まだまだ、千客万来である。
けだもの、けだもの、けだもの。
肩を怒らせて、サシカイアはロイドの街を歩いていた。何を怒っているのか、自分でもはっきりしていなかった。
闇雲に歩き回り、そうしてようやく、ばからしさを覚え、肩から力を抜く。
自分は何をやっているのやら。
ゆっくりと、ロイドの街を見回す。
マーモの別働隊の襲撃は、撃退する事に成功した。しかし、被害は皆無とは行かない。街のあちこちは崩れ去り、現在復旧の真っ最中である。おまけに、国王が討たれた事もあって、なんだか非常に雰囲気が暗い。
そんな事を確認して、それからようやく、サシカイアは自分に視線が集まっている事に気が付いた。
なんだ?
と、首をかしげ、それから自分の格好のせいだと気が付く。
街にいるのは、辻ごとに立って治安を乱す輩がいないか目を光らせているファリスの神官戦士。崩されたり焼かれたりした建物の復旧にいそしむ職人。焼け出され、汚れた格好で力無く道の脇に座り込んでいる避難民。後は一番数の多い、被害を免れ、普通に日々を過ごしているロイド市民。
その中で、メイドさんの格好をしたサシカイアは、酷く浮いていた。
自分がいつの間にかこの格好に慣れてしまっている事に気が付いて愕然する。そりゃあ、以前からこの格好はしていた。とは言え、以前は裏の仕事はあったモノの、基本的に王宮勤めのメイドでもあったわけだし、この格好は職業制服で何らおかしな所はなかった。
しかし今は、マサムネの個人的なメイド。しかも、戦場だろうが冒険者の仕事だろうが、TPOの一切合切を無視して常にメイドの格好を強要されるという、どこか間違った状況。
なのに、自分は視線を集めているのに気が付くまで、この格好を異常だと思っていなかった。
がび〜ん、と、なんだか大事なモノを喪失したような気がして、サシカイアは大きなショックを受ける。
肩を落としてどんよりした空気を周囲にまき散らしながら街を行くサシカイア。
そこへ、声がかけられた。
「姐さん。そこの、メイドの姐さん」
メイドの姐さん?、なんだそれは?
と思いつつ、こんな酔狂な格好をして街を散策している人間はそう多くないだろう、と、サシカイアは声の方に振り返る。
くだらないナンパだったら、このやるせなさを暴力に変えてぶつけてやろうかと、エプロンスカートの上から太ももの小剣の位置を確かめる。
すると、サシカイアを呼んだのは見知った顔だった。
「……ええと、たしかタンカレーさん?」
先の戦争を一緒に戦った、腰の低い傭兵である。
「ああ、覚えていてくれましたか。よかった」
言葉どおりに、タンカレーは安堵の表情になる。
「マサムネの大将とは一緒じゃないんですか?」
罪のない、ただの疑問だろう。
しかし、サシカイアは今マサムネが何をしているか思い出して、一気に不機嫌な表情になった。
「す、すみません。何か怒らせるような事、言ってしまいましたか?」
「……いえ」
考えてみれば、自分が怒るような事はなんにもないのだと、マインドセット。表情を作り直す。
「……で、タンカレーさんはマサムネに何か用ですか?」
「あ、そうだ」
びくびくとサシカイアの顔色を伺うみたいな怯えた表情をしていたタンカレーは、水を向けられてようやく、自分がなんの為に声をかけてきたのか思い出したようだ。
「大将はこれから、どうするつもりなんですかね?」
「……え? マサムネですか?」
「はい」
何でそんな事を質問するのだと考えつつ、マサムネのこれからの行動を脳内でシミュレートする。
「……」
あんまり、良い行動をするようには思えない。放っておけばこの世の終わりまで、色と欲におぼれた怠惰な生活を続けようとするだろう。
サシカイアの表情に何を見たのか。
「いや、俺は、マサムネの大将はきっと何かでっかい事をするんじゃないかと思って」
でっかい悪さならしそうです。いや、すでにしているか。アラニア王室から財宝を盗んで逃亡。大罪だ。
「それで、できるならば俺もマサムネの大将について行かせてはもらえないかと」
