仕事は商人の護衛だった。


「安い、やっぱり安すぎるよな、この仕事」
「……妥当です。世間の相場並みです」
 どうも、マサムネは最初から苦労しないで大金を得たせいで、経済感覚が狂っている部分がある。何度も文句を言うマサムネを、やるせない表情──どうして私がこんな事を?──で宥めながら、サシカイアは依頼人と待ち合わせの場所に向かう。
 依頼の内容は、商人の護衛。ライデンから神聖王国ヴァリスの首都、ロイドへ向かう商人を、そしてその荷物を護衛する事。
 現在、ロードス各地は戦乱状態である。戦乱状態ともなれば治安は悪くなる。戦によって田畑、家を焼かれた農民がやむを得ず盗賊に身を落とす。また、マーモ帝国が通商破壊を狙い、各地で暗躍している。護衛も無しで荷馬車が行くのは、狙ってくださいと言っているのと同意である。
 かと言って、商売をしないようでは、商人として失格である。
 戦というモノは基本的に消費行為。何も生産せず、ただただ消費する。人を、食料を、田畑を、武器を、ただただ消費する。非生産行為の筆頭のようなモノである。
 逆に見れば、売り時でもあるのだ。黙ってみているのは、商人のする事ではない。
 そのため、今回のように護衛を雇って盗賊等に対抗するのは珍しい話ではない。
 冒険者の宿を通してマサムネらを雇った商人は、トリスと名乗った。恰幅の良い中年男である。人の良さそうな顔をしているが、それは見せかけだけだろう。商人なのに人が良くて、やっていけるはずがないのだから。
 トリスは最初、うさんくさいモノを見る目で、マサムネとサシカイアを見た。
 うさんくさい目にもなるだろうと、サシカイアは思った。サシカイアには、マサムネと違って自覚があるのだ。
 何しろ、マサムネは見た目、全然強そうに見えない。
 実際は、デタラメに強い事をサシカイアは知っている。先の雇い主──風の噂で未だに寝ていると聞いた。マサムネのスリープの魔法は強力すぎて、解除する事ができないでいるらしい──の魔法によって異世界より召還されたマサムネは、生け贄の能力でドーピングされて、サシカイアの知る限りでは最強のソーサラーであり、最強のシャーマンである。多分、伝説の6英雄にだって対抗出来るほどに強いだろう。他の能力については、未だ目にする機会がないが、これまでの事から考えるに、戦士としても、盗賊としてもデタラメに強いのだろう。
 だが、見た目の事を言えば、ただの軽そうな男にしか見えない。実際中身も、へらへらといい加減で、助平な男であるが。それはともかく、戦士ならば戦士、盗賊ならば盗賊と、鍛えた者は、それなりの体つきになる。戦士であれば剣を振る為の筋肉が付くし、盗賊にしろ研ぎ澄ましたような雰囲気を持つようになる。──本当に上級者の盗賊は、韜晦の技術で一見、それを伺わせなくなるが、同業のサシカイアにしてみれば、それでも見て取る事は可能だ。
 それがマサムネにはない。腕はそれなりに筋肉は付いているが、それでも剣を振るには細すぎるし、へらへらした様子は、韜晦の技術云々以前に地だ。それならば魔法使い──と考えるにも、知識を探求するような人間には欠片も見えない。知識の量は相当なモノがあるのだろう。異世界で高い教育を受けていたと言うし、件の魔法のドーピングもある。しかし、知識の量と頭のよさは別の問題なのだ。実際、こいつは馬鹿だとサシカイアは確信している。
 そして。
 サシカイア自身の格好もある。
 何しろ、メイド。
 何で、メイド。
 マサムネの好みで仕方なくしている格好だが、サシカイアの格好は、頭のてっぺんからつま先まで、見事にメイドだ。メイド以外の何者にも見えない。
 こんな格好の二人連れが護衛として現れれば、何かの間違いだと思うのは確実だ。自分だったら即座にチェンジを要求する。
「おっさんが依頼人かよ〜」
 おまけに馬鹿が不満の声を出す。
「ただでさえ依頼料が安いんだから、綺麗なお姉ーちゃんが依頼人とか、それくらいのうま味は無いもんかねえ」
 馬鹿は黙れ。
 内心で罵りつつ、サシカイアは如才ない笑みを浮かべて、マサムネとトリスの間に割り込む。
「……私たち二人が、依頼を受けた冒険者です。あなたと、商品の安全は我々が守ります。ご安心ください」
「本当に安心していいのかね?」
「大丈夫だって、おっさん。俺は魔神王とだって、ガチで戦う自信があるぞ」
 まあ実際そのくらいの力はあるのかも知れないが、マサムネが言うと非常にうさんくさい。それに、戦える能力があるからと言って、戦うかと問えば、それも疑問だ。何で俺がそんな危ない事しなくちゃなんないんだ、とか言ってごねそうだ。いや絶対ごねる。こいつはそう言う奴だ。
 は〜、と内心でため息を零す。
