ベル・デキャンター、故郷に錦を飾る。


 一晩休むと、疲れは大分取れた。やっぱり、ベッドで寝るのは良い。一人で眠れたらもっと嬉しいのだが。
 サシカイアはやっぱり自分はインドア派だと確信しながら、ベッドの上で体を起こして大きく伸びをした。
 その隣では、マサムネが間抜けな顔をして未だ眠っている。今ならさくっと殺せそうな気もするが、ギアスの魔法があるからマサムネの状況は関係なく絶対に無理だろうし、実際できてしまっても困るだろう。こんな奴だが、現在のフレイムには必要不可欠な人材である。
 世の中って奴は大きく間違っている。
 そんな事を考えながら、脱ぎ散らかした服を着ていく。魔法のメイド服は、洗ってもいないのにぴかぴかになっていた。乱暴に放り出したのに、しわ一つ付いていない。さすがはマジックアイテム。素晴らしい──とはとても思えない。何処の馬鹿が作ったのか、こんなモノ。いや、それは分かっている。マサムネが調べたところ──サシカイアに着せたままで調べた辺りが非常にマサムネらしい──何でも、魔法王の鍛冶師と呼ばれたヴァンと言う名の人物らしい。この人物は間違いなく優秀な付与魔術師だったようで、このメイド服の他にも、数々の武器防具を鍛え、魔力を付与したらしい。しかし、尊敬なんて欠片もできない。優秀かも知れないが、人として絶対に間違っている人物だ。
 取りあえず、今日一日は休息に当て、明日の朝一番で風の部族の聖地を目指す事に決定している。カシューらは一刻も早く旅立って貰いたいと思っているようだが、同時に、サシカイアらが休息を必要としている事も理解していた。その両者の綱引きの結果による決定だ。
 ベッドから降りて、ぐだ〜っとした格好で椅子に体を預けて窓の外を見る。部屋の中はシルフが舞い、風を攪拌して気持ちよい位だが、外はずいぶん暑そうだ。今日もまた苛烈な日差しが思いっきり降り注いでいる。
 その日差しの下、騎士達が熱心に剣を振り、自らを鍛えているのが眼下の城の中庭に見える。よく見れば、カシューもその中に混じって、盛んに指示を出している。
 亡国の危機だ。必死にもなるだろうな〜、とだるい瞳で眺める。
 すると、無遠慮な足音が近づいてきて部屋の扉の前で止まり、無遠慮なノックがされた。
「グッモ〜ニングっすよ、勇者様」
 ベルだ。
 マサムネがびっくりして飛び起きるのを視線の隅に、立ち上がって扉を開けてやる。
「やあやあやあ、勇者様。今日も絶好の戦い日和っすよ!」
 昨日はぐったりしていたが、一晩休んでこちらも回復したらしい。朝から疲れるハイテンションである。
「もう少し静かに入ってこい」
 マサムネは文句を言って、それでも眠気が飛んでしまったのか、起きあがっていつものようにサシカイアにわざわざ手伝わせて服を着る。
「今日の予定は何すか? 何と戦うっすか?」
「まずは朝飯だ」
 マサムネはひらひらと手を振ってベルに応じ、更に告げる。
「それに今日は何とも戦う予定はない。明日の朝に風の部族の聖地に旅立つから、それに備えておけ」
「戦わないんすか?」
 がっかりして見せたのも一瞬、それから、ベルは何かを思いついたみたいにして表情を輝かせた。
「なら、マイリーの神殿に行くっすよ!」
「マイリーの神殿?」
 こんなのがたくさんいるのか。疲れそうな場所だな。
 マサムネはベルを見て、そんな表情をした。
 サシカイアも同感だった。今日はゆっくり休んで英気を養いたい。疲れるのはごめんだ。
 しかし、ベルは二人の思いなど気にしなかった。
「そうっす。考えてみれば、折角フレイムに戻ってきたって言うのに、自分はまだ、マイリーの神殿に挨拶に行ってないっす」
 フレイム到着初日からばたばたしていたから、そんな余裕はなかった。ついたその日はそのまま宴に参加し、翌日からは戦争。昨日ようやく戦場から帰ってきてと、全く慌ただしい日々だ。
