リポート09 天国に一番近い島!(その2)
機体は、何とかバラバラにならずに着水することに成功していた。今はぷかぷかと海面に浮いている。
「駄目だな」
操縦席で口を開いたのはリッパーである。
「通信機は完璧に死んでやがる」
リッパーの指さした先、それがおそらく通信機──は、素人目にもわかるほどに壊れていた。リッパーが弄くっていたが、弄くって何とかなるようには思えないほどに、完璧な壊れっぷりだった。
「どうする?」
雪之丞は、一行を見渡して尋ねた。
幸いなことに、深刻な怪我をした者はいない。打ち身や痣くらいは出来たかも知れないが、それくらいは我慢すべきだ。それくらいで済んで幸運だったと思うべきだ。実のところ、雪之丞にぶん殴られた一匹狼気取りの頬が一番酷く腫れ上がっていたりするが、誰も、それを話題には持ち上げなかった。殴られた本人は至極不満な表情をしているが、他の者にしてみれば、どうでも良いことだ。
「あんたが決めるんじゃないのか?」
リッパーが揶揄するように告げる。
「仕切っていたのは、あんただったが?」
ちっ、と雪之丞は内心でリッパーの態度を吐き捨てる。こいつは一々、燗に障る。
「別に俺がリーダーって訳じゃ、無いだろうが」
「別に俺はそれでもかまわんがね。あんたは有名人だからな」
「お前もな」
「兎に角、ここでこうしていても仕方がないでしょう。幸い、ボートはある、島は見える。わたるしかないでしょう」
険悪になった雰囲気を嫌い、神父が提案する。
その言葉通り、目指していた島、コ島は見えていた。輸送機に積まれていた資材の中には、エマージェンシーキットも存在し、その中にはゴムボートがあることも確かめてある。
「そうだな、それが建設的だろう」
鉄棍鬼が重々しく頷き、それが決定となった。
波のある海。そこを、近いとは言え、わたって島へ上陸するのは、酷い苦労が予想された。
しかし、鉄棍鬼が見た目通りの、あるいは見た目以上の力を発揮してくれたため、比較的速やかに上陸に成功した。
「──で、どうする?」
「まずは、飛行場を目指すべきだろう。俺たちだけの話なら、このまま放っておかれる危険もあるが、この島を放っておくつもりは無いだろうからな」
「除霊は?」
「飛行場についてから考える。それで良いんじゃねえか?」
その後、再びの方針会議。
一行は、ひとまず飛行場──航空写真で見えていたモノはやはり空港だった、を目指すことにした。
地図、コンパスと言った必要なモノは持ち出してきていたから、飛行場の方向は容易に確認できた。しかし、慣れない植生に覆われた森を進むのは、予想以上に難航していた。からみついたツタ、張り出した板根。自然の形作る迷路は、一筋縄ではいかない。
「不味いな、夜になる前についておきたいんだが」
ぼやいたのは、鉄棍鬼である。これはもっともな話で、通常、霊の類は夜にこそ頻繁に現れ、力を発揮するモノだと相場が決まっているから。まずは足場を固めてからではないと、除霊云々もないだろう。
「途中でのキャンプも考えておく必要があるかもしれませんね」
空を覆い尽くす緑の隙間から零れてくる光。それが少しずつ暗くなってきていることを確認して、神父が呟く。
残念なことに、飛行場に着くまで夜は待ってくれそうにない。どうやら、野宿をすることになりそうだった。
「なら、霊力、体力を残しておく必要もあるな」
鉈を奮って道を切り開き、先頭を進んでいた鉄棍鬼がその場で停止する。
「先刻見つけた、少しばかり開けたところに戻って結界を張るか?」
「食事も、今のうちに済ませた方が良いでしょう。後は、交代で休憩を」
「そうだな」
打てば響くように、男達は会話する。
裏の世界──とは言え、彼らはこの世界のプロである。共通の認識、知識があり、それだけに状況に応じて何をすべきか、すべきではないかときちんと理解している。していない者は早い段階で淘汰されてしまうシビアな世界だから、当たり前の話だ。
