目を覚ますと、そこにはかわいいメイドさんがいた。


 マサムネが目を覚ますと、こちらをのぞき込んでいたメイドさんと目があった。
「メイド?」
 実物は見た事がなかった。その種の格好をするファミレスの存在は聞いた事があったが、なにぶん田舎生まれの田舎育ち故に、利用した事はない。しかし、一目でメイドと知れた。
 何しろ、メイドと呼ばれるに必要な格好を、目の前の少女はしていたのだ。
 白い頭飾り──確か、ホワイトプリム、だったか?──と、エプロンドレス。頭のてっぺんからつま先まで、どこから見ても、メイドさんだった。
「お気づきになりましたね。……よかった」
 言って、花がほころぶように、にっこりと笑う。
 年齢は、マサムネよりも幾分下か。高校生になったかならないかくらい。プラチナブロンドの髪の毛を編み上げて、さらには件のホワイトプリム。白い卵形の顔には、目鼻口が理想的な場所に配置されている。瞳の色は深い青。外人さん、にしては、多少彫りが浅めかも知れないが、日本人のマサムネにとっては、派手な外人顔よりもその方が好みだ。
 そのメイド少女が、にっこりと笑顔を向けてきている。すごく魅力的な笑顔だ。
「勇者様は、3日も眠っていらっしゃったのです」
 勇者様。
 その恥ずかしい呼称が、自分を指している事に気が付き、同時に、マサムネは現状を思い出した。
 ここはどこだ?
 確認するように視線を巡らせる。
 マサムネが眠っているのは、何と天蓋付きのベッド。自室の、シンプルさ以外に売りのない様なパイプベッドとは全くの別物。どころか、逆の地平にあると表現しても良いほど、ごたごたと飾り付けられた豪華な、豪華きわまりない代物。天蓋、そしてそれを支える柱には、偏執狂なまでの執拗さで細やかな飾り彫りがこれでもかっ!、と施され、どこかしこに金箔が張られ、宝石がはめ込まれている。天蓋から垂れ下がったカーテンにも、執拗なまでに見事な刺繍が施されている。これだけで一財産になるだろう。
 さらに視線を先に送って部屋を見る。
 あまりの広さに呆れが出る。自分の部屋、4畳半とは比べモノにならず。下手をすると、学校の教室よりも広い部屋。壁紙や天井、窓枠、カーテンに至るまで、何処も彼処も派手で高価そうな代物だ。しかも、ここは寝室。寝る為だけの部屋だと「知識」が有り、ますます呆れる。寝るだけにこの広さは必要ないだろう。座って半畳寝て一畳。それではさすがに狭いだろうが、ここまでの広さがあるのは無駄の局地だ。
「ここは──?」
 と尋ねかけ、思い出す。
 自分は、英雄召還の魔法とやらで、異世界──ロードス島、アラニア王国に召還されたのだ。
 夢じゃなかったのか? あまりにも現実離れした夢物語に思えたのに。
 と、愕然とするマサムネに向かって、メイドの少女がとどめを刺してくれる。
「ここは、アラニア王国、王都アラン、王城ストーン・ウェブの一室です」
「まじかよ……」
 自分が、夢と現実の区別も付かないパラノイア野郎じゃなかった事に安堵を覚える余裕なんて無く、マサムネは呆然とする。
 しかし、メイドの少女はどこまでも真剣で。
 また、自分の中にある、妄想とは思えないほどの精緻な世界に対する知識。そして、何人もの人間の記憶が、これを夢ではないと知らせてくる。
 3日寝ていた、と言うが、多分、その間に記憶の整理をしていたんだろうな。
 現実逃避気味にマサムネはそう考える。人は、眠っている間に記憶を整理すると聞いた事がある。いきなり与えられた25人分の記憶を、眠っている間に整理したのだ。だからか、あのとき感じた猛烈な頭痛はない。たった3日で見事整理したと考えるべきか、それとも、3日もかかってしまった、と考えるべきか。多分前者だろう。何しろ、得体の知れない異世界の人間の記憶25人分だ。脳みそがパンクしなかった事をありがたく思うべき分量だ。
 呆然としている間に、メイド少女はかいがいしく世話を焼いてくれたようだ。
 知らない間に受け取っていた水を飲み干して、それから初めてその存在に気が付くという逆の順番をやってしまった。
「何か、お食べになりますか?」
 問われて初めて、自分が腹を空かせている事に気が付いた。何しろ、3日眠っていたらしいのだ。腹も減ろうというモノだ。
 お願いすると、メイド少女はにこやかに頷いて「胃に優しいモノを用意させますね」と告げて一時退室した。同時に、お偉いさんへの報告もするとの事。
 一人残されたマサムネは、思考に沈む。
 もちろん、「これからどうするか?」、である。
 異世界に、こっちに都合も顧みずに呼び出された。そのことに対する怒りは、現時点ではない。混乱しているというところか、また、落ち着けば新たに怒りを駆り立てられるかも知れないが、今は比較的冷静だ。
 冷静なのはよい事だ。
 一つ自分に頷き、黙考する。
 まずは現状確認から。
 記憶が確かであるならば、現在、ここアラニアは戦争──内乱の真っ最中である。先王が暗殺され、残された者達が跡目争いをする。庶民だって、遺産を巡って骨肉相争う事は珍しい事ではない。庶民には比べものにならない巨大な権力と莫大な富を持つ王様である。その跡目を巡って争いが起きる。これは、不思議でも何でもない。チャンスがあれば狙ってみようと考えるのは、至極自然な事だとも思う。
 その内乱であるが、王都を押さえたアラン公ラスターと、アラニア第二の都市を押さえたノービス伯アスモンの二者の戦いである。ちなみにマサムネは、ラスター公側にいる。そしてこのラスター公、王を殺した張本人で、王の弟でもある。大義名分は、基本的に相手側、アスモン伯の方にあるだろうか?
