会議は続く。


 その後、話題は再び戦争についてに戻った。
 ムハルドは変わらずマサムネをにらみ付けているが、シャダムの方は取りあえず保留とした様子だ。少なくとも、すぐにどうこうなりそうな危機は去った為、サシカイアは安堵した。
「最近の様子は、先刻言ったとおりだ──」
 と、今度はシャダムが説明していく。
 炎の部族は、先の族長の時代になると暗黒神を信じる勢力と結びついて戦いを挑んできたらしい。その為、風の部族は苦戦し、自分たちの戦力だけではどうしようもなくなって、傭兵を求めた。そして、その傭兵の中に、現在の国王カシューがいた。カシューは戦いで八面六臂の大活躍を見せ、炎の部族の撃退に大きな力を発揮したという。そしてその後、カシューは風の部族の聖地に赴いて、風の王の解放もなしたと言う。その結果、カシューは風の部族の指導者に、そしてフレイムの国王として迎えられる事になった。
「その話はもう止めてくれ」
 と、カシューはなんだか照れくさそうに片手をあげてシャダムの話を止める。
「ジンを解放したのですか?」
 そこで口を挟んできたのは、ディードリットである。エルフの精霊使いなだけに、この話は無視出来なかったかようだ。
「オレは確かに、ジンの封印を解いた」
 カシューは頷く。そして、ジンが封印されていた以上、二つの部族が古代魔法王国の魔術師と戦ったと言うのは真実だろうと付け加える。
「伝説に間違いなどありませんよ」
 と、ムハルドがマサムネの方を見ながら強い口調で言った。
 マサムネは何か言い返そうとしたが、サシカイアはその足を思い切り踏んづけて黙らせる。
「だからこそ、わしらはカシュー王に部族を治めて貰うことをお願いしたのだ。伝説の最後の章に、こんな言葉がある──」
「なんか、爺さん、意地になってないか?」
「……だから黙っててください」
 サシカイアはマサムネにひじ鉄を食らわせる。
「──いつしか盟約の者が現れ、二つを解き放ち、二つを蘇らせる」
「”盟約者”の一説ですな」
 カシューが、若干不満そうに続ける。
「お言葉ですが、私は伝説によって選ばれた男などではありませんよ」
 伝説、伝説、伝説。自分の行った事は良くも悪くも自分のなした事で。そんな一言で片づけて欲しくはない。そうした自負が見えた。
「分かっておりますよ」
 ムハルドはにやにや笑うマサムネをにらみ付け、多少苦くなった表情で頷く。
「しかし、わしらにとってその予言は支えだったのです」
 それから、ディードリットがふと思いついたみたいにして言った。
「でも、カシュー王が風の王──ジンを解放したのなら、炎の部族もイフリートを解放したのかも知れない。イフリートの力を借りればサラマンダーを操るくらいわけないもの」
 サラマンダーは下位の炎の精霊。上位の存在であるイフリートには逆らえない。
 どうやら、ディードリットは炎の精霊に本当に怯えているようだ。炎の精霊が苦手を通り越して恐怖すら感じている。エルフの里では、どんな風に伝えられているのか、サシカイアは興味がわいてきた。
 その怯えるディードリッドを、パーンがそっと抱き寄せる。
 ちらと視線をマサムネに向けると、おもしろくなさそうな顔をしている。そして、サシカイアの視線に気が付くと、パーンに対抗するようにサシカイアとベルを抱き寄せた。そんな対抗意識を持つ必要なんて全然無いのに。抱きしめられながら、サシカイアはため息を零した。
 やれやれ、とカシューも苦笑している。
「それはオレも考えた。しかしイフリートを支配する事は、決して優しくないだろう。我々にしても、解放したジンを支配する術を知らずにいるのに」
「そうなのか?」
「……高位の精霊使いならば可能ですが、それにしたって優しい事じゃないですよ。普通は」
