ副司令──冬月コウゾウが答える。
 ミサトは一つ頷いて、面を引き締める。
 そして、眼鏡のオペレーター、日向マコトを傾倒させるりりしい声でもって命じた。
「発進!」

 高速のリニアレールによって、EVA初号機が地上に打ち出される。
 夜の闇に包まれた第3新東京市に、エヴァンゲリオンの勇姿が出現する。
 その目前には、第3使徒サキエル。
 簡単に解説すれば、ジャミラもどきである。
「エヴァンゲリオン、初号機、リフト・オフ」
 ミサトの声に応じ、EVAを拘束していた最後の戒めが解き放たれる。
 ここに、巨人対怪人の一大決戦が始まる。
 のだが──
「シンジ君、まずは歩くことだけ考えて」
 最初の指示は、気合いが抜けること甚だしい。
 その指示に、EVAがこけた。
 パイロットの思考をトレースするシステムである。
 パイロットが、精神的に転倒したらしい。
「あの〜。もしかして、ミサトさんも父さんの愛人か何かですか?」
 シンジのおずおずとした声が、通信機を通して聞こえてくる。
「何馬鹿なこと言っているのよ!」
 本気で嫌そうに、ミサトは叫んだ。
「だって、敵の直前で歩いて見ろって、僕を殺そうとしているんじゃ? ──はっ。今までの父さん達に一歩引いた態度をとっていたのは、再婚に反対する僕を油断させて取り入って、始末しやすくしようと言う策略? さすがは作戦部長」
「んなわけないでしょうが! 被害妄想が強すぎるわよ!」
 そんな作戦部長は嫌すぎる、とミサトが吼える。
「被害妄想が強くもなりますよ。──だって、あんな父親ですよ。やっぱ、僕の本当の父さんは、あいつじゃないんだ。──きっと、冬月さんて人か、キールさんて人なんだ」
 シンジのぼやき。
「何だと!」
 叫んだのは、先刻まで、どこかうなだれて座っていたゲンドウである。
 椅子を蹴倒して立ち上がっている。
「シンジ、どう言うことだ?」
「どうって、僕の父親候補。──僕が製造された頃に、母さんが関係を持ってた人の名前だけど」
 けろりと衝撃の告白をするシンジ。
 ゲンドウの顔が怒りに歪む。
 憎々しげに、横に立つ冬月をにらむ。
 その冬月は、表情こそ変えなかったが、なにやら顔が汗に濡れている。
「シンジ。その、冬月というのが、どんな人間だか、分かるか?」
 地獄の底から響いてくるような声だった。
「え? 母さんのメモでは、糸目の大学助教授だって書いてあったけど」
 しれっと答えるシンジ。
「糸目の、大学教授か?」
「冬月先生って、母さんは呼んでたみたいだけど」
「そうか……」
 ゲンドウは、殺しそうな視線で冬月をにらむ。
「ま、待て、碇……」
 だくだくと汗を流す冬月。
 必死で糸目を見開こうとするが、あまり効果はない。
「……不潔」
 潔癖性として知られるマヤがぼそりと呟く。
「全くですよね。父さんは性犯罪者。母さんは淫乱。──何で、って感じですよ。ほんと、勘弁して欲しいですよ。良く、僕がこんなに真っ直ぐに育ったって感じですか? ──ああ、そうだ。後で、僕の遺伝子提供しますから、誰が本当の父さんか、調べてもらえませんか?」
 シンジの言葉に、発令所における第一次直上会戦勃発。
 司令と副司令の、つかみ合いの喧嘩が始まる。
「いい加減に、まじめにやりなさい!」
 ついに、ミサトが切れて叫んだ。
 彼女の崇高な使命。
 使徒への復讐は、こんなふざけた環境で行われることではない。
 そのはずだ。
 ──そして。
 ミサトの叫びあわせたかのように、使徒が動いた。
 初号機に向かって。
「シンジ君、よけて!」
 その勢いに、慌ててミサトが叫ぶ。
 ひょい。
 そんな感じで、シンジは軽々とかわして見せた。
 そして、反撃。
 横殴りに振った初号機の手刀が、使徒を分断した。
 一撃で。
 体ごと弱点であるコアを二つに切り裂かれた使徒が、崩れ落ちる。
「──え?」
 あまりのあっけなさに、一瞬停滞する発令所の空気。
 そして──
「パターン青、消滅。──使徒、殲滅されました」
 ロン毛のオペレーターの、どこか気合いの抜けた声が聞こえてくる。
 こうして、第三使徒戦は、エヴァンゲリオンの完勝で終了した。
 未だ、発令所の上の方では、司令と副司令の第一次直上会戦が続行されていた。

 シンジは、一人エントリープラグの中で、倒れた使徒を見下ろしている。
 顔の前に翳した掌に、うっすらと赤い痣──聖痕が浮かび上がっている。
「せっかくのやり直し……楽しまなくちゃね」
 小さく呟き、シンジは一人、顔を伏せて薄く笑みを浮かべた。

終わり


後書きというか、言い訳

 相変わらず、てきとー。
 構想数分、実際に書くのも1時間程度。
 まあ、そう言う代物です。
 シンジの発言で、シンクロ率下がりそうだけど、面倒くさいので無視することに。
 いい加減です。
 ぬるい目で見守っていただけると、幸いです。
[BACK]