そして、両軍の最終決戦が始まった。
両軍とも小細工はほとんど無しで、正面からのぶつかり合いを選んだ。
奇策を打とうにも、砂漠という地形はあんまり向いていない。遮るモノが少なく遠くまで丸見えだから、何かしようにもすぐばれてしまう。
また、炎の部族は自らの戦力に絶対の自信を持っている。炎の部族の戦士達が、炎の精霊達の加護を受けて負けるはずがないと考えている。
カシューはその自信に真っ向から勝負を挑む事で、勝機を見いだそうとしていた。
フレイム軍からは、真っ先に砂漠の鷹騎士団が突撃をしていく。ヒルトの戦いでは、彼らは足を止めて敵の突破を防ぐ事のみに力を注いだが、今回は違う。彼らは槍を連ねて敵へ向かって馬を突進させる。その勢いのまま、敵に激突して打ち破り、分断する。騎士団、本来の戦い方だ。
砂塵を巻き上げて騎士団は進み、敵に向かう。
その先に、炎が揺らめいた。現れ出でたのサラマンダー。今回は出し惜しみなく、最初から投入するつもりらしい。
「出たな」
マサムネらヒノマル傭兵団は、第二陣の突撃隊に配置されていた。これは、魔法の武器や魔法の使い手達を集めた部隊で、対サラマンダーの為に特別編成された部隊である。また、マサムネには炎の王、イフリートを押さえるという役目も期待されている。
「なんか、魔法の剣をもらえたのは良いけど、危険な任務に当てられるんじゃあ、良かったのか悪かったのかわからないですよ」
タンカレーが気弱に呟く。
その背中をベルがどやしつける。
「何を弱気な事を言っているっすか! 手柄を立てるチャンスじゃないっすか! 大丈夫、死んでも自分がきっちり喜びの野に送り込んであげるっすよ!」
「……なんか、いつも同じ事言っていますね」
「神様に使える神官が、毎回違う事を言っていたら、それこそおかしいでしょう?」
呆れるサシカイアに、ヒノマル傭兵団に当たり前の顔をして参加しているマリーが言う。
言われてみればそうだと、サシカイアは納得する。戦いを言祝ぐマイリー神の神官が、戦え、戦うなと毎回違う事を言ったら、確かに変だ。信者も困るだろう。
だが、微妙に引っかかるのは、相手がベルだからだろうか?
「さあ行くぞ! ヒノマル傭兵団も突撃だ!」
マサムネが魔法の大剣をかざして叫ぶ。
傭兵達はそれに応え、真っ先に馬を走らせたマサムネ、ベルに続く。
「ベル、戦いの歌!」
「了解っす!」
ベルが、戦いの歌を高らかに歌い始める。傭兵達の心からおびえが消え、勇気を与え、冷静さを与える。傭兵達は高ぶり、しかし冷静さを失うことなく、最高のコンディションで敵と戦う事が出来る。例えベル自作の歌詞が腐れでも、その効果だけは確かだった。
その頃には、先陣を切った騎士団はサラマンダーの炎の洗礼を受けつつもその脇を通り抜け、炎の部族に槍を突きこんでいた。その槍の破壊力殺傷力は先の戦いの比ではない。先の戦いでは相手の勢いだけだったが、今回はこちらの突進の勢いも加わっている。炎の部族の兵士達は体を貫かれ、血をまき散らしながら馬上から転がり落ちる。
しかし、器用に穂先をかわした敵兵もいて、懐に飛び込まれると、やっぱり攻守が逆転する。
最初の激突で両者ともに大量の被害を出しつつも、彼らは剣を打ち合わせて戦いを続行する。切り、突き刺し、抉り──ただただ目の前の敵を倒す為に戦い続ける。それは、理性の欠片もない戦争の真実。凄惨な殺し合いだった。
そこへ、更に砂漠の鷹騎士団の第二陣、第三陣が向かっていく。サラマンダーが大量に向かってくるフレイム軍にひるむことなく炎をはき出し続け、大量出血を強いた。それでも彼らは数にものを言わせて、炎の部族の中へ切り込んでいく。炎の部族の統制は、少しずつ乱れている。
その頃には、マサムネらもサラマンダーを相手として戦いを始めていた。
マサムネがすれ違いざまにサラマンダーを一刀両断する。