そのまま決定通りに一行は僅かに戻り、役割分担をして夜の準備をしていく。結界を張るのは神父が引き受け、他の者は火をおこしたり食事の準備をしたりする。晩ご飯には携帯してきた非常食と、リッパーがいつの間にか、どうやってか、兎に角捕まえてきたウサギが饗された。ウサギを捌いたのもリッパーで、さすがの熟練の技だった。
そして、食事を済ませると、思い思いの格好で体を休める。完全に、ではなく、周囲への警戒は勿論怠らない。
雪之丞も、そこにあった木に背中を預け、静かに目を閉じていた。元々、旅が好きな雪之丞である。しかも、通常のパックツアーではなく、思い立った方角に思ったように進むと言う、乱暴な旅を好んでいる。こうして野で休んだ経験も少なくないため、特に問題は感じていない。体も心もリラックスさせ、しかし、ごく一部分だけが周囲を警戒する。その程度のことは余裕で出来る。
だから、自分に近づいてくる草ずれの音も、勿論当たり前に気がついた。
しばらく、目を閉じたままで黙っていた雪之丞だが、近づいてきた足音が直前で止まり、そのまま何をするでも無く立ち続けているのを感じ、静かに口を開いた。
「休んでおける時に休んでおけ。それが、プロの鉄則だ」
「……」
足音の主は、無言。しかし、ようやく動いて雪之丞の横に腰を下ろした。同じように木に背中を預ける。
「何の用だ?」
無言の圧力に敗北し、雪之丞は水を向ける。
雪之丞の横に座ったのは、ガンナーである。ガンナーはそれでもしばし躊躇していたが、ついに心を決めたように口を開く。
「……一応、礼を言っておこうと思って」
「礼?」
「飛行機の中のこと。私をかばってくれたこと」
礼を言う、と言っている割には、腹を立てているような声の調子だった。雪之丞に? 否、多分、自分自身に。
「気にするな」
「……私のこと、馬鹿にしているでしょう?」
不意に話が飛んで、雪之丞は眉をひそめた。
「何の話だ?」
「みっともなく自失しちゃって、馬鹿みたいに立ちつくしているだけで」
声のとげとげしさがさらに増す。
「生意気なだけで、いざとなると使えない役立たずだって思っているでしょう!」
「誰がそんなことを言った?」
「言わなくても思っている!」
「決めつけるな!」
怒鳴り返し、雪之丞はガンナーが瞳に涙をたたえているのに気がついた。
そう言えば、こいつは俺よりも若い──ガキなんだよな、と再認識する。
「──気にするな。俺だって、最初から強かった訳じゃない。お前は素人にしては十分に強いさ」
ガンナー、少女はプロフェッショナルではない。雪之丞は、すでに見切っていた。あまりに、危機的状況で手際が悪すぎる。あの状況でフリーズするのは、場数を踏んだプロの態度ではない。だいたい、百戦錬磨となるには、年齢的にも若すぎるだろう。
「素人じゃないわよ!」
ガンナーが叫ぶように言うが、それは雪之丞には強がりにしか聞こえない。
しかし、口げんかでは向こうの方がプロフェッショナルだと見切っていた雪之丞は、これを否定しないことにした。ここは、大人の包容力、余裕のある態度で応じてやるべきなのだ。
「わかった、お前は素人じゃない。──だが、生意気なのは間違いないがな」
「何よ、あんただって若いくせにずいぶん偉そうなくせに」
むっとした表情は、まさしく子供子供していた。
こんな子供が裏の世界で仕事をしようと言うのだから、ろくでもない生まれ育ちなんだろうな、と自分を鑑みて雪之丞は想像する。まあガンナーの過去については、聞いても教えてくれないだろうし、さして興味もなく、そして重要ではない。今持っている能力、それこそが重要。そして、その点では、落ち着きさえすれば、ガンナーは十分な霊力の持ち主だと見ている。問題ない。だから雪之丞は問わないことにした。
「兎に角、休んでおけ。夜は長いぞ」
「だから、偉そうにしないでしょ」
どうやら、ひとまず口に出すべき事を口にして、ガンナーはあっさり元気を取り戻したようだ。空元気かも知れないが、それはそれで良いように思う。落ち込んでいられるのもうっとうしい話だ。
