メイド少女は、プロフェッショナルだった。


 入室したら、床に寝っ転がった男が、自分のスカートの中をのぞき込んでいた。
 この状況下で取りうる行動オプションは何だろうか?、と人ごとのようにマサムネは考えた。
 やはり、大声で悲鳴を上げて飛び退く、これが一般的だろうか?
 ぼんやりと、考える。
 相変わらず視線をスカートの中に固定したままだったりするが、至極まじめに、マサムネは思考していた。
 これでは変態、痴漢扱いされても仕方がない。さらば、麗しのメイドライフ。どうせならば、もう少し楽しんでからなら良かったのに。
 てな事を考えるマサムネの上で、メイド少女は驚きの表情を浮かべた。そして、スカートを片手で押さえ、小さく後ろに飛んでマサムネの視線から逃れる。
 それから、スカートの中を覗かれる位置ではない事を確信し、ちょっぴり顔を赤くして、未だ寝っ転がったままのマサムネを軽くにらみ付ける。
 プロだ。
 何となく、マサムネはそんな事を考えていた。
 少女の手にはお盆があり、その上には湯気を立てる浅い皿。食事を用意すると言っていたし、多分、スープか何かだろう。
 それを、自分の上にぶちまけられる可能性もあったわけだが、少女はそうせず、片手できちんと保持していた。
 その姿勢にマサムネは何となくプロフェッショナルなモノを感じた。
「……勇者様、一体何事ですか?」
 問う声に、微妙に柔らかさが欠けていたのは、仕方がないと許容するしかないだろう。
 メイド少女の咎める視線にさらされながら、マサムネは応じた。
「こうやって床に寝っ転がるのは、俺の地元の重要な宗教儀式なんだ」
「……そうですか」
 メイド少女の声から、さらに温度が失われた。氷点下になるのも時間の問題だ。
 それから、再び少女はマサムネを値踏みするみたいにして上から下まで見つめた。メイドがして良い類の視線とは思えなかったが、負い目があったせいもあり、マサムネは咎めたりはしなかった。
「勇者様」
「その呼び名は止めてくれるかな? 俺にはマサムネって名前があるし。どうしてもって言うなら、御主人様って呼んでくれると、良いな」
 美少女メイドに、御主人様と呼ばれて傅かれる。
 これは男の夢かも知れない。
 残念な事に、このメイド少女の視線を見るに、その機会は永遠に失われたような気もするが。
「そうですか、では、マサムネ様」
 メイド少女の声は、やっぱり冷たい。
「──ギアスの魔法、解きましたね?」
 その言葉に、マサムネは反応してしまった。
 疲労が重く蓄積した体、それをびくりと動かしてしまう。
 そして、失敗に気が付く。
 今初めて、メイド少女の顔に確信が浮かんだ。ここは、惚けるべきだったのだ。
 しかし、すでに後の祭り。
 メイド少女は、スカートを覗かれて慌てて後方に飛んだ時に、こぼす事の無かったお盆の上のスープを、今度は躊躇無くマサムネ目がけて投げつけてきた。
「熱っ、熱っ!」
 寝転がった姿勢から素早く動く事はできず、マサムネは熱いスープをまともにかぶって悲鳴を上げる。
 その向こうで、メイド少女は自分からスカートを跳ね上げていた。
 こんな状況なのに思わず目がいくのは、悲しい男の習性である。
 あらわになる足。その付け根。
 別段、先刻マサムネがいつまでもスカートの中をのぞき込んでいたのは、助平心からだけ、と言うわけではない。それが皆無とは言わないが、全てであったわけではない。
 白い布きれの他に、そこにあるべきではなさそうなモノを見つけて、不審に思っていた。そういう事情もある。あるのだ。ある事にしてくれ。
 不審なモノ。
 それは、一振りのナイフ。
 太ももにくくりつけられた鞘から、メイド少女は素早く、手慣れた動作でもってナイフを引き抜く。
 その刃は、何かに濡れたような輝きをしている。
 毒。
 マサムネは即座に確信して、振り下ろされたナイフから転がるようにして逃れる。
 マサムネが言う事を聞かなかった場合に備えて、用意されていたモノはギアスの魔法だけではなかったのだ。
 このメイド少女、彼女もまた、そのための備え。
 ナイフを扱う手つき、動きから見るに、かなりの手練れ。場数を踏んでいると見て取れた。
 メイド姿で目標に近づき、油断させて、殺す。
 暗殺者。
 呼び出したモノが、強力な力を持つだけに用心していたのだろう。実際、用心しすぎる事はなかったわけだ。
「──!」
 マサムネは転がって逃げる。
 まずい、こっちは何の獲物も持っていない。そして、あのナイフの毒は、酷く危険そうだ。
 何とか距離を取って体を起こす事に成功するが、あんまり状況が改善したようにも思えない。
 先刻の痛み。あれが、著しく体力を喪失させている。腕が重い、体が重い、足が重い。思うように動けない。
 少女は油断無くナイフを構え。
 そして息を吸い込んだ。
 まずい。大声を出して、人を呼ぶ気だ。
 どうする?