すぐ脇にいた別サラマンダーがマサムネに炎を浴びせかけようと口を開くが、炎をはき出すよりも早く、その体に魔法のスローイングダガーが突き刺さり、形を崩して消えていく。
「ナイスだ、サシカイア!」
「……無茶はしないでください。こんなところで力を使い果たされても困ります」
マサムネにはまだ仕事がある。サラマンダー相手に張り切りすぎて、疲れてしまっても困るのだ。
「これくらいは平気だ」
言うが早いか、マサムネは別のサラマンダーに躍りかかり、やはり一撃でしとめている。
マサムネ麾下のヒノマル傭兵団の者達も、獅子奮迅の戦いを見せていた。ベルは戦いの歌を歌い続けながら戦槌を振り回してサラマンダーを叩きつぶし、タンカレーも魔法の剣を振るってサラマンダーと渡り合っている。逆に炎を浴びて馬から転落するモノも出たが、すぐに立ち上がって剣を振り上げる。味方にはマリーが耐火の魔法をかけているし、鎧の上から海水に浸したサーコートやマントを羽織り、炎に対する耐性をあげている。元々経験豊富で優秀な傭兵達である事もあり、そう簡単にやられはしない。
それでも、サラマンダーは数に限界がないのではないかと思えるほど、後から後からわき出してきて、ちっとも数が減ったような気がしない。
「ちっ、切りがないな」
「……でも、本隊が押していますから、もう少しですよ」
サシカイアはマサムネのフォローをしつつ、傭兵団全体に視線を巡らせている。正直、こうした戦争では自分の力は生かし切れない為、敵を倒すよりもそちらに力を入れるようにしていた。
「……ベルさん、無理はしないで戦いの歌に集中してください、マリーさんも、戦うよりもけが人に治癒魔法を使って、被害を減らす事を考えてください」
「わかったすよ〜♪」
「了解したわ」
ベルは歌いながら、マリーは素早くサシカイアの指示に応じる。
サシカイアの言葉どおり、フレイム軍本隊──突撃した砂漠の鷹騎士団は、莫大な被害を出しつつも敵の分断に成功しつつある。途中、敵の分厚い防御に押し返されかけたが、そこへ絶妙のタイミングでカシューの直属の部隊が突撃してからは、流れがはっきりとこちらに傾いている。
この状況をひっくり返す為に、炎の部族が執る手段。それは一つ。
「……出ました。前方二時の方向」
それは、炎の王、イフリートの召還。
戦場に一際高い炎の柱が立ち上がり、それはすぐに人の形になった。
「ヒノマル騎士団、突撃!」
マサムネがはっきりとイフリートを大剣の切っ先で指し示し、突撃を開始した。
「吶喊吶喊吶喊〜♪」
ベルが喜々としてその背に続く。傭兵達も遅れずに続いた。
「敵にかまうな。イフリートの所へ行く事を優先。そして、それからは俺を守れ!」
マサムネが立て続けに命令していく。
途中、立ちふさがった敵兵やサラマンダーだけを倒して、ヒノマル傭兵団は一気にイフリートの前に立つ。
『こい、イルク!』
イルク、それは風の王の名前。マサムネが砂塵の塔で聞いた、封印されていた風の部族守護神たる風の精霊王ジンの名前。
マサムネの精霊語の声に応え、戦場につむじ風が舞い、すぐに透き通った大男の姿を現す。これが、風の王ジン。
「……大げさに騒いでください。風の部族の守護神が、この地に降臨したと!」
サシカイアの叫びに応え、麾下の傭兵団の者達が大声を上げる。
その叫びはすぐに戦場全体に伝播して、風の部族の者達の士気を高め、炎の部族の者達にショックを与える。
「……マサムネを中心に半円陣を組んで! 敵をマサムネに近づけさせないで! ベル、マリーは半円陣の中、援護に専念して!」
これから先、敵の最大の攻撃目標になるものは分かり切っている。マサムネだ。
流石のマサムネも炎の王イフリートに対峙しながら風の王ジンの召還、現界での維持までこなすとなると、他に当たる余裕はなくなる。だから、傭兵団の戦力で守らなければならない。他の助けを期待出来るほどの余裕は、フレイム軍にない。
