ラウンドワン・ファイッ!


 敵の突進を受けて立ったのは、砂漠の鷹騎士団の第一列。彼らは、長い馬上槍をずらりと並べて、迫る敵を待ち受けた。
 本来、彼らは馬上槍を構え、敵に向かって突進していく部隊である。馬の速度を上乗せされた槍の一撃は、生半可な防御など無効化してしまう絶大な攻撃力を持つ。
 しかし今回、彼らの目的は敵の突進を止める事。その為、彼らはその場で馬の足を止め、槍を構えて踏ん張っていた。
 馬の突進がないぶん、攻撃力は落ちる?
 いや、その分は敵が補った。まっすぐに突っ込んでくる敵の勢いが、そのまま彼らの攻撃力にプラスされた。
 激突。
 多くの敵兵が、彼らの構えた槍に自ら飛び込むようにして体を貫かれて倒れる。一撃で戦闘不能になり、盛大に血をまき散らす。馬上槍の攻撃力は健在だった。
 しかし、器用に槍を避け、懐に飛び込まれると攻守は逆転した。
 長柄の槍。それだけに、取り回しが難しい。懐に入り込んだ敵を倒すのには全く向いていないのだ。下手に振り回せば横の味方を叩いてしまう危険もある。
 慌てて槍を棄て、腰の剣を引き抜こうとするが敵がそれを許すはずもない。今度は彼らが逆に、曲刀で体を切り裂かれて倒れていく。
 そこへ、第二陣、第三陣の騎士達が、こちらは既に抜刀して敵兵に向かっていく。
 剣と剣がぶつかり火花を散らす。血をまき散らしながら馬上から転がり落ちて大地に伏せる者は、敵味方無く大量の人数を数えた。突破しようとする者、それを阻もうとする者、苛烈な戦いが繰り広げられた。
 この激突の被害は、砂漠の鷹騎士団の方が大きかった。しかし、彼らは敵の突進を止めるという目的の達成だけはしていた。
 その間に、両翼の部隊が前進し、敵を半包囲状態においていた。そのまま、敵を挟み込むようにして攻撃を始める。
 マサムネ、そして彼のヒノマル騎士団は左翼にいて、当然のごとく戦闘に参加していた。
「吶喊、吶喊、吶喊!」
 戦いに対する喜びを隠そうともせず、ベルが戦槌を振り上げて大はしゃぎをしている。
 マサムネもそれを止めようとせず、傭兵団の先頭に立って敵の中に躍り込み、左右に魔法の大剣を振り回して敵兵を屠っていく。その強さは圧倒的で、彼の前に立ちふさがった者は一瞬後には死体となって地に転がっている。相変わらずのデタラメな戦闘能力。マサムネはそれを、遠慮会釈の欠片もなく振るっていた。
「左右の敵にかまうな! 前の敵だけを見ろ。このまままっすぐに進んで敵を蹂躙するぞ!」
 マサムネの指示に応えて、麾下の傭兵団がその背後に続く。サシカイアもマサムネの後ろにぴったりひっついて行動してた。左右に、ベル、タンカレーがいて奮戦し敵を近づけさせないので、サシカイアは精霊魔法を主に使って敵兵を倒していた。元々、暗殺者でこうした戦争には向いていないと自分で思っている。だから、これは非常にありがたい。
「ベル、景気づけだ。戦いの歌を頼む!」
「了解っすよ」
 戦いの歌というのは、マイリー神官のみが使える、平たく言ってしまえば戦意高揚ソングである。しかし、これも神の力を借りた奇跡、神聖魔法の一種の為、ただの戦意高揚ソングではない。味方の兵士から怯懦の心を取り去り、精神に影響のある魔法の効果を消し去るという働きもある。
 ベルは器用にも戦いを続けながら、高らかに歌い始めた。
 その歌声は、公平に見て素晴らしいモノだった。神官ではなく吟遊詩人の道を選んでも成功していただろうと思わせるほど。
 しかし、サシカイアは眉間にしわを寄せた。
「……これって」
「俺の知る限りでは、戦いの歌って奴は穏やかな内容だったはずだが」
 マサムネも、敵兵を切り捨てながら苦笑する。
 戦いの歌である。戦意高揚ソングである。ガンパレードマーチである。実際は、マサムネの言うような穏やかな内容であるはずがない。
 だが、サシカイアは素直に大きく頷いた。
 何しろベルの歌う”戦いの歌”は、これ以上無いくらいに過激な歌詞がてんこ盛りだったのだ。
 皆殺し、だの、群がる敵兵全滅だ、とか、がが〜んとか、ずが〜んとか擬音だらけの意味不明なかけ声やらが大量に混じったその歌詞は、既存の”戦いの歌”とは明らかに違っていた。そのくせ、しっかりとその効果は発揮しているようだが。
「ららら〜♪、自分くらいマイリー様の覚えがめでたくなると〜♪、戦いの歌の作詞作曲くらい〜♪、お手の物っすよ〜♪」
 その言葉を証明するように、歌いながらベルが疑問に応えてくれる。
「さあさあさあ〜♪、喜びの野に向かって突撃っすよ〜♪」
「……喜びの野に突撃してどうするんですか」