 現在のところ、両者は勢力的にほぼ互角。戦闘もほぼ互角で推移しているが、これは両者ともに、相手を倒しきろうと言う考えが薄い為に思われる。決戦のリスクを嫌ったのだ。小競り合いに終始し、あるいはこのまま、アラニアを二つに割ってそれぞれが王になると言う可能性もある。
 そこへ、この召還。リスクはイヤだ。しかし、アラニア統一王になれるのであれば、それに超した事はない。そう言う考え方なのだろう。あとは、実際に儀式を取り仕切った宮廷魔法使いの個人的な事情。
 さて、自分は何をしたいか。
 付与されたという能力にも依るが、基本的に、どっちに味方するもごめんだ。心情的には、わざわざ召還してくれたラスター伯ではなく、アスモン伯の方にこそ味方したいが、これは冷静な判断と言うよりも、意趣返しの感情的なモノ。砕けて表現すれば、「余計な事してくれやがって、迷惑だこの野郎」だ。
 何しろ最悪な事に。
 この魔法、呼ぶ事はできるが、返す事は不可能だと、「知識」があるだけに分かってしまっているのだ。
 異世界から英雄を呼び出すのではなく、異世界から呼び出した人間に生け贄の能力を付与して英雄を作り出す。それがこの魔法の趣旨。それだけに、呼び出されるモノの氏素性にはこだわらず、ランダムな呼び出しになるのだ。狙って、マサムネの世界に手を伸ばしたのではなく、たまたまマサムネの世界に手が伸びた。それでもってたまたま、マサムネが選ばれた。そう言う状況。どうせ当たるなら、宝くじにしてくれればいいのに。
 とにかく、送り返そうにも、どこをどう狙って送り返せば良いのか全く分からないという、マサムネにとっては酷くふざけた話なのだ。強制的に、この世界に骨を埋めるしかないのである。
 全く、即座にラスター伯の陣営を壊滅させてやりたい。
 そうした衝動を覚えるのだが、ギアスの魔法が邪魔をする。
 マサムネは、召還者──宮廷魔法使い次席(ラスター陣営では主席になる)に逆らう事ができない様にされているのだ。
 内心を押し殺して、ラスター伯に味方するしかない。
「いや……」
 絶対とは言い切れないか、とマサムネは考え直す。
 逆らう事はできない、と言っても、その行動を直接禁じられているわけではないのだ。逆らおうとすれば、ギアスの力によって深甚な痛みを覚えるという事。いわば、痛いのがイヤだから逆らえない。こういう訳だ。
 だから、痛いのに我慢出来れば、逆らう事もできると言う事。
 そして、痛みに耐えた人間の前例がある。
 かつて、アラニアの賢者の学院──平たく言えば魔法使い学校を壊滅させた魔法使いバグナードは、マサムネ同様ギアスによって魔法を使えないようにされているにもかかわらず、痛みに耐えて魔法を行使する事ができるという。
 マサムネの場合、さらに条件は良い。
 付与された能力によって、このギアスの魔法を解除する事も不可能ではないはずなのだ。一回だけ耐えてギアスを解除すれば、あとは自由の身になれるのだ。未だギアスに縛られているというバグナードに比べれば、天国と地獄くらいの差があるだろう。
「……試す価値は、あるか」
 呟き、早速試してみる事にした。
 瞬間。
 マサムネは声も出せずにのたうち回った。
 痛い。とにかく痛い。
 ベッドの上でごろごろ転がって下に落っこちて、さらにごろごろと転がる。
 マサムネは、息を荒げて胸を押さえる。別に痛いのはそこだけではない。頭が痛い、腕が痛い、胸が痛い、足が痛い。とにかく、体中が痛い。痛くない場所が思いつかない。
 覚悟をしていたつもりだが、そんなモノは問題にならないほど痛い。むちゃくちゃ痛い。きっと、バグナードという魔法使いは、痛みに快感を覚える類の変態に違いないと、失礼な事まで考えた。この痛みは普通、耐えられるモノじゃない。
 諦めるしかないのか?
