ダークエルフは、泣きながら逃げて行った。


「覚えてなさいよ! お父ちゃんに言いつけてやるんだから!」
「また来いよ〜。次もかわいがってやるからな〜」
「ば〜かば〜か! 死んじゃえ!」
 悪の代名詞、ダークエルフの捨てぜりふとしてはどうだろうかと思うが、ダークエルフの娘は泣きながら逃げていった。
 マサムネは、ずいぶんとすっきりとした顔で手を振ってそれを見送る。
 サシカイアは、依頼人のトリスと並んで荷馬車に腰を下ろし、疲れた顔で眺めている。
「……あなたも、苦労しているんですね」
「……ええ」
 同情するようにトリスに言われ、なんだかものすごく悲しくなったサシカイアである。
 あの後、マサムネは戦意喪失したダークエルフの娘を、うれしそうに茂みに引きずり込んだ。
 悲鳴や泣き声が聞こえてきたが、サシカイアは聞かない振りをした。どうせ自分はギアスの魔法で、マサムネのやる事を止められないのである。
 トリスの方は最初呆然と茂みを見つめていたが、諦めきったサシカイアの表情を見ると、もう一度茂みの方を呆れた視線で眺め、論評は避けた。賢明な判断だと思う。
 事が終わり、すっきりした顔のマサムネは、このダークエルフの娘にもギアスの魔法をかけて自分のモノにすると言い出したが、サシカイアはそれを止めた。
「焼き餅?」
「……寝言は寝てから言ってください」
 ふざけた事を言うマサムネに怒りを覚えつつ、サシカイアは説明した。
 これから向かう先はヴァリスである。ヴァリスは、至高神ファリスを崇める国である。ファリス──それは、正義を司る光の至高神。そして、ダークエルフは闇の神ファラリスに仕える悪者である。当然、ダークエルフがヴァリスに入れば、悪即斬で速攻始末される。裁判とか、執行猶予とかいっさい無しで即座に、である。下手をすると、ダークエルフを引き連れている自分たちまで悪と断定され、一緒に三尺高いところに首を並べる事になりかねない。と言うか、きっとなる。
 何でこんな事を説明しなくちゃならないんだろうと悲しくなりつつ行った説得で、マサムネも諦めた様子である。サシカイアは、後腐れの無いように始末してしまえ、と言うつもりの説明だったのだが、マサムネはそれを嫌った。女の子を殺すのは勿体ないという、もはや反論する気もなくなるような理由で。
 その後、素っ裸でしくしく泣いているダークエルフに同情したトリスが、売り物の中からマントを与え、冒頭の別れのシーンとなったわけである。
「いやあ、せっかくおファンタジックな世界にいるんだから、エルフとはやってみたいと思っていたけど、こんなに早く願いが叶うなんて、ついているなあ」
「……ソウデスカ、ソレハヨカッタデスネ」
「大丈夫、ちゃんとサシカイアの事は、これからも可愛がってあげるから」
「……イエ、ケッコウデス」
「遠慮する事無いよ」
「……エンリョナンテシテイマセン」
 もはや疲れ切ってしまったサシカイアである。


 その後は問題なく行程を制覇し、無事、ヴァリスの王都ロイドに入る。
 ミッションコンプリートである。
「どうもありがとうございました。……頑張ってくださいね」
 お礼の言葉、そして報酬、おまけに非常に引っかかる言葉までトリスにいただいて、サシカイアは大きくため息をついた。
 そのまま、早速王城へ商売に向かうというトリスと別れ、ロイドの街を物色する。
 ロイドの街は、活気に溢れていた。しかし、それは自然の、景気が良くて──とか言う類とは微妙に異なっていた。戦が近い。そうした殺伐とした活気。
 マサムネは、なんだか非常にこの国が気に入らない様子である。ことあるごとに宗教臭い、臭いと文句を言う。やっぱり、悪人には居づらい国なんだろうな、とサシカイアはこっそりと考えた。こんな事を考えているとばれたら、ろくでもない目に遭わされるだろうから、沈黙が吉だ。
 その後、高級な宿屋に泊まろうとするマサムネを制して、一般的な宿で個室を取る。持ち金から考えると、もう少し程度の低い宿屋の大部屋の方が良かったのだが、それが説得の限界だった。
