ロードスに、まともな宗教関係者はいないのか?


 マサムネはすっかり腰が引けていた。そう言えば、最初からファリスには隔意を持っていた。悪人はやはり正義のファリスが苦手なのだろうと納得したモノだ。
 しかし、このマリーというファリス神官は、サシカイアだって苦手になれそうだ。
「……異端審問に邪教弾圧で屍山血河を築いた血まみれマリー?」
 思わずもう一回繰り返してしまう。ああ、ベルの知り合いな訳だ。見かけはまともそうに見えても、こいつも狂っている。
「いやね。そんなに引かないでよ」
 と、マリーは無茶な注文をする。
 それはともかく、私の後ろの隠れないで欲しいと、サシカイアは自分の背中に回ったマサムネを見る。それに、押してる、押してる。
「大丈夫よ。何も、人殺しが大好きな狂信者、って訳じゃないんだから」
 全然大丈夫には思えません。
 やばい、この人、あるいはベル以上のやば吉さんです。
 ぐいぐいと背中を押してくるマサムネと、何とか体を入れ替えてこっちがその背中に隠れようとして、醜い争いをする。
「大丈夫っすよ。本当にマリーは、狂信者じゃないっすから。だから、勇者様でも全然平気っすよ」
 このベルの言葉を聞くに、ベルもやっぱりマサムネを悪者と思っているように見える。
「そうよ。だから落ち着いてちょうだい」
 マリーは言って、ふう、とため息を零した。
「私って誤解されやすいのよね」
「……誤解ですか?」
 体を入れ替えようにも、やっぱり力で完敗していてそれはなしえない。諦めてサシカイアはマリーに話しかけた。
「ええ、誤解よ。私が異端審問や邪教弾圧に力を入れたのは、きちんとした理由のある事よ」
 力を入れていたのは間違いではないらしい。
「ベルの勇者様にそのメイドだから信用して言うけど、ここだけの話よ。──実はね、私、出世がしたかったの」
「……は?」
「あら、聞こえなかった? 私、出世がしたいの。目指すのはファリス神殿の最高司祭ね。──だから、私は率先して異端審問や邪教弾圧に力を入れたの」
 それは大した目標です。ご立派、凄い。──でも、何で邪教弾圧?、全然理由が分かりませんと、サシカイアは首をかしげる。
「知ってる?、アレって凄く儲かるのよ。ちょっと金を持っている奴に邪教徒、ファラリス信者の疑惑をかぶせてね、ファリス神殿地下の拷問部屋で無理矢理歌わせて財産没収。もう、笑っちゃうくらいぼろいのよ」
 まあ、ちょっと変な二つ名を付けられちゃったのがアレだけどね、とマリーは朗らかに笑う。
 あなた、本当にファリスの神官ですか?、ファラリス神官じゃないんですか?
