気が付いたら戦いは全て済んでいた。
目を覚ますと、ベッドに一人。
あれ?、と、首をかしげながらサシカイアは体を起こした。どこだ、ここは?
部屋を見回し、フレイム王国、王城アークロードの一室らしいと推測する。と言う事は、戦争は終わったのか?
と、考えて、それに気付いてぎょっとする。
ベッドの脇に、マサムネが突っ伏すようにして眠っている。
ぎょっとしたサシカイアの動きに目を覚ましたのか、マサムネが小さくうめいて体を起こす。
「……おはようございます」
何となく、サシカイアは挨拶をした。
「ああ、おはよう」
マサムネは反射的に応じ、それからサシカイアの方に身を乗り出してくる。
「大丈夫か? 痛いところはないか?」
「……ぐっすり休ませて貰ったみたいで、変なところはなさそうですが」
サシカイアはちょっぴりびびって身を引きながら、頭を軽く振ってみて確認。大丈夫だ。
「…………もしかして心配してくれていたとか?」
その言葉にマサムネは応えず、サシカイアにのし掛かってきた。
「……え? ええっ?」
「……病み上がりの人間をいきなり押し倒しますか? 普通」
サシカイアは文句を言うが、マサムネは全く堪えた風でもない。
サシカイアが寝ていたのは丸一日。その間に、重要な戦後処理は終了していた。
あの後、すぐに戦争は終結したらしい。イフリートの存在がなければ、優勢に戦いを進めていたのはフレイム軍の方。ごく妥当な結果として、フレイム軍勝利で終わった。
炎の部族族長ナルディアは、敗北を認めて降伏するように部族の者達に伝えた。
カシューはそれを受け、これからはともに手を取り合って生きていこうと宣言。自由騎士パーンの言葉に答えた格好だ。
その後、カシューは風と炎の部族の融和の象徴として、妻に迎えようと考えているとナルディアに伝えた。確かに血を交える事によって対立してきた部族を一つにまとめていく、と言うのはよくある事だろう。カシューの判断は、間違いではない。
が。
「カシューの奴、ふられやがった」
マサムネは露骨に嬉しそうに言った。
ナルディアはそれを拒否、まだ炎を上げていたイフリートの残骸に身を投げて、自殺した。
「やっぱり、カシューがむっつりだって事を見破られたんだぜ、きっと」
「……何でそんなに嬉しそうなんですか?」
「人の不幸は密の味だろうが?」
「……人間が腐ってますね」
サシカイアはさらっと言って、炎の部族の女族長の事を思った。
もちろん面識はない。話した事は当然ないし、顔だってろくに知らない。
しかし、女の身で一族を率いて戦ってきた苦労は、どんなモノだったのだろうか?
「しかし、俺も元々の目的はナルディアとやる事のはずだったのに、いろいろ騒いでいる間に、その機会を失っちまったな」
「……本気で人間腐ってますね」
しんみりと考えていたところを、ろくでもない声に遮られ、サシカイアは頭痛を感じつつぼそりと言った。
「御主人様に向かって生意気な事を言う口はこれか?」
「いひゃい。いひゃい」
むに〜と、口の両側を引っ張られ、サシカイアは涙目になる。
「まあ、今回はこれくらいで許してやろう」
「……」
口を押さえながら、じとっとした目でサシカイアはマサムネをにらみ付ける。しかし、マサムネは何処吹く風だった。
「とにかく、お前が起きたら、すぐに皆に報告する事になっていたからな。そろそろ行動するぞ」
「……すぐに報告?」
何処がすぐですか?、とサシカイアはマサムネにつっこみを入れる。
既にサシカイアが気が付いてから、ずいぶんな時間が経っている。
「気にするな」
「……あなたはもう少し気にしてください」
文句を言いながら、いつものようにメイド服を身につけていく。
どうやら、戦い終わってマサムネとサシカイアの二人は、フレイムの英雄になっていたらしい。
謁見の間では満面の笑顔のフレイム重臣達に出迎えられ、そのほか、侍女や騎士達、文官その他にもいちいち声をかけられて感謝される。
メイドに身をやつした暗殺者、なんて人生を歩んできていたサシカイアは、これほど注目を集めることに慣れていなかった。だからなんだか非常に落ち着かない。
マサムネは鷹揚に、俺様が英雄なのは当たり前の事だ、ってな態度で対応している。元々素で偉そうな人間だから、こうした状況も平気なのだろう。
もう一つサシカイアを落ち着かない──あるいはいたたまれない気分にさせたのは。
「彼女が勝利のメイドさんよ」
サシカイアを見た侍女が、同僚とともに小声で囁いているのが聞こえた。
「いや、本当に美しい勝利のメイドさんだ」
騎士がやっぱり同僚と話している。
「ありがとうございます、勝利のメイドさん」
いきなり、握手を求められた。
「いや〜、勝利のメイドさんが来たっすよ」
傭兵団の詰め所では、ベルにまで言われた。
「……何なんですか、それは?」
「フレイムの勝利に貢献した、勝利の女神ならぬ勝利のメイドさん。あなたはフレイムでは一躍大人気よ。下手をしたらマサムネ以上に有名かも知れないわね」