「お前一人で行ってこいよ」
「そんなつれない事を言っちゃ駄目っすよ! だいたい、自分一人で行っても意味がないっす。司祭様に自分の勇者様を紹介する為に行くんすから」
 それからベルは不気味に笑った。
「自分が勇者持ちになって帰ってきたと知ったら、司祭様はどんな顔をするか。くししし……」
 なんだか、とっても司祭様のする表情を見たくなくなったサシカイアである。


 それでも、押し切られて三人でマイリー神殿に向かう。
「マイリー神殿よ、自分は帰ってきたっす!」
 ベルは終始ハイテンションで、マイリー神殿の前に仁王立ちして大声で叫ぶ。
 うわ、勘弁してくださいよ、本当に。
 顔をしかめるのはサシカイアで、マサムネは諦めたのか開き直ったかそれとも本心からか、楽しそうに笑っている。
 その大声は流石に注目を集め、神殿に参拝している人間、そして、神殿の人間の目を引きつけた。
「え? ベル神官?」
 と、ぎょっとしたような声が聞こえてきて振り返ると、そこには驚きの表情をした一人の女性神官が立っていた。
「やあやあやあ、シャーリー侍祭、久しぶりっすね!」
 にこやかにベルがその神官、シャーリー侍祭に挨拶する。
「あ、あなた、ヴァリスの詰め所に左遷──げふんげふん、派遣されていたのではなかったのですか?」
「ところが、自分は勇者様を見つけてしまったっすよ! 勇者様に付いていくのが、従者たる自分の勤め。マイリー神殿ヴァリス支部の仕事をできなくなるのは非常に心苦しかったっすが、コレも仕方のない事っす!」
 ちっとも仕方がないと思っていない口調で、ベルは言った。
 ベルが詳しく話したがらなかったから詳しくは知らないが、やっぱりヴァリスに左遷されていたらしい。
「……そう言えば、ヴァリス国内のマイリー神殿の支部って言うのは、貧乏長屋の一室にあるとか噂を聞いた事があります」
 サシカイアがぼそっとつぶやく。やっぱり、左遷、厄介払いをされていたのだ。きっとその貧乏長屋、西日がよく差し込んだ事だろう。
「いやあ、自分くらい敬虔な信者になると、マイリー様もいろいろ目をかけてくれるみたいっす。こう、電波がびりびりびりと来て、この方が自分の勇者様だと教えてくれたっすよ」
 マサムネを前に出して告げる。
「ああ、すみませんっす。──そう言えば、シャーリー侍祭もホッブ司祭も、勇者持ちではないんすよね。でしたら、この何物にも代え難い喜びを感じた事がないんすよね。すっかり忘れていたっす。自慢しているみたいで、なんだか申し訳ないっすね〜」
 ちっとも申し訳ないと思っていない、自慢たっぷりの口調で、ベルは言った。
 これを受けたシャーリー侍祭は本当に悔しそうな顔をしたから、自分の勇者持ちと言うのは、相当なモノらしい。少なくとも、マイリー神に仕える者にとっては誉れには違いない。例えその「自分の勇者」とやらがどんな腐れでも。
「なんか失礼な事考えていないか?」
「……いえ、別に」
 サシカイアはそっと視線を明後日の方に逸らす。
 その横で、ベルは相変わらずハイテンションだった。
「で、ホッブ司祭は何処にいるっすか? 司祭様にも報告して、喜んで貰いたいと思っているっすよ」
「司祭は今、王宮の方に出かけています」
「ちっ、入れ違いっすか」
 ベルは露骨に舌打ちした。
「じゃあ、仕方ないっすから、シャーリー侍祭に聞いてもらうっす。これというのも全て、自分が敬虔なマイリー様の僕であったからこそ、電波が来たわけで──ああ、こんな言い方をすると、シャーリー侍祭やホッブ司祭の信仰が足りないみたいに聞こえるっすね。自分、そんな事は欠片も考えてないっすから、間違えないでくれると嬉しいっす。つまりは──」
 それから、ベルの自慢話がたっぷりと続いた。


