長い確執は面倒くさい話である。


 宴の間は気さくな表情をしていたカシューが、厳しく面を引き締める。どうやら、まじめな話、それも戦争の──になるらしいと悟り、サシカイアもまじめな顔をする。
 カシューが口を開く以前、その表情だけでも、状況が厳しい事は分かる。
 元々それを見越し、手持ちの戦力を高く売りつける為に来たとは言え、暗澹たる気分になる。楽な戦いとやばい戦い、どちらにより危険が大きいか、考えずとも分かる。これは、とびきり厳しい戦いになりそうだ。
 カシューの話を要約すると、炎の部族の反抗が活発になってきたのはこの数ヶ月の事らしい。
 それまでは基本的にフレイム軍が優勢に戦いを進め、しかし、広い砂漠の事、逃げ散られてしまえば殲滅は難しい。勝利はするモノのなかなか致命傷を与える事はできずに、再び集結したところで小競り合いを繰り返す。そんな状況であったらしい。それでも、確実に勝利は近づいており、砂漠の街、炎の部族の本拠地であったヘブンを占領するに至っていた。炎の部族は山に逃げ、継戦能力はずいぶん落ちていたはずだった。長い戦いもようやく終わりが見えてきた。皆、そう思い始めていた。
 が、三ヶ月前にヘブンの街の守備隊からの連絡が途絶えた。急ぎ人をやって確認してみると、その地には炎の部族の天幕が張られていた。ここから導き出される答えは守備隊の全滅。慌てて新たな部隊を派遣したが、これも敵の操る炎の魔法の前に手痛い敗北を喫してしまったという。
「その魔法はどんな奴が使ったのですか?」
 聖騎士──いや、どうやらその資格は返上したらしい自由騎士パーンが勢い込んでカシューに尋ねる。何か魔法使いに思い入れがあるのかと思ってしまうほどの性急さだった。
 カシューもその勢いに僅かに苦笑し、まあ落ち着けとパーンを制する。
「俺はその戦いに参加していないので何とも言えないが、どうやらサラマンダーが大量に現れ、味方を炎の息で焼いてくれたらしい」
「あのサラマンダーですか?」
 パーンが尋ね返す。
 サラマンダーとは炎の精霊の事。ヴァリスにおけるマーモ軍との戦いでは、敵のダークエルフが召還して使役していた。精霊がやっかいな事は、普通の武器では傷を付けられないという特性だろう。魔法の力を持つ武器でなければ、攻撃は通じず、一方的に攻撃されるだけになってしまう。マサムネやサシカイアはお金に余裕があったおかげで、当たり前に魔法の武器を持っているから大丈夫だが、如何に一国の軍隊といえども、魔法の武器を全軍に行き渡らせる事はできない。高価であるし、古代魔法王国の滅亡によって、永続的に武器に魔法を付与する方法は失われているから新たに生産する事もできない。何かと都合の良いマサムネの「知識」にも、その方法はない。とにかく、昔に作られたモノを遺跡あたりで発見し、大事に大事に使っていくしかないのだ。
 それから、精霊魔法の専門家とも言えるエルフのディードリットが、炎の精霊、サラマンダーについてのうんちくを述べる。森を住処とし、自然とともに生きるエルフの彼女は、どうやら相当に炎の精霊が嫌いらしい。サシカイアも彼女と同じく精霊魔法の使い手だが、そうした拘りはない。状況に合わせて最適と思える魔法を使う。それだけの話だ。好き嫌いなんてばからしいと思っている。……わざわざ波風を立てる趣味はないので、口にする事はないが。
「なんだか、お前らは平然としているな?」
 カシューがこちらを眺めて尋ねてきた。
「俺は無敵だからな。シューティングスターとだってタメが張れるのに、たかだか火蜥蜴ごとき恐れる必要もない」
「……まあ、確かにドラゴンのブレスをまともに浴びた事を考えれば、サラマンダーくらいならばかわいいと言えるかも知れませんね」
 あの時は正直死ぬかと思った。
「自分はマイリーの神官っすからね、相手が何であろうと戦いならばどんと来いっすよ」