「わかった、わかった」
「子供扱いもするな」
「わかった、わかった」
にぎやかなのも、やっぱりうっとうしいかも知れない。雪之丞はうんざりして、おざなりな反応を返す。
「あんた、ちゃんと私の話、聞いているの?」
「わかった、わかった」
「テケレッツノパー、ハッパフミフミ」
「わかった、わかった」
「聞いて無いじゃないの!」
「あ〜、うるさい奴だな。休めねえだろうが!」
「話を聞かない方が悪い!」
む〜、とにらみ合う。先に視線をそらした方が負けだ。
しかし、この勝負の勝敗はつかなかった。
「お二人さん、仲が良いのも結構だが、そろそろ来るぞ」
鉄棍鬼の声が、二人の対決を中断させる。
「仲なんて良くない!」
やれやれ、若い連中は良いねえ、そんな声の調子に、二人は反射的に怒鳴り返し、選んだ言葉が二人一緒だったことに不機嫌になって、ふん、とお互いに明後日、一昨日の方に顔を背ける。
だが、確かに鉄棍鬼の言うように、いがみ合っている場合ではなかった。
ひしひしと押し寄せてくるような霊圧。本格的に、夜が訪れようとしていた。
うおおおおん、うおおおんと、風の音とは確かに違う「声」も聞こえ始めている。
「来るぞ、根性入れろよ」
「わかっているわよ!」
雪之丞の言葉に、今回ばかりはガンナーも素直に頷いた。
闇の森に、ぼんやりと光る亡霊達が乱舞する。尾を引いて宙を舞う髑髏の群れ。
「行くぜ!」
雪之丞は叫び、集中する。
魔装術の発動。
体の回りで霊力が物質化、鎧となって身を包むのを感じる。全身が引き締められ、締め付けられる感覚。この感覚は嫌いじゃない。
そして、大地を蹴飛ばして亡霊の群れに飛び込む。
「うおおおおおお!」
元々、戦闘好き。戦いになれば自然、それ用の精神状態に勝手にシフトする。必要な脳内物質が勝手に分泌される。怯え、躊躇いとは無縁な、戦いにはベストな精神状態。
雪之丞は心のままに吠えて、霊力を纏い付かせた拳をふるう。一撃で、数体の霊が破壊され、崩れ落ちていく。そちらには即座に興味を失い、ステップバック。横合いから迫っていた新手の霊をやり過ごし、新たな目標を定めて飛び込む。雪之丞の手足が唸る度、まとめて数体の霊が倒されていく。
はっきり言って、この亡霊達は単独では雪之丞の敵ではなかった。数体まとめても、問題ではない。ただ、数が多いことだけが脅威だった。
霊力の強さには自分でも自信がある。しかし、雪之丞も疲れと無縁ではない。疲れ果ててしまえば、この程度の亡霊にも、不覚を取る畏れがある。さらに、今は感じていないが、輸送機が攻撃された際に感じたプレッシャー。かなりの強敵が、この島に存在していると見て良い。
だから雪之丞はなるべく、体力、霊力を温存することとし、霊波砲を封印して、手足だけを振るって、霊を倒していく。
それでも十分以上に亡霊達を圧倒し、他の者の戦いを観察する余裕があった。
鉄棍鬼は、容姿、得物から容易に想像のつく戦い方をしていた。力に物を言わせるように、乱暴に鉄棍を振り回し、霊をなぎ払っていく。興味を感じ、一度鉄棍を持たせてもらったが、とてもではないが雪之丞に扱える様な重さではなかった。なのに、鉄棍鬼は全く重量を感じていないような余裕に満ちた扱いで鉄棍を振るい、易々と霊を屠っていく。やはり、坊主と言うよりは僧兵という感じだ。
リッパーは、噂通り、初対面時の印象通りの得物、ナイフを両手に持ち、それを縦横に振るって戦っている。口元に薄笑いを浮かべ、心底から楽しそうに、霊を切り裂いていく。人を斬るのも良いが、これもこれで楽しい。兎に角、ナイフを振るうことが楽しくてたまらない。必要以上の斬撃を、一体の霊に集中して与えたりもしている。顔に浮かべている愉悦に満ちた表情が、雪之丞に嫌悪を誘った。
