戦場は、ロードスの至る所に存在する。


 フレイムは現在、炎の部族との抗争の真っ最中である。
 国王カシューは、国の一大事にヴァリスの戦争に参加するという、何を考えているんだこいつ、ってな振る舞いをして、その結果、フレイムは結構な被害を受けた。それでも敗北まで至らなかったのは、留守を任されていた傭兵隊長のシャダムが奮戦したからである。シャダムは、ヒルトの街郊外の戦いで、炎の部族の族長まで討ち取る事に成功していた。これでは王様の立場無い、となるところだったが、炎の部族はそれで諦めたわけではなく、族長の娘ナルディアを新たな頭にたてて、ねばり強く反抗を継続した。
 と言っても、それはせいぜい小競り合いのレベルに落ち、フレイムは何とか一息を付く事ができた。炎の部族の反抗も、このまま先細りしていくのか、とも思われたのだが、それがここに来て事情が変わってきた。ライデンで調べるには限界があり、 詳しい事情までは分からなかったが、不思議な魔術を使う男がナルディアの片腕になり、フレイムにしばし痛撃を与えるようになってきたと言う。
 そこで、マサムネは自らの組織した傭兵団、その名もヒノマル傭兵団の初陣の場を、フレイムと決めた。
 フレイム国王カシューとは面識があるし、おまけに状況がフレイム不利だというところがいい。有利なところに出かけていっても適当に扱われるだけが、不利な所では新たな戦力は貴重、大事に扱ってもらえるだろうとの計算がある。
 と、口では言っているが、敵の総大将が族長の「娘」であるという部分に、理由の比率が大きいとサシカイアは確信している。
 ライデンからフレイムの首都ブレードまでは、街道を徒歩で10日あまり。その道程は問題なくクリアし、ヒノマル傭兵団はブレードの街に到着した。
「うんざりするような空模様だな」
 マサムネが言葉どおりにうんざりと空を見上げた。
 空は、見事に晴れ上がって夏の強い日差しが容赦なく照りつけている。フレイムは国土の大半が砂漠である。そしてこの日差し。確かにうんざりだ。
「……本来ならこの時期は雨期に当たるらしいですけど。今年は雨がほとんど降っていないそうですよ。これなら、水が高く売れそうですね」
 サシカイアは今回、商人のまねごともしてみる事にしていた。折角、20人からの戦闘要員が移動するのだ。ただ移動するだけでは勿体ない。どうせだからと、トリスに相談して、馬車5台分ほどの水や生活物資を、自分たちの分とは他に用意して持ってきたのだ。エイブラ、シューティングスターの守っていた財宝を手に入れ──大半は未だ置きっぱなしだが──莫大な財を得た訳だが、それでも本気でマサムネが国盗りをするとなれば、それで足りるかどうかは微妙なところだ。だから、少しでも稼げるところで稼いでおきたい。
「守銭奴め」
 その辺りのサシカイアの気持ちなどてんで分かっていない様子で、マサムネが突っ込んでくる。
「……誰のせいでこんな事をしていると思っているんですか?」
「メイドが主人の為に働くのは当然だろう」
「……いつか自由の身になってやる」
 実のところ、サシカイアは金ができたので、ギアスの魔法を解いて貰いに既にいくつかの神殿を訪ねている。しかし、マサムネは基礎能力値がデタラメに高い為、自然、魔法の達成値もデタラメに高くなる。魔法を解く為には、魔法をかけた時の達成値以上の達成値で解除の魔法をかける必要がある。結果、サシカイアの希望は打ち砕かれてしまった。例えば6英雄の一人、マーファの愛娘ニースとか、よほど徳の高い司祭にでもお願いしない限り、ギアスは解けそうに無い。
「くっくっくっく」
 うなだれるサシカイアの横で、ベルが不気味な笑いを浮かべている。ここのところ、ベルは常にこんな調子である。
「……どうしたんですか?」
 不気味に思いながらもと尋ねると、ベルは邪笑を浮かべる。
「故郷に錦を飾れるのが嬉しくってしょうがないっす。自分をヴァリスの詰め所なんぞに左遷した連中が、将来のロードス統一王の従者となって帰って来た自分を見て、どんな顔をするか。……くっくっくっく」
 気の早い事に、ベルの中ではマサムネが王様──それもロードス統一王になる事は確定しているらしい。
「……そうですか」