「まあ、大船に乗ったつもりでいろよ。給料分は守ってやるからな」
 その間に、マサムネは依頼人の首に手を回して、良い具合に禿げかかっている頭をぺちぺちと叩いていた。
「……依頼人の頭を叩かないでください」
「一緒にロイドまで旅をする仲だろう? フレンドリーに行こう」
「……雇い人と雇われ人です。そして私たちは雇われている方なんですよ。そう言う失礼な真似はしないでください」
 無駄だろうなあ、と思いつつも窘める。
 やっぱり無駄だった。
「失礼だが、あなた方は本当に冒険者なのかね?」
 トリスの疑問をもっともだとサシカイアは思った。
 しかし思わないのがマサムネである。
「失礼な奴だなあ」
 不満げに言って、それからとびきりのナイスアイデアを思いついたみたいな表情になった。
 その表情を見て、サシカイアの背中に怖気が走る。イヤな予感。
「それじゃあ、俺の力の一端を見せてやろう」
「……何をするつもりですか?」
「ライデンの街に隕石の雨でも降らせてやれば、どんなに疑い深い奴だって、俺の力を納得するだろう?」
「馬鹿な真似は止めてくださいっ!」
 本気で隕石召還(メテオ)の魔法を唱えようとするマサムネを、サシカイアは必死で止める。
「それじゃあ、どうやって力を証明する? 精霊王でも呼ぶか? イフリート辺りを呼び出して、辺り一面を火の海に──」
「そう言う派手なのは止めてください!」
 キチガイに刃物。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
 英雄召還の魔法。遺失呪文をヘザーが解析、復活させたわけだが、遺失したままであった方がよっぽど世の中の為だったと思う。そうであれば、少なくとも自分がこんな苦労を背負い込む事はなかったに。
「……まあいい、信じる事にしよう」
 トリスがこちらを気の毒そうに見て、何かを諦めたように頷いた。
 まあ、現実的な話をすれば、代わりを求めても、なかなか見つからないのが昨今の状況である。便利屋、何でも屋である冒険者は、こうやって世が荒れれば、その分だけ仕事が増える。農民などが食い詰めて、新たに冒険者になる例も増えるわけだが、それでも引く手あまたで、なかなか人が集まらない状況でもあるのだ。
「……ありがとうございます」
 サシカイアは、こちらを気の毒そうに見るのは止めてもらいたい、そんな事を考えながら、素直にお礼を言った。


 トリスの荷物は、武器だった。
 どうやら、ヴァリスはマーモに対する反撃を考えているようで、武器や人を集めている様だ。とにかく速く、数をそろえようという事で、通常よりも高値で購入してくれるという。ライデンで数をそろえてヴァリスに持って行けば、かなりの儲けが期待出来る。その移動の間には危険があるが、確かに商売としては魅力的だろう。
「私は、今回の仕事に勝負をかけているんですよ」
 トリスはそう言った。どうやら、有り金はたき、さらに借金までして武器を買いそろえたとの事。
 借金は、チャ・ザの神殿からで、担保にいろいろ押さえられた上で、さらに、確実に返済するようにとクエストの魔法までかけられたそうだ。このクエストの魔法はギアスの魔法と似たようなモノで、もし借金を返さずばっくれようとすれば、激烈な痛みを味わう事になる。
「最悪の魔法だな」
 ギアスの痛みを味わった事のあるマサムネが言った。
「……ええ、最悪の魔法ですね」
 今現在、ギアスの魔法がかけられ、マサムネに服従を強いられているサシカイアが、棘のある口調で応じる。
「まあ、この商売に成功すれば、借金を楽々返済出来て、さらに一財産作れますからねえ」
 だから、頑張って私を守ってくださいね、とトリス。
「ああ」
 と、マサムネは鼻をほじりながらいい加減に応じた。


 一行は、フレイム経由でヴァリスへ向かう。
 ライデンからヴァリスへ向かうルートは二つある。一つはこのフレイム経由で、もう一つはモス経由。内乱真っ最中のモスよりも、まだしもフレイム経由の方がましだろうという判断だ。
 一行は襲われることなく首都ブレード、ヒルト、ローラン、マーニーと経由してフレイムを抜けた。
 そして、ヴァリスとフレイムとの間の緩衝地帯、ルノアナ湖脇を抜けた辺りで、襲撃を受けた。
 最初にそれに気が付いたのはマサムネだった。
 ふと、顔を上げて街道の脇に視線を向ける。
 次いで、サシカイアも気が付く。
 街道脇、茂みの中にいくつかの気配。そして、サシカイアが気が付いたと同時に、攻撃を受けていた。
 弓の弦が鳴る音。
 一行目がけて矢が降り注いできた時には、すでにマサムネは魔法を唱え終わっていた。
「風よ守れ!」
 風の精霊が答えて、風を起こす。
