戦後のヴァリスは混乱を極めた。
戦争自体は、痛み分け、あるいはヴァリスの勝利で終わった。
目的であったロイドの防衛。それには成功している。あの会戦の最中、マーモ軍の別働隊がロイドを急襲しているが、それでも陥落させるには至らなかった。
しかし、ヴァリスは権力構造のトップ、国王をこの戦いで失っているから、単純に勝利とは言えない。
同様に、マーモ皇帝ベルドも倒れているから、こちらも一時軍を引く事となり、亡国の危機はひとまず回避された。
ここにいたり、ようやくファリス神殿が重い腰を上げた。あるいは、勢力、影響力拡大のチャンスと見たのかも知れないとはマサムネの談。とにかく、ファリス神殿は神官戦士団を派遣してロイド周辺の治安を維持し、倉を開いて焼け出された者達への保護を開始した。
その甲斐もあって、ロイド周辺の僅かな場所とはいえ、ヴァリスは一応の形を保つ事に成功していた。
マサムネ達傭兵への報酬の支払いは遅れに遅れた。
混乱しているから仕方がないとは言え、ロイドに帰還して一週間たってようやく約束のお金が支払われた時には、サシカイアは安堵の息を零した。もう少し遅ければ、マサムネが暴れ出していたところだろう。そして今回に限れば、日々目減りしていく持ち金に心を痛めていたサシカイアも、止めることなく、逆にけしかけたかも知れない。
ロイドの花街制覇。
そんな野望を抱いていたマサムネだが、流石に戦後の混乱の中にあるロイドでそれを望む術はないと諦め、サシカイアを喜ばせた。
「やきもち?」
「……違います。無駄金を使うのが嫌いなんです」
「まあ、サシカイアならただで抱けるか」
「……次からお金取りますよ」
すでになし崩し的に、マサムネに抱かれる事は諦めてしまっているサシカイアである。
そんなマサムネやサシカイアにも、仕官の話は来た。
多くの人材を失ったヴァリスにとって、戦士も、魔法使いも、全てが貴重となっている。
そして、マサムネは性格にさえ目をつぶれば、強力な戦士であり、魔法使いである。サシカイアも、メイドの格好が問題視されたが、それでも優秀な精霊使いであることを証明していた。流石に、表だって元暗殺者ですとは言っていない。
しかし、マサムネはこれをあっさりと蹴った。
「宗教臭い国は嫌いだ」
と、ほとんど喧嘩を売っているような理由で。
サシカイアとしては安定した生活を望んでいる。やはりその辺りは女性で、夢見がちな男に比べて現実的である。しかし、同時に現実的なだけに、マサムネが宮仕えに向いていない事も理解していた。特に、ここヴァリスでは。だから、マサムネが誘いを断る事に関しては反対しなかった。
マサムネに仕官の話を持ってきたのは、ヴァリスだけではない。フレイム王カシューも、わざわざ二人が逗留している宿屋を訪問している。
「時間がないので単刀直入に言うが、二人とも、フレイムに来るつもりはないか?」
時間がないのは本当の話。何しろ、フレイムでは砂漠の蛮族達による大侵攻が行われている。王様がいつまでもよその国にいるわけにはいかない。と言うか、初手からそっちを放り出してこちらの戦争に参加する神経からして、信じられない。
「お前達になら、かなりの地位を用意出来る。口の利き方についても、大目に見よう」
サシカイアには、後ろ半分の条件が特に、ものすごく、素晴らしく破格に思えた。
何しろ、自分の王様じゃないからと、カシューに向かってもマサムネはため口なのである。そして、自分の王様になっても、改めるとは考えられない。言い訳のようにマサムネが理由にしたところによると、元々、マサムネの故国には身分の違いなんてモノがほとんど存在しないせいらしい。失礼なのはマサムネ本人の資質だとサシカイアはこれを聞いても確信していたが、沈黙を守っていた。
「ん〜」
しかし、マサムネはあっさりと首を振った。
「正直、俺って宮仕えに向いてないからなあ」