 サシカイアは口をぱくぱくさせる。言葉が出てこない。
「そのお金を盛大にばらまいてね、順調に出世街道まっしぐら、目指せ、最高司祭!」
「マリーは自分と違って、ファリス神殿若手の出世頭っすからね」
「ええ、出世頭だったわ」
 声に苦みをにじみ出させて、マリーは言った。過去形だ。
「何かあったっすか?」
「あったもあった。大ありよ」
「大あり名古屋は城で持つ」
 訳の分からない事を口走ったマサムネは無視された。いったい何の話だ、それ。
「全く、私が苦労して、苦労して出世してきたって言うのに、ぽっと出の野郎が邪魔をしたの。そいつアラニアの田舎出身の糞野郎でね、エトって言うんだけど、事もあろうに王女のフィアンナを誑かしてね、一躍次のヴァリス国王候補に躍り出たの。あの王女、ねんねの振りして相当な阿婆擦れね。何しろ、さらわれたと思ったら男をくわえ込んで帰ってくるんですもの」
 そう言えば、フィアンナ王女が悪い魔法使いにさらわれたという話はヴァリスで聞いた覚えがある。それを救ったのは、確かあの自由騎士パーンだったと思う。その仲間か?、とサシカイアは記憶を探って考える。
「私、今回ほど自分が女で悔しかった事と言ったら無いわ。私が男だったら、エトに先んじて王女をこましてやったのに」
「国王候補なら、良いんじゃないすか?」
 最高司祭じゃないし、と口にしたベルは、凄い目でにらみ付けられた。
「何を言っているのよ。この場合、国王イコール最高司祭になっちゃうのよ。しかも悪い事に、私を取り立ててくれた司祭様が、公金横領で私腹を肥やしていた事がばれちゃったのよ。彼は三尺高いところに首をさらして、私の立場もずいぶん悪くなっちゃうし、さんざんよ」
「……あなたも私腹を肥やしていた事がばれなくて良かったじゃないですか」
 本当は、ばれて一緒に三尺高いところにさらされてくれた方が平和だったろうに、と思いながら、あまりのマリーの怒りように、思わずサシカイアは宥めてしまう。
 しかし、凄い目で睨まれた。
「失礼な事を言わないでちょうだい。私はファリス様に誓って、私腹なんて肥やした事はないわ」
「……え? だって、金のある人間に邪教との疑いをかぶせて財産没収云々、って」
 サシカイアは戸惑う。
「あなた、人の話はきちんと聞きなさい」
 まじめな表情で、咎められる。
「私は、私腹を肥やす為に行動した事なんて無いわよ。全部、出世の為よ。だから、盛大にばらまいたって言ったでしょ? 私のモノにしたお金なんて、銅貨一枚もないわ」
 いや、それだって自分のモノにした事になるんじゃ無かろうか?
 とは思ったが、サシカイアは沈黙を守る。無駄だ。キチガイ宗教家には何を言っても通じないに決まっている。
「おかげで今じゃあ、メッセンジャーなんてくず仕事を押しつけられているわ」
 ふん、と鼻を鳴らす。使者としてきた先のフレイム王室で、凄い度胸だ。
「いつもの様にそのエトって奴に邪教の疑いをかけてやれば良いじゃないんすか? ファリスの地下拷問室のすごさは、さんざん聞かされたっすよ? 一日あれば、ダークエルフだって真っ白にしてやるって、さんざん自慢してたじゃないすか」
 ベルが首をかしげながら尋ねる。
 だから、白くなったりはしません。サシカイアはぐったり疲れながら、それでも内心で突っ込みをいれた。
「だから、王女の男だからそんなに簡単にいかないのよ。それにね、このエトって奴」
 声を落としてマリーは言った。
「見た目、温厚篤実、公明正大、聖職者の鑑って感じの、まじめな奴のフリをしているのよ。おかげで最高司祭のジェナート様の覚えもめでたくて。あの方ももうお年だから、すっかり騙されちゃってね。──とにかく、下手にそんな疑いをかけたら、こっちがやばくなっちゃうわ」
「……それって、真実、まじめな聖職者の鑑じゃないんですか?」
「馬鹿ね」
 と、サシカイアの言葉は一言で切り捨てられた。
「そんな人間がいるわけ無いじゃない」
 きっぱりはっきりと言ったマリーの言葉に、うんうんとベルも頷いている。それで良いのか、聖職者ズ。
「そう言う奴ほど、腹の底で何を考えているか分かんないんすよ」
