噎せ返るような血の臭いの中、マサムネは立っていた。
石造りの広大な一室に、折り重なるように倒れた、人、人、人。この部屋にいるのは総勢、26人。その内の2人を除く全てが頭を弾けさせ、どろりとした血を盛大にぶちまけて事切れている。
マサムネの立っている場所は周囲よりも一段高くなっている。前後左右きっちりとはかった位置に燭台。独特の香料を混ぜ込んだ蝋燭がゆらゆらと炎を揺らせている。そして足下には、複雑な文字を書き込んだ魔法陣。
「成功だ、すばらしい」
感極まったように、マサムネの前で興奮した声を上げている一人の男。三角の黒い帽子、黒いローブに身を包み、ねじ曲がった木の杖を手にしている。いわゆる、魔法使いとしてイメージされる格好。
──頭、痛い。
死体に衝撃や恐怖を覚えるより先に、マサムネが感じたのは頭痛。
脳みそがオーバーフロウ気味。いきなり得た膨大な情報量、その整理に、脳みそが限界を超えかけている。
ここは、ロードスと言われる島、呪われた島、アラニア王国、千年王国、内乱、ラスター公、アスモン伯、私は宮廷魔術師第三席、名門貴族の生まれ、俺様は盗賊、凶賊とまで呼ばれ、近隣の町や村を恐怖に、俺は戦士、私は騎士、私は魔法使い、私は、私は、私は、私は、私は──
知るよしもないはずの倒れ、死体になっている人々の個人情報が、頭に溢れる。
自分が何故、こんな見も知らぬ場所で死体に囲まれているか、事情はすぐに知れた。知識──脳みそに書き込まれていた死体達の記憶が教えてくれる。
足下に書き込まれているのは召還の魔法陣。異世界より、救国の英雄を呼ぶ為の魔法陣。
部屋に転がった25人のうち、20人まではその魔法陣、発動の為の生け贄。ある者は戦争捕虜の騎士。ある者は捕らえられた盗賊の頭。街でさらってきたエルフ。依頼と偽って集められた冒険者と呼ばれる生業の者達──
残りの5人は儀式を行った魔法使い。彼らもまた、儀式を中心となって執り行った一人を除き、それと知らず生け贄となった。
異界よりの英雄の召還。
これは、英雄を呼ぶのではない。呼んだ人間を、英雄と呼ばれるにふさわしいだけの能力者に仕立て上げる。そうした魔法。
こんなモノに頼るくらいである。必要としているのは即戦力。しかし、異世界から召還した人間が、即戦力になるはずもない。
まず、言葉が違う。風習が違う。情勢を、当然のごとく知らない。世界になじむまで、使えるようになるまでに時間がかかるのは当然の事。
また、呼び出される者は、ランダムに選ばれる。何しろ、知らない世界から強引に呼び出すのだ。選びようなど無い。
その呼び出された者が、優秀な能力を持っているとは限らない。取るに足らない一般人である可能性の方が高く、実際、マサムネは自分を英雄などと思った事がない。英雄と呼ばれるにふさわしい能力を持った人間だと思った事はない。知力体力時の運、平均よりは多少まし、程度には思うが、ピンチの国に一人呼び出され、何事かできる程優れた人間ではないと、自覚している。誇大妄想狂の気はないのだ。
その、問題点を一気に解消するのが、この魔法のシステム。
生け贄の経験能力知識を、被召還者に与え、一気に即戦力を作り上げる、それが、この魔法の趣旨。一人二人ならばともかく、20人以上の能力が累積すれば、それは、英雄勇者と呼ばれるに足るだけの能力の所持者になるだろう。知識の点でも、記憶が複写されれば、言語風習に困る事もない。これにより、文字通りの即戦力ができあがる。
魔法の儀式を行った人間まで、一人を除いて生け贄に含まれてしまうのは、想定外だった様子だが。
マサムネの頭を痛めつけているのは、一度に与えられた生け贄らの記憶。膨大な情報量。とっさに処理するには、多すぎる情報量。
「どうした? 様子がおかしいな?」
目の前の男が、僅かに首をかしげる。
儀式を行った人間が巻き込まれるのも想定外? いや、この男だけは、それを知っていたに違いない。
同僚達の死体も転がる中で、焦りも、戸惑いもなく、うれしそうにはしゃいでいた姿から、それを知る。この機会に、自分を追い上げてくる邪魔な後輩の排除も考えていたようだ。宮廷魔術師次席、ホワイト・ヘザー。それが、この男の名前。長い事主席になれず、成長著しい第三席には追い上げられ、焦りを感じていた。それを、今回言葉巧みに儀式に誘い、始末しようと試みた。元々、遺失呪文で効果がはっきりしていなかったのだ。これは不幸な事故。言い訳ができた。
「私の言葉、分かるはずだが?」
──ああ、分かっている。
知らないはずの異国の──異世界の言葉が、まるで母国語のように分かる。自分が言語に対する飛び抜けた才能を持っていない事は明白。そうだったら英語の成績はもう少し良いはずだ。だから間違いなく、この儀式による効果。
マサムネは唇をわななかせるが、言葉が出ない。
──何を言いたい?