ガンナーも、緊張した厳しい表情ながらも、それなりの戦いを繰り広げていた。得物は、名乗りの通りに銃。どこにどうやって持っていたのかわからないが、リボルバー式の古い拳銃を使い、霊を撃ち倒している。古い拳銃、と言うのは見た目だけの話ではなく実際にかなり古いらしく、一々撃鉄を起こした後で引き金を引かねば弾が発射できない様子だが、霊銃の類か、その銃口から放たれるモノは実弾ではなく、霊力のようだ。さして強い霊力には感じないが、霊銃の補正のおかげが、一発一発がかなりの攻撃力を持っている様子で、幾体かの霊を一発で貫いたりしている。おまけに、装弾数も見かけ通りではないらしく、一々リロードする必要もないようだった。
神父は聖書を手に、朗々と聖句を唱えながら、霊を浄化していく。かなりの手練れ。それでも、雪之丞の知る限り最高の神父、唐巣神父にはいささか劣るようだ。比べる相手が間違っているかも知れないが。──もっとも、ほかに隠し技を持っているかも知れないから、これだけで判断するのは早計だろう。どれだけ温厚な聖職者に見えようとも、この神父もまた、裏社会の人間だ。一筋縄ではいかないと見ておいた方が間違いない。少なくとも、危なげなく除霊しているから、今のところ特に注意を払う必要もない。
ファットマンは、お札を主に除霊している。こちらもまた、何かの隠し技がありそうだ。少なくとも、神父などよりも余程、こちらの方が胡散臭い。現時点で危なげないのも、神父同様だ。
問題は最後の一人。一匹狼気取り。こいつははっきり言って能力的に他の者に大きく劣っており、多寡が雑魚霊相手に必死になって戦っている。神通棍をたどたどしい格好で振り回す、そんな戦い。酷く危なっかしい。
基本的に、雪之丞、鉄棍鬼、リッパー、一匹狼気取りが前衛、丸く円を描いて壁を作り接近戦。残りの人間が円の中央付近からの援護という形になる。しかし、見るからに一匹狼気取りがやばい。すぐにでも亡霊に抜かれそうで、そうなると後方援護の連中がやばくなる。いや、何より真っ先にやばいのは一匹狼気取りだろう。抜かれる以前に、自分がやられてしまいそうだ。
一匹狼気取りのフォローに回るか?
そんな義理はない。無いはずだが、見捨てるのも躊躇われて、雪之丞はそちらに戦う場所を移動する。
雪之丞が空けた場所は、すかさず鉄棍鬼がフォローする。人が良いな、と言う顔でこちらをちらと見ているが、特に雪之丞の行動に反対というわけではないらしい。──もっとも、一匹狼気取りよりも、後方援護の連中を守るためなら、と言う理由の方が大きそうだが。
雪之丞が鉄棍鬼がリッパーが、そしてガンナーが神父がファットマンが、亡霊を退治していく。ついでに一匹狼気取りも。
しかし、ちっとも亡霊の数が減ったようには見えない。
最大で5000。
須狩の言葉を思い出し、うんざりする。
「おい、坊主、こいつら全部まとめて一撃で始末できるような必殺技はないのか?」
鉄棍鬼が叫んでくる。
「ねえよ、そんな都合の良い技」
「使えない奴!」
悪態をついてきたのはガンナー。
「うるせえ。お前は黙って手を動かせ」
「動かしているわよ!」
実際、悪態をつきながらもガンナーは亡霊に銃撃をくわえ続けている。右手で腰溜め銃を構え、添えた左手でハンマーを叩き、引き金を引く。西部劇のガンマンの様な格好で放ち続ける銃弾は、見事なまでの正確さで必中必殺。──残念なことに、こちらもまとめて大量に、とは行かない様子で、ちっとも数が減ったようには思えないが。
雪之丞、鉄棍鬼も同様に、確実に倒しているのだが、それが実感できるほどに、周囲の亡霊の数が減ったようには見えない。
敵はうんざりするほどに数が多かった。
「どうするんだよ! このままじゃあ、じり貧だぞ!」
泣きそうな声で、一匹狼気取りが叫ぶ。
全くこいつは使えない。
「誰か、何とかしろよ!」
「うるせえ奴だな。黙って戦え!」
雪之丞はいらつき、怒鳴りつける。
戦いの最中、ひーひーうるさいと言えば横島もそうだが、奴はアレで仕事はこなす。雪之丞の考えるところ、横島のアレは擬態の側面も持つ。実力を隠し、敵に侮らせ、油断させて隙をつく。あれだけの実力があるというのに、酷く用心深く、狡猾。見事に美神令子仕込みの、非常に食えない男なのだ。(←買いかぶり)。──まあ、それを承知している雪之丞にしても、苛立つこともあるが。