 なんだか疲れを感じつつ、それでも、ベルを左遷したという事は、これがマイリー神官のスタンダードではないという事で、僅かに安堵するサシカイアである。


 フレイムの王城は、アークロードと言う。フレイム自体が新しい国という事もあって、アークロードも新しい。石造りの堅牢な城で、本来は砂の川と呼ばれる川の中州にある。ところが、このところの渇水で川に水はなく、名前どおりの砂の川となって無惨に川底をさらしている。
 一つだけの門の前まで移動すると、警備の兵に止められる。20人からの武装集団であるから、当然の対応だろう。
「王城に何の用だ?」
「カシューに、マサムネ様がわざわざ助けに来てやったと伝えろ」
 誰何してくる衛兵に、マサムネが相変わらずの調子で話しかけたものだから、門の前はいきなり緊迫する。
 誰かこの馬鹿を止めてくれ。と願いつつ、いつの間にかそれが自分の役目となっており、誰も代わりをしてくれないので仕方なく、サシカイアはマサムネを押さえて前に出た。
「……我々は、ヒノマル傭兵団と言います。ヴァリスでカシュー王とともに戦った縁もあり、今回の炎の部族との戦いに助っ人せんとして、こちらに参りました。そのようにカシュー王に取り次ぎをお願いします」
 衛兵は、サシカイアを見て、何とも奇妙な表情になった。傭兵の中にメイドの娘が一人。サシカイアは自分でも奇妙だと思う。しかし、マサムネはサシカイアが他の服に着替える事を許してくれない。そしてこのメイド服、魔法がかかっているだけあって、やたらと丈夫だ。どんなに汚れても軽く洗えば新品みたいに綺麗になるし、ミスリルだって溶かすと評判の魔竜シューティングスターのブレスを受けても焦げ目一つ付かないのだからとんでもない。技術の無駄遣いの見本とは、こういうモノの事だ。
 毒気を抜かれた表情で、衛兵は首を振りながらだったが取り次いでくれた。
 そして、待つ事数分。
 早くもマサムネが焦れ始めた頃になって、20人ほどの集団がこちらにやってきた。
 なんだか物々しいな、と、サシカイアはそっと、スカートの上から太ももの辺りを押さえ、得物を確かめる。しかし、その必要はなかったようだ。
 一行の中には、カシューの姿もあったのだ。
 慌て、サシカイアは膝を落としてその場に跪く。傭兵達もサシカイアに倣うが、マサムネとベルの二人は、無意味にふんぞり返った。
「よう、久しぶりだな、カシュー」
 おまけにこの口の利き方である。
「お前は相変わらずの様だな、マサムネ」
 不敬であると首を飛ばされても仕方のないマサムネの態度だが、カシューは度量の大きいところを見せて、笑い飛ばした。それからサシカイアらに礼は良いから立つように告げた後、マサムネに聞いた。
「フレイムに仕えてくれる気になったか?」
「まさか」
 マサムネは一言で否定する。
「今回はたまたまだ。傭兵団を作ったから、その実戦訓練もかねて、お前の助っ人をしてやる事にしたんだ」
「ほう」
 と、カシューは値踏みするように傭兵達の顔を見回す。
「なかなかいい面構えをした連中だな。ふむ、確かに今、少しでも多くの兵が欲しいところだ。まとめて雇おう」
「それが賢明だ。俺が味方をしてやる以上、勝利は確定だ。大船に乗ったつもりになって良いぞ」
「頼もしいな」
 くっくっく、とカシューは小さく笑って、それから一行が引き連れている馬車に視線を移した。
「しかし、人数の割には物々しいな」
「……こちらは、こちらに来るついでに商売の一つもしてみようと運んできた荷物です」
「商売?」
「……水を中心に、フレイムで現在不足していると思われる物資をいくらか、運んできてみました」
「ほう、水か」
 カシューは頷くと、言った。
「それじゃあ、その辺りも含めて、雇用条件などの話をするか。──と、その前に中に入るか。こんな暑いところで立ち話もないからな」
 言って、カシューはきびすを返し、付いてこいと告げる。それから、ぼそりと口にする。
「しかし、今日は珍しい客の来る日だな」
「ん?」
「こっちの話だ」


 雇用条件等についての話し合いは、満足のいく結果となった。マサムネはカシューにかなりの高評価を得ているようだ。──確かに、性格云々を別として戦闘能力だけを見れば特級品である事はサシカイアも認めてはいる。そして、事戦争になれば、性格の良い弱兵よりも、性格が悪くとも強い兵隊の方がよっぽど役に立つ。この結果は妥当なところだろう。
