風の部族の聖地、砂塵の塔へ旅立つのは4人……


 なんだか出かける前からぐったり疲れた表情のサシカイアは、恨めしげな視線で残る三人を見つめた。
 上機嫌でにこにこしているマサムネ。無性に腹が立つ。あの顔の真ん中に、思い切り拳を叩き付けてやったら、きっとずいぶん気分が良くなるに違いない。
 マイリーの神官戦士ベルと、ファリスの侍祭マリーは、古くからの友人らしく、にこやかに会話を交わしている。
「しかし、凄かったわね。彼」
「そりゃあ、自分の勇者様っすからね。あっちの方も最強っすよ」
 お前ら、何の話をしている。
 サシカイアは二人をにらみ付けるが、気付いてもらえなかった。
 まあいい、とサシカイアは内心で首を振る。気付かれても逆に、困ってしまったかも知れない。
「それじゃ、出発するぞ」
 マサムネが号令をかけて、まだ空が暗い内に一行は出発する。
 と言っても、最初から砂漠を進むわけではない。なるべく砂漠の中の行軍を避けるため、船でいったん海へ出る。その後、内陸部へ大きく入り込んだ湖──と言っても水は海水で、外海とつながっている──に進み、砂塵の塔近くの海岸で降ろして貰う。そこから初めて、砂漠へ踏み入る予定となっている。
 船に乗っている間は、することがあるわけではない。専門の水夫達がたくさん乗っているから、素人に手を出す余地はない。今のところ、一行はお客さんに過ぎない。
 甲板に出て邪魔にならないように、思い思いにくつろいでいた。
「……しかし、よくもまあ、使者として来たマリーさんの同行が許されましたね」
 サシカイアは、本来一緒に来る予定になかったマリーに声をかける。
「余裕よ」
 と、マリーは笑って応えた。
「私の持ってきた親書はね、私をこちらの戦乱解決に役立ててくれって内容なのよ」
「……はい?」
「フレイムはヴァリスの第一級の友好国でしょ? けど、正直今のヴァリスに、よその国にまとまった戦力を派遣する余裕はないの。マーモは相変わらずアダンの街で踏ん張っているし、ヴァリス国内の至る所で、ダークエルフを初めとする妖魔が悪さをしているしでね」
「ダークエルフか。カミュは今どこで何をしているかな?」
 何度か襲いかかってきて返り討ちにあって泣いて帰ったダークエルフを思い出して、マサムネがつぶやく。またやってこないかな、とか考えているのだろう、この助平は。
「……多分、どっかでお父ちゃんとやらに借りた怪物と一緒に、私たちが通るのを待っているんじゃないですか?」
 と、サシカイアはマサムネの呟きに応え、マリーの方に再び向き直る。
「……失礼しました。それで?」
「でも、余裕がないからって何もしないわけには行かない。ってな訳で、私が派遣されたのよ」
 話の腰を折られた事を咎めるでもなく、マリーは言った。
「正直、私一人で何ができるって訳でもなくて、ポーズ以上の何物でもなかったの。ヴァリスは友好国フレイムの為に動きますよ〜ってね。だから、こうやって重要な任務に同行出来るのは、こっちには渡りに船なの。ポーズがポーズだけじゃなくなって、実際に役に立てるわけだしね。フレイムにとっても、もともと考えていなかった戦力だから、こちらに同行しても何の問題もない。それにヴァリスのメンツも立てる事ができる。そう言う事なのよ」
「……なるほど」
 サシカイアは頷く。
「しかし、まだ、ヴァリスの国内は酷いんすか?」
 ベルが変わって、マリーに尋ねる。一応、先の赴任地。気になるのだろうか。
「酷いわね」
 マリーは顔をしかめた。
「どうにもこうにも、人が足りないのよ。騎士も神官も──そして王様さえも、先の戦いでいなくなっちゃったからね。残りの僅かな人間が大車輪で働いているけど、全然追いつかない状況よ。全く、今こそジハドの使い時でしょうに、最高司祭のジェナート様は何を考えているのか」
「ジハドの使い時っすか?」
