戦争は、敵味方入り乱れての乱戦になった。


 戦争は、ロイド東の平地で行われた。
 この戦いで、マサムネとサシカイアは右翼の軍勢に編入された。右翼は下級妖魔を中心とした、比較的弱敵と当たると予想されていた。詰まるところ、あんまり期待されていなかったという事だ。……戦場にメイドを連れてくるような人間が、信用されるとも思えないから、至極当然の判断かも知れない。
 逆に左翼の方はダークエルフを中心にした難敵が来ると予想されて、フレイム王カシューが軍を率い、多くの魔法使いがこちらに振り分けられていた。
 ところが、実際に戦ってみると、予想とは逆に右翼にこそ難敵ダークエルフが大量に振り分けられていた。
 右翼の指揮官であったヴァリスの宮廷魔法使いエルムは、ダークエルフの刃を受けて戦闘開始早々に絶命し、指揮官を失った軍勢は大きく乱れた。徴兵されたばかりの民兵は泡を食って逃げ出し、戦線は一気に崩壊し、敵味方入り乱れた乱戦となった。


 ヴァリス流に言えば、これは神聖な戦いであった。
 しかし、現実、ただの殺し合いでしかない。それも酷く凄惨な。
 あちこちに敵味方の区別無く死体が転がり、さらにあちこちでは死体を生産している。
 そんな中で、マサムネも剣を振っていた。
 横殴りの大剣の一閃が、数匹のコボルドを吹き飛ばす。そのあまりの勢いに敵がひるんだところへ、マサムネは一気に敵襲団の中へ飛び込むと縦横に剣を振るう。瞬く間に敵は数を減らし、慌ててマサムネのそばから離れていく。そこへ──
「ファイアーボール」
 素早く呪文を詠唱して、大量破壊の魔法として賢者の学院辺りでは忌み嫌われている火球(ファイアーボール)の魔法をたたき込む。爆発が生じ、敵を紙切れのように吹き飛ばす。
「……雑魚ばっかだな」
 取りあえず剣や魔法の届く範囲に生きている敵がいなくなった事を確認すると、面倒くさそうに剣を振って血糊をとばす。魔法のかかった大剣は、それだけで輝きを取り戻す。
 敵の一団を始末したばかりだというのに、早速次の一団が迫ってくる。
 それと接敵する前に、マサムネは自分の斜め前に向かって大剣を振った。
 何もない場所から、血が飛び散る。次いで、空気の中から現れてきたみたいに、ダークエルフの姿が現れる。その体は右の肩口から大きく切り裂かれており、すでに絶命している。
「うっとうしいな」
 ダークエルフが難敵とされるのは、こういう具合に姿隠し(インジビリティ)の魔法を使い、姿を見せずに近づいてきて、毒の刃で一撃するという戦闘スタイルのせいである。右翼の指揮官エルムが倒されたのも、姿を隠したダークエルフに気がつけずに接近を許したせいである。
 幸い、マサムネは精霊使い(シャーマン)としての能力も持っている。シャーマンは普通の人間には目にする事ができない精霊の姿を見る事ができる為、ダークエルフに気が付かずに接近を許すという事はない。姿隠しの魔法は精霊の力を借りる魔法。ダークエルフの姿は見えなくとも、不自然に集まった精霊を見る事ができるので、接近に気が付くのは容易である。
「……逃げますか?」
 マサムネの背中に近づいてきたサシカイアが問う。サシカイアは一応小剣を構えてはいるが、基本的に精霊魔法を主体にしてこれまで戦ってきている。こちらも精霊が見えるので、ダークエルフの接近を許す事はない。
「どうすっかな」
 正直な話、この戦いに命まで賭ける義理はないと、サシカイアは考えている。マサムネもそうだ。給料分働けば十分。そして、すでにそれくらいは働いただろう。ヴァリスの唱えるお題目、神聖な戦いなどと欠片も思っていない。何よりも優先するのは自分の、自分たちの命だ。
 そんな事を話していると、二人目がけて矢が飛んできた。
 接近戦ではマサムネに敵わないと、距離を取って戦うつもりになったらしい。
 しかし、二人は平気な顔で、よけることなくその場に立っていた。
 矢は、二人に突き刺さることなく、風に吹き散らされてあさっての方向に飛んでいく。当然、風による矢除けの魔法はかけている。
「ああ、うっとうしい」
 マサムネはうめいて呪文の詠唱。冷気が踊り、離れた場所にいる弓兵をまとめて凍り付かせる。吹雪(ブリザード)の魔法。
「……本当に」
 サシカイアが珍しくマサムネの意見に同意して、こちらは精霊に語りかける。サシカイアの近くで風が唸る。そして、風の唸りはサシカイアの指し示した方へ進んでいって、そこにいた敵兵をまとめて全部、ボロ切れのように切り刻む。
「二人とも、本当に強かったんですね……」
 身も蓋もないような二人の強さに、同じく右翼に配置されていた傭兵のタンカレーが、驚き半分、呆れ半分で言ってくる。
 タンカレーの他にも、二人のデタラメな強さを見て、付き従えば生き残れるだろうとでも考えたのか、何人かの傭兵がついて来ている。
「そう言ったろうが。貴様、信じていなかったのか?」
「……こんな格好ですからね。信じられなくとも当然なのでは?」
 何で私は戦場で、メイドの格好をしているのだろうか?