 と、いろいろと規格外の男に言い添える。
「簡単に上位精霊が支配出来たらたまらないわ」
 ディードリットが叫ぶ。その様子を見るに、どうやら彼女はできないらしい。
「もし、今のロードスに上位精霊を支配出来る者がいるとすれば、あたしの村の長老くらいよ」
「ああ、え〜っと」
 ディードリットの断言を受けて、マサムネは僅かに困ったような顔をした。
「……」
 サシカイアも、どうしましょうとマサムネの顔を見た。
「なによ」
「俺、できるぞ」
「……すみません、私もできます」
 何となく謝ってしまうサシカイアである。
「えっ?」
 と、おかしな表情をして固まってしまったディードリットをよそに、カシューらは色めき立った。
「そう言えば、サシカイアの方は精霊使いだったな。結構やるとは思っていたが……」
「俺は無視か?」
「お前は古代語魔法の使い手じゃなかったのか?」
「神聖魔法以外なら、たいていの魔法は使えるぞ」
 マサムネは威張って胸を張った。
「嘘よ」
 そこへ、ディードリットが叫び声をはさんできた。ゲシュタルト崩壊でも起こしそうな声だった。
「そんな事ができる様な精霊使いがいるなら、噂くらいは聞いたはずよ。でも、私はあなた達の事を全然知らない」
「それは」
「……そうですよねえ」
 ディードリットのきつい目に戸惑うように、マサムネとサシカイアは視線を交わした。
 マサムネはこの前唐突にこの世界に現れている。最近でこそ、魔法戦士マサムネの名前は聞こえるようになってきているが、まだまだ知名度は低い。その上、精霊魔法の使い手のサシカイアが常に傍らにいる為、マサムネが使う魔法は古代語魔法が多い。同系統の魔法を重ねて使うより、他系統の魔法を協力して使った方が効果的なのだ。
 サシカイアはマサムネに連れ歩かれるようになる前は、メイドを隠れ蓑に暗殺者をやっていた。噂が知れ渡っていたら、逆に困る仕事だったのだ。噂にならないよう、慎重に慎重に行動していた。最近では、能力よりも先にメイドとして有名になっている。それも何だかなあ、であるが。
「嘘か誠か、実際にやって貰えばいいだけの話だろう?」
 カシューが仲裁するように提案した。
「……あ〜、私は多分無理です。何でもって訳じゃなくて、相性が良いらしい水の上位精霊なら可能、って所ですから」
「んじゃ、俺がやるか」
 マサムネはあっさりと頷いた。
「ただし、その分の報酬はいただくぞ」
「しっかりしているな」
 カシューは苦笑して頷いた。
「良いだろう、たっぷり払ってやる。その代わり、やってみたらできませんでした、と言うのは無しだぞ」
「俺を信じて、大船に乗った気でいろ」
 わっはっは、とマサムネは大笑した。


 そのまま、マサムネが風の部族の聖地へ出かける計画を練ろうとしたところで、兵士が一人駆け込んできた。
「何事か?」
 と誰何するシャダムに近寄り、兵士は耳打ちする。
「かまわんから、大きな声で言え。ここにいる者達は皆、信用出来る」
 カシューの言葉に、サシカイアはちらとマサムネの顔を見た。これを信用するとは、たいした度量である。
「何だ?」
「……いえ」
 サシカイアは明後日の方を見てごまかした。
 そんなやりとりをしている横で、兵士はカシューの命にかしこまって不動の姿勢となる。
「はい報告します。ただいま、ヒルトの街の防衛隊から報告が入りました。現在、ヒルトの街は炎の部族の大規模な攻撃を受けて防衛中。至急、援軍を請う、との事です」
 カシューは舌打ちして、マサムネの方を見た。
「取りあえず、今の話は後回しだ。まずはこっちを何とかせねばならん」
「別に俺はいつもで良いぞ」
「そうか。なら、お前にも、お前の傭兵団にも援軍に参加して貰う。それから──良し、オレもでる」
「陛下もですか?」