「……で、これからどうしますか?」
 何も考えていないんだろうな、と確信しながら、サシカイアは尋ねる。
「ん? やっぱり、ここでしばらく怠惰な生活を」
「却下」
 のばしてくる助平な手を払って、一言で切り捨てる。最近になると、どれくらいでギアスの魔法が発動するのか、身をもって理解していた。させられていた。この程度の事ならば大丈夫だし、痛みが来る時には来ると分かるようにもなっていた。だから、やばいとなったら行動を止める、諦める、それで対処出来るようにもなっている。……あんまりうれしくない学習である。
「……火の車の自転車操業はまっぴらごめんです。もう少し、余裕を持って行動しましょう」
 金を得たら使い切るまで怠惰に過ごす。金がなくなって仕事を探す。そんなサイクルの生活はまっぴらごめんである。マサムネ一人の事ならば見捨てて放っておくが、自分も否応なしに巻き込まれてしまうのだ。もう少し、堅実な生活がしたい。ほとんど泣きそうな顔で訴えるサシカイアに、マサムネは大きく頷いた。
「じゃあ、ドラゴンを」
「……一体どの辺りが堅実なんですか?」
「一生遊んで暮らせるくらいのお金が手にはいると思うぞ?」
「……庶民なら一生遊んで暮らせるようなお金を、一月かからずに使い果たしたのは誰ですか?」
 流石にドラゴンの財宝とは比べものにならないような少額だったが、アレだって結構な金額だったのである。
 あの金が1割でも残っていれば、せっかくファリスの街に来たのだ。神殿に駆け込んでギアスの魔法を解いて貰うのに。
 ……悲しいかな、地獄の沙汰も金次第なように、神様の方もやっぱりそうなのだ。金も持たずに神殿に駆け込んでも、門前払いされるのがオチである。
「しょうがない。傭兵として戦争に参加するか」
 傭兵の募集は、至る所で行われている。どうやら、決戦は近そうである。
「……戦争ですか?」
 サシカイアは首をかしげる。働く気になってくれたのはありがたいが、正直、戦争は気が進まない。サシカイアは戦士ではなく、盗賊、暗殺者としての訓練を積んできている。戦争にはあんまり向いていない。
「ベルドの首を取れば、しばらく遊んで暮らせるくらいの報酬はもらえるだろう?」
「……取れれば、ですけどね」
 戦争は、先のダークエルフ娘の率いるゴブリンの群れなどとは規模の違う集団戦闘である。そうそう思い通りに行くはずがないと、サシカイアはマサムネの言葉を軽く切り捨てた。


 傭兵の募集は、至る所で行われていた。
 しかし、雇用条件は他と比べて、さして良いモノではなかったらしい。二人がそれを知ったのは契約をすませた後。以前からヴァリスで傭兵をやっていると言う男に聞いてである。
「正直な話、ヴァリスは聖騎士隊がメインですからね、傭兵にはあんまり重きを置いていないんですよ。その分だけ、待遇も良くないんです」
 と、タンカレーと名乗ったその傭兵は言った。それなりに長い事傭兵として経験を積んでいるそうだが、なんだか腰の低い男だった。
 騙された〜、とマサムネが騒ぐが、もはや後の祭りである。除隊しようと思えば、違約金を支払わねばならず、今の二人にはそれだけの金の持ち合わせはない。
「傭兵するなら、やっぱりフレイムですかね? あそこは国王が傭兵王、なんて呼ばれているみたいに傭兵だか何かの出自で、おかげで待遇面ではロードス1だと思いますよ」
「よし、フレイムに行こう」
 マサムネが即座に言う。
「……違約金、払えませんよ」
「ばっくれるに決まっているだろう」
 またここでも犯罪者か〜、と、サシカイアは頭を抱えかけ、慌ててマサムネの気を引くような事を言った。
「……でも、マーモ皇帝を討ち取れば、きっと褒美は望むままですよ」
「そう言えばそうだな」
 うんうん、とマサムネは頷く。
「砂漠の蛮族を討ち取るよりも、そっちの方が金になるな」
「マーモ皇帝を討ち取るつもりですか?」
 呆れたように、タンカレー。