「……きちんと、自己分析出来ていたんですね」
意外だとサシカイアが口にして、マサムネににらまれる。
カシューも、それ以上強く勧める事はなかった。
「まあいい。気が変わったらフレイムを尋ねてこい。お前の前に閉じる城門はフレイムにはないからな」
「……いえ、きっちり閉ざしておいた方が、フレイムの為だと思います」
すかさずサシカイアが口にした言葉に、カシューは大笑し、マサムネは睨んでくる。サシカイアは丁寧にマサムネの視線を無視して、このままの足でフレイムに帰るというカシューを見送った。
「……で、これからどうしますか?」
「怠惰な生活を──」
伸びてきた助平な手をつねりあげ、サシカイアはため息を零した。
「……それはもう止めてください。私はまじめに話をしているのです」
「俺はまじめに答えているんだけど」
「……なお悪いです。取りあえず当面の生活費はできましたが、余裕があるにはほど遠いです。私としては、すぐに次の仕事にかかって貰いたいですね。幸い、現在のヴァリスには、いろいろ仕事がありますから」
マーモ本隊は一時、アダンの街まで兵を引いた。しかし、各地には残党が残って悪さをしているし、通商破壊は継続して行われている。そうした連中の退治をする仕事は、いくらでも見つかる。冒険者にとっては、稼ぎ時だろう。
「う〜ん、俺、この国、宗教臭くって嫌いなんだよなあ」
しかし、マサムネは気が進まない様子だ。
「じゃあ、ライデンに戻りますか?」
「そうだなあ」
等とやりとりをしていると、宿屋の部屋に、さらに来客が訪れた。
「たのも〜〜!」
部屋の扉の外で、大声が上げられる。
「……ん?」
「女だな。それも美人だ」
何故分かる、とサシカイアが疑問に思っている内に、マサムネが俊敏な動きで立ち上がり、扉を開ける。
すると、確かにそこに立っていたのは十分に容姿の整った女性だった。
「……マイリー神官?」
サシカイアが小さくつぶやく。なんでまた、マイリーの神官なんだ、と疑問を抱く。
ここ、ヴァリスは至高神ファリスの国である。マイリー神は同じ光の陣営の神様で、ファラリスのように排除されているわけではないが、それでもファリスの勢力が強すぎて、その他の神様のモノは、存在しても小さな詰め所位しかない。そして、そこに勤める神官は、非常に肩身の狭い思いをし、身を縮めるようにして過ごしている。だから、マイリーに限るわけではないが、この国ではファリス以外の神官は非常に珍しい。
「おお、やっと出会えたっすよ、我が勇者様」
マイリー神官は、マサムネを見てうれしそうに言った。
「……勇者様?」
サシカイアは眉をひそめる。
マサムネも同様に眉をひそめるが、これはサシカイアとは違う理由だろう。
マサムネがこの世界に召還されたのは、英雄召還の魔法。そのため、勇者とか英雄とか言う言葉には、まず拒否反応が出るのだ。
「はい、マイリー様から電波を受けたっす! こう、びりびりと」
神官の娘は、ぐるぐるした宗教家特有の瞳になって、自分の両のこめかみを指でさした。
「あなたこそ、自分の勇者様だと」
「で、電波?」
宗教全般嫌いだと公言しているマサムネである。ちょっぴり腰が引けていた。
ああ、こいつにも苦手なモノがあったんだ、と新たな発見に驚きつつ、サシカイアは注釈した。
「……多分、啓示の事じゃないですかね」
「そう、それっす」
我が意を得たりと、うれしそうに神官娘がにかっと笑う。
マイリー神は戦いを司る神様である。それだけに戦争や闘争、とにかく戦いを肯定し、それをことのほか喜ぶ。そして、その僕である神官達は、自らが、あるいはマイリーの啓示を受けて「我が勇者」と決めた相手に献身する事を、最大の喜びとしている。
つまりは、マイリー神によって、マサムネがこの神官娘の勇者であると啓示を受けた。それで、この神官娘は喜び勇んでやってきた。そう言う事だろうか? マイリー神、人を見る目があるとはとうてい思えない。