 サシカイアはぼそりと突っ込んだ。


 左右からの挟撃を受けた敵は、奮戦しているもののその不利は隠せず、じりじりと押し込まれていった。先頭集団は何としても突破しようとして、砂漠の鷹騎士団に向かい、その第三陣までもを打ち破っていた。しかし、親衛隊とともに穴を埋めたカシューの獅子奮迅の働きもあって、それ以上先へは進めなくなっていた。
 ついに、敵は突破を諦めたのか、銅鑼を鳴らして兵を引き始めた。
 距離を取らせるのは不味い。今は、敵味方入り乱れているから、サラマンダーによる攻撃がない。サラマンダーが出てくれば、状況をひっくり返される危険がある。そしてそれ以上の存在、エフリートが出てきたらどうしようもなくなる。
 それを承知しているカシューは、それぞれの隊長は、即座に追撃を命じた。
 しかし、その命令はうまく伝達されなかった。目の前の敵と戦う事にかかり切りになってしまったフレイム軍は、距離を取ろうとする敵を追撃するのに遅れた。敵兵の多くが、そのままその場に残って踏ん張り続けた事も、追撃を遅らせる原因となった。作戦が図に乗った事もあり、既に勝ったという慢心がフレイム軍には存在し、それが致命傷となった。
 ようやく残った敵兵のほとんどを討ち取り、さあこれから追撃をしよう、兵達の多くがそう考えたそのとき、戦場の各所に赤い塊が現れた。
 塊は、すぐに形を作り、サラマンダーとなる。
 それを見たフレイム軍に兵士達に怯えが走る。そして、その怯えがまた、追撃を遅らせた。
「ひるむな! 一気に駆け抜けろ!」
 カシューが叱咤するが、既に手遅れだった。
 サラマンダーが炎をはき出し、フレイム兵が次々とそれに飲み込まれて倒れる。戦場の各所でそう言った光景が見られた。もはや、フレイム軍は敵を追撃するどころではなくなっていた。


 そんな中で、状況を見失わずに敵の追撃を優先させた者達もいた。
 ヒノマル騎士団、そして多くの傭兵達。
 彼らは、優先順位を間違わなかった。しかし、それが逆に危機を招いてしまった。
「……駄目です。フレイム軍、完全にしてやられています」
 馬上で体を曲げて背後を確認し、サシカイアはマサムネに報告した。
 視線の先には、サラマンダーに為す術無く焼かれていく多くのフレイム兵の姿があった。
 もう駄目だ。フレイム軍は、軍としての体裁を失ってしまっている。炎に追われ、怯え、逃げる、ただそれだけの存在に堕してしまっている。組織だった戦闘などあれではできない。おまけに──
「……っ、イフリート!」
 一際大きな赤い塊が、フレイム軍のど真ん中に誕生していた。塊は巨大な人型になる。サシカイアの言うとおり、イフリートだった。
「全軍引け! 息の続く限りブレードの街に向かって馬を駆けさせろ! いらん小細工はするな! まっすぐ後ろを向いて駆けろ!」
 カシューの叫びが、サシカイアの方まで聞こえてきた。
 カシューは、戦闘の継続を諦めたのだ。確かに、そうするしかない。これ以上戦っても被害を増やすだけ。もはや、フレイム軍に勝利の目は欠片もないのだから。
 しかし──
 不味い、非常に不味い。
 ヒノマル傭兵団やそのほかの傭兵達。判断を間違わなかった自分たちは、敵と離れるのは不味いと追撃をした。結果、本隊との間に距離が開いてしまった。このままでは取り残される。判断を間違わなかったせいで、死地に残されてしまった。何と言う皮肉。
 サシカイアは、差し迫った表情で、マサムネを見た。悔しいが、ここはこいつに頼るしかない。
「ふん」
 マサムネは、皮肉な笑いを頬に浮かべた。
「カシューの奴、戦上手と言われている割には、存外ふがいないな」
「……そんな皮肉を言っている場合ではありません、どうしますか?」
「逃げる!」
 マサムネは即答した。
「ヒノマル傭兵団! 取りあえず、あっちの方向に逃げるぞ!」
 それから、斜め左後方──多分適当だ──の方に、切っ先を向けて示す。
「駄目っす! 逃げるのはマイリー様の教えに反するっす! ここは喜びの野へ向かって突撃っすよ!」
 そこへベルが声を上げた。
 この馬鹿は〜〜〜。
 いっそ、ここで殺してしまおうか。申し訳程度に抜いていただけで、一滴たりとも血を吸っていない短剣を握る手に力を込める。
 サシカイアが実行するよりも早く、マサムネがもう一度叫んだ。
「言い直す! あっちの方に向かって転進!」
「転進ならオッケーっす! さあ、みんな、あっちに向かって転進すよ!」
 なんなんだこいつは。
 思わず脱力するサシカイアの前を、一気に駆け抜け、先頭に立ってベルが逃走──いや、転進していく。