「ええ、ジハドの使い時よ」
 ベル、マリーは揃ってうっとりとした顔になる。
 ああ、この二人は。
 サシカイアは額に指先を当てて頭痛をこらえる。
「……でも、今ジハドを使われたら、二人は参加出来ませんよね」
 それからふと思いつき、ちょっぴり、意地悪な気分になって言ってやる。
 そうしたら、二人とも顔色が変わった。
「そ、そうよ。今、私たちこんな所にいるし」
「そ、そうっすよ。駄目駄目っす。ジハドは無しっす」
 あわあわ狼狽える二人に満足しつつ、サシカイアはマサムネの方に移動した。


 船は無事に目的としていた場所に停泊した。そこで休憩を取り、夕方になるのを待って砂漠に踏み入った。砂漠に入るならば、日差しが和らいでからじゃないときつい。真昼の砂漠を進むのは自殺行為である。
 砂塵の塔には夜通し歩けば翌日の昼までに到着出来るらしい。船はその場で一週間ほど停泊してマサムネらの帰りを待っていてくれるそうだから、それまでに任務を済ませる必要がある。
 夜半まで歩いて、いったん休憩を取る。
 サシカイアが手早く食事の用意をする。と言っても、携帯食料を荷物から取り出しただけだが。
「何か暖かいモノが食べたいっすね」
 砂漠の夜は放射冷却で昼の暑さが嘘のように酷く冷え込む。ベルの言葉はもっともだった。
 だが。
「……贅沢は言わないでください。こんなところで火を使ったら、むちゃくちゃ目立ちますよ」
 砂漠には、炎の部族が巡回しているという。彼らに見つけられると事だ。マサムネが負ける、とは思わないが、いらぬ危険は避けるが吉だ。
「しかし、寒いわね」
 マリーがは〜っと、息を吐き出す。息は白く曇ってすぐ消えた。
「ほれ、こっちひっつけ」
 マサムネがサシカイアを引っ張って胸元に抱きしめる。
 む〜っと、思ったが、確かに寒いので、なされるに任せる。ベルとマリーも、両側からマサムネにひっついて、その外側から毛布で囲む。
「……この助平な手は誰のですか?」
 ここぞとばかりに体をまさぐってくる誰かさんの手を思い切りつねりあげながら食事を済ませ、歩いている方が暖かいだろうと、休憩はそこそこで切り上げて再び歩き始める。
 途中、砂走りと呼ばれる怪物の襲撃を受けたが、あっさりとマサムネが開きにした。
「凄いわね」
 と感心するマリーに、ベルが自分の勇者様っすからね、と我が事の様に自慢していた。
 あんまり凄いところを見せると、このままマリーがず〜っと付いてくる危険があるのだが、とサシカイアはチラと思った。が、すぐに諦めた。マリーのあの顔は、既に付いてくる気満々だ。もはや手遅れみたいだ。
 マサムネも、ヤれるいい女と言う事で、マリーが付いてくる事にもはや反対しないだろう。
 サシカイア一人が反対しても、もうどうにもならない。せめてもとサシカイアは、マサムネの前にこれ以上、マーファや、ラーダや、チャ・ザの神官が登場しない事を、心の底から願った。キチガイ神官は二人もいれば充分だ。これ以上は勘弁して欲しい。もはやロードスの宗教関係者に、全く欠片も期待していないサシカイアである。あるいは、六英雄の一人であるニースや、伝説のファリスの聖女フラウスも、危ない奴かも知れない。そこまで思ってしまうサシカイアだった。
 そのまま、途中で休憩を挟んだりしながら、歩き続ける。
 そうしている内に日が昇った。
 防寒用のマントを脱ぎ捨て、頭に白い布を巻き付けて、日差しに対する備えをする。もちろん、サシカイアの格好は基本的にメイドのままだが。
「なんだか、風が強くなってきたっすね」
 日差しが強まり、同時に熱気も激しくなってきた頃、ベルがつぶやいた。
 その言葉どおり、風が強くなっている。油断すると目に砂が飛び込んでくるので、酷く厄介だ。
「シルフが舞っているな」
「ええ」
 マサムネが言い、サシカイアが肯定する。精霊使いである二人の目には、舞い踊るシルフの姿がはっきりと見えている。
