ダークエルフの娘は、再び泣きながら逃げていった。
「覚えてなさいよ。次こそ絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「次もちゃんと可愛がってやるからな、安心してやってこい」
「ば〜か、ば〜か。お前の母ちゃんでべそ〜!」
相変わらず、悪者の捨てぜりふとしてはなんだかな〜と言う言葉を残し、ダークエルフ、カミュは泣きながら逃げていった。
「いいんすか? ちゃっちゃと喜びの野に送り込んだ方が後腐れが無くて良いような気がするんすけど」
ベルが、確認するようにマサムネに尋ねる。
マイリーももちろんファリスと同じ光の陣営の神様である。だから、暗黒神ファラリスの僕、ダークエルフは倒すべき敵である。しかし、ベルはさほど気にしていないようにも見えた。
「こうやって何度か抱いてやれば、その内、改心して肌の色が白くなるかも知れないだろう?」
なりません。
サシカイアは内心で突っ込む。そんな事で、ダークエルフの肌色が変わるはずもない。例えば、黒人と白人は同じ人間だが、悪い黒人が考え方を改めたとしても、肌色は変化したりしない。ダークエルフだって同様だ。
「なるほど、そんな事もあるんすか。いや、勉強になったっす」
どうやら、セージ技能は持っていないらしい。ベルはあっさり騙されて、感心したように頷く。
「さすがは大将、物知りですね」
タンカレー、お前もか。
「……あなたも、苦労しますね」
今回もまた、裸でしくしく泣いていたカミュにマントをプレゼントしたトリスが、いたわるようにサシカイアに声をかけてくる。
「……」
何と答えたらいいのか、分からないサシカイアだった。
その後、一行は無事にライデンに到着した。
カミュの他にも数回の襲撃は受けたが、問題なく撃退している。性格に問題のある人間が多いような気もするが、戦闘力だけは折り紙をつけても良い一行である。
その後は、ライデンでいくつかの仕事をこなした。
魔法戦士のマサムネ。神官戦士のベル。専業戦士のタンカレー。精霊使いで盗賊でメイドのサシカイアと、冒険者パーティとしてはなかなかにバランスの良い4人である。たいていの状況には対応出来るし、全員が高い戦闘能力を持っている為、仕事の成功率は非常に高く、それなりに名前も売れた。トリスだけではなく、それ以外の者からも、名指しで依頼が入るほどになった。冒険者としては、十分に成功したと言っていいだろう。
が。
「飽きた」
とか言い出す奴が出てくる。
マサムネである。
「なんて言うか、結局やっている事はちまちまお使いクエストを繰り返しているだけだろう? 変化に乏しくておもしろくないぞ。せめてキャンペーンシナリオはないのか? 全く、これじゃあ糞げーだぞ」
糞げーとやらが何を差すのかサシカイアには不明だったが、どうせいつもの我が儘だと、マサムネを窘める。
しかし、今度のマサムネは強硬に言いつのる。
「そうっすよね〜。なんだか最近、敵が弱っちくてつまんないすよ。もう少し、喜びの野が近づいてくるような相手と戦いたいっすね」
と同意するのは、ベルである。この娘も、サシカイアには結構頭の痛い存在である。どうやらマサムネと頭の構造が似通った部分があるらしく、常識を軽く超越したりするのだ。勘弁して欲しい。
「だいたいだな。こんなにまじめに働いているのに、サシカイアは豪遊するなと言う。ライデンの花街制覇、ブスは除く──と言う、俺の野望は」
「……そんな腐れた野望棄ててしまってください」
サシカイアは疲れ切った口調で反論する。
「……だいたい、3日とあけずに花街に繰り出しているじゃないですか。それでもまだ、不満なんですか?」
繰り出さない日は、サシカイアだったりベルだったりそこらの町娘だったりを相手にしている。サシカイアやベルはともかく、町娘?、という感じだが、実はマサムネ、結構もてる。頭の中身は腐っているが、顔は悪くないし金もあるのだ。たまに無理矢理だったりもするが。──それはともかく、マサムネが死ぬ時は絶対に腎虚だと確信しているサシカイアだ。
「不満だ。俺はもっとお大尽な遊びがしたいんだ」
「……そんなお金はありません」
収入は増えたが、口も増えた。同時に、マサムネの浪費も増えた。だから、経済状況はあんまり改善されていない。