「相手は、6英雄ですよ? しかも、その剣は魔剣ソウルクラッシュ。そんなすごい人間、自分たちじゃあ、相手にならないですよ、きっと」
「俺たちって言うな!」
 げし、っとマサムネはタンカレーをけっ飛ばす。
「俺は6英雄なんかよりもよっぽどすごいぞ」
「確かに、すごいかもしれないですけど……」
 蹴飛ばされたのに怒るでもなく、タンカレーはチラと視線をサシカイアに向けて言った。
 マーモ皇帝ベルドとは、違う意味ですごいと思っているのは間違いない視線だ。何しろ、サシカイアの格好は相変わらずメイド。戦場にメイドを連れてくる。確かにすごい。
「よ〜し、こうなったら絶対にベルドの首を取って、褒美を貰って、豪遊してやる。ヴァリスの花街の女、全員制覇してやる! ……ただし、ブスは除く」
 なんだか変な具合にモチベーションをあげているマサムネに、サシカイアがため息を零すと、脇から笑い声が聞こえた。
「威勢の良いのがいるな」
 供を連れ、馬上から髭の男が声をかけてきた。頭にはターバンを巻いている。砂漠の民らしい。
「なんだ、おっさんは」
 マサムネの物言いに、お供のモノが顔色を変える。
「貴様、カシュー王に向かって」
 まあよい、とカシューが手を振って止めなければ、ずいぶんと困った事になっていただろう。
「カシュー? 確かフレイムの王様だったか?」
「……王様に向かってそう言う口の利き方はお願いだから止めてくださいよ」
「別に俺はフレイムの民じゃないから、へりくだる必要なんて無いだろう」
 小声でサシカイアが窘めるが、聞きもしない。
 お供のモノが本気で怒った顔になるが、カシューは笑ってマサムネを許した。
「メイドを連れた変な傭兵がいると聞いて見に来たが、本当に変な奴だな」
「変な奴とは失礼な奴だな。だいたい、お前だって十分変だぞ。自分の国で反乱が起きているのに、こんなよその国の戦争に口出しして。それじゃあ王様失格だろう」
「……痛いところをついてくるな」
 カシューは苦い顔をした。自分でも自覚しているようだ。
「しかし、この戦いはヴァリス一国の話ではないのだ。このロードスが闇の陣営に取り込まれるか否か、そうした大事な一戦なのだ」
「ん〜」
 苦み走ったカシューの声だが、マサムネは頷かずに首をかしげた。
「俺には正直、その闇だの光だの、よく分からないんだが。──って言うか、そんなに闇を嫌う必要あるのかねえ」
 暴言だ。サシカイアは顔色を変える。光の陣営、その総元締めのファリス神を崇めるヴァリスの国で、言ってイイコトじゃない。異端審問、邪教弾圧。正義のファリスだって、やる時はやるのだ。いや、正義だからこそ、やる。
 カシューのお供も、近場の傭兵達も同様に表情を変えている。
 しかし、マサムネは全然気にしていない。
「こないだ仕事ん時に襲いかかってきたダークエルフと一発やったけど、普通の女とあんまり変わらなかったぞ。……ちょっと、胸が薄すぎてその辺り不満だけどな。闇、闇っていちいち騒ぐ事もないだろう。どっちも同じ女だし、人間に美人がいればブスもいる。ダークエルフにしたところでそれは一緒だろう。光だ闇だって、ひとくくりにして嫌うよりも、どっちも同じ様に美人は愛でる方が良いと思うが?」
「……」
 カシューは面食らったようにしばらく沈黙していたが、次いで、爆笑した。
「はっはっはっは。お前にとっては、光も闇も一緒か」
「光だろうが闇だろうが、美人は美人だ。そして、美人は世界の宝だろうが。──それともお前はブスの方が好きなのか?」
「もちろん俺も、美人の方が好きだ」
 にやりと笑ってカシューは言うと、マサムネの方をぶっ殺しそうな勢いでにらみ付けている部下を引き連れてきびすを返した。
「なかなかおもしろい奴だな。死なずに生き残れよ」
 と捨てぜりふを残して。
 対するマサムネの言葉。
「当たり前だ。世界中の美人とやるまで、死んでたまるか」
 できればとっとと死んじゃってください。
 サシカイアは内心でそんな事を考えた。