 すぐに結論は出た。
 魔法を使うしかない。
 魔法。
 古代語魔法。駄目だ。魔法の発動体となる杖がない。
 神聖魔法。相手を一瞬で無力化する類のモノがとっさに思い浮かばない。
 精霊魔法。
 これだ。
 マサムネは、近場にいる精霊の種類を調べ、即座に魔法をチョイスした。
「眠れ!」
 効果はすぐに現れた。
 少女は、糸が切れたマリオネットのように力をなくして床に倒れる。床には毛足の長い絨毯が敷かれていたから、ぶつけて怪我をするような事もないだろう。
 ふ〜〜〜。
 と、マサムネは安堵して、腕で額の汗を拭う。
 少女に接近、間違いなく眠っている事を確認して、その手からナイフを奪う。ついでに、他にも危険なモノを持っていないか身体検査。
 そうしたら、でるわでるわ。
 マサムネだけの知識であったならば、大半は見逃してしまっただろう。ほとんどは酷く巧妙に隠されていた。しかし、マサムネには「知識」がある。25人の生け贄。その中には、盗賊として身を立てていた人間も含まれていた。
「……結構胸あるな」
 そのほか、関係ない部分にも感心して、マサムネは少女の武装解除を終える。
 しかし、とそこで考える。
 しばらくは制約の魔法がかかっている振りをして、様子を見るのも良いかも知れない。そんな事も考えていた。だが、それはこれで駄目になった。すぐに行動に移る必要がある。
 どう行動するか?
 まずは、ここを離れるべきだろう。
 制約の魔法で縛られているわけでもなく、元の世界に帰る術がないとなれば、ここで召還者に従っている意味はない。もらい物の力だが、自分の為に役立て、この世界で生きていく道を探すべきである。──ここで、このまま召還者に仕えるのが、一番簡単な生きる道かも知れないが、それは初手から削除する。これは意地だ。くだらない意地かも知れないが、譲るつもりはない。人生をむちゃくちゃにしてくれた奴の言いなりになるなんて、それだけはまっぴらごめん。
 そう、ここから離れる。
 これは確定。
 そうなると。
 何をするにもやっぱり必要なのは、先立つものだろう。金がないのと首がないのは一緒。おファンタジックな世界とはいえ、きちんと通貨はあるし、それなりの経済が発展している。ならば、金は絶対に必要だ。
 どうやって得るか。
 くださいと言って、もらえるモノではない。ならば、奪うしかない。
 泥棒する。僅かに抵抗を覚えるが、本当に僅かだ。向こうはこっちの人生をむちゃくちゃにしてくれたのだから、これは慰謝料だ。
 それに、金に困っている庶民から盗むわけではない。マサムネが泥棒したからと言って、即座に困窮して、一家そろって首をつる、そんな事になるはずもない。少しくらいならば、全然問題ないだろう。
「良し、決めた」
 マサムネは立ち上がった。
 相変わらず体は重いが、ここで休んでいる余裕はない。即座に行動に移るべきだ。
 そんな事を考え、部屋から出ようとしたマサムネは、こちらに近づいてくる気配を捕らえて、回れ右をした。


 取りあえず、扉を閉ざし、床のメイド少女をベッドに運んで布団をかぶせる。
 自身も、ベッドの向こうに隠れる。
 気配、足音の調子から、メイド少女との騒ぎを聞きつけてやってくるという風ではない。普通に、焦ることなく歩いている。
 このまま、部屋の前を通り過ぎてしまえ。
 マサムネはそう願うが、願いはむなしく、部屋の扉の前で、気配は止まった。
 申し訳程度のノック。
「勇者様、入りますよ」
 言って、魔法使いが入ってきた。見間違えようもない。宮廷魔法使い次席ホワイト・ヘザー。全ての元凶。
 同時に、メイド少女が上司を呼んでくると言っていた事を思い出す。今更遅いが。
 入室してきたヘザーは不審の顔で、部屋の中を見回す。
「勇者様? お休みですか?」
 ベッドのふくらみに視線を向ける。ふくらみの下はメイド少女だ。マサムネはベッドの向こうで息を殺しているのだが、ヘザーはそれを知る術はない。
「サシカイア? 何処に行ったのです? 勇者様は気が付かれたのではなかったのですか?」
 サシカイア、人名? メイド少女の名前か?
