シルキィ博士の生物学的愛情
「合成人間」
暗闇の中、密かに待機していたぱるっこ、ちょうちんと言った女の子モンスターが、自らの体を輝かせる。
魔王城、地下深くに存在するケイジが、輝きに満たされる。
そして、ランスの前に現れる、巨大なモノ。
「顔? 巨大ロボットか?」
ランスの前には、巨大な顔が、存在した。
体を水の中に沈め、顔だけ出している。
「違います!」
声は、高い場所から響いてきた。
「ん、シルキィか? そんな高い場所で、どうした?」
声の主は、魔人シルキィ・リトルレーズンだった。
薄い胸を反らし、顔の向こうの壁にある硝子の向こうで偉そうな格好で立っている。
「登場に、少々凝ってみました」
シルキィは、答えると、硝子を開け、「とうっ!」とばかりにジャンプする。
空中で一回転、そして──
どぼん、と水の中に落ちた。
「何がやりたかったんだ?」
ランスは、付き従っているマリスに尋ねた。
「多分、格好良くとんぼを切って着地をしようとして、目測を誤ったのでは?」
「……」
ありそうだ、とランスは納得する。
「さ、さすがはマリス様。その素晴らしい洞察力、大リーザスの屋台骨を支えるお方だけのことはあります」
水を滴らせながら、巨大な顔の前にしつらえられた、ランス達のいるブリッジに昇ってきたシルキィが、マリスの憶測を肯定する。
びしょぬれ、だが問題ない。
何しろ、シルキィの格好は、殆どというか、まさしく水着なのだから。
マリスは、そのシルキィの言葉に、眉をひそめる。
なにやら、自分を持ち上げようとしているようだ。
そこに、不穏なモノを感じる。
「──で、この巨大ロボットは、何なのですか?」
内心の疑惑はうちに秘め、マリスは尋ねる。
「違います。これは、マリア・カスタードが研究しているような、機械人形ではありません。私、シルキィ・リトルレーズンの持つ、魔物合成の技術を総動員して作り上げた、素晴らしい合成人間です」
「合成人間?」
機械人形であろうが、合成人間であろうが、どちらでも良いのだが。
そんな響きを声に込めて、答えるマリス。
「そうです、対創造神用汎用人型決戦兵器、合成人間ビッグリトル、これは、その初号機です」
どこかで聞いたことのあるような。
それに、ビッグで、リトル、どこか、名前が矛盾しているような。
マリスは、そんなことを考えながら、先を促す。
「良いですか? マリア・カスタードの研究するような巨大ロボットの場合、どうしても、機械故の制限がつきまといます。可動部分が多くなれば多くなるほど、操縦は手間のかかるモノとなり、操縦者は火星人のように手足の数がたくさん無いとどうしようもなくなってしまいます。それを避けるためにコンピューターを導入するという手段もありますが、その場合、動作がパターン化してしまう危険があります。──ところが、私の開発したビッグリトルの場合、脳波のシンクロにより、操縦者の第2の体のように、考えるだけで操縦できる、そう言うシステムを組み込んでいるのです」
「脳波で制御? 第2の体? 混乱しそうな気がするのですが」
「さすがは、才女の誉れも高いマリス様」
揉み手をせんばかりのシルキィ。
「その通り、精神汚染の危険が存在します。しかし、既にそれも解決されています。海豚の脳を安全装置として組み込むことにより、ビッグリトルからの浸食をくい止めることが可能となっているのです」
「海豚、ですか?」
「動物保護団体ならば、大丈夫です。表向きの仕様書には、人間の脳味噌を使ったと記述していますから、動物保護団体は出てきません。奴らは、希少動物の保護には一生懸命ですが、人間の運命には冷淡ですから」
「その場合、人権擁護団体が出てくるのでは?」
「それも大丈夫です。私が人間やモンスターを魔物合成の材料にするのは、今に始まったことではありません。「改造するぞ」と一言、耳元で囁いてやれば、奴らは追及の手を納めます。奴らにとって、一番大事なのは自分の人権なのです。それを投げ出してまで、他人の権利を保護しようなどと思うような連中ではありませんから」
シルキィには、動物保護団体、人権擁護団体などと言った組織に、なにやら恨みがあるのかも知れない。
シルキィのような研究──魔物合成──を繰り返していれば、そうした団体との軋轢は、日常茶飯事なのだろう。
そして、日常茶飯事だから気にならない、そう言うわけにも行かない。
余計に、鬱陶しく感じているらしい。