よくも私を俺を僕を──我々を殺してくれた?
──違う! 俺は誰だ?
一度に与えられた記憶、それによる混乱。自分を強く持たねば、容易く流され、マサムネという人間が消えてしまいそうな恐怖。
俺は私は僕は──違う。俺はおまえ達の誰でもない。マサムネ。佐倉正宗! 日本人! 高校生! 男!
強く自分に言い聞かせる。頭が痛いのは変わらず。脂汗を浮かべ、わななきつつ、自分に向けて怒鳴りつけるように思考する。
確かに、この召還の魔法はよくできている。この記憶を整理すれば、マサムネはかなりの事情通になれるだろう。下手をすると、現地の人間以上に。能力云々が本当であれば、即戦力になる事間違いなしだ。
しかし、それ以上によくできているのは──
ギアス、制約の魔法。
自分にかけられた、枷。
被召還者が、召還者に好意を持つとは限らない。いや逆に、恨みに思う方が当然だろう。
実際、マサムネは恨みに感じている。
頭が痛いせいもあるが、全く縁もゆかりもない人間が、こんな異世界に呼び出されて、戦う事を強要される。
ふざけるな。
それが本当だろう。
逆に、この国、滅ぼしてやろうか、とまで思う。
それは、自然な思考の流れだろう。
勝手な事をされて、喜んで従う。喜んで彼らの為に働く。
そんな聖人君主がどこの世界にいる? そんな奴隷根性の持ち主がどこにいる?
それを防ぐ為のシステム。ギアスの魔法。逆らえば深甚な激痛にさらされる。そうした魔法。
それが、召還と同時にマサムネの体を縛るようにもできているのだ。
これにより、マサムネは被召還者に逆らえなくなる。目の前の男を、頭の痛みが治まったらすぐにでもぶっ飛ばしてやりたいところだが、それをなしえない。やろうとすれば、痛みに七転八倒する事になるだろう。
全く、腹が立つほどによくできたシステム。
頭の痛みが、耐え難いほどに高まっていく。
──痛い、痛い。何でも良いから、休ませてくれ。
「……くそったれ」
ののしりの言葉を一つ残して、マサムネは目を閉じた。
暗転。
ロードスと言う名の島がある。
呪われた島と呼ばれる事もあるその島は、現在戦乱の中にある。
暗黒皇帝を名乗るマーモ皇帝ベルドは、カノン王国を侵略、占領。さらに隣国のヴァリスへ、さらにロードス中へと侵略の手を伸ばそうとしている。
ヴァリス王国はマーモと直接戦火を交え、モス公国、フレイム王国は内乱のさなか。
そして、千年王国とも呼ばれる古い王国であるアラニアもまた、内乱の最中にあった。
そんな中、異世界より一人の少年がこの地に呼ばれた。
この先、その少年がどのように動いていくのか、今はまだ、杳として知れない。