 降り注ぐ矢は、風に煽られてあさっての方に飛んでいく。
 次いで、奇妙な叫び声とともに、妖魔──ゴブリンの群れが茂みから飛び出してきた。総勢で20匹以上いる。
「うわ、出た」
 と、悲鳴を上げるトリスにチラと視線を向けた後、マサムネは前に出て、ゴブリンどもを迎え撃つ。
「ちょっと、退屈していたんだよなあ」
 そんな風に呟きながら、背中から大剣を抜き放つ。刀身が魔法のきらめきを放つ。
 そのまま踏み込んで横殴りに一閃。
 3匹ほどのゴブリンが、まとめて腰の辺りで上下に分断された。
「それは剣と言うにはあまりに大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさしく、鉄塊だった」
「……なんですか、それ?」
 サシカイアはトリスの前で小剣を構えて守りの姿勢を取りながら、なにやら言っているマサムネに質問した。
「ん〜。俺の世界の有名な──ええと、絵物語の中の言葉。大剣を振り回したら、言わなくちゃならない事になっているんだ」
「……変なルールですね」
 会話をしながら、マサムネはさらに剣を振るってゴブリンを倒す。サシカイアの方も、スローイングダガーを次々投げ放ち、それらは全てゴブリンの急所に命中し、一撃で絶命させていく。
「弱いぞ、お前ら。全然弱い。弱すぎ」
 マサムネは楽しそうに剣を振るってゴブリンを倒す。生き物を殺す。そのことに対して、躊躇もおびえもなかった。マサムネに与えられた「記憶」の中には、盗賊として近隣に恐怖を振り巻いていた男のモノもあった。その甲斐もあって、生き物を殺す、そのことへ対する禁忌が乏しくなっていたのだ。
 そして、自分の圧倒的な力に酔っていた。一人だけ無敵モード。そんな感じで、爽快感すら感じていた。
 そのマサムネの眼前に、光が現れた。
「ウィル・オー・ウィスプ!」
 戦いはマサムネに任せ、自分はトリスの前で万が一に備えるだけにしていたサシカイアが叫ぶ。
 マサムネは、突然至近に現れ、自分に迫ってきたウィル・オーウィスプを、体をかがめるようにして避けた。普通なら避けられるような距離じゃない。件の魔法の効果。デタラメな身体能力。
 そのまま、魔法剣をウィル・オー・ウィスプに叩き付ける。光が炸裂し、消える。
 ウィル・オー・ウィスプ、光の精霊は、相手に命中すると炸裂し、防御力無視の純粋なダメージを与える。剣で叩こうモノなら、取り落としてもおかしくないのに、マサムネは平然としていた。魔法剣の効果、そして、マサムネの力。
「……精霊使い? 何処に?」
 サシカイアはマサムネのデタラメさにはいい加減慣れた。だからそちらは気にもせず、敵を探した。
 そして、発見。
「……ダークエルフ?」
 茂みの向こうに、ダークエルフの姿が見えた。
 すると、この襲撃はマーモの通商破壊の一環か。
 ダークエルフと言えば闇の陣営、即ちマーモである。近場の下級妖魔を僕として、通商破壊にいそしんでいたのだろう。この辺り、マーモの有利な点である。わざわざそのための人員を割かなくても、ダークエルフ一人派遣するだけで、現地で戦力を集めて襲撃部隊を組織出来る。ロードス各地の混乱の多くは、こうしたダークエルフの暗躍によるモノだろう。
 ダークエルフは悪。これは、ロードスのいや、世界の大半で共通の認識である。かつての神々の争いで、闇の陣営に与して、光の陣営と戦った、悪の手先。
 サシカイアは躊躇わず、スローイングダガーを投げ放った。
 ダークエルフは当然の事ながらマサムネのデタラメさに免疫が無く、驚いて隙を見せていた。
 サシカイアの投げ放ったダガーは、狙い違わずにダークエルフに向かい、途中でマサムネの大剣でたたき落とされた。
「──な?」
 何で邪魔をするんですか?
 と叫びをぶつける前に、マサムネは素早くダークエルフの前に移動。未だびっくりした表情のままのダークエルフに大上段から大剣を振り下ろす。
 空気を裂いて、空恐ろしいまでの勢いで大剣が振り下ろされ、ダークエルフの額を割る直前で止められた。剣風が、ダークエルフの長い銀色の髪の毛を吹き乱す。
 ダークエルフは、呆然と自分の額寸前、目の前で止められた大剣を見つめていたが、力が抜けたようにぺたんとその場に座り込んでしまった。
 リーダーであるダークエルフの気が挫けたのを悟り、ただでさえ劣勢だったゴブリンの生き残りは、悲鳴を上げ、算を乱して逃げ出していく。
 それを見送り、サシカイアは周囲の様子を油断無く伺い、もう脅威は存在しない事を確認、マサムネのところに近づいた。
「……どうして殺さないんですか?」
「かわいい女の子を殺すのは勿体ないだろう」
 ……ダークエルフは確かに女性だった。