諸君、戦争は好きか?


 フレイム軍は大きく分けて三軍から構成されている。
 一つは主力部隊となる砂漠の鷹騎士団。一つは風の部族の戦士達。最後の一つは傭兵達の部隊である。
 マサムネのヒノマル傭兵団も当然の事ながら最後の一つ、傭兵部隊に組み込まれた。しかし、カシューより直々に、指揮系統から離れて勝手に戦う事を許可されている。どの道、人の言う事をなかなか聞かないマサムネである。傭兵部隊の隊長シャダムの指示に素直に従うとも思えず、それならばいっそ最初から自由に戦うように告げて、気分良くさせてやった方がマシ。そのように判断したのだと思う。
 フレイム軍の防具は基本的に軽装である。何しろ砂漠であるから、日差しが強すぎて、金属鎧を着込んだ日には蒸し焼きになってしまう。しかし、流石にメイド姿の者は一人もいない。
 ヒノマル傭兵団の者にとっては既に日常の光景で注意を払うには当たらないが、他の傭兵達にとってはそうではない。戦場にのこのこ出てきた場違いなメイド──サシカイアに視線が集まって、いたたまれない気分になる。
 件の自由騎士パーンもこの戦いに参加する事になっていたが、彼が登場したのはずいぶん後になってからだった。こちらもまた、一度は叙勲を受けた騎士、カシューの個人的な知り合いという事情もあり、自由行動を許されている。それを十二分に活用した格好だ。
「最後に一発やってきたのか?」
 重役出勤か、偉そうに、とそちらを非好意的な視線で眺め、品のない事を言う馬鹿にサシカイアはため息を返した。
「……なんだかディードリットさん、寝込んじゃったみたいですからねえ。その見舞いでもしていたんじゃないですか?」
「見舞いのついでにやってきたのか」
「……あなたの頭にはそれしかないんですか?」
「しかし、俺たちが上位精霊を使役出来るのが、そんなにショックなのかねえ」
 マサムネは首をかしげる。自分ができない事を他人ができると言うだけでいちいち寝込まれたのではたまらない。
 サシカイアもそれは同意だが。
「……彼女、エルフですからねえ。精霊使いの専門家として譲れない思いがあったんじゃないですか?」
 しかも、マサムネのような人間に負けているとなれば、ショックを受けるのも致し方ない事かも知れない。と言うのは省略する。
「なんか、失礼な事考えていないか?」
「……何の話ですか?」
 サシカイアはすっとぼける。
「……それに、エルフは高貴な一族、ってことになっていて、それを自分たちでも認めていますからねえ。下賤な人間ごときに負けるなんて、って思いもあるんでしょうよ、きっと」
「ばからしい話だな」
「……ええ、全く」
 そんなやりとりをしている内に、シャダムが出発の号令をかけ、一行はヒルトの街目がけて出発した。


 ヒルトはフレイム第二の都市である。この辺りではまだ砂の川に水が残っているし、川の両側では乾燥に強い作物が作られている。役割としては、フレイムの食料庫。さらに、ここを攻め取られるとさらに南のローラン、マーニーに通じる街道が塞がれ、フレイムは分断されてしまう事になる。要所なのだ。
 そして、要所なだけに、ヒルトの防備は堅い。簡単に攻め落とされる事はないだろう、とフレイム首脳部は考えていた様子だが、それは裏切られた。
 進む事二日、その夕刻。
 ブレードからヒルトまでは馬で3日の距離だから、道程の半ば以上踏破した事になる。
 そこで、野営の準備に入ろうとしていたフレイム軍は、進行方向、南の空が赤く染まっている事に気が付いて動揺した。
 南の空が赤い。もちろん、夕日ではない。ヒルトの街が燃えているのだ。
 カシューは慌てて軍議を開いた。主立った隊長格がそろって招かれたこの会議に、当然のこととしてマサムネは参加した。サシカイアとベルはそのお供だ。
 軍議は、このままヒルトに攻め込むと言う意見と、ブレードにとって返して策を練り直すという意見の対立となった。