「……はぁ?」
「マサムネの大将は、きっと何か凄い事をする、できる人間です。俺でもその手伝いくらいならできると思いますから、部下にしてくれるように、何とか大将に口をきいてもらえませんか?」
「……考え直すべきです。それも今すぐに。幸いここはヴァリスで神官は山ほどいます。すぐに近くの教会の飛び込んで、懺悔して悔い改めるべきです」
あなたは何か、でっかい勘違いをしています。
どちらかと言えば、タンカレーの事を思いやって告げたのだが、そうは取ってもらえなかったようだ。
「確かに、自分はちんけな傭兵です。しかし、何か出来ると思うんですよ。マサムネの大将の目的のために微力ながらお手伝いができると思うんですよ。お願いします。俺をなにとぞ、部下にしてください」
「……いや、その」
なんだか再び注目を集めてしまい、どうすれば良いんだと、サシカイアは頭を抱えた。
それからもうしばらく時間を潰してから、宿屋に戻る。
タンカレーの説得は諦めた。こうなったらマサムネに丸投げしてしまう事にする。男はいらんとか、身も蓋もない事を言って断りそうだが、それはそれで結構。恨まれるのはマサムネだし、多分、その方がタンカレーはよりよい人生を送れるに違いない。
「……戻りました」
真っ最中の所に入ってしまうのはばつが悪い。だから扉の前で声をかけて確認、それから部屋にはいる。
入ると、マサムネ、神官娘のベルの他に、もう一人客がいた。
商人のトリスだ。ぺこりとサシカイアに黙礼してくる。
「遅い。──て言うか、人が仕事を見つけたというのに、そっちはナンパか?」
「……ナンパじゃないですよ」
「ナンパじゃ無いなら、そいつはなんだ?」
「……そいつって、タンカレーさんですよ」
「誰だ、それ?」
ある意味、マサムネは予想どおりの反応をした。
「……つい先日、一緒に戦っていたじゃないですか。傭兵のタンカレーさんですよ」
「なんでそんな奴がおまえと一緒にいるんだ?」
本当に思いだしたのか疑問だが、取りあえずマサムネは話を進める気になった様子である。
「……タンカレーさんは、あなたの部下になりたいそうです」
「部下だぁ?」
マサムネは首をかしげる。何でそうなるのか、よく分からないらしい。実際、サシカイアもよく分からない。
「はい、お願いします」
タンカレーが頭を下げる。
しかし、マサムネはにべもなかった。
「男はいらん」
予想どおりの反応だった。
「だいたいだな、盗賊娘!、マイリーの神官!」
マサムネは言って、サシカイア、ベルを順番に指さした。サシカイアは基本的に暗殺者だったが、そう言えないない事もないだろう。
「……それが?」
「そう来たら、次は蛮族の女戦士であるはずだろう? なんで、男の傭兵なんだ?」
どう言う基準でそこに蛮族の女戦士が出てくるのか。サシカイアには分からない。
マサムネはさらに、今度はトリスを指さす。
「それから、お前! 何で中年男の商人なんだ? ここは商人の娘で、眼鏡っ娘の魔法使いであるべき所だぞ! なんだか酷く間違っているぞ、チェンジだチェンジ!」
間違っているのはお前の頭だ。と、サシカイアは脳裏で突っ込む。
でもまあ、これで一人の傭兵が道を間違うことが無くなったわけで。まあ、良し、と考えるべきだろう。
なのにタンカレーは、この世の終わりのような顔をしていた。
逆だ。部下になんかなった日には、それこそこの世の終わりなのだ。
「まあ、良いじゃないですか」
そこで、トリスが口を挟んできた。
そう言えば、仕事がどうとか言っていた。
ちっとも良くないと騒ぐマサムネを制してサシカイアが視線で尋ねると、一つ頷いて、トリスは説明してくれた。
「こちらでの買い付けが終わりましたので、また、ライデンまで護衛をして頂きたいのですよ」
「……チャレンジャーですね」
よりにもよって、マサムネに頼む気になるとは。
「どういう意味だ?」
「……いえ別に」
サシカイアは明後日の方を見て、すっとぼける。