 切なさ爆発の表情口調で、サシカイアがつぶやく。
「メイドがメイドの格好をしているのは当然の事だろうが」
 マサムネの方は欠片も疑問を抱いていない口調で応じ、ぐるりと戦場を見回す。
 どうやら、敵も味方も戦場の中央部に集まりつつあるようだ。
「良し、あっちに行くぞ」
「……まだ、戦うんですか?」
 周囲の敵は一掃している。もう良いんじゃないですか?、と言う口調でサシカイアが尋ねるが、マサムネは首を振った。
「まだ、ベルドの首を取っていないぞ」
「……あれ、本気で言っていたんですか?」
「俺はいつだって本気だぞ」
 それはそれでイヤだ、とサシカイアは思ったが、マサムネが走り出したのを見て、その後へ続いた。


 両翼の戦いはそれぞれに決着が付き、生き残り、まだ戦意の残っている者達は中央、本隊同士の戦いを助勢していた。
 自然熾烈な戦いが中央部で繰り広げられる。殺し、殺され、血で血を洗う凄惨な戦い。
 そこへ、マサムネらは乱入した。
 マサムネが戦闘で無造作に大剣を振るって敵を切り捨て突っ込んでいく。その背後に続いたサシカイアが魔法でフォロー。さらに、マサムネに付き従ってきた、タンカレーをはじめとする傭兵達がマサムネの切り開いた道を広げる。この一団は敵に大量の出血を強いたが、残念な事に数が少なく、大勢を決めるほどの効果はなかった。
 いい加減面倒くさくなっているマサムネは、一気に勝敗を決める事のできる相手──総大将ベルドの姿を探し求めていた。頭を潰せば、戦いは決まる。シンプルだが、それだけに確実と思える方法。立ちふさがる敵は全て切り伏せ、戦場を走り回る。
 そして、ついに見つけた。
 特徴的な赤い鎧を身につけ、黒い大剣を持った特徴的な大男。見間違えようがない。周りの人間とは、明らかに雰囲気が違った。魔神王を倒した6英雄の一人。今ではマーモの暗黒皇帝ベルド。
「良し、見つけた」
 喜び勇み、大剣を振り上げてそちらに進むマサムネの前に、男が立ちふさがった。
「待て!」
「邪魔するな」
「止めて下さい。カシュー王ですよ!」
 切り捨てようとするマサムネだが、後ろから悲鳴に近いサシカイアの声がかかって止まる。
 確かに、マサムネの前に立ちふさがったのは、フレイム国王カシューだった。
「何で邪魔をするんだよ。アレを殺せば戦いは終わるだろうが」
 マサムネはカシューをにらみ付ける。
「それに、俺は莫大な報酬を得てうはうはなことをするんだ」
「相変わらずの様だな」
 カシューは僅かに苦笑して、マサムネにベルドと向かい合って立つ男を示した。
 こちらは、純白の鎧に身を包んだ初老の男性。
「……誰だ?」
「……雇い主くらい知っておいてください。ヴァリス国王じゃないですか」
 本気で首をかしげるマサムネに、サシカイアが呆れ声で突っ込む。
「ふ〜ん、あれが」
 ベルドと同じく、6英雄の一人。ヴァリス国王ファーン。
「とにかく、今はあの二人の因縁の一騎打ちだ。邪魔をするのは野暮だろう」
 カシューも微妙に呆れ気味に、マサムネに告げる。
「面倒くさいな。ここにいる全員で一気に迫れば、こっちが勝つだろうに」
 マサムネはぐるりと周りを見回してつぶやいた。
 周囲では苛烈な戦いが繰り広げられ、この辺りに生き残りは少なくなっている。
 味方は、カシューとその連れ、聖騎士らしい男とエルフの娘、ドワーフ、ヴァリス神官、魔法使いに盗賊と言った多彩な一グループ。そして、マサムネとサシカイア、タンカレーとあと二人ほどの傭兵。
 敵の方はもっと少なく、親衛隊らしい4人がいるだけだった。
 親衛隊らしき者達は、マサムネの言葉に慌て気味に剣を構える。本当にマサムネの言葉どおりにされれば、勝ち目はないと自分たちでも思っているのだろう。
 そして、その内の一人、一番位が上らしい、長い黒髪の男がマサムネをにらみ付けて言った。
「貴様には騎士道精神というモノがないのか?」
「そんなもんあるか、ボケ」
 マサムネはすかさず言い返す。
「なっ……貴様」
 親衛隊の男が、白い顔を真っ赤に染める。
 そっちにべろべろべろ〜っと舌を出し、それからマサムネはカシューへ向き直った。