 その話し合いとも言えない話し合いを、マサムネは退屈そうな顔をして眺めている。あほらしい、と思っている顔だった。
「う〜〜。引っ返してどうするって言うんすかねえ。折角もうすぐ待望の戦争だって言うのに、何考えているかわかんないすよ」
 ベルは、ずいぶん不満そうである。
 しかし、みんながみんな、ベルみたいな考え方をするわけではない。と言うか、ベルがきっぱり特殊だ。
「……ヒルトの街は守りの要所。それだけに堅牢に作られていましたからねえ。それがあっさり落ちたとなれば、動揺するのも仕方のない事ですよ」
「そんな事関係ないっすよ。敵がいるんすから、後は戦って戦って戦って、喜びの野に行くだけの事っすから」
 こいつは、と頭痛をこらえながら、サシカイアは軍議の様子を見回す。
 引き返して策を練る、と言う意見が出てくるのは、ヒルトの街が落ちた事によってショックを受け、弱気になっていると言う事だ。そして、ここで引き返したとしても、良い策など容易に出てこないだろう。また、ショックを得るのは、兵士だけではない。軍がこのまま戦うことなく引き返したならば、当然、ヒルト陥落の話はブレードの街にも伝わる。フレイム軍が、一戦もせずに敗走してきた。そう、これは敗走だ。と伝われば、街の民の動揺は小さくはないだろう。そして、これはブレードに限らない。南方のローラン、マーニーも同様だ。彼らは、首都ブレードと分断されている。そして、フレイム軍が頼りにならないと思えば、事態がどう変わるか分からない。フレイムは若い国である。フレイムという国に、住民がどの程度の忠誠心を抱いているのか。風の部族は大丈夫だろうが、フレイムに住んでいる人間はそればかりではないのだ。あるいは最悪、フレイムという国が瓦解していくかも知れない。
 ならば、ここは即戦すべきか? 
 サシカイアは考える。その場合、敵はどうするか? ヒルトに籠城? それはないとすぐに却下する。占領したばかりの街に籠城して戦う。これでは、内と外に敵を抱える事になる。よろしくない。それでも籠城するというのであれば、却ってありがたい事になるだろう。
 ならば野戦?
 なんだ、とサシカイアは馬鹿らしくなった。
 結局の所、ほとんど何にも変わらないではないか。もともとそのつもりで出てきたように、ヒルトの郊外で敵と戦って勝利する。それだけだ。ヒルトの援護は受けられなくなっているが、もともと、この部隊だけで戦って勝利するつもりだったのだから、さしたる問題はないだろう。また、ヒルトが落ちたとは言え、敵もヒルトを利用出来ないのはこちらと同様。逆に、ヒルトの街を安撫するだけの時間もないから、ヒルト占領を継続するつもりならば、住民の反乱を押さえる部隊を置く必要がでる。悪い事ばかりではない。
「愚痴愚痴とうっとうしいなあ。やる事は一緒だろうに」
 マサムネが心底うっとうしそうに言い捨てるのを見て、サシカイアはちょっと目を見開いた。自分と同じ結論に至ったのだろうか?
「……いえ。それはどういう事ですか?」
「ん?」
 マサムネはサシカイアの方へ向き直った。
「要するに、炎の部族を叩きのめせばいいわけで、それはヒルトの街が落ちていようがいまいが、全然変わっていないだろう?  それに、時間をおいたからって事態が好転するとはとても思えん。却って相手を調子づかせるだけ損だ。ならばとっとと行って、とっとと戦う方がマシだ」
「そうっすよ。ここは素早く突撃っすよ。ヒルトの街が落ちたなら落ちたで結構。そん時は、ヒルトの街ごと叩きつぶすだけの事っすよ! 戦争万歳!」
 ああ、こっちは完璧に馬鹿だ。
 と、ぬるい目でサシカイアはベルを見やる。
「おいおい、ヒルトの街まで潰すのは勘弁してくれ」
 カシューが呆れたような顔で口を挟んでくる。それから、表情を改めて、未だ答えのない「会議」を続ける者達に向き直る。
 その表情を見れば、カシューが心を決めた事は分かった。
 さて、どう決めた?