「そうなの?」
 精霊を見る事のできないマリーが、曖昧な表情で尋ねてくる。
「もうすぐ、砂塵の塔って事っすかね」
「そうだろうな」
 ベルの言葉に応え、マサムネは風の精霊、シルフに精霊語で話しかけた。
『お〜い、風の姉ちゃん達、少し風を弱めてくれないか?』
 声をかけると、シルフの一人がベルらにも見えるように姿を現した。その姿はエルフの女性の形を取っていた。その体は半透明、そしてその格好は裸で、マサムネがナイスだ、と呟くのが聞こえた。何でも良いのか、このケダモノめ。
『あなたの言葉、確かに聞きとどけました。しかし、私たちは盟約に従いこの地に侵入者を寄せ付けるわけには行かないのです』
 シルフの女性が先のマサムネの言葉に応えてくる。
「迷惑に従い?」
「……盟約です。ま、そっちでも間違いじゃないかも知れませんけどね」
 実際、迷惑だ。
 マサムネはくだらない冗談をサシカイアに言った後、再びシルフに話しかける。
『俺は、その盟約について、お前らの大将と話し合う為に来たんだ』
『それではあなたは、盟約者なのですか?』
 シルフの質問に、マサムネ、サシカイアの二人は首をかしげた。
 精霊語が分からないマリー、ベルの二人は、首をかしげっぱなしだ。
『よく分からんが、そう言う事で一つ頼む』
『いい加減な』
 サシカイアは慌てて口を挟んだ。
『その盟約者だかどうか、私には分かりません。しかし、是非ともあなた方の王様と話をしたいのです。何とか、お願いを聞き届けて頂けませんか?』
 シルフは、僅かに考え込んだようだ。
『それでは、王の裁定に任せましょう。守りを解きます』
 そのまま姿が薄れて消えていく。同時に、荒れ狂っていた風が嘘のようにやんだ。
「おお、マイリー様の奇跡っす」
「違うわ。ファリス様よ」
「……二人とも違います。シルフさんが風の守りを解いてくれたんですよ」
 なにやら言い合いを始めたベル、マリーをサシカイアが止め、一行は再び歩き始める。
 風がやんだせいで、今度は日差しが耐え難いほどになる。
 暑い暑い、もう帰る〜とか言い出したマサムネを宥めながら進み、一行の前に、一つの建物が姿を現した。
 半ば砂に埋もれるように立つ、質素な古めかしい塔。
「これが砂塵の塔っすかね?」
「……こんな所に塔を建てる物好きが、そんなに何人もいるとは思えませんが」
「確かにそうっすね。じゃあ、入るっすか?」
「……あ、まず私が」
 盗賊の心得があるサシカイアが、先頭切って入り口の扉に向かったベルを制して前に出る。
 罠を探り、扉の向こうの敵を探り、鍵を探る。
 罠は無し。
 扉の向こうに気配はない。
 鍵はかかっていない。
 しかし、扉は開かなかった。
「魔法の鍵みたいです。私には無理ですから、お願いします」
 マサムネに場所を譲る。盗賊は鍵開けの専門家だが、魔法の鍵ばかりは上手く行かない。魔法使いに任せるしかないのだ。
「いちいち面倒くさいな」
 マサムネが我が儘を言い始める。
「お前に古代語魔法を教えてやるから、これくらいできるようになれ」
「……良いですけどね」
 諦め半分でサシカイアは頷いた。
 手に職つけるのは悪い事じゃない。技術職は不況に強い。しかし。
「……どうせならば、神聖魔法を使えるようになりたいですね」
 そうすれば、リムーブ・カースで自分にかけられた呪いが解けるようになるかも知れない。
「考えるのは自由だが、お前、信仰心あるのか?」
「……ぐ」
 っと詰まる。
 ここのところ、ベルやマリーが聖職者であるという事から、神様にも信用がおけなくなっているサシカイアである。


 門には、かなり強固な魔法の鍵がかけられていたらしい。
 しかし、マサムネの魔力は尋常ではない為、酷くあっさりと解錠の魔法に成功し、一行は砂塵の塔の中に踏み入った。
 今回の仕事、本番はこれからである。