 ぐったりしたシャーリー侍祭をその場に置いて、やっぱりぐったりしたマサムネ、サシカイアを伴って、酷くすっきりした顔でベルは意気揚々と、王宮に引き返した。なんだか、長年の胸のつかえが綺麗に無くなった。そんなさわやかないい顔をしている。やった事はちっともさわやかではないが。
「……なんだか今日は、これだけで疲れてしまいました」
 まだ昼前だが、非常に疲れた。このままベッドに入って休んでしまいたいくらいに。
「同感だな」
 マサムネも応え、しかし、それでも済ませておかねばならない事は済ませようと、傭兵達の詰めている宿舎に向かう。
 傭兵達は宿舎の内外で思い思いに過ごしていた。賭けカードに興じる者。訓練に余念のない者、ひっくり返って寝ている者。
 それでも、マサムネがやってきた事に気が付くと、全員が飛び起きて──寝ていた者はたたき起こされて整列する。
 一応、部下達には慕われているらしい。──あるいは、恐れられているのか。
「点呼」
「はいっ」
 と、タンカレーを一番に、人数確認。
 総勢、25人。増えてる。
「はい、フレイムと契約の切れた者が、ウチに入りたいと言ってきました。お前たち、前に出ろ」
 マサムネの視線に応えたタンカレーに言われて9人、一歩前に出る。
「団長、どうしますか?」
「入れてやれ」
 マサムネは鷹揚に頷く。
「で、力はどうだ?」
「5人は充分です。残りは、まだまだこれからですかね」
「まだ、魔剣はあったな。その5人にくれてやれ。残りの奴はこれからの成長次第だ」
 まじかよ、らっきーとはしゃぐ新入り達を視線で黙らせ、マサムネはタンカレーに言った。
「俺たちは明日から、ちょっと風の部族の聖地へ行ってくる。その間はタンカレー、お前が指揮を執れ。多分戦いは無いと思うが、あったら手柄よりも被害を押さえる事を考えとけ。いざとなったら逃げてかまわん」
 おいおい、とサシカイアが内心で突っ込むが、タンカレーは直立不動で頷いた。
「何か質問はあるか?」
 マサムネが最後に問うと、タンカレーが挙手して尋ねてきた。
「風の部族の聖地へ向かう。──それはカシュー陛下の特命ですか?」
「カシューの特命だ」
 タンカレーの質問に、マサムネが頷く。傭兵達がそれを受け、おお〜とざわめく。
「当面、お前達が日々どう過ごすか、俺は干渉しない。戦いで死にたくなかったらそれなりの過ごし方があるだろうし、お前達はそれを知っているはずだからな。その上であれば、酒を飲もうが女を買おうが全然かまわん。──ただし、悪さはするなよ。俺の評判が落ちる」
 そんなもの、最初から地の底です。
「何だ?」
「……いえ、なんでも」
 サシカイアをじろりと睨んだ後、マサムネは再び傭兵達の方に向き直る。
「では、解散。後はタンカレーの指示に従え」
「はい」
 傭兵達は頷いて、それでもマサムネが立ち去るまではその場で直立不動の姿勢を保っていた。


 それから、今度は王宮の中にはいる。既に顔パス。あるいは、サシカイアのメイド服パスで、あっさりと中へ通してもらえる。
 マサムネは性懲りもなく、ディードリットの見舞いを──と言いだしたが、サシカイアは耳を引っ張ってそれを止める。明日出発であるならば、そのための準備も必要だ。遊んでいる暇はない。風の民の聖地──砂塵の塔と言う──は、風と炎の砂漠の中にある。そこへ至るまでは、砂漠の環境に耐え、襲い来る怪物とも戦わなければならない。そして、その塔の中にもトラップや魔法の怪物がいると言う。きっちり準備をしていかなければ、ベル言うところの喜びの野に行くはめになりかねない。
 マサムネは力がありすぎるせいで、その辺りに無頓着な部分がある。確かに、怪物やトラップ程度で何とかなるような奴ではないとサシカイアも思うが、サシカイア自身は違う。こっちは普通の常識的な人間だ。気をつけなければすぐに命を落としてしまう。
