塔の中に待つモノは何?


 一行は塔の中に入る。
 意外にも中は広い。通路がまっすぐに10歩ほど伸びていて、扉があった。扉の前には瓦礫が転がっている。よくよく見ると、それはゴーレムの残骸らしいと知れる。カシューの話は聞いている。これは、彼が倒したモノ。情報どおりだ。
 このゴーレムの存在が、部族の悲願でありながらも、カシューがやってくるまで風の王を解放する事が不可能にしていたのだ。
 ゴーレムは、魔法で仮の命を与えられている怪物だ。そのため、魔法の武器でなければ傷を負わせる事ができない。今でこそフレイムには何本かの魔法の剣もあるが、それはカシューが集めたモノ。それ以前には存在しなかった。故に、この門番を突破する事ができなかったのだ。
「命令解除(ディスペル・オーダー)の魔法を使うって手もあるけどな」
「……そんな高レベルの魔法を使える人間こそ、滅多にいませんよ」
 今のロードスでそれが使える人間として思いつく名前は4人。6英雄の一人ウォート、賢者の学院を滅ぼした黒の導師バグナード、古代魔法王国の魔女カーラ。そしてマサムネ。使えると確信して言えるのはそれしかいないのだ。最近名前が売れ始めている北の賢者も、もしかしたら使えるかも知れないが、コレは確定ではない。あるいは、他に隠れているという可能性も皆無ではないが、隠れている、名前が知れていないだけに、発見するのは難しい。どちらにせよ、間違いなく魔法の武器よりも少ない。
 サシカイアが光の精霊を呼び出し、マサムネがライトの魔法をマリーのメイスにかけて光を確保した後、一行は壊れたゴーレムを横目で見ながら、扉をくぐる。
 扉の先は、祈りの間。がらんとした半円形の部屋で、正面奥の壁には祭壇があり、風の王、ジンを模した彫像があった。その脇には壊れたゴーレムと、何かの欠片。何か──おそらくは封印の壺。カシュー王は、これに封じられていたジンを解放したのだ。
 他に、部屋の左手には扉。その先に、塔の上に登る為の階段があるはずだ。カシュー王は目的を果たすとすぐに帰ってしまったので、コレより先の情報はない。カシュー王は全く、淡泊な事だ。
 サシカイアは部屋を見回し、外から見た塔の形と照らし合わせる。
「……多分、この部屋、右手にも空いた空間がありますよ」
「古代王国の宝でもあるかも知れないっすね」
「……一応調べます」
 サシカイアは壁に向かい、ざっと調べる。扉は、すぐに見つかった。
「……どうします?」
 目的は宝探しではない。だから、無用な危険は犯すべきではないと思うが、振り向いてマサムネに尋ねる。
「調べるぞ」
 マサムネは即答した。
「軍資金はいくらあっても良いからな。だいたい、こんな場所、二度と来たいとはお前だって思わないだろう。せっかくの機会だから、きっちり調べておくぞ」
「……分かりました」
 そう言う考え方もアリかとサシカイアは素直に頷き、扉を調べた。罠も、鍵もかかっていない様子だ。
 振り向いて一つ頷き、扉を押してやる。
 それだけで、扉は音を立てて開いた。
 サシカイアは用心しながら部屋の中をのぞき込み、すぐに大きく後ろに飛んで扉から離れた。
「……モンスターです」
 わらわらと半透明の青白い人間の顔が、部屋の中にいくつも浮かび上がっている。
「レイスね」
 マリーがその正体を告げる。
「触れちゃ駄目よ。魂を奪われるから」
「戦いっすね!」
 戦槌を構えてベルが弾む足取りで前に出るが、戦いにはならなかった。
 マリーの使った死霊返し(ターン・アンデッド)の魔法が、全ての死霊をあっさりと払ってしまったのだ。
「……何でこんな腐れ神官が、こんなに簡単に神聖魔法を使いこなせるんですか?」
 ぼそりと誰にも聞こえないように、サシカイアは呟いた。なんだか非常に納得がいかない。
 納得がいかなかった者はもう一人。
「何するっすか? せっかくの戦いだったのに!」
「悪かったわね」
 ちっとも悪いと思っていない口調でベルをいなし、マリーはサシカイアを目で促す。