「それでも文句を言ってくるようでしたら、本当に改造してやるか、もしくは抗議デモのド真ん中に、マリア・カスタードのチューリップ100号を墜落させてやればいいのです。特にお勧めは、チューリップ100号の墜落です。こちらならば、事故として容易に片づけられるでしょう。何しろ、チューリップ100号の墜落は、珍しいことではありません。しかも、マリア・カスタードの名ををおとしめることができる、ざまーみろ、マリア・カスタードと言う一石二鳥な……いえ、これは忘れてください」
もしかしたら、チューリップ100号の墜落のいくつかには、シルキィが関わっているのかも知れない、そんな疑惑を抱くマリスである。
「とにかく、私の素晴らしい研究成果、ビッグリトル。ビルの街にがお〜、夜のハイウェイにがお〜。すごいぞ、ビッグリトル、創造神もイチコロだ! となるわけです」
「ただ、巨大な人間ならば、バボラの奴を掘り出した方が早いんじゃないのか?」
それまで沈黙を守っていたランスが、ぽつりと呟く。
「……」
その言葉に、シルキィは沈黙してしまう。
ランスの言うように、その方が早いし、経済的でもある。
「……と、とにかく、素晴らしい、研究成果、ビッグリトルです。──しかし、まだまだ未完成。これから装甲などの擬装をするのですが、その為には必要不可欠なモノがありまして……」
なにやら無理矢理ランスの発言を無視すると、シルキィは、マリスを見た。
ここまででマリスは、今までのシルキィの、普段より5割り増しでへりくだった態度の意味を悟る。
「なにとぞ、予算のアップを」
「却下」
即断するマリスである。
「うう……」
少し、落ち込んだシルキィである。
しかし、すぐに立ち直る。
予算をアップして貰えなかったことは悲しい。
今回の目的の半分が失敗と終わった。
しかし、残りの半分、それこそが、本命である。
「と、とにかく、それでは、ビッグリトルの起動実験を開始します」
そう言って、シルキィは筒状の金属の物体に近づく。
「これが、操縦席になります。本来は単座式なのですが、今回のプレゼンテーション用に、魔王様、マリス様の席も用意しております」
「わ、私も、乗るのですか?」
冷静なマリアが、僅かに慌てて尋ねる。
「マリス様の不安も理解します。何しろ、マリア・カスタードの発明と言えば、常に爆発しますからね。こうした新開発のモノは爆発する、そう考えてしまうのも、無理はありません。しかし、マリア・カスタードを凌ぐ天才の私を信じてください。──だいたい、こいつは生物です。爆発物など、どこを探しても存在しませんから」
「なるほど、巨大ロボットの操縦か、男としては、あこがれるモノだからな」
一方のランスは、乗り気である。
自身の言葉通り、巨大ロボットのパイロット、男の子の好きなシチュエーションである。
「あの、魔王様、これは合成人間です」
「やっぱり、ビームサーベルとか、ビームライフルとかを使うのか? この、巨大ロボットは」
ランスは、シルキィの訂正などには耳を貸さず、率先して操縦席に乗り込んでしまう。
「うう……」
シルキィは少しだけ落ち込み、すぐに復活する。
「それでは、マリス様も」
なおも躊躇うマリス。
ランスのように楽観的にはなれない。
「ほら、マリス、早くしろ」
しかし、ランスは非常に乗り気で、マリスを促す。
マリスは、ため息を一つ零すと、ランスに続いて、操縦席に乗り込んだ。
操縦席は、シルキィの言葉通り、三人乗りとなっていた。
縦に三つシートがあり、前から順に、シルキィ、ランス、マリスと座る。
「それでは、操縦席挿入」
シルキィの声にあわせ、合成人間ビッグリトルの脊髄に当たる部分に、操縦席が挿入される。
「体液、注入」
「ん? 何だ、シルキィ、雨漏りを始めたぞ」
ランスが、操縦席内壁を見て顔を顰める。
にじみ出すように、内壁から液体が操縦席に侵入してくると、結構な勢いで溜まってきている。
「大丈夫です。これは、そう言う仕様なのです」
「しかし、溺れてしまうぞ」
「大丈夫です。肺に取り込めば、呼吸のできる、画期的な体液です」
「た、体液?」
普段は冷静なマリスが、慌てて叫ぶ。
なんだか訳の分からないモノの体液を肺に取り込め、と言われれば、気が進まないのも当然だろう。
「我慢してください。これは、衝撃緩和の働きもあるのです。何しろ、ビッグリトルは全長57メートルを超えます。それだけの巨大なモノとなりますと、ただ歩くだけでも上下幅はとてつもないモノになります。我々は魔王、魔人ですから、普通の人間のように挽肉になってしまう危険はありません、しかし、痛いものは痛いです。なるべくなら、痛くない方がいいでしょう」