「だが、このまんまじゃやばいことは確かだな」
鉄棍鬼が頭の上で鉄棍を風車のように振り回して亡霊を払い飛ばしながら言う。
しかし、祓う端から亡霊は押し寄せてくる。自分たちを目指して、全島の亡霊が寄ってきているのではないか? そんな疑念を抱いてしまうほど、次から次へと。一体一体は問題にならないほど弱体だが、数があまりにも多すぎる。このままでは、早晩、霊力、あるいは体力が尽きてしまうだろう。そうなれば、弱体云々は関係なくなってしまう。何とか、状況を好転させねばならないのだが、あいにく、雪之丞によいアイデアはなかった。
それに──
手足を振るい、縦横に奮闘しつつ、雪之丞はかすかな違和感を感じていた。
この亡霊達の、目的が見えない。
通常、亡霊達には何らかの目的がある。
生きている人間のぬくもりを求める。自分の居場所に進入してきた者を追い払う。全てを憎み、破壊しようとする。エトセトラ、エトセトラ。
死の原因やら、霊となった人物の生前の思考やら、執念やら、様々な要因があり、行動基準も様々なものとなる。中には完全に壊れてしまい、自分が何を目的にしているのか忘れ去り、狂的に破壊を目指すだけのモノもいる。
しかし、この霊達の行動は、何の目的があるのか全くわからない。そして、目的を忘れ去るほどに狂ってしまったようにも見えない。
どことなく機械的に、雪之丞達に向かってきているように感じられる。
ここにオキヌがいれば、こいつらの行動理由もわかるかも知れねえが……
ネクロマンシー。そして、自分も長いこと幽霊であっただけに、霊についてはスペシャリストのことを思い浮かべる。オキヌであれば、自分が感じているこの違和感の正体を看破してのけるかも知れない。
無い物ねだり、余計なことを考えていたせいで、僅かばかり手がお留守になってしまったようだ。
横合いから、亡霊が突進してきているのを見落としてしまった。
ああ、こりゃあ、攻撃を食らっちまうな……
人ごとのように思考する雪之丞。
だが、亡霊は雪之丞に体当たりをする前に、後方から飛んできた霊弾によって消滅させられる。
「ぼさっとして居るんじゃないわよ!」
ガンナーの叱咤の声。
「すまん、悪かったな」
別に、これくらいの攻撃ならば魔装術の装甲で問題なかったのだが、それでも雪之丞は礼を言う。ママに、自分の為に何かをしてもらったならばきちんとお礼を言うように、と教育されていたのだ。そうでなくとも、礼儀知らず、親の教育が悪い、等と言われ、ママの名誉に関わるようなことになったら大変だ。
「兎に角、早いところ何とかしねえと。──誰か、何かねえのか?」
さほど期待していたわけでなく、尋ねる。
「私が、やろう」
だから、こんな声が帰ってきて、少々雪之丞は驚いてしまった。
答えたのは、ファットマンである。彼はお札を主体にして戦っていた。ある意味、自前の能力のみで戦っていたわけではないため、戦いが長引くのが一番やばい人間であったかも知れない。僅かな霊力で使用できて効果が大きいのが破魔札で、疲労という点では誰よりも問題が少ないかも知れないが、数に限りがある。大量に用意してきたとは言え、この調子では早晩尽きてしまうだろう。
ファットマンは、手にしていたお札を投げ捨てると、一歩前に出た。
接近、攻撃を阻んでいた物がなくなったため、一気に霊達がファットマンに集中する。その程度の知恵を働かせることは出来るようだ。
前後左右上下、全周からファットマンに霊が迫る。
ファットマンは慌てず、騒がず、大きく口を開いた。
まるで顎を外したかのように、大きな口。元々、殆ど肉が付いていない面長の顔が、ますます長くなる。二倍ほどの長さになったように見えた。場違いかも知れないが、人の顔とはこんなにも長くなる物なのだと、雪之丞はなんだか感心してしまった。
「ひゅぅぅぅぅぅぅぅ」
ファットマンの口が、笛のような音を立てた。
大きく、息を吸っている?