 そのまま、傭兵達はそれ用の宿舎に、マサムネ、サシカイア、ベルの三人は、王宮内に用意された部屋に移動して、一時休息を取った。傭兵達のとりまとめはタンカレーにお願いしている。
 その夜、カシューはわざわざ歓迎の宴まで開催してくれた。マサムネ達の為だけというわけではなく、別口の客も含めてであったが、もちろんサシカイアに文句はない。
 珍しくマサムネの許可が出た為、借り受けた正装に着替えて出席する。久々のメイド服以外の格好だったが、ドレスでは逆に、なんだか違和感を感じてしまった。
 宴は、戦時下と言う事もあって質素なモノだった。それでも、傭兵隊長シャダムや第一執政官ムハルドらを初めとして、フレイム王室を支える重鎮が顔を揃えていた。
「ほう、美しいな」
 と、カシューは正装したサシカイアやベルを褒め称えてくれた。
「後でその格好でやるか」
 等と言い出す馬鹿はマサムネである。
 他に客として、エルフ娘と戦士風の男の二人連れがいた。どこかで見たような気がするのだが、なかなか思い出せずにサシカイアが悶々としていると、マサムネが答えを出してくれた。
「あのエルフ娘は確か、ヴァリスの戦いの時にカシューの後ろをちょろちょろしていたな」
 それで、サシカイアも思い出す。
 ヴァリスの戦いで、確かカシューについて戦っていた聖騎士とエルフだ。
 マサムネは当然のように、男の方は覚えていなかった様子だ。
 らしいなあ、と感心半分、呆れ半分で、それからふと首をかしげた。
 何でまた、ヴァリスの聖騎士がこんな所にいるんだろうか。
 ヴァリスは、未だに混乱の真っ最中である。マサムネらも参加した、先のロイド東の戦闘で、国王を筆頭としてヴァリスの兵士の多くは倒れ、その混乱を収めるだけの兵力がない状況。おまけに相変わらずマーモはアダンに踏ん張って、ヴァリス国内で各所で悪さをしている。そんな最中、如何に第一級の友好国とは言え、よそに聖騎士を派遣する余裕があるとはとうてい思えない。
 首をかしげていると、カシューがフレイムの人間にその二人を紹介した為、名前を知る事ができた。
 聖騎士の方はパーン、エルフ娘の方はディードリッドと言うらしい。
「ディードリッドちゃんか。エルフは黒いのと白いので、やっぱり具合が違うのかな?」
 等と馬鹿な事をつぶやいている奴は無視する。
 聖騎士パーンは、それらしい態度で返礼し、ディードリッドの方は優雅に一礼した。
 その後、マサムネらも紹介される。
「俺が味方してやる以上、フレイムの勝ちは確定だ。安心しとけ」
 と、マサムネはいつものようにぶちあげて、サシカイアは頭を抱えたが、意外な事にそれほど反応は悪くなかった。
 カシューの談では、フレイムはあんまり礼儀にうるさくない国らしい。ヴァリスだったら大問題だがな、と言って笑ったカシューに、サシカイアは同意した。あそこは礼儀のうるさい国だ。マサムネなど、速攻で首をはねられそうだ。
 宴はにぎやかに続き、その内マサムネは女官の一人を連れてどこかにしけ込んでしまった。
 ベルやサシカイアも何人かの男に声をかけられたが、ベルは食べる事に集中していてほとんど無視し、サシカイアも慎ましやかに誘いは全て断り、壁の花をしていた。元暗殺者、目立つのはあんまり得意ではないのだ。
 そして、ささやかな宴は終わり、サシカイアらの他に、残ったのはカシューとシャダム、ムハルド、そして聖騎士とエルフ娘だけになった。
「マサムネは何処に行った?」
 どうやら途中で女官をつれてどこかへしけ込んだのに気が付いていなかったらしい。カシューが首をかしげて尋ねてくる。
 サシカイアは首を振って、正直に伝える。
 カシューは面くらい、それから爆笑した。シャダムやムハルドは難しい顔をしている。
「全く、らしいと言うか、あいつは何処でも変わらないな」
「……少しで良いから変わって欲しいです」
「しかし、参ったな。あいつにも、話しておきたい事があったのだが」
 カシューが顔を曇らせる。
 そこへ。
「なんだ、もう終わっちまったのか?」
 とマサムネが、物陰で隠れて伺っていたんじゃないかと言うくらいに良いタイミングで戻ってきた。