 マサムネは、ベッドの向こうで善後策を考える。
 どうやってごまかすか?
 ごまかしようがないだろう。
 隠れていなければ、もしかしたら可能だったかも知れないが。こうなっては不可能だ。だいたい、眠りこけているメイド少女の事を、どうやって説明する?
 結局、強攻策しかないのだ。
 マサムネは覚悟を決めて立ち上がった。
「勇者様?」
「眠れ」
 問答無用で、再び、スリープの魔法。
 かくんと、ヘザーがその場に倒れて眠り込む。
 便利な魔法だ。他にこの魔法の良いところは、蹴ろうが殴ろうが、絶対に起きないところが良い。古代語魔法にも似たような効果の、眠りの雲と言う魔法がある。しかし、そちらの魔法だと、ちょっとしたショックで気が付かれてしまうと言う危険がある。継続的に効果を現して欲しい時にはこちらの方が役に立つ。難を言えば、この魔法は基本的に一人にしか効果を現さない点。魔法の拡大で、目標を複数にするという方法もあるにはあるが、精神力の使用量が増えてしまう。
 マサムネは、ヘザーを部屋に引っ張り込んで、扉を閉ざす。
 幸いな事に、他に気が付かれた様子はない。
 素早く、ヘザーを身体検査する。中年男の身体検査は、メイド少女の時に比べて全然気が進まない仕事だが、好き嫌いは言っていられない。
 我慢した甲斐はあって、それなりに中身の詰まった財布と、魔法の発動体となる指輪をゲットする事ができた。
 ありがたい、これで古代語魔法を使えるようになる。マサムネは左手人差し指に指輪をはめ、表にしたり裏にしたりして確かめる。これまで指輪なんてした事がなかったせいで違和感があるが、いずれ慣れるだろう。
「さて、どうするか?」
 当座の資金はできたが、これではいかにも少ない。庶民にとっては大金かも知れないが、人生をむちゃくちゃにされた慰謝料としては、いくら何でも少なすぎる。どうせなら、一生遊んで暮らしていけるくらいの金は貰いたい。
 マサムネはうなずき、部屋から出て行った。
 せっかく、盗賊としてのスキルも持っているのだ。この城の中を適当に散策して、お宝をゲットしよう。
 すでに、盗みに対するためらいの消え失せたマサムネである。


 勇者、英雄と呼ばれるに足るだけの能力を付与する。
 あの魔法のうたい文句は、嘘ではなかった。
 それを証明するように、マサムネの部屋には結構な数のお宝が積み上げられていた。
 気が付かれないように、城の中をうろつき、金目のモノを集めてくる。
 幸い、「知識」の中には、この城の構造も入っていたから、迷う事もなかった。25人の生け贄の中には、城勤めの者もいたのだ。さらに、盗賊としてのスキル。さらには、精霊魔法の中には姿を消す魔法もある。余裕綽々。簡単すぎる。
 マサムネは、積み上げたお宝の前で考える。
 調子に乗って、城の宝物庫なんかも覗いて、手当たり次第に集めてきたが、本当に調子に乗りすぎた。どう考えたって、これ全てを持って行くのはかさばり過ぎて無理だ。8割方は諦める必要があるだろう。
 マサムネは積み上げたお宝の分類を開始する。なるべく嵩張らず、重量が軽く、それでいて価値のあるモノ。同時に、あまりに有名すぎたり重要すぎるモノも避ける。集めてきた中にはアラニア王室伝来の王冠、なんてモノもあったが、こういったモノは避ける。売りさばきようがないし、逆に売れても足がつきそうだ。
 宝石類を中心に、さして悩まず適当にチョイス。ずたぶくろ一つ分程度にする。それでも、捨て値で売り払っても、一生遊んで暮らせる金額になるはずである。当座の金はヘザーの懐から奪った財布の中身だけで十分だろう。
 他に武器。むやみに争いたいわけではないが、あっちから危険が迫ってくる事だってあるだろう。特に、今やっているのは泥棒である。追っ手がかかると見て間違いない。無抵抗で捕まるつもりが無い以上、対抗する為に武器は必要だ。
 宝物庫から持ち出してきた、魔法の大剣をメインウェポンにする。あと、魔法のダガーをサブに。大剣は背中に、ダガーは腰の後ろに。鎧、盾は諦める。これは、マサムネの持つ技能の都合もある。