それに合わせ、風が起きた。霊力を乗せた、超自然の風。
風は、瞬く間に凄まじい勢いとなり、周囲の霊を巻き込んだ。
そして、一気に霊達は、ファットマンの口に吸い込まれていく。
「……霊を、食ってる?」
呆然と、雪之丞は呟いた。
次々と、吹き荒れる風に乗って、霊達がファットマンの口の中に飛び込んでいく。
これに似たものを、雪之丞は見たことがあった。六道冥子の式神の中に、こんな力を持っていた奴が居た。
しかし、人間で同じ真似が出来る奴が居るとは、これまで雪之丞は想像したこともなかった。
「……掃除機?」
呆然としたようなガンナーの声。どうやら、雪之丞とほぼ同質の驚きを共有したらしい。
瞬く間に、周囲一面に満ちていた霊達がファットマンの口の中に吸い込まれて消えていく。
同時に、ファットマンの肉体にも変化が起こっていた。
青白く痩けていた頬にうっすらと朱が差し始め、同時に、肉が付いていく。顔だけではない。体全体に変化は及んでいるらしく、ぶかぶかのローブが、どんどん体にぴったりしていき、ついにはぱっつんぱっつんになってしまう。僅かな間に、名乗りの通り「ファットマン」に、この痩せ男は変貌していた。
そして、ファットマンの変貌に合わせて、霊の数も目に見えて減少していた。これまで全周を覆い尽くしていたモノがまばらになり、広く、霊の空白地帯が生まれていた。
それを見て取ったのか、ファットマンは霊の吸引を終了させる。
「後は任せますよ。腹八分目が基本ですから」
ファットマンにとって、霊の吸引は食事なのだとこの言葉で知らされた。
悪食。それも、ここに極まれりと言う、悪食中の悪食。
雪之丞は内心顔をしかめつつも、それでもありがたいと思うことにした。兎にも角にも、これで霊の数は大幅に減少し、残りを蹴散らすことくらいは容易だったから。
しかし、亡霊達もまた、自分たちの不利を悟ったかのように、まるで潮が引くように雪之丞達から離れていく。
雪之丞達が殆ど追撃らしい追撃も出来ない間に、亡霊の姿は周囲から消え失せていた。
「……終わったの?」
誰にともなく尋ねるガンナー。
「さてな」
雪之丞はそう答えつつも、魔装術を解いた。少なくとも、雪之丞の霊感では、周囲に何らかの危険なモノを感じなくなっている。
「しかし、すげえ技だな」
素直にファットマンに感心の声を投げつけたのは鉄棍鬼である。あまりにあまりな技だったのだが、鉄棍鬼はその辺り全く気にしていない様子だ。
「デメリットもいろいろとありますがね」
ファットマンは、すっかり面変わりした顔で柔らかく笑う。痩せていた時はぎょろりとしていた目など、上下からの肉に押され、すっかり糸目になってしまっている。
「その最たるモノは、普通の食事も採れなくはないが、あんまり栄養にならないことですかね。──あと、満腹してしまうと、消化するまで技を使えなくなること。と言うわけで、しばらく私は役立たずですから、皆さんにはしっかり守ってもらわないと」
わざわざデメリットを口にしたのは、最後の一言を伝えるためらしい。
「まあ、今のはあんたのおかげで助かったから、努力はするぜ」
雪之丞は答えつつ、ファットマンにはまだ余力があると見ていた。自身で腹八分目と口にしていたが、それでも後に二分、実際はもう少し、ゆとりを持たせているだろう。確かに一行は組んで仕事をしているが、完全な信頼関係にあるわけではない。皆、いざとなれば自分の身の安全を優先することは分かり切っている。余裕があれば助けもするが、何より大事なのは自分だ。他人のために自分の命を落とすなど、ばからしい。みんな利己的で、それが当たり前の世界。そんな状態で本当に役立たずになってしまえば、切り捨てられる危険が大きい。ファットマンも裏世界の住人なだけに、その辺りを当たり前に承知しているはずだ。
「ねえ、幽霊って、おいしいの?」
こんな質問をしたのはガンナーである。
最初は気味悪そうにファットマンを眺めていたが、結局、好奇心に負けてしまったらしい。
雪之丞は、余計なことを聞く奴だ、と思ったが、口には出さないでおいた。
「そうですね。やはりモノにもよります」
ファットマンは、簡単に応じた。
「一番おいしいのは、小さな子供の霊ですね。まだ、いろいろと汚れが少ない若い子供、その天然物。アレが一番です」
そして、にやり、と笑う。
「そ、そう」
ガンナーは、ちょっぴり引いた様子で応じた。
やっぱり、余計なことを聞く奴だ、と、雪之丞は顔をしかめた。