『炎の王、お前に勝ち目はない。だから、盟約のことは忘れて、ケツをまくってとっとと精霊界に帰れ』
マサムネの口の利き方は、こんな時でも普段と変わらない。無意味に偉そうで命令口調だ。
『盟約の事を忘れて、だと?』
やっぱり、イフリートの機嫌を損ねた様子だ。それでもマサムネに襲いかからなかったのは、その脇にジンが控えているせいだ。精霊王同士に優劣はない。イフリートとジンが正面からぶつかり合えば、両者の消滅を招くかも知れない。それも、現世からと言うだけではなく、精霊界でも姿を保てなくなるほど、完璧な消滅を。それが分かっているだけに、イフリートも慎重になっている。
イフリートが執った手段は、マサムネに絶え間ないプレッシャーを与え、疲労させる事。ジンを存在させる事が出来なくなれば、マサムネを燃やし尽くす事など容易い、そのように考えているのだろう。
マサムネの方も、ただ立っているわけではない。こちらもこちらで、イフリートにジンとともにプレッシャーをかけていく。イフリートとマサムネ、ジンの間には、目に見えないプレッシャーがどんどん高まっていく。
マサムネとイフリートの会話は続く。
『だいたいだな、もう、お前らが盟約とやらをかわしてから、500年も経っているんだよ。そんなけ経てば、世界も変わる。もう、かつてのように盟約を必要としていないんだよ』
『私を愚弄するか?』
ああ、こんな話し方をするから、砂塵の塔でもあんなに苦労したのだ、とサシカイアは理解する。もっと、普通に。精霊王の顔も立てるように話しかければ、苦労も少なくて済んだだろうに。
そんな事を考えながらも、サシカイアは矢継ぎ早に、麾下の傭兵達を叱咤し、指示を下していた。
敵も味方も、この近くに集まってきている。とにかく、イフリートもジンも目立つ。そして、その前に立つマサムネ。これを見れば、マサムネを守れば、殺せば──何とかなると皆が考えるのも至極当たり前の事だ。
傭兵達はよく戦い、敵の接近を阻んでいる。しかし、それもかなり限界が近い。マリーの神聖魔法による治療も追いつかない怪我を負う者も出てきたし、ベルの歌声も枯れ気味になってきている。
しかし、マサムネの方の「話し合い」は、未だ続いている。
何か、何か手はないか。
サシカイアは視線を巡らせ、それに気が付いた。
先刻まで空は晴天だった。なのに、どんよりとした雨雲が、空を覆いつつある。風の王ジンが解放された事により、まだまだ完全にと言うには遠いが、風と炎の砂漠に、水と大地の精霊達が戻って来つつある。その先触れか。
あるいは、アレで──
サシカイアの願いに応えるように、最初の一粒がサシカイアの額を叩いた。
来た。
雨が、戦場に降り注ぎ始めた。雲の大きさを見るに、さして長く降る様には見えない。しかし、それでも。
雨の中には、水の精霊の姿が見える。今ならば。
『……我が声に応えて来たれ、水の精霊王クラーケンがストロワヤ』
水がうねった。明らかに降り注いだ雨水以上の水が膨れあがり、サシカイアの横で渦を巻く。その渦はすぐに人型を取り、イフリート、ジンに匹敵する大きさの女性の姿をとった。水が形作る髪の毛の長い美しい女性、下半身は水の中に融けている。
周囲で敵、味方を問わず悲鳴に近い声が上がる。
その声が、サシカイアの頭を叩いた。
きつい。
正直にそう思う。僅かな水の精霊を手がかりに、強引に水の精霊王を呼び出したのだ。精神力を使い切る勢いで、何とか成功したが、余裕はほとんど無い。
『この地はずいぶんと久しいな』
水の王クラーケン、名はストロワヤが、精霊語で囁くように言う。
『それにイフリートにジン。ずいぶんとにぎやかだな』
『……水の精霊王ストロワヤよ、我が呼び声に応えてくださった事を感謝いたします』