少々不敬な事を考えながら首をかしげるサシカイアの前で、神官娘はうれしそうに自己ピーアールを続けている。
「実は自分も、先の戦争に参加したんすよ。そこで、勇者様の戦いぶりを見て、いや〜、痺れたっす。はっきり言って、ベルドやファーンなんて問題にならない。とんでもない無敵な素敵ぶりだったっすよ」
「……そ、そうか?」
あのマサムネが気圧されている。
なんだか暗い喜びに浸りながら、サシカイアは事態を静観する事にした。
「ええ、そうっす。そこで、びびび、とマイリー神の電波が来たっすよ。この人こそ、自分の勇者だって。いや〜、喜んだっすよ。これで私もいっぱしの勇者持ちっすよ。自分をフレイムの本神殿から追い出してくれやがった連中を見返す……げふんげふん。とにかく、あなたは私の勇者様っす」
なんだか、マイリー神殿でも持て余されていたっぽいなあ、とサシカイアはそちらの人々の苦労を思いやる。確かに、いろいろ問題のありそうな性格だ。間違っても、この神官娘がマイリーに仕える者達のスタンダードではないだろう。
「いや、しかし、俺は……」
戸惑っている戸惑っている、くしし。と、サシカイアはほくそ笑む。
「さあさあ、どうぞ自分を勇者様の従者にしてくれるっすよ。自分はお買い得っすよ。何しろ、マイリー神の覚えもめでたく、かなりの高レベル神聖魔法だって、お茶の子さいさいでちょいちょいっと使えるっすからね。おまけに若いっすからね。丈夫で長持ち。完璧っす」
「いや、まて……」
「戸惑う事はないっす。安心の完璧サポートを約束するっす。それこそ、戦闘から夜の相手まで」
「……夜の相手?」
あ、なんだか流れが変わった。
サシカイアがイヤな予感を覚える前で、神官娘の言葉は続く。
「ええ、心身のサポートが我々、従者の勤め。勇者様には気持ちよく戦って戦って戦って戦い抜いて、喜びの野に旅立って貰う為に、我々マイリー神官は、献身的な完璧サポートをするのが勤めっすからね」
マサムネは、これまでとは違った目で、神官娘を眺め始めた。これまでは怖いモノを見る視線だったが、今ではすっかりそう言う視線だ。
神官娘は、年の頃、マサムネと大差ない。サシカイアより若干上。まだ、20才になっていないだろう。長い美しい黒髪をした、濃い眉毛のりりしい顔立ちをしている。着ているモノはマイリーの神官衣。背中には柄の長いハンマーを背負っている。神官戦士か。マイリーは戦の神だけに、神官戦士は珍しくない。後、マイリーのホーリーシンボルの付いた、大きな帽子をかぶっている。
結論。
十分、マサムネの守備範囲内に入る整った顔立ちだ。
「うん、いいだろう。従者にしてやる」
「本当っすか?」
「ただし、その前に、いろいろと相性なんかも確認してみる必要もあると思うのだが、君はどう思うかね?」
なんだかマサムネ、変な口の利き方をしている。
「ベル・デキャンターっす」
「うむ、ベル君」
「ええと、それはつまり、身も蓋もない言い方をすると、やらせろっていう事っすか?」
「身も蓋もない言い方をすると、そう言う事だ」
悪びれず、マサムネは頷く。
「……ちょ、ちょっと」
なんだか、話の流れが最初とは全然違ってきている。サシカイアが慌てて口を挟むと、マサムネは意味ありげな視線をそちらに向けた。
「焼き餅か?」
「違います!」
「なら問題ないな。で、どうだ?」
視線をサシカイアから神官娘、ベルに戻して再び問う。
「良いっすよ。全然問題ナッシングっす。英雄色を好む。ばっち来いっすよ」
どん、と、ベルは胸を叩いて請け負った。
「それじゃあ、サシカイアはしばらく場をはずしているように」
「…………分かりました」
このケダモノめ。
ぎろりとマサムネをにらみ付け、サシカイアは言いつけに従って、部屋を出た。