 ベルはいつもの調子である。いや、いつも以上にテンションが高いかも知れない。戦いが近いとなって、高揚しているのだ。これだからウォーモンガーのマイリー神官は嫌いだ。
 カシューはこちら三人の顔を眺めた後、サシカイアの方を見て言った。
「なにやら、いろいろ経験を積んできたらしいな」
 まさか本当にシューティングスターとやり合ったとは思っていないだろうが、それでも、相当な目に遭ったのだなと、その視線が労っていた。
「……大半はろくでもないモノでしたけど」
 人の情けが身にしみるサシカイアである。
 その後、自由騎士パーンはカーラなる魔法使いについて盛り上がっていた。なんでも、カーラというのは古代魔法王朝時代の魔法使いで、付与魔術を使役し、自分の意志を魔法のサークレットに宿したらしい。そして、そのサークレットを身につけた者はカーラに体の自由を奪われ、好きなように使われてしまうとの事。その体の方を倒しても、カーラは今度は倒した人間に取り付くそうで、なかなかやっかいな話である。そのカーラの現在の体が、パーンの冒険の仲間であるらしく、この若い自由騎士は(マサムネやサシカイアの方が若いのだが)やたらと拘っているらしい。
 それから、ムハルドがそれかけた話を元に戻す。
「わしら風の部族と炎の部族とは、古来からの敵同士だった。この砂漠の地で500年以上も尽きる事のない争いを続けている」
「老人の繰り言は長そうだ」
 マサムネがぼそっと口にする。サシカイアは表情を変えたが、幸いな事にパーンが「500年も!」と驚きの大声を上げたので、ムハルドには届かなかったようである。カシューは笑いをこらえるような顔をしていたから、どうやら聞こえたらしいが、わざわざムハルドに伝えるつもりはない様子だ。
 サシカイアは安堵し、マサムネを肘でつついて黙らせる。
 その間も、ムハルドの話は続いていた。
 それによると、どうやら風の部族と炎の部族は、昔は一つの部族であったらしい。貧しく清くこのフレイム──その頃はこの名はない──で暮らしてきたが、そこへ、魔法王国のモノが攻めてきたらしい。二つの部族は自由を守る為に戦いを決意した。しかし、魔法王国の魔術師は、今の魔術士とは比べモノにならないほどの強大な魔法を自在に操る。このままではとうてい対抗出来ないと判断した二つの部族は、それぞれの守護神の力を借りる事にした。
 守護神。それは、炎の精霊王イフリートと、風の精霊王ジン。神にも匹敵すると言われる精霊王である。流石に魔法王国の魔術師といえどもこれには敵わない。二つの部族は力を合わせ、精霊王とともに戦いを続けた。彼らは終始優勢に戦いを続けていたのだが。
 炎の部族の卑劣な裏切りにあって風の精霊王を封じられてしまい、彼らは為す術が無くなって敗北した。
 その後、炎の部族の方も炎の精霊王を封じられてしまったらしい。
「奴らも騙されておったのだ」
 と言うムハルドの声は、古代王朝の魔術師を責める響きはなく、炎の部族の間抜けさをあざ笑っていた。その辺り、炎の部族に対する恨みの深さを物語っている。
 それから、カシューが付け足すように、現在の争いが何も、古代の怨恨のみに依るモノでないという現実的な話をした。
 フレイムは砂漠の国である。いくつかの街の周囲以外は、不毛な砂漠が広がっている。住める場所は狭く、水を手に入れる事にすら苦労する。要は限られた生存可能な場所の奪い合い。こちらの方が部外者にはわかりやすい理由だろう。下手に古い確執を持ち出されても、当事者でない以上、その恨み辛みは理解出来ないのだから。
 サシカイアも当然、部外者であり、風の部族の恨み辛みは理解出来ない。なるほど、と思う一方で、内心では眉毛に唾をつけている。一方の当事者の話だけを聞いて判断するのは気が早すぎると、もともと暗殺者であったサシカイアの中の冷徹な部分が指摘する。もちろん、沈黙を守るのは今回も当然だ。こんな事を考えていると口にすれば、ろくでもない事になるに決まっている。