「立派な騎士道精神も良いけど、それこそ負けたら何にもならないぞ……って言うか、本当に負けやがった」
 ベルドとファーン。二人の決着が付いていた。
「国王!」
 カシューのお供の聖騎士が、悲痛な叫びをあげる。
 ファーンの敗北で。
 ファーンの剣は、ベルドの左肩に食い込んで、そこで止まっていた。まだまだ浅い。致命傷にはほど遠いだろう。
 対して、ベルドの剣はファーンの胸を貫いていた。こちらは疑いようもない致命傷だった。
「まあいいや。これで俺がベルドの首を取って、恩賞でうはうは──」
「させるか」
 ベルドの方へ走り出そうとしたマサムネの前に、件の親衛隊が立ちふさがる。
「邪魔だ」
 マサムネは無造作に斬撃を放った。
 これまで、マサムネは全ての敵を一撃で打ち倒してきた。しかし、この敵はマサムネの斬撃を剣で防いでいた。
 いや、完璧に受けきる事はできず、体ごとはじき飛ばされていたが、それでも死ななかった。
「やるっ」
 思わずといった風に感心の声を上げるマサムネ。
 その間に、カシューがベルドに一騎打ちを迫っていた。
「あ〜〜〜、くそっ先超された」
 マサムネは、やられたと首を振る。
「……乱入しないんですか?」
 サシカイアが、とばされた場所で膝立ちになった件の親衛隊の男に油断のない視線を向けたまま尋ねる。
「ん〜、何となく、勢いを殺がれた」
「……そうですか」
 マサムネのムラっ気に文句を言っても仕方がないと、すでに諦めの見えるサシカイアはうなずき、そのまま視線で親衛隊の男を牽制する。
 カシューとベルド、二人の戦いは苛烈を極めた。どちらも当代一流の剣士。
「俺ほどじゃないがな」
「……はあ、そうですか」
 どちらが勝ってもおかしくない。そんな戦いだったが、一騎打ちの勝敗は意外な形で付いた。
 どこからともなく飛んできた矢がベルドに突き刺さり、その痛みに気を取られた所を、カシューがつけ込む形になって勝利したのだ。
「卑怯な!」
 件の親衛隊の男が、深甚な憎悪とありったけの侮蔑を言葉に込めて、カシューを罵る。
「俺の名はアシュラム! 覚えておけ。俺は貴様達を絶対にゆるさん。ベルド陛下の悔しさをいつか貴様達にも味あわせてやるぞ!」
「馬鹿か、勝った方が正しくて負けた方が悪いんだよ。卑怯も糞もあるか」
 マサムネがすかさず言い返す。
「なっ、何だと、貴様」
「後腐れ無いように殺っとくか。そうすれば、目撃者もいなくなって事実の捏造もし放題だ」
 大剣を肩に担いで歩き出したマサムネに向かって、親衛隊の生き残り達は剣を構える。その表情には、悲壮なモノが見えていた。先の一撃。アレで、アレだけでマサムネがデタラメに強い事を理解しているらしい。さすがは親衛隊と言うべきか。
「行かせてやれ」
 そんな声をかけたのはカシューだった。全身に、重い疲労を背負っている。いや、疲労は肉体だけではなく、精神の方にも酷くのし掛かっているようだった。
「オレは偶然であれなんであれ、卑怯な手段を用いてベルドを倒した。この功罪が如何に出るかは今後のオレ自身の戦いの結果に任せる事にしよう」
「甘いなあ。騙し討ちは戦の常道だろうに。気にする事はないと思うぞ」
 と言いながらも、マサムネは戦う気を無くした様子で、犬でも追っ払うみたいにひらひらと手を振った。
「ほら行け」
「貴様、名前は何と言う!」
 屈辱に顔を紅潮させながら、アシュラムと名乗った親衛隊の男が問う。
「ペペロンチャだ」
 間髪入れずにマサムネが答える。
「……はぃ?」
 サシカイアは変な声を出してしまう。
 それはアシュラムの耳には届かなかったようで。
「ペペロンチャだな。貴様も覚えておけ。貴様はいずれ、オレが倒す」
 そう言って、アシュラムは体を翻した。後に、生き残りの親衛隊が続く。
「が〜んば〜れよ〜」
 人ごとみたいに間延びした気楽な口調で、マサムネがその背中に声をかける。
 その声にアシュラムはくるりと首を巡らせてこちらをにらみ付けたが、何も言わずに退場する。
「……ペペロンチャって何ですか?」
「ああいう風にまじめな奴って、からかってみたくならないか?」
「……そうですか」
 僕をやるのも大変だが、仇とするのも大変な奴だと、何となく、サシカイアは件の親衛隊に同情した。