「金があれば良いんだな?」
にやり、とマサムネが笑う。
「……何かろくでもない事考えていますね?」
「ベル、お前確か、リムーブカースの魔法使えるって言ってたよな」
「リムーブカースっすか? もちろん使えるっすよ」
ベルは頷いた。
「何しろ自分は、マイリー様の覚えもめでたいっすからね。それくらいはお茶の子さいさいで使えるっすよ」
思わず、サシカイアは身を乗り出す。それを使えば、サシカイアにかけられたギアスの魔法を解除出来る。
「サシカイアのギアスは解いてやらないぞ」
「……何でですか?」
「お前は俺の大事なメイドだからだ。うれしいだろう」
「……そんなのちっともうれしくないです」
サシカイアはため息を零した。
「……で、何を考えているんですか?」
「ドラゴンの所に行くぞ」
「……はい?」
「エンシェントドラゴンの所に行くぞ。奴らは金持ちだからな」
「……前にも言ったと思いますけど、そんなのと戦ったら、私が死にます。確実です」
「多分、俺も死ぬと思います」
タンカレーも挙手をする。
「良いじゃないすか。戦って死ぬのは全然オッケーっすよ。きっとマイリー様が喜びの野に連れて行ってくれるっす」
マイリー神の神官とは、おおむねこんなモノである。ベルの場合は少々露骨だが。
「タンカレーはどうでもいいが、サシカイアが死ぬのは困る」
「……だったら」
俺はどうでもいいんですか、と嘆いている者がいたがマサムネは綺麗に無視して言った。
「だから戦わない」
「……え?」
「奴らは魔法をかけられて、財宝の番人をさせられているんだろう? だから、その魔法を解いてやれば、お礼に財宝を差し出してくれる。マイセンやニースがそうやって、金銀財宝を貰った例があるだろう?」
魔神戦争の折、モスのハイランド公マイセンは、金竜マイセン(当時はこの名にあらず)の魔法を解き、財宝を貰って魔神と戦う為の軍資金にした。これは吟遊詩人達によって多く唄われる事実である。
「……そううまくいきますか?」
「行かなかったら、戦うだけっすよ。全然問題ないっす」
問題有りまくりだと思うのだが、ベルは相変わらずだった。
「……それにだいたい、何で今更なんですか? 最初から自分でそれをすれば良かったんじゃないですか?」
「俺、実は神聖魔法使えなくなった」
「……え?」
初耳である。
「……何でまた?」
「ん〜、多分、信仰心が欠片もないからだと思う」
そう言えば、と思い出す。
神聖魔法の使い手がいきなり魔法を使えなくなる例はマサムネが最初というわけではない。これまでにも数限りなく会った話だ。
神聖魔法は、呪文や身振りを覚える事によって使える古代語魔法と違い、技術と言うよりは祈りによって神の力を借りると言う奇跡。そのため、力を借りる神様の戒律に背く事はできない。例えばマーファであれば、無意味な戦いを繰り返すのは平和を愛するマーファの望むところではない。それなのに意味無く戦ってばかりいると、それまで使えていたマーファの奇跡が使えなくなる。要は破門になってしまうようなモノだ。まあ、一度や二度の事で即座に、と言うわけではないが。
また、祈りであるだけに、神聖魔法を使う為には信仰心は必須。確かにマサムネは神様の信徒という感じではない。元々、神聖魔法が使える方が変だったのだ。
「例の召還魔法のおかげで、一時的に神聖魔法が使えただけみたいだ。──いや〜、早めに行動して良かったよ」
マサムネの力は、元々生け贄の力を付与されたモノ。だから、最初は、最初だけは神聖魔法が使えたが、元々使う資格──神に対する信仰心なんて欠片も持っていなかった為、当たり前に失われた。そう言う事らしい。
「だから、戦って倒すしか無いと思っていたが、ベルがリムーブカースを使えるならその必要もないだろう」
「……私、留守番で良いですか?」
「駄目」
それでも、なんだか危険そうだとサシカイアは留守番を望んだが、マサムネは一言で切り捨てた。
サシカイアがこれまで、爪に火をともすような思いで貯めてきたお金は、古代竜エイブラの住む水竜の島へ渡る船のチャーターその他でほとんど消えた。
「……うう、お金が、お金が」
嘆くサシカイアだったが、マサムネは全然平気な顔をしていた。