言っている内に、シルキィの首のあたりまで、液体が来ていた。
操縦席は、斜めに傾いて挿入されている。
その為、シルキィの首まである液体は、ランスの場所で足を濡らす程度、マリスの所までは、全く届いていない。
「ううむ、あんまり気が進まないな」
先刻まで乗り気だったランスも、イヤそうに液体を見、足をあげて、少しでも逃れようとしている。
しかし、喫水はどんどんあがってきている。
ランスの体が水に浸かるのも、時間の問題である。
「大丈夫です。このマリア・カスタードを凌ぐ天才の私を信じてください」
「そのあたりに、非常な不安が……」
小声で呟いたマリスの脇の内壁を、何か白いモノが、滑り落ちていった。
「ん?」
マリスが視線をそちらに向けると、他にも、同様な白いモノが壁を抜けて操縦席内に侵入してきている。
「シルキィ、この白いモノは何だ」
ランスも気がついたらしい。
シルキィに尋ねる。
「白いモノ? はて? そのような仕様ではないはずですが……」
シルキィが首を傾げる。
その顔の前に、白いモノがぷかりと浮かび上がる。
球形、表面は粉を吹いたように見える。
それは、小さな棘だった。
「確かに、白いモノですな。……これは、いったい?」
僅かに考え、シルキィは、直後にその白いモノの正体に思い至る。
「ま、まさか、T細胞?」
T細胞、キラーT細胞。
別名、白血球。
体内の免疫細胞である。
巨大な、とは言え、合成人間。
人間と同様に、体内に侵入した異物、シルキィを敵と認識した。
そして、胸腺でキラーT細胞を生産、派遣してきたらしい。
T細胞は、一気にシルキィに襲いかかった。
そのT細胞が持つ棘は、人体をも融かす殺人酵素を持つ。
「うひ〜〜〜〜〜〜!」
全身にまといつかれたシルキィの悲鳴。
「うわ、来るな、来るな!」
ランスの方も、足のあたりまで体液が来ている。
慌てて、両足をあげて、逃れようとする。
それでも、浸水は止まらない。
同時に、T細胞の侵入も。
ランスが、近づいてきたT細胞をけっ飛ばす。
ずるりと、ランスの履いていたブーツが融けて、崩れ落ちる。
それを、ぞっとした顔で眺めていたマリスが、我に返ると慌てて叫んだ。
「操縦席、排出」
その声に応じ、操縦席が排出される。
一気に水位が下がり、ランスの所まで達しようとしていたT細胞も、それに連れて下に落ちていく。
「流石の私も、びっくりしました」
この声は、シルキィである。
人体を融かす、とは言え、シルキィは魔人である。
絶対加護の法則は、この場合も有効であったらしい。
ただ、着ていた服は溶け落ちてしまっている。
素っ裸、だが、服を着ているときと、さほど露出度が代わっていないシルキィである。
「シルキィ殿……」
そのシルキィ、マリスの冷たい声に、慌てて取り繕うように口を開く。
「いえ、これもこうした仕様なのです。別段、私は魔人ですから、T細胞も問題ではありません。それに、ほら──このように、美肌効果まであります」
肌を示す。
魔人の特性で、深刻なダメージは受けていない。
しかし、古い肌やら、付着した汚れは残さず融かされてしまい、言葉通り、シルキィの肌は、つやつやしていた。
「次回の、予算会議を楽しみにしていてください」
マリスはそのシルキィを冷たい目で見て、告げる。
「え? そ、そんなあ」
死刑宣告を受けたように、シルキィが嘆く。
「うむ、俺様も、特別に、シルキィにはお仕置きだ。ちょうど、脱がせる手間も省けたしな。──がはははははははははは」
「え? お仕置きもですか?」
「ランス王、きっつい奴をお願いします」
マリスは、後は任せたとばかりに、操縦席から退場する。
「え? え? そんな、魔王様、ちょっと待ってください」
「がはははははははははははははははは」
「あ〜れ〜!」
操縦席から、シルキィの悲鳴が聞こえてきた。
次の予算配分会議で、シルキィラボに分配される予算は、減額された。
合成人間ビッグリトルは、その穴埋めのため、魔人専用美肌効果を持つエステ人間として、今も活躍している。
終わり
後書き、もしくは言い訳
似非科学は大好きです。
マリアヴァージョンに続き、今回はシルキィヴァージョン。
これは、EVAを見ていて、LCLは体液な訳だし、免疫系とかはどうなっているんだろう、パイロットは異物として排除されたりしないのだろうか、と思ったのが発端です。
色々間違いや勘違いや思い違いもあると思いますが、ぬるい目で見守ってください。
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