 と、注視するサシカイアらの視線の先で、カシューは一説ぶちあげた。
 カシューの目的は、兵士の不安を解く事。それに尽きた。そして、彼は絶対的な自信に満ちあふれた態度でもって隊長達に話かけ、完璧とは言い難いが、それに成功していた。
 サシカイアはそれを見ながら、なかなか難しい事だと考えていた。以前、暗殺者だった頃のサシカイアは、ただ一人、自分だけを考えていれば良かった。最近、マサムネに引き連れられるようになってからも、基本的にはそれは変わらなかった。何しろ、周囲は強烈な個性に溢れた人間ばかりで、気にする必要など欠片も感じなかった。しかし、これからは違う。
 ヒノマル傭兵団という仲間、あるいは部下達。彼らの士気についても考えなければ、戦う事はできなくなった。そして、マサムネが本当に自分の国を手に入れる、なんて事を考えているのだとしたら、今以上に、そう言った事を考える必要が出てくるのだ。
 こいつ、それを理解しているのか?
 ありがたいカシューの演説も馬耳東風。鼻をほじっているマサムネを横目で見ながら、サシカイアはこれから先の苦労を思いやって、ため息を零した。


 結局、フレイム軍はこのまま進み、ヒルトの郊外に陣を構えて敵が出てくるのを待ち受ける。そのような作戦をとる事に決定した。
 翌朝になると、ヒルトの敗残兵達と合流する事ができた。彼らによって、ヒルトがどのように落ちたかの情報を得る事ができたのは幸いだった。何でも、釜戸の火がいきなり爆発して、街の各所で火事を発生させたらしい。そうして、守備軍がうろたえている隙に、炎の民は一気に攻め込んできてヒルトを落としたらしい。
「敵が見えたら、いっさいの火の使用を禁じる」
 と、カシューの言葉が伝えられ、そのままヒルト守備隊には同じく逃げ出してきたヒルトの民を連れてブレードに戻るよう命令し、フレイム軍は一気にヒルトの街を目指した。
 そして、昼過ぎには出戦を仕掛けてきた敵を先駆けの騎馬が発見、報告して、フレイム軍は慌ただしく陣を整えた。
 砂漠の民は、戦いとなれば基本的に一点突破を仕掛けてくるらしい。これは炎の部族、風の部族共通の癖みたいなモノらしい。そして、フレイムには砂漠の民ではないカシューがいた。
 カシューは、この性癖を逆手に取るべく、部隊を配置した。
「鶴翼の陣だな」
 これを見たマサムネがつぶやいた。
 その言葉にサシカイアは聞き覚えがない。無いはずで、マサムネの世界のでの言葉らしい。なんでも、中央の部隊が敵の進軍を食い止め、その間に両翼の部隊が左右から敵を攻撃する。前、そして左右、半包囲された敵は、効果的な反撃ができなくなる。その陣形を、翼を広げた鶴にたとえて、鶴翼の陣と言うらしい。成功すれば効果的だが、それはもちろん、中央部が敵の突進を止められる事が前提である。それができなかった場合には、左右の兵による包囲などできるはずもない。逆に突破して後方に抜けた敵から背中側に攻撃を受ける事になり、こちらが不利になってしまう。
 カシューもそのことは承知で、中央部には自分の率いる砂漠の鷹騎士団を配置した。風の民の部隊は勇猛だがあくまで民兵。傭兵隊はあくまで傭兵、いざとなれば、フレイム国よりも自分の身を優先させるかも知れないから、絶対の信頼は置けない。だから、正規の部隊である騎士団をここに持ってくる。妥当な判断だろう。そして、カシューは自身が率いるこの騎士団に、絶対の自信を持っていた。
 慌ただしく陣形が整えられていく。
 マサムネのヒノマル傭兵団は左翼に配置されていた。マサムネは馬にまたがり、のんびりと言った様子で敵の突進を眺めている。まだ出番ではないのだ。
 サシカイアは、いきり立って一人でも突撃を始めかねないベルを宥めていた。
 炎の部族は、素晴らしい勢いで突進してくる。カシューの部隊が未だ、完全に陣形を整えていない事を見て取り、整いきる前に速戦して、一気に突破を図ろうというのだろう。
 カシューの方は、まずは陣形を整える事を優先したようだ。半端なところで対抗するより、きっちりと陣を整えてから戦った方が被害が少なくなる。そう言う判断だ。
 そして、騎士団の後方から敵の足を少しでも遅める為に弓が放たれた。
 長弓から放たれた矢は、敵の先頭あたりに着弾、何人かの敵兵が転がり落ちるのが見えた。しかし、敵は勢いをゆるめない。さらに矢が放たれる。再び、何人かが倒れる。しかし、勢いはゆるまない。
 そして、彼我の距離はゼロとなった。
 激突。
 本格的な戦闘が、始まった。