 ムハルドの問いにカシューはうなずき、立て続けに命令を出す。
「街にふれを出せ。敵の本当の狙いがこの街という事も充分考えられる。義勇兵と守備隊は街に残して守備を固めさせるように。残りの者は全て出撃させるぞ。出発は日の出と同時。兵装は各自に任せるが、金属の鎧をつけている者には絶対に上から外套をまとうように伝えろ。でないと日差しで焼け死ぬとな。後の指示はシャダムに任せる」
「ついに戦争っすね〜!」
 と俄然張り切るベルをよそに、サシカイアはマサムネを見た。
「……兵装は各自に任せてくれるそうです」
「お前はメイド」
 一縷の希望を抱いて尋ねたが、マサムネは迷いもせずに即答した。
「だいたいそのメイド服、見かけに似合わず結構な防御力があるだろうが」
「……ええ、確かにそうなんですけどね」
 確かにその通りで、ひらひらな布きれには似合わない防御力がある。下手な鎧よりも、こちらの方が防御力があるくらいだろう。それでも、戦場に出てきたメイドに皆が向ける、あのいたたまれないモノを見る視線には悲しいモノがある。サシカイアはそっと、目尻の涙を拭う振りをして見せた。


 その足でマサムネらは、自分の傭兵隊の宿舎へと向かった。
 宿舎で思い思いにくつろいでいた傭兵達を集合させて、明日、戦争である事を告げる。
 新設の傭兵隊とは言え、それを構成する人間はタンカレーが集めてきた経験豊富な傭兵達である。急な事と言って慌てるような人間はおらず、逆に不敵な表情を見せる者までいる。
「いいっすか? あんたらにはマイリー様の加護があるっす。頑張って手柄を立てるんすよ! 大丈夫、奮戦して死んでも、きちんと自分がマイリー様の喜びの野に送り込んであげるっすからね」
 ベルが大喜びで激励するのを横目で見ながら、マサムネは馬車から荷物を引っ張り出してきた。布にくるんで束ねてあった棒状のモノは、剣。
「情報では相手は炎の精霊、サラマンダーを使うらしい」
 と、サラマンダーの特性──普通の武器では傷を負わせる事ができない──を前置きして、剣を傭兵達の前に広げる。
「と言うわけで、お前らに魔法剣を貸してやる。明日、きちんと働いたら、そのままくれてやるから、頑張って奮戦しろ」
 すらりと適当な剣を抜きはなって傭兵達に見せてやる。魔法の輝きを宿した刀身に、傭兵達が歓声を上げる。
 魔法剣は希少で、経験豊富な傭兵達といえども、容易く手に入れる事ができるモノではない。それが、取りあえずは貸与だが、きちんと働けば自分のモノになると言う。傭兵達の士気が、一気に上がる。
 サシカイアはちょっとだけ、勿体ないとも思ったが、口は閉ざしておいた。
 魔法剣は希少なだけに高価である。傭兵達の全てに行き渡るような数の魔剣を売れば、それなりの財産になる。──が、ここは傭兵達の支持を受ける事を優先して、大盤振る舞いをしようと言うマサムネの考えは、分からないでもない。何しろ、初陣。集めたばかりで、仲間意識も乏しく、心からマサムネに付いていこうと考えている人間は少ないだろう。ここは太っ腹なところを見せて傭兵達の忠誠を買おうというのは、悪い事じゃない。だいたいにおいて、しみったれが支持を受ける事はない。
 マサムネはいろいろと性格に問題がある男だが、少なくともケチではなかった。金に苦労をしていない──やりくり等、苦労していたのは主にサシカイア──と言う事情があるにせよ。
 さらに、マサムネは金貨を取り出して、適当に傭兵達に配って渡した。
「今晩これからは自由行動を許す。お前らも素人じゃないから、明日に残らない様にするには、どの程度までなら大丈夫か自分で承知しているだろう。だから、酒を飲もうが女を買おうが好きにしろ」
 物わかりの良い、あるいは良すぎるマサムネに、もう一度、傭兵達は歓声を上げた。