 と言うより、諦めようと思う。
 この痛みに耐えるのは無理だ。特殊な趣味の持ち合わせのないマサムネには、この痛みを快感に帰るなんて真似はできない。何処までも辛く、きつい。
 諦めればいい。
 諦めて、このまま死ぬまで、宮廷魔法使い次席ホワイト・ヘザーの便利な手駒としてこき使われればいいのだ。
 自分を日常から、こんなおファンタジックな異世界へ招いてくれた張本人に頭を垂れ、その慈悲にすがって生きていけばいいのだ。
「……ふっ」
 怒りが、胸の内よりわき上がって力となった。
「……ふざけるなよっ!」
 むかつく、むかつく、むかつく、むかつく。とにかくむかつく。
 このまま諦めてしまうのは簡単だ。そうすれば、この痛みから解放される。
 だが、それ以上に大切なモノを諦めてしまう事になる。
 だいたい。
 マサムネは唇を噛み締めた。唇が切れて、血が流れるが気にならない。その程度の痛み、圧倒的な制約の魔法の痛みに打ち消されてしまっている。
 だいたい、ここで諦めてしまったら、痛い目にあった意味がない。
 こんなにきつい目にあって、得る事なく諦める?  そんな真似ができるかっ!
 痛みに飛んでしまいそうになる意識を何とかつなぎ止め、マサムネは呪い解除の魔法を唱え始める。
 神聖魔法と呼ばれる、神の奇跡。
 神──
 笑ってしまいそうになる。この無神論者の自分が、神にすがる?
 マサムネは典型的な日本人。クリスマスを祝い、新年には初詣に出かける。灌仏会はさすがに祝わないが、多分葬式は仏式だろう。いや、坊主にくれてやる金額を考えると、無宗教にするかも知れない。とにかく、あの金が無駄金だ。結婚式はどうだろう? 多分、相方次第。アレは基本的に女性の為のイベントだと思っている。だから、相方が神前を望めばそうするし、チャペルに行きたがれば、そうするだろう。──もっとも、今のところそんな具体的な事を考える以前の問題、相方が存在しなかったわけだが。とにかく、宗教に関して非常にいい加減な人間。
 それが、神の奇跡に頼ろうとしている。お笑いだ。実際に笑うのは、体中が痛すぎて無理だが。
 千々に乱れる思考をまとめ上げて、さらに思考する。
 では、どの神にすがる?
 この世界は多くの神が意味がいるようだ。その中でも、力があるとされるのは6柱の神々。至高神ファリス、大地母神マーファ、戦神マイリー、知識神ラーダ、幸運の神チャ・ザ、暗黒神ファラリス。
 ファリス? 正義の神。正義、なんてうさんくさい。だからパス。
 マーファ? 女神様というのは良いが、決め手に欠ける。パス。
 マイリー? 戦いに高揚する資質はないはずだ。パス。
 チャ・ザ? 幸運? 今の自分にそれを信じる事ができるとでも? パスだ。
 ファラリス? 汝の望む事をせよ。なんてすてきな神様。だが、酷く世間体が悪い。パス。
 そう、ラーダ。知識神だ。
 マサムネの、この世界で頼りにするモノは、与えられた「知識」。ならば、これに願っても良いだろう。
 飛びそうな意識をつなぎ止め、神聖言語と呼ばれる言葉で願う。ホーリープレイ。
 光やファンファーレなどの派手なエフェクトはいっさい無く。しかし、祈りは効果を現したようだ。全身の痛みが、嘘のように消えていく。
 神様ナイス。
 マサムネは、神聖魔法の成功を確信して、にやりと頬をゆがめた。
 これで、俺は自由だ。
 いろいろ問題は多いが、少なくとも、この世界の中で気に入らない奴筆頭の顔色をうかがいながら生きていく必要だけはなくなった。
 しかし、疲れた。
 さして長い時間でもなかっただろう。しかし、全身に重い疲労が蓄積している。痛みに耐える事は体力を消耗する。それは知っているが、これは尋常でない疲れだ。確実に、ヒットポイントも削られているに違いない。
 なかなか動く気になれず、マサムネは床に大の字に寝っ転がったままでいた。
 そこが、たまたま入り口扉の近くであった事は、誓って言うが、偶然だった。痛みにのたうち回り、たまたまそこに来た。それだけだ。他意はない。
 だから。
「失礼します」
 涼やかな声とともに扉が開かれ、入室してきたメイド少女のスカートの中をのぞき込めてしまったのは、本当に偶然だった。

 ちなみに、パンツは白だった。