 頷いて、サシカイアは部屋の中へ足を踏み入れた。
 部屋は、期待通りの武器庫のようだ。古びた木製の棚が並び、そこに錆びた剣やら鎧やらが分厚い埃をかぶって並んでいる。
「……一見、金目のモノはなさそうに見えますが。ここは魔法をお願いします」
 サシカイアはマサムネを呼んだ。
 マサムネは面倒くさいと言いながらも、応えて部屋にはいると、魔法感知(センス・マジック)の魔法を使った。これは名前の通りに魔法の存在を感知する魔法。古代王国時代の武器庫である。魔法の武器があっても不思議ではないと、期待したのだ。
 期待通り、いくつかの魔法の品が見つかった。
「意外に少ないな」
「……充分ですよ」
 部屋にあった魔法の品は、棚の横に人形のように立っていたプレートメイルとヒーターシールド、そしてブロードソードの一揃い。後は小剣と両手持ちの大剣の二本。さすがは魔法の品で、埃を払うと錆び一つ無い綺麗さだった。
 残念な事に、一行にとっては今更だったり使えなかったりする武器防具ばかりだ。鎧は女性がつける形をしておらず、体型に合わない。マサムネは魔法戦士であるから、金属鎧をつけると魔法を使えなくなるのでよろしくない。武器の方は、マリーを除く三人は既に魔法の武器を持っているし、マリーは剣は使えないとの事である。
「まあ、折角だからもって帰ろう」
 マリーにはいずれ魔法のメイスの出物があったら買ってやるよ、と伝え、マサムネが言った。
「……そうですね」
 持ち運びやすいようにまとめようとしたマサムネが、鎧を見て声を上げる。
「ん? コレってヴァンの作品か?」
「……ヴァン?」
 聞き覚えのある名前に、サシカイアは微妙な形に眉毛を動かした。
 サシカイアが常に着る事を強要されているメイド服。その作者がヴァンだ。有名で有能な付与魔術師だと言われているが、サシカイアにすれば諸悪の根元、変態魔術師だ。
「こいつもつまんない仕事をしているな。どうせ作るなら、魔法のナース服とか、チャイナ服とか、セーラー服、ジャンスカ、ブレザー、スク水それも旧タイプ、巫女服、スッチーとか、いろいろ有意義で役に立つモノもあったろうに」
 折角の魔法の武具ひと揃いも、マサムネに言わせるとぼろくそである。
 サシカイアには、ナースとかチャイナとか全然意味不明の単語だったが、一つだけはっきりと分かっている事がある。絶対にそのどれもが、ろくでもない格好の事だという事。きっぱりと確信していた。そしてそんなモノが二度と出てこない事を、心から祈った。それが出てきて困るのは多分自分だから、切実に願った。
 そのまま武器庫を後にし、逆側の扉を通って階段に向かう。
 塔の頂上を目指す螺旋階段を、罠を調べながらゆっくり登り、突き当たりの天井まで昇る。
 突き当たり、と見えたが、軽く調べると扉が見つかった。罠もなく、軽く押し上げるとあっさり開いた。
 そこからサシカイアは用心深く顔を出すと、引っ込めてマサムネに向き直る。
 どうやら、この先が目的の場所のようだ。
「よし、俺が行く」
 マサムネは気負いもなくあっさりと頷いて、サシカイアと入れ違って前に出る。
「……気をつけてくださいよ」
 サシカイアの言葉に、マサムネはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「心配してくれているのか?」
「……いえ、全然」
 何でこんな言葉をかけてしまったのか、自分でも上手く納得出来ない表情でサシカイアは否定する。
 マサムネはにやにや笑っており、なんだか無性に腹が立つ。
「……ちゃっちゃと行っちゃってください」
「一応、離れていろ。精霊界への門が開くと、いきなり突風が吹くかも知れないからな」
「……安心してください。言われなくてもたっぷり離れています」
「素直じゃないなあ」
 にやにや笑うマサムネに早く行けと乱暴に言い捨てて、背中をけっ飛ばしてやる。
 マサムネは笑いながら、扉をくぐって外へ出た。
「……それじゃあ、私たちは下へ降りましょう」