『何、気にする事はない。汝の声には応える。それが、我が汝に名を教えた意味』
水の精霊王は視線を再びジンとイフリートに移す。
『それで、我は何をすればよい? 人の娘よ』
『……今はイフリートと対峙を』
サシカイアは言って、イフリートをにらみ付ける。
雨はすぐにもやむだろう。そうなれば、ストロワヤをこの地に呼び続ける事は出来ない。そうでなくとも余裕がない。
『……イフリートよ、盟約を解いて精霊界に帰りなさい』
サシカイアはイフリートに呼びかけた。頭、痛い。余裕は本当にない。だから言葉を選んでいる余裕もない。
いつの間に寄って来たのか、マサムネがサシカイアの後ろにいて、その体を抱きしめるように支えてくれる。
『形勢ははっきりしたよな。イフリート。すぐに盟約を解け。貴様も分かっているはずだ。二柱の精霊王を敵に回して、貴様に勝利する術はない事を。既にその価値を失った古き盟約に縛られて、消滅する事が望みであれば、その限りではないが?』
『その人の娘はずいぶん辛そうだな。さして長い時間、水の王をこの地につなぎ止める事は叶わぬと思うが?』
イフリートはそれでもまだ粘る。
不味い、本当に不味い。すぐにも意識を失いそうだ。
目の前が霞がかったように、ぼんやりとしてきている。サシカイアは唇を噛み締め、その痛みを借りて意識をつなぎ止めようとするが、さして効果があったような気がしない。
『だから、制限時間を区切らせて貰う。後五つ数える内。貴様に与えてやる猶予はそれだけだ。とっとと決断しろ1、2──』
マサムネは言って、数字を数え始める。
『3、4、5。さあ、どうする』
『……分かった』
ついに、イフリートは頷いていた。こちらに余裕がない。だから、すぐにでも躊躇無く殺る。それが分かったのだろう。
『新しき盟約を述べよ。その盟約に従おう』
『普通にしろ』
間髪入れずにマサムネが言った。
『何?』
『特にこの地に縛られることなく、炎の精霊として普通にしろ。それが新しき盟約だ』
『つまり、特別な事は何もするなと言うのか?』
『そう言う事だ。分かったらとっとと行け。邪魔だ。でかい顔してそこにいるな。鬱陶しい、すぐさま失せろ』
マサムネは早口で言って、しっしっ、と犬でも追っ払うみたいにして手を振った。
『不遜な人間よ。それほどその娘が大事か?』
『……っ』
マサムネは虚をつかれたように黙り、言った。
『ああ、俺の大事なメイドだ』
『ふん』
『なんだ、貴様、その馬鹿にしたような笑いは。マジで殺ってやろうか? てめえ』
『ここに古の盟約は解かれた。これより、抑制されていた水と大地が精霊を復活する。この地における正しき均衡に、全ては自然に帰る』
イフリートは尊大に宣言した。
『て、てめえ、ごまかしやがって。待てこら、消えるな!』
マサムネが文句を言っているが、イフリートはかまわず最後に盛大に燃え上がってその姿を消そうとしていた。
『さらばだ、人間よ』
『さらばじゃねえ。さっきの笑いの意味を説明しろ。この腐れ精霊め』
にぎやかだ、非常ににぎやかだ。
しかし、言葉はサシカイアの耳を通り抜けていく。疲れた、頭が働かない。だが、もう、耐えなくて良いのだ。
『……ありがとう、ストロワヤ』
『ふむ。礼を言うような事はしておらぬがな。では、さらばだ、また会おうぞ、人間の娘よ』
水の精霊王の姿も崩れて、ただの水となって盛大な飛沫をあげる。水はすぐに、砂漠の乾いた土に吸い込まれて消えた。
『それでは私も帰るとしよう。さらばだ。人間よ』
風の精霊王も言って、竜巻の中に融けるようにして消えていく。
ああ、終わった。少なくとも自分の仕事は終わった。終わって無くても、もう終わりにする。限界だ。
サシカイアは必死でつなぎ止めていた意識を手放し、マサムネの腕の中に体を預けた。