 その辺りの準備に必要な金は、カシューが必要経費として払ってくれる約束になっている。また、必要なモノがあれば用意するとも伝えられている。
 だから、カシューの姿を探して王宮内をうろつくと、なにやら謁見の間にいるという。
 詳しく話を聞くと、ヴァリスからの使者が来たという。
「……ヴァリスから?」
 何の話かは知らないが、それが終わるまで待つしかないだろうと、待つ必要など無いと言って堂々と謁見の間に入っていこうとするマサムネ、ベルを宥めつつ、部屋の外で待つことしばし。話が終わったと伝えられて謁見の間に入ろうとする。
 退出するヴァリスの使者に軽く会釈をしてすれ違おうとして──そこで、ベルが声を上げた。
「マリー。マリーじゃないっすか」
「ん?」
 と、名を呼ばれた使者は、足を止める。
 それは、若い娘だった。ヴァリス神官の正装に身を包んでいる。きりりとした感じの──
「学級委員長タイプの美人だな」
 とは、マサムネの評価。学級委員長とやらが何を差すのか、よく分からなかったが、マサムネの言う事だからろくなモノではないだろう。サシカイア自身の評価を言えばきまじめな優等生タイプ。知性が先に立ち、多少冷たくも見える美貌の持ち主だった。蜂蜜色の髪の毛を編み上げ、瞳の色は鉄灰色。
「あら、ベルじゃないの」
 どうやら、顔見知りらしい。
「あなた、ヴァリスのマイリー詰め所を放り出していなくなったでしょ? 一体何をしていたの?」
 表情に似合った理知的な声で、マリーは質問してくる。
「実は、マイリー様の電波が来て、自分の勇者様が出来たんすよ。そうなれば、あんな貧乏くさい場所にいつまでもいられるかってなもんで、今は勇者様について行動しているっす」
「へえ」
 と、マリーは品定めをする視線でマサムネを見た。
 失礼な視線だったが、咎める資格はこちらにはないだろう。何しろ、それ以上に失礼な視線でマサムネがマリーを品定めしてるのだから。顔とか、胸とか、腰とか、足とか。
「……ベルさん、彼女を私たちに紹介して頂けませんか?」
「あ、それは気が付かなったっすよ」
「相変わらず気が効かないわね」
 マリーが呆れたように言って、先んじて自分から名乗った。
「私は見ての通りファリス神官のマリーよ。本神殿で侍祭の職にあったわ。今回、フレイム王にヴァリス神聖王国の親書を持ってきたの」
 侍祭と言えば、若さに似合わぬ結構な地位だ。少なくとも、平神官らしいベルより格段に上。
「マサムネだ」
「……サシカイアです」
「ちなみに、俺のメイドだ」
 誰がですか、と内心だけで否定する。何故内心だけかと言えば。
「見ればメイドなのは分かるわ」
 そう言う格好をしているからだ。これでは否定しても、誰も信じてくれないだろう。
「そう言えば、先の戦いで、メイドを連れた傭兵が、獅子奮迅の活躍をしたって聞いたけど」
「俺の事だな」
 マサムネがふんぞり返る。
「ふ〜ん」
 と頷き、マリーはベルに視線を移した。
「いい勇者の従者になれたみたいね」
「……いい勇者?」
「サシカイア、お前とは本当に一度、じっくりと話し合う必要があるな」
「……結構です」
 くすりと、このやりとりを聞いて、マリーは小さく笑う。
「おまけに楽しそうで良いわね」
 楽しそう?、とは思ったが、今度は心の中で思うだけに止める。それでもしっかりマサムネに睨まれたが。
「マイリー様の電波っすからね。間違いはないっすよ」
 ベルは嬉しそうに頷き、それからふと表情を改めた。
「しかし、マリーの方は一体どうしたっすか? 異端審問に邪教弾圧で死体の山を築いた、血まみれマリーともあろう人が、親書の使者みたいな腐れ仕事をしているなんて、なんか変すよ」
「異端審問に邪教弾圧?」
「……死体の山? 血まみれマリー?」
 マサムネ、サシカイアの二人は変な声を出して、マリーの美貌を見つめた。