「大丈夫だ。島から帰る時には、俺は大金持ちだ」
「そうっすよ。成功すれば大金持ち、失敗したら喜びの野、どっちに転んでも、全然オッケーっすよ」
この二人にはまともな話は通じないと、サシカイアはため息を零した。
「本気でドラゴンを相手にするんですか?」
タンカレーにはまだ話は通じそうだが、ギアスの魔法をかけられたサシカイア以上にマサムネのイエスマンだからあまり当てにはできない。
島へは一日の航海で到着した。
船は沖合に停泊させ、小舟を使って上陸する。小舟のオールを操ったのはタンカレー一人で、マサムネは当然のような顔でふんぞり返っており、ベルは舳先に立って胸を張り、高笑いをしていた。本当に難儀な二人である。
砂浜に小舟を乗り上げて固定、それから、水竜エイブラの住むという洞窟の入り口を目指した。この辺りの情報収集は、ライデンで行っている。サシカイアが。マサムネは偉そうに指示を出しただけである。
エイブラの棲む洞窟は島の東側にあり、その入り口は満潮時には隠れてしまうらしい。時間を合わせる為に休息を途中で入れ、洞窟の入り口に到着。そのままの足で、一行は洞窟の中に踏み行った。
洞窟の中は当然の事ながら暗く、マサムネが明り(ライト)の魔法を使って周りを照らしながら進む事となった。
先頭に立つのはマサムネとベル。その後ろにタンカレーとサシカイアが並んだ。
洞窟は、かなり奥まで続いていた。
もう帰りませんか?、とサシカイアは途中で何度も口にしそうになった。タンカレーも、ずいぶん心細そうであったが、先を行くマサムネとベルの足取りは軽い。特に、ベルなどは今にもスキップを踏み出しそうな軽さだった。
これだからウォーモンガーのマイリー信者は。
と心の中で罵りながら足を進めることしばし。
マサムネとベルが立ち止まった。
見ればそこには広い空間が広がっていた。巨大な空洞。壁には光苔が生えていて、ぼんやりと輝いている。そしてその中央には澄んだ水が溜まっている。深さはさほどでもなく、よく見れば、その底には大量の財宝が沈んでいた。
「おお、すげえ」
無遠慮に、マサムネが声を上げる。
確かに、凄かった。サシカイアはこれほどの財宝を見た事がない。一度、興味に駆られてアラニア王城、ストーンウェブの宝物庫を覗いてみた事があるが、そこにだってこれほどの財宝はなかった。しかも、ここにあるモノは古代魔法王朝時代の時代の宝。太守の秘宝などと呼ばれるものすごいモノを筆頭に、マジックアイテムも山ほどあるのだろう。
そして、その空洞の一番奥に、水竜エイブラはいた。
「でかいっすね〜、さすがは古代竜」
こちらもまた無遠慮に、ベルが言う。
なんでこの人達はでかい声を平気出せるのか。サシカイアにはどう考えたって分からなかった。
エイブラは、どうやら眠っているようだった。三重にとぐろを巻いて、静かに佇んでいる。
「寝ているみたいだな。だったら、今の内にくすねていくか?」
「……だったら、声をもう少し落としてくださいよ」
サシカイアはほとんど涙目になって、マサムネにお願いした。どう考えたって、マサムネらの出している声は大きすぎる。寝た子が起きる事確実な程のモノなのだ。
「大丈夫だって、よく寝ているみたいだし、そう簡単に起きやしないよ」
「……起きちゃいましたよ?」
サシカイアは、呆然と指さした。
とぐろを巻いていたエイブラが、ゆっくりと首をもたげた。
大きい。見上げる大きさだ。
そして、エイブラは大きく咆哮した。
いや、これは言葉だった。下位古代語と呼ばれる、古代魔法王朝時代に日常会話に使われていた言語。
『私の眠りを妨げるのは何者だ?』
もう一度エイブラは、今度は若干小さな声で吠え、サシカイアにも聞き取る事ができた。
『マサムネ様だ』
マサムネが同じく古代語で返す。
「何を言っているんすかね? 交渉決裂で戦いっすか?」
古代語を理解しないベルが、自分好みの結論を出して、得物のハンマーを構えようとするので、サシカイアは慌てて通訳する。
『人間か。人間になど用はない。立ち去れ。炎に弱く、脆弱な者どもよ。この場より早々に立ち去るが良い。我は眠りたいのだ』
『お前にも悪くない話を持ってきた。だから寝るのはもう少し我慢して、俺の話を聞け』