 ベル、マリーもなんだかにやにやしているのが非常にむかついたが、それには気が付かないフリをして下へ降りる。
 しばらく、無言で祭壇の間で佇む。
 しばらく、辛抱した。
 そして、辛抱し続けられなくなって、ついにサシカイアは口を開いた。
「……そのにやにや笑いをいい加減に止めてください」
「いや〜、素直じゃないっすね」
「そうね」
 二人は更に笑みを深めて頷きあう。
「……何がですスか?」
「若い若いっすね」
「そうね。若いってのも、なかなか良いわね」
「……だから、はっきり言ってください」
「いいんすか?」
「いいの?」
「……そうやってにやにや笑っていられる方がよっぽど気になります」
 焦れて、サシカイアは声を高めた。
「心配なら、はっきりそう言うっすよ」
「そうね、素直が一番よ」
「…………なんでそうなるんですか?」
 底冷えのする声で、サシカイアが反論した。
「……私は、全然欠片も全く完璧に、心配なんてしていませんよ?」
 二人は何も言わず、にやりと笑って、揃って肩をすくめた。


 マサムネはなかなか降りてこなかった。
 サシカイアは何故自分がこれほどいらつくのか理解出来ないまま、待ち続けた。
 多分、あの二人のにやにや笑いが気に障るから、いらついているのだと思う。きっとそうだ。そうでなくちゃイヤだ。
「しかし、遅いっすね」
「そうね、結構時間がかかっているわね」
 マリーが階段に続く扉を眺め、続ける。
「コレで戻ってこれないようなら、例の話はご破算ね」
 残念だわ〜と、首を振る。
「大丈夫っすよ。自分の勇者様っすからね」
 ベルの保証は、全く当てにできそうにない。
「今、酷い事考えたっすね?」
 じろりと、サシカイアは睨まれてしまった。何故分かる。
「……いえ、全然そんな事考えていませんよ」
「嘘くさいけど、まあ良いっす」
 ベルはちょっぴり不満げだったがそれ以上は追求せず、言った。
「何しろ、マイリー神の電波を受けて決まった、自分の勇者様なんすから、絶対大丈夫っすよ」
「あら?」
 それを聞いて、マリーが首をかしげた。
「本当にマイリー神の啓示を受けていたの?」
「どういう意味っすか?」
「ベルの事だから、ヴァリスの詰め所勤めがイヤで、誰でも良いやって適当に選んだとばかり思っていたわ」
 そんな事して良いのか?、とサシカイアはベルを見る。
 しかし、ベルは憤慨していた。
「マリーもたいがい失礼っすね。本当の本当に、自分はマイリー様の電波を受けたっす。いくら自分でも、あと三週間くらいは我慢したっすよ」
 三週間したら、本当にそう言う手段を取っていたかも知れないのか?、と冷や汗を流すサシカイア。対して、マリーはやっぱりという顔で納得している。
 それから、サシカイアの方にマリーは顔を向けた。
「それで、国盗りの為の具体的な話は、どの程度進んでいるの?」
「……それは──」
 とサシカイアが口を開きかけたところで、マサムネが戻ってきた。
「あ〜、疲れた」
 言って、マサムネはごろんとサシカイアの膝の上に頭を落として寝っ転がる。
「……何をするんですか。重いですよ」
「膝枕だ。疲れている主人をメイドならいたわれ」
「……誰がメイドですか?」
 否定しても説得力がない事を承知の上で、サシカイアは否定する。
 それでもマサムネがどこうとしないので諦め、サシカイアは尋ねた。
「……それで、成功したんですか?」
「何とか、盟約が既に無効だと納得はしてもらえた。ああ〜、力ずくが通用しない相手は疲れる」
 どうやらマサムネは本当に疲れているらしい。こいつが疲れるとは相当な事だ。
「取りあえず、少し休ませてくれ。帰るのはその後だ」
 言って、マサムネは目を閉じると、すぐに寝息を立て始めた。
「……重いんですけど」
 ぼそっと呟くが、もう聞いていない。
 仕方がないかと、サシカイアはマサムネの頭を軽く撫でる。
 ベルとマリーがにやにやした顔を向けていたが、なぜだかあんまり気にならなかった。