「ベルはよく分かっているわ」
 それに比べて、あなたは世間知らずみたいね、と評価される。
 サシカイアは暗殺者なんて稼業をやっていたから、それなりに世間の裏と表を知っているつもりだったが、二人に反論する気にはなれなかった。
「なら、そのエトって奴に取り入ったらどうっすか?」
「それも駄目」
 マリーは首を振った。
「こいつ、私と年変わらないモノ。私によくしてくれた司祭様だったら結構な年だから、その次の最高司祭の目があったから良かったんだけど、こいつじゃあね、次って訳にもいかないし」
「油断させて、さくっとやっちゃったらどうっすかね?」
 本当に聖職者同士の会話だろうか?、とサシカイアは首をかしげる。
 マサムネは耳を押させて、聞かないフリをしている。
「駄目よ、しぶとそうだし。──それに、よく言うでしょ。憎まれっ子世にはばかるって」
「なるほど」
 ベルが頷く。二人とも、自分にそれが当てはまるかも知れないなんて、欠片も思ってない口調だ。
「……あの、なんでそんなに最高司祭になりたいんですか?」
 サシカイアは話を逸らしたくて、思わず聞いていた。聞いてしまった。
「そんなの決まっているでしょ。聖戦の魔法よ」
「……は?」
「聖戦の魔法。ジハド。ファリス神官専用魔法の中でも、最高司祭にのみ許された本当の専用魔法よ」
 聖戦の魔法については、説明して貰わなくてもサシカイアは知っている。
「……それが、どうかしたんですか?」
「わからないかなあ」
 マリーは首を振った。
 ベルも、サシカイアの物わかりの悪さを咎めるような顔をする。
「良い事、聖戦の魔法は、ファリス信者なら一般人でも戦士レベル2にして、戦線に投入出来る魔法なのよ。国民皆兵総火の玉。最高司祭の私の指示で、ヴァリスの人間全てが敵に立ち向かい、虫けらのように死んでいくのよ? 素敵だと思わない?」
 うっとりと、頬を僅かに赤く染めて、夢見るような口調でマリーは言った。
 思いません。絶対。サシカイアは心の中で断言した。
「その戦いには自分も参加させて貰う約束っす。役割分担っすよ。死んだ人間はまとめて、自分がマイリー様の喜びの野にたたき込むっす。──ファリス信者? そんな細かい事気にする必要はないっすよ。戦いで死んだら、それはみんなマイリー様の信者っす」
「ええ。私は死んだ信者になんて興味ないから、その辺はベルに任せるわ。私は、私の命令で死んでいく信者達が見たいの」
 二人の聖職者は、そろって夢見るような表情になってうっとりとつぶやいている。
 ああ。
 サシカイアはそれを見て、口から魂がこぼれ落ちていくような気持ちになりながら、思った。
 この二人が仲良くしている訳だ。
 山よりも高く、海よりも深く、サシカイアは納得していた。


 サシカイアは、もうイヤだと思った。
 もう、こんな連中と話をしていたくないと思った。
 この二人よりも、ある意味マサムネの方がマシかも知れない。そんな事も考えた。
 サシカイアが半ば現実逃避していると、ベルがとんでもない事を言い出した。
「だったら、マリーも自分と一緒に来たらどうっすか?」
「……え?」
「マリーが一緒だと、自分も嬉しいっすからね」
 ナニヲイッテイルノデスカ、アナタハ。
 ぱくぱくぱくと酸欠金魚みたいに虚しく口を開閉させるサシカイアの前で、ベルの勧誘は続く。
「私は、何度も言うけど、ファリスの最高司祭になるのが目標なの。あなたの勇者様に付いて行っても、それが叶うとも思えないけど?」
 その通りです。ですから止めてください。
 おじいちゃんが、おじいちゃんが、にげて〜、と思わず叫びそうな心境のサシカイア。
 しかし、ベルの説得はまだまだ続いた。
「甘いっすね」
 ちっちっち、と、ベルは口の前で人差し指を振った。
「自分の勇者様は、将来のロードス統一王になるお方っすよ。だったら、ファリスの最高司祭の地位くらい、余裕綽々で投げ与えてくれるっすよ」
「はあ?」
 と、欠片も信じていない顔で、マリーは言った。
「ベル、いくら何でも夢を見すぎでしょう」