「正直な話、マサムネさんくらい強い冒険者って言うのは、なかなかいませんからねえ」
トリスが、苦笑しながら言う。
まあ、強さだけは認めてもいい。あの強さはデタラメだ。──だが、努力も何も必要なく、いきなり強くなってしまったモノだから、性格とかにいろいろ問題がありすぎるが。
「今、フレイムの方も蛮族の大攻勢が始まって、こっちに来た時よりもずいぶん状況が悪くなっていますからね。半端な護衛では安心出来ません」
「確かに勇者様は強いっすからねえ」
うんうん、とベルが頷く。
「そうです、大将は最強ですよ」
「あっはっはっは、俺は最強だからな。あっちの方も強いぞ」
「それは自分が保証するっす」
朗らかにベルが言う。
なんの保証だ。
「とにかく、そんな状況ですからね」
トリスが結論するように言った。
「ですから、タンカレーさんでしたか? あなたも含めて、私が雇いますよ」
そう言うわけで、準備を整えて、一行はライデンへ向けて出発した。
フレイムどころか、ヴァリス国内の治安も最低に落ち込んでいて、何度かの襲撃を受けるも問題なく排除。
ベルは自分で言うようにかなりの神聖魔法の使い手で、同時に、戦士としてもかなりのモノだった。これで性格的な問題がなければ、フレイムの本神殿で、順調に出世する事ができただろう。
タンカレーも、気弱だが熟練の傭兵らしく、戦闘力に問題はなかった。正直、正面から戦えば、サシカイアはあっさり負けてしまえる自信がある。──と言ってもサシカイアは元々暗殺者で戦士ではないし、精霊魔法の使い手だから、正面から戦うつもりなど無いが。
そうして、ヴァリスを抜け、ルノアナ湖のそばまで来た時。
「待っていたわ!」
茂みをかき分けて、一人のダークエルフの娘が登場した。
「……あなたは」
「よう、エっちゃん」
マサムネがにこやかに手を挙げて挨拶する。それは、行きにも出会ったダークエルフの娘だった。
「……エっちゃん?」
「ダークエルフだから、エっちゃん」
サシカイアが尋ねると、マサムネは当たり前の事を言うみたいにして答えた。
「誰がエっちゃんですか! 私には、カミュという名前があります」
「じゃあ、カミュちゃん」
「ちゃん付けするな!」
「知り合いっすか? この、ダークエルフのカミュちゃんさんと」
ベルがカミュの主張を全然分かっていない顔で、首をかしげる。
「ヴァリスに向かう途中で会った」
「へ〜、そうなんすか?」
「ああ。それで、俺の事が忘れられなかったんだろう」
「あんな事されて忘れられるわけ、無いでしょうが!」
カミュは叫んだ。
「何したんすか?」
「ナニを」
二人が頭の悪い会話をしている間に、サシカイアはカミュに向かって話しかけた。
「……悪い事言いませんから、たちの悪い野良犬に噛まれたとでも思って、忘れてしまうのが一番ですよ」
「誰がたちの悪い野良犬だ」
マサムネが文句を言ってくるが、無視する。
サシカイアは、本当に心からカミュの事を心配していたのだが、残念な事に、それは全く通じなかった。
「とにかく、あなたには痛い目にあって貰います」
きっぱりと、マサムネを指さして宣言する。
「戦いっすか?」
うれしそうにベルが笑うのは取りあえず放っておいて。
「お父ちゃんにお願いして借りてきた魔獣を見て、恐れ戦きなさい! そして、自分のしでかした事を海より深く後悔しながら、死んで行きなさい。──出ませい、マー君」
がおおと、茂みから飛び出してきたのは。
「……マンティコアですか」
サシカイアは、それを見てぽつりとつぶやいた。
それは、確かにマンティコアだった。体は獅子、背中にコウモリの翼を生やし、しっぽは蠍。そして、顔は人の老人のモノという、醜悪な魔獣。邪悪な知識の守護者とも言われ、暗黒魔法を使いこなす。
確かに凶悪な魔獣なのだが。
「マー君、やってしまいなさい」
がおお、と吠えてマサムネに飛びかかったマンティコアは。
さくっと。
マサムネの大剣の一振りにより、身も蓋もないくらいにあっさりと開きにされてしまった。