「ほら、サシカイアも逃げるぞ」
 マサムネは周囲に群がる敵を一気に跳ねとばして強引に自らの周りに空白地帯を作り、自分もくるりと馬首を返して駆け始める。
 サシカイアも遅れてはやばいと慌てて続く。
「……うまく扱いましたね」
「まあ、ある意味定型だな。どういう奴か分かっていれば逆に、扱いやすいとも言える」
「……そうですか」
 半信半疑に頷きつつ、サシカイアはもう一つ尋ねた。
「……で、これ、どうしますか?」
 もちろん敵は、サシカイア達を易々と逃がしてくれるほど優しくはない。マサムネの叫びに会わせて、他の傭兵達も逃げ出しているから、遠慮無く追撃にかかっている。風の精霊による守りで弓矢による攻撃を心配しなくて良いのは幸いだが、気休めでしかない。マサムネが最後に奮戦してちょっとばかり空白地帯を作ったおかげで、今は僅かに間が開いているが、それだって本当の安心材料にはならない。すぐに追いつかれる事は確実。そして、追撃を受ければ──背中側から攻撃を受ければ、味方が勝てるはずもなく倒されてしまうだろう。
「大技行くぞ! 俺に敵を近づけさせるな!」
 サシカイアだけではなく、近くにいた傭兵達に命令する。
 傭兵達は素直に命令に従い、マサムネの周囲に集って敵兵の接近を阻もうとする。
「万物の根元、万能なるマナよ……ちょっくらお空のお星さまを落としてちょうだいな」
 マサムネが手早く身振り手振りを入れながら上位古代語の呪文を詠唱し、高く左手を天に向かって差し延べた。
「……えっ?」
 すっと、瞬間、サシカイアの上に影が落ちて通り過ぎた。
 敵の方へ。
 視線をそちらに向け、サシカイアは愕然とする。
「……隕石召還(メテオ)?」
 その通りだった。
 巨大な炎の塊が、天からまっすぐに敵兵の方へ向かって降っていく。
「……近すぎる!」
 サシカイアは悲鳴をあげたが、それは轟音に飲み込まれて消えてしまった。
 砂漠をえぐるように着弾した火の玉──隕石は、盛大な爆発とともに衝撃波、そして炎を周囲にまき散らす。
「……ウンディーネ、守って!」
 必死の思いで叫びながら、腰に付けた皮の水筒の口を開いて水の精霊にお願いする。
 精霊魔法は、精霊の力を借りる魔法である。だから、精霊のいない場所では使う事はできない。そして、ここは風と炎の砂漠。もともと砂漠、水が乏しい。それに、不審なほどに風と炎の精霊の力が強く、大地と水の精霊が以上に少ない。本来、水の精霊の力を借りる魔法は使えないはずの場所だが、抜け道はある。
 儀式をする事によって精霊に同行して貰う。コントロールスピリットと言う魔法が、精霊魔法にはあるのだ。それにより、本来その精霊がいない場所でも、その精霊の力を借りた魔法を使えるようになる。
 ただ、その儀式に三時間もかかってしまうのが難点だ。マサムネも当然使える魔法なのだが、儀式を面倒臭がって、決して行おうとしない。もう一つ言えば、Lv3以上の魔法使いならば当然持っているはずの使い魔も、マサムネは持っていない。こちらの儀式には3日かかるから、ある意味当然かも知れない。
 今回は事前に敵がサラマンダーを使役する事が分かっていた為、対抗する為にわざわざ儀式をして水の精霊をつれてきていたのだ。
 とにかく、サシカイアの声に応え、皮の水筒から水の精霊が飛び出した。水の精霊は広がって水の幕となる。
 そこへ衝撃波とともに炎がぶつかった。
 盛大な水蒸気が上がり、ほとんど一瞬で水は蒸発してしまう。だが、それでも衝撃波と炎を弱めるのには充分だった。
「……ありがとう」
 サシカイアは、よれよれになって皮の水筒へ戻るウンディーネにねぎらいの言葉をかけ、それからマサムネをにらみ付けた。
 マサムネは、びっくりした顔で背後を見ている。
「……何考えているんですか! 味方もまとめて殺す気ですか!」
「あんなに威力があるとは思わなかった」
 砂漠は大きくえぐれ、盛大な煙を上げている。
 追撃していた敵の先頭集団はこれをまともに喰らい、文字通り消滅している。幸い味方はサシカイアの魔法がぎりぎり間に合ったおかげもあって、軽い火傷くらいはしている者がいるかも知れないが、無事と言っていいだろう。
「……威力があるも何も、アレは本来攻城戦に使うような魔法ですよ! 予想くらいしてください!」
「まあ、おかげで敵も追撃を諦めてくれたようだし、結果オーライとしよう」
「……はぁ〜」
 都合良く事態を捕らえ、気楽な事を言うマサムネをもう一度にらみ付け、サシカイアはため息を零した。