 マサムネは、召還の魔法によって、様々な技能を高いレベルで習得している。これによって、様々な状況にたった一人で対応出来る、非常に強力な、それこそ勇者、英雄と呼ばれるだけの働きができる人間になっている。
 だが、この技能、それぞれに制約があったり無かったりする。
 例えば、古代語魔法を使うソーサラーは、身振り手振りが必要となる為、あんまりがちがちな鎧で身を守る事ができないし、片手をあけておく必要があって、武器を持てば盾を持てない。精霊魔法を使うシャーマンは、精霊が金属を嫌う事もあって、金属鎧を身につける事ができない。盗賊は、身軽さが信条である以上、動きを阻害するような重い鎧はつけられない。──まあ、重さはマサムネにとってはさして問題でない。しかし、がちゃがちゃうるさい金属鎧を身につけて、忍び足などはできないから、それもまた制約になる。
 身につけた技能を十全に使おうと思えば、鎧は考えて選ぶ必要がある。だからこの場は諦めて、どこかに落ち着いてから考える事にした。
「よし」
 持って行くモノを決めたら、即座に逃亡。
 と、行きかけて、マサムネは止まった。
 ちらと、視線をベッドのふくらみに向ける。そこでは、メイド少女が眠っている。
「……どうすっかな、非常に好みなんだよな」
 僅かに考え。
 マサムネは、こちらもお持ち帰りする事にした。
 また命を狙われる?
 大丈夫。マサムネにも、ギアスの魔法を使う事は可能だ。これで、絶対服従させてしまえば、あこがれのメイドライフがおくれる事になる。それは、素晴らしく素敵な事に思えた。
「よし」
 マサムネは、まずギアスの魔法をメイド少女にかける。
 それから、魔法解除(ディストラクション)の魔法を使って、眠り(スリープ)の魔法を解除する。このディストラクションの魔法で、ギアスが解除される事はない。ギアスを解除するには、神聖魔法の呪い解除(リムーブ・カース)の魔法が必要になるのだ。
 メイド少女は、目を開ける。
 ぱちぱちと瞬きして、現状を認識。メイド少女の顔をのぞき込んでいるマサムネに気が付くと、寝ころんでいる姿勢からとは思えない動きでもって後方に飛んで距離を取る。さっと体に手を走らせて、武器を探し、武装解除されている事に気が付くと、また声を上げようとした。
「大声を出すな」
 マサムネは命じる。
 メイド少女はそんな事に従ういわれはないと、大声を上げようとして──大きくのけぞった。
「〜〜!」
 声にならない悲鳴を漏らして、ひっくり返る。先刻マサムネも経験した、深甚な痛みを感じているのだ。
「ギアスの魔法をかけた。君は、俺に逆らう事はできない」
 マサムネが伝えてやると、メイド少女は怒りをたたえた瞳を向けてきた。
 う、と、マサムネは詰まる。
 しまった、結局、麗しのメイドライフは夢と消えたのか? 考えてみれば、こんな風に無理矢理では、怒るのも当たり前だ。
 今更にそんな事を考えるが、やってしまった事は仕方がないと気持ちを切り替える。
「とにかく」
 マサムネは言葉に力を込めて、メイド少女に告げる。
「俺はこれから逃げる。で、君も俺の専属メイドとして連れて行く。断ると君は、痛い思いをする。さて、どうする?」
 我ながらむちゃくちゃな事を言っているとマサムネは思ったが、他に言い様もない。
 少女はきつい目でマサムネをにらみ付けている。
 マサムネは、気圧されて目をそらしそうになるのを我慢すると、もう一度、確認するように尋ねた。
「どうする?」
 メイド少女は、幾分かの逡巡のあと、仕方なさそうに、ふてくされたような顔をして頷いた。
「それじゃあ、すぐに逃げるぞ。大丈夫、逃走資金はたっぷりある」
 マサムネはずたぶくろを担ぎ上げて、それから、重要な事を聞いていない事を思い出して、メイド少女に尋ねた。
「そう言えば、君の名前は?」
「……サシカイア」
 メイド少女は、諦めたように言った。
「サシカイア・トスカーナ」