 そして、それを理解しない奴もいる。
「ふ〜ん」
 いい加減にマサムネが言った。
「まあ、お前ら風の部族が炎の部族を憎んでいるって事は、よく分かったよ」
 その声の調子だけで、ムハルドが眉毛をつり上げる。
「若造、何か言いたい事があるのか?」
 サシカイアが必死で肘でつついて黙れと告げるが、マサムネは気にしない。
「風の部族が炎の部族に裏切られたって言う話だけど、俺の判断は保留だな。相手の話を聞いてみない事には、結論は出せない」
「なんだと? それは儂が嘘を言っているというのか?」
「あんたは言っていないかも知れないけど、その前、あんたにその話を教えてくれた人は分からない。──歴史や伝承なんてモノは、9割方捏造でできているモノだからな」
 なんでも、マサムネの故国の方では、国を挙げて歴史を歪曲、捏造する例は少なくないらしい。中国とか韓国とか北朝鮮とか具体的な例を挙げてくれたが、もちろんその国を知るものはいない。
「それにな、国でも部族でも良いが、まとめるのに良くある方法は、外敵を作る事だ。外敵がいれば、仲間同士で争っている余裕なんて無くなる。そうやって、不平不満を逸らす。為政者が良くやる方法だ」
「それはつまり、我々の先祖が嘘を付いていたと言っているのか?」
 ムハルドだけではなく、シャダムの方までマサムネをきつい視線でにらみ付けてくる。風の部族の人間にとって、マサムネの発言は、絶対に許容出来ない。
 カシューも、困った表情をしている。自分に対する多少の無礼であれば、笑い飛ばす事ができる。しかし、風の部族に対する侮辱では、カシューも取りなしようがない。彼は国王だが、それでもやはり、部外者であるのだ。踏み込めない部分があり、そこを平気でマサムネは踏みにじった。
「さあな。俺はそんな昔の事は知らない。──ただ、相手側の話を聞かずに判断する事はできないという話だ」
 しかし、マサムネは険悪な視線を向けられても平気な顔をしている。
 ベルはその横で、戦いならば何でもオッケーってな顔をしている。シャダムらが襲いかかってきたら、一切合切の迷いもなく、戦いを始めるだろう。勝てる勝てないはマイリー神官である彼女には関係ないのだ。
 サシカイアは絶望的な気分になった。
「それにな」
 マサムネは続ける。
「お前らと炎の部族が分裂して争うと、誰が得をするかって言う事を考えたんだ」
「何?」
「古代王国の魔法使い達は、ずいぶんやりやすくなったんじゃないか?」
「……」
「二つの勢力が手を組んで、仲良く抵抗してきたら、まずはその連携を何とかしようって考えるモノじゃないか?」
「……我々の先祖は、古代王朝の魔術師達に騙されたと?」
 シャダムは若いだけあってまだしも柔軟に、マサムネの意見を吟味、理解した様子だ。ムハルドの方は頭から湯気を立てそうな顔で怒りっぱなしだったが。
「知らねえよ。俺はその時代にこの世界にいたわけじゃないからな」
 マサムネはいい加減に手をひらひらと振った。
「だけど、炎の部族の連中を皆殺しにするつもりならばともかく、そうでないなら、相手の話も少しは聞いてみて良いんじゃないか、って言う、それだけの話だ」
「確かにな。いくら何でも、女子どもに至るまで皆殺し、と言うのは後味が悪い」
 ここだ、とばかりにカシューが口を挟んできた。僅かに、これまでとマサムネを見る目が変わっているような気がする。
 サシカイアも、これまでとは違った目で、既に興味を失って、鼻くそをほじっているマサムネを見た。
「何だ?」
「……何か今、馬鹿じゃないみたいに見えました」
「お前とは一回、よ〜く話をする必要があるな」
「……遠慮しておきます」