「ところで、今の霊ですが──」
ファットマンは、周りが引いているのに気がついているだろうに、さらに言葉を連ねる。
「うまかったのかい?」
律儀に合いの手を入れたのは、鉄棍鬼。こいつは、単純に興味深く、面白げに対応している。顔立ち、体つきそうだが、性格も非常に大雑把に出来ているのだろう。
「いえ、最悪です」
ファットマンは、首を振った。
「確かに私は悪食ですが、これでも、味にうるさいんですよ。──ああ、そんな顔をしないでください。これは、結構まじめな話なんですからね」
どうやら、内心が顔に出ていたらしい。雪之丞を咎めるようにファットマン。
「それで、まじめな話とは?」
促したのは神父。静かな、そしてまじめな表情でファットマンの顔を見つる。
「ええ、今の霊達ですが──どうも、天然物とは思えないんですよ」
「え?」
と、ガンナーが首をかしげる。天然物でない霊。それは一体何の話だ。そんな顔をしている。
「脂の乗りが不自然で、独特の臭みがある。どうも養殖物のようです」
脂の乗り云々は、雪之丞には理解不能なことだった。理解したいとも思わない。
ファットマンはぐるりと皆の顔を見回して、続けた。
「あなた方も、今の霊達に不自然なモノを感じていたのではありませんか?」
雪之丞は、他の者の顔を見る。
鉄棍鬼、神父の顔には、ファットマンの意見を肯定する表情が浮かんでいた。雪之丞がそうであったように、彼らもどこか不自然なモノを感じていたのだ。
残り──リッパーはにやにやとした笑みを浮かべていて、内心は判別しない。天然養殖にかかわらず、兎に角切り刻むことが出来れば、俺はそれで満足だ。そんな顔に見えたのは、雪之丞のリッパーに対する偏見も入っているかも知れない。
ガンナーは、戸惑ったような表情をしている。こいつは、雪之丞らのように違和感を感じていないようだ。霊力ならば必要十分なだけ持ち合わせているから、これはきっぱりと、経験不足に問題があるのだろう。それほど場数を踏んでいない。その為、今の亡霊達に違和感を感じるほどの類例がない。そう言うことだ。
もう一人の一匹狼気取り。こいつもわかっていない。こちらは、能力不足。戸惑ったように、落ち着き無く皆の表情を伺っている。はっきり言って、こいつは使えない。当てにしない方が良い。
「おい、どういう事だよ。養殖とか、天然とか」
わめいたのは一匹狼気取り。理解不能な状況で、黙っていられるような余裕は持ち合わせていないのだろう。
「この仕事には裏がある、そう言うことだ」
珍しくもないだろう、と鉄棍鬼。
確かに、裏の仕事ではこうした話は珍しくない。もっとも、だからと言って気分が良いわけでもなく、鉄棍鬼の顔は不機嫌に歪められている。
「何だよ、それはっ! あの女、俺たちを騙したって言うのか?」
一匹狼がわめく。
「……あの女か」
何か引っかかるモノがあるように、鉄棍鬼が首をかしげる。
「須狩、だったよな」
「須狩、須狩……どこかで聞いたような覚えがあるのですが」
ぶつぶつと、ファットマンが須狩と繰り返す。
若干の間。皆、脳内を検索して、須狩と言う女のことについて考える。雪之丞もそうしたが、残念なことに思い当たることはなかった。
「ああ」
最初にそれに思い当たったのは、神父だった。
「思い出しました。須狩──南武リゾートの須狩。確か、人造魔族の事件の首謀者の一人です」
「人造魔族?」
雪之丞も、この言葉はどこかで聞いたような覚えがある。
「確か、どっかで聞いたような……」
「あんたねえ!」
呆れたように、ガンナーが雪之丞をにらむ。こちらも、何か思い当たることがあったらしい。しかし、雪之丞にはにらまれる覚えはない。
「あんたが一番接点があるんじゃないのよ! 確か、その事件は美神除霊事務所が解決したはずよ。あんた、アシュタロス事件に関わりがあるんだから、美神令子とも当たり前に知り合いなんでしょ!」
「美神の旦那が?」
言われて、思い出す。そう言えば、横島経由でそんな話を聞いた。しかし、殆ど聞き流してしまったから、ろくすっぽ覚えていない。
これは、雪之丞だけに責任が求められるわけではない。話した横島の方も悪い。何しろ、横島の話では人造魔族云々と言うよりも、グーラーとか言う女妖の話がメインだったから。人造魔族云々は、殆どおまけだったのだ。覚えているだけ、誉めて欲しいくらいだ。
「そ〜よ」
ガンナーは馬鹿にしきった瞳で雪之丞を眺め、憎まれ口を叩く。