『良い話だと?』
エイブラが首をかしげる。
『俺たちが、お前にかけられている呪いを解いてやる。だから、報酬としてお前の守っている宝をよこせ』
マサムネは胸を張って宣言した。
『ふん。そんな事ができるとは思えぬが』
『モノを知らない奴だな。マイセンとブラムドの話を知らないのか? 奴らは呪いを解いて貰って、自由の身になっているぞ』
『……お前達にそれができるというのか?』
『できると思ったからわざわざ来たんだ。そうでなければこんな綺麗な姉ーちゃんのいないへんぴなところに来るモノかよ』
『しかし、我にかけられた呪いは、呪いを解こうとするモノを近づける事も許しておらん。お前達が呪いを解こうとすれば、我は痛みから逃れる為に、お前達を攻撃するだろう』
「戦いっすか?」
「……喜ばないでください」
サシカイアはうれしそうなベルを窘める。
『ちっ、根性無しめ』
マサムネが吐き捨てる。これは機嫌を損ねたようで、どこか、エイブラの声が不機嫌な響きを帯びた。
『貴様はあの痛みを知らぬから、そのような事が言えるのだ』
『ば〜か。俺は自分にかけられた呪いを、自分で解いた男だぞ。でっかい図体して、泣き言抜かすな。このへたれめ』
「……喧嘩を売らないでください」
サシカイアは慌ててマサムネを窘める。
『エイブラさん。少しの間で良いのです。耐えて頂けませんか? 私も同じ呪いをかけられていますから、あの痛みのつらさは承知しています。ですが、そこを何とかお願いします』
変わって、サシカイアがエイブラに話しかける。
エイブラは少し、考え込んだ様子である。それから、覚悟を決めたように頷いた。
『よかろう。貴様ごとき小さなモノに馬鹿にされるのは、我慢がならないからな』
どうやら、交渉は成立したようである。
それから即座に──と行動に移ろうとするマサムネらを、サシカイアは止めた。
慎重に、呪いの内容について、エイブラに質問する。もしかしたら、何らかの抜け道がないか。そのように考えたのだが、これは成功だった。
エイブラにかけられた呪いは、宝に、あるいはエイブラに一定距離近づくと、発動するらしい。宝に、エイブラに近づいたモノを排除する。そうしなければ、エイブラは深甚な痛みを味わう。つまりは、一定距離、近づかない限りは大丈夫なのだ。
しかし、リムーブカースの魔法は効果を現すのに相手に接触する必要がある。離れた位置からでは使えない魔法だ。
「ベルには離れた場所で魔法の準備をして貰って、その後で瞬間移動で一気に近づくか?」
それを聞いて、マサムネが言った。
古代語魔法の中には、そう言う魔法もある。
「……それなら、頭の上に飛んだらどうですか? エイブラの肉体構造を見ると、そこが一番安全そうです。振り落とされると、その限りではありませんが」
エイブラの体は、ほとんど蛇のように見える。手足は退化しかかっていて短いし、背中の翼にしてもそうだ。唯一、しっぽは届くが、自分の頭を叩く危険もあるから、思いっきり攻撃するわけにはいかないだろう。
「良し、それで行こう」
サシカイアの提案を、マサムネは素直に受け入れた。
マサムネが、ベルの体を後ろから抱きしめる。
「やっぱ、女の子は柔らかくて良いなあ」
「喜びの野に行く前に、最後の一発、やっとくっすか?」
「……まじめにやってください。それから、喜びの野に行くのも禁止」
緊張感のない二人にサシカイアは疲れ切った声をかける。
「こっちはいつでも良いぞ」
「こっちもオッケーっす」
「んじゃ」
しかしやっぱり緊張感のないままに、二人の姿が唐突に消えた。
そして、サシカイアの提案どおり、エイブラの頭の上に現れる。
とたん、エイブラの体が目に見えてこわばる。
「マイリー様、マイリー様、プリチーでキュアキュアなあなたの信徒にお力プリーズ、っと」
派手なエフェクトはいっさい無し。
強ばっていたエイブラの体から力が抜ける。
ついでに、あまりにもあまりのベルの祈りの言葉に、サシカイアも脱力した。それで良いのかマイリー。
「……成功ですか?」
多分、アレでも良かったのだろう。神の慈悲という奴は、まさしく広大無辺。
なんだか、非常にあっけなかったが、これでエイブラにかけられた呪いは解かれていた。