 その通りです。そんな事を信じているのはベル一人くらいです。お願いですから、あなたは信じないでください。
「それが、あながち夢じゃないんすよ」
 と言って、ベルは声を落とした。
「実は今のところ秘密にしていて大きな声じゃ言え無いんすけどね、実は、勇者様はエイブラとシューティングスターのお宝をゲットしているんすよ。おまけにシューティングスターの方は、ちょっぴり聞き分けが悪かったせいで、爪を打ち込まれて勇者様の言葉に逆らえなくなっているんすよ」
 竜は、自身の爪を体に打ち込まれると、打ち込んだ人間に逆らえなくなる。──もっとも、脱皮をするとその爪は抜けてしまい、怒り狂って打ち込んだ人間に襲いかかってくる事になるのだが。
「……」
 マリーは沈黙した。
 ベルの言う事は実は真実だ。エイブラの宝も、シューティングスターの宝も、マサムネはゲットしている。──大半はそのまま置きっぱなしだが。おまけに、シューティングスターを支配下に置いているのも事実だ。そのための戦いは──もう思い出したくない。
 だが、普通はこんな話、信じたりはしない。って言うか、信じるな、お願いだから。サシカイアは心の中で懇願していた。
 しかし。
「ベルが嘘を言うわけ無いわね」
「そうっすよ。自分もマイリー神官、聖職者っすからね。嘘は駄目っす」
 マリーの中の天秤が、なんだか酷く都合の悪い方に傾きかけているような気がする。
 そこへ、更にベルが重りを乗せた。
「決心が付かないなら、明日からの仕事に、マリーも一緒に来たらどうっすか?」
 ナニヲイイダスノデスカ、アナタハ。
「仕事?」
「カシュー陛下の密命を受けて、風の部族の聖地へ、風の精霊王を従えに行くっす。コレを見れば、勇者様の力に納得するんじゃないすか?」
「風の精霊王? ジンを支配するの?」
「そうっす」
 やばい。やばい。マリーのマサムネを見る目が変わった。
「それが本当なら、凄いわね」
 嘘です、嘘です、嘘です。
 と、サシカイアは激しく首を振る。
 しかし、無視された。
「それじゃあ、私もご一緒させて貰おうかしら」
「こ、断る!」
 マサムネは即答した。
 ただでさえ苦手と公言しているファリス神官。それも極めつけにやばいファリス神官だ。マサムネが断るのは当然だろう。
「え? どうして?」
「断固として断る!」
 ナイスです。
 サシカイアは、マサムネを心から褒め称えていた。今なら、ブレードの花街完全制覇とか馬鹿な事を言い出しても、許せるような気がする。それくらい、サシカイアはマサムネの反応を肯定していた。
「困りましたね」
 表情を曇らせて、マリーが俯く。
「大丈夫っすよ」
 そこへ、ベルが声をかけた。
 ごにょごにょごにょと、マリーに耳打ちする。
 なんだか、サシカイアは非常にイヤな予感を覚えた。何か、どこかで見た事がある展開が待っているような気がした。
「あら、そんな事で良いの?」
 マリーはベルの言葉に拍子抜けしたみたいに言って、それからマサムネに向き直った。
「私を連れて行ってくれたら、私の体、好きにしてくれても良いわよ」
「オッケー、全然オッケー」
 ころりと、マサムネは前言を撤回した。二つ返事で頷いている。
 ちょろい、と、ベルとマリーが視線を交わすのにも気が付かず、早速マリーの肩を抱いて、部屋に連れて行ってしまう。
 おいっ!  と、サシカイアがつっこみを入れる暇もない早業だった。
 何でか、ベルまでついて行ってしまった。
 あなたはヤれるなら何でも良いのか! このケダモノめ!
 マサムネの事を、この二人よりもマシかも知れないと思った自分を、サシカイアは恥じていた。マサムネだって充分、この二人と同様にろくでもない。マサムネは史上最低最悪のケダモノだ。
「おい、いつまで待たせる──」
 なんだか非常にむかついているサシカイアに、いつの間にか横に来ていたカシューが不機嫌な声をかけた。そう言えば、待たせっ放しだった。カシューが怒るのも無理はない。
 なのに。
「──つもりですか?」
 カシューの言葉は最後まで言い切らないうちに力を失い、なんだかサシカイアのご機嫌を伺うようなモノになった。