「あんた、本当に本物の伊達雪之丞なの? こんな事も知らないなんて、騙りじゃないの?」
「本物に決まっているだろうが。俺の何処が偽物だ?」
「そんなこと、私には確かめようがないもん。何とでも言えるわ」
「糞、かわいくねえ女だな」
むむむむと、雪之丞は唸る。やっぱりこいつは欠片もママに似ていない、と改めて結論し、ガンナーに向けて怒鳴る。
「偉そうに言うお前だってな、知っていたならいたで、何で最初から言わないんだよ」
「今思い出したのよ」
ガンナーは雪之丞よりも大きな声で怒鳴り返す。
「私に言われなきゃ、思い出しもしなかった奴が、偉そうな口聞かないでよ」
二人は、火花を散らしてにらみ合う。
「まあ、二人とも落ち着け」
そこに水を差したのは鉄棍鬼。子守は勘弁してくれ、そんな顔をしている。
「兎に角、済んだことは仕方がない。今重要なのはこれからどうするかだ」
言って、その事件の詳しいことはわかるか?、と、ガンナーに視線で促す。多分、こいつも思い当たるところがなかった口だ。
「私も一通り新聞記事で読んだだけ。──何でも、軍事的利用のために、魔族を人為的に製造、制御してって話だったはず。何人かの霊能者を使って、その性能の確認をしたんだけど、美神令子を使おうと思ったのが運の尽き。自慢の人造魔族は全滅。もう一人の首謀者は死亡、須狩も逮捕されたはずだけど」
他に補足は?、と神父に問う。
「私の知っていることもその程度です」
神父は頷き、ガンナーの言葉に間違いがないことを保証する。
「でも、逮捕されたのはついこないだのはずよ。本当に本人かしら?」
ガンナーが首をかしげるが、他の者は不思議にも思わなかった。
「まあ、いろいろと裏であったんだろう。そうでなくとも、日本は犯罪者にぬるい国だからな」
鉄棍鬼が、だから俺たちも助かっている、と軽く応じ、それから口調を改める。
「人造魔族、って言うが、どんな種類が居たか、知らないか?」
「知らない」
「済みません、そこまでは」
ガンナー、神父が首を振る。
それから、揃って雪之丞を見た。美神令子に近しいお前は、何か聞いていないかという視線。
「グーラーが居たらしいが……」
「食人鬼人の女妖──精霊の一種ですね」
神父が補足する。
「で、そいつは強いのか?」
鉄棍鬼の問いに、雪之丞は首をかしげた。
「詳しくは知らん。……良い体をしていたらしいが」
余計なことを付け加えてしまったせいで、ガンナーに冷たい視線を向けられることになった。
「あんたって……」
「いや、俺じゃねえ。俺にそれを教えてくれた奴が、そう言ってたんだ」
嘘ではない。しかし、ガンナーの視線は冷たいままだった。
「まあ、小僧も男だ。それくらいはおおらかな目で見てやれ」
鉄棍鬼が、多分雪之丞をかばうつもりでそう告げるが、はっきり言って余計なお世話だった。
「だから、俺じゃねえんだよ!」
「男ってサイテー」
「だから……」
雪之丞はがっくりと肩を落とした。
薄暗い部屋。パソコンのファンが立てる小さな音が支配する部屋。
モニターの明かりに照らされ、すっかり悪役じみた陰影を顔につけ、須狩は薄く笑った。
「あらあら、いずればれるとは思っていたけど、まさか初っぱなでばれるとわね」
モニターには、雪之丞らの姿が映し出されている。その為の「虫」が、この島に放たれているのだ。
「どうしますか?」
パソコンに向かっている、技師風の男が須狩に尋ねる。
「どうするって、どうもしないわよ。予定通り、彼らには商品の性能テストをしてもらうだけのこと」
須狩はあっさり言って、それから僅かに考える。
「──でも、あのままあそこで足を止められると面倒くさいわね」
かつての美神令子がそうであったように、あの場で朝を迎えようとされると、面倒くさいことになる。朝を待たれたところで、こちらの手が無くなるわけではない。無いが、時間を無駄にすることになる。それは避けたい。
「では?」
「ええ」
部下に頷き、須狩は命令する。
「彼らを朝まで休ませる必要はないわ。すぐに次を送りなさい」
「了解しました」
と、頷き、早速そのように手配する部下から即座に興味を失い、須狩はモニターを見つめ、婉然と微笑んだ。
「さて、彼らは──いいえ、「彼」は、何処まで頑張ってくれるかしら?」
失望させないでよね。声には、そんな響きがあった。
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