マリーが笑みをたたえて、教えてくれた。大変ね、なんて言っていたが、絶対に事態を楽しんでいる顔だ。
「戦場に咲いた、一輪のメイドさんとか言う人もいますね。この傭兵団も、だ〜れもヒノマル傭兵団とは呼んでくれませんね。あのメイドさんのいる傭兵団とかよく言われますし、正式名称がメイド傭兵団だと思っている人間も、少なくないみたいです」
タンカレーが僅かに苦笑しながら言った。
「……何なんですか、それは!」
サシカイアは悲鳴を上げた。
その夜、アークロードでは宴が行われた。勝利の宴、と本来はなるところだが、これから融和政策をとっていく炎の部族の事を考慮して、両部族が手を取り合って進んでいく、その記念の宴である、とされていた。
所詮、実質は勝利の宴に違いないが。
サシカイアは当然のごとく、出席を望まれた。
「……お願いですから、違う格好をさせてください」
「駄目」
マサムネに必死の思いで懇願したのだが、あっさりと一言で却下され、やっぱりメイド姿だった。
その方が絶対に受けが良いとマサムネは言うが、サシカイアは別に受けたくなかった。静かに壁の花をしていたい。本心からそう思っていた。
宴は立ち食い形式のモノで、鳴り物やダンスは控えめの、会食主体のモノだった。
メイド姿で登場したサシカイアは、盛大な拍手と歓声で迎えられ、酷く戸惑った。その後は握手責め、質問責め。中にはいきなりプロポーズをしてくるフレイム騎士もいたりして、開始早々にぐったりと疲労してしまった。
マサムネに助けを求めようと思えば、こちらは開始早々にどこかの誰かと消えてしまっている。マサムネも英雄、モテモテで選り取り見取りである。この男がそうした状況で躊躇うはずがない。
胸の内でマサムネを罵りながら、表情には笑顔を貼り付けてにこやかに対応する事しばし。
サシカイアが疲れ果てているのを見かねたのか、カシューがやってきて救い出してくれた。まだまだ質問、握手をしたがっている人間は多いが、流石に王様の前ではと遠慮してくれたのは幸いだった。
「大人気だな」
カシューはこっちの気持ちを分かっている上で、楽しそうに笑っていった。
「……ありがとうございます」
サシカイアはいったんお礼を言い、すぐに言い直した。
「……実はあんまりありがたくありませんが」
その後、サシカイア程ではないが人気を集めていたベル、マリーも救い出して合流する。
「いや〜、ホッブ司祭のあの顔は見物だったっすよ」
どうやら、マイリー司祭との念願の再会を果たしたらしいベルが、本当に楽しそうに笑う。
「あいつ、自分に勇者がいないのを凄く悔しがっていたっすからね。その内焦って変なのに引っかかるかも知れないっすよ。そうなったら、盛大に笑ってやるっすよ」
けっけっけ。ととても聖職者には見えない邪悪な笑いをする。
「おかしな焚き付けをしてくれるな。ホッブ司祭はフレイムにとって必要な人間なのだからな」
「あの男に期待しても駄目っすよ。なにしろ自分みたいな優秀でプリチーなマイリー神官を、神殿から追い出してくれやがった奴っすからね」
酒も入っているのか、ベルはけたけたよく笑う。
やれやれ、とカシューは肩をすくめて、まだまだきまじめな態度を崩していないマリーに向き直る。
「ヴァリスの助力も、本当に助かりましたよ」
「私も、そう言われると助かります。本当は欠片も役に立てないところだったから、マサムネには感謝しているわ」
「……何故、私の方を見るのですか?」
「別に」
マリーは言って、グラスを傾ける。
「マサムネか。そう言えばあいつは何処に行ったんだ? 先刻から見かけないが」
サシカイアは問われて、視線を宙に泳がせる。
「……あ〜、あの男が、今回のようなチャンスを逃すわけがないと、まあ、そう言うわけです」
カシューは僅かに考えて思い当たり、顔をしかめた。
「またか?」
「……またです」
やれやれと、カシューは首を振る。
「お前も大変だな」
「……ええ、ものすごく」
サシカイアは力強く肯定した。
その様子を見たカシューは、そう言う意味ではないのだが、と口の中で言葉を濁した。
「……でも、これからが大変ですね」
サシカイアは宴の中を見回して、呟くように言った。
笑いさざめくフレイムの、風の部族の人間達。
その談笑の輪から外れ、会場の隅っこで身を寄せ合い、小さくなっている炎の部族の人間達。
二つの部族の融和は、まだまだ遠い。初めの一歩を踏み出したばかりだから当たり前の事だが、先はずいぶんと長そうだ。
「確かに大変だ。だが、それだけにやりがいがある」
カシューは本気でそう思っているのだろう、はっきりとした口調で、しっかりと頷いた。
「……あっちには私、相当に恨まれているみたいですね。凄い目で睨まれましたし」
つい、愚痴をこぼしてしまう。いい加減ストレスも溜まって、堪えきれなかった。
「それは仕方のない事っすよ」
答えてくれたのはベル。
「戦えば、勝者も出れば、敗者も出る。それが世界の理っすからね。だから、戦いは常に正々堂々、全力を出し切り、自分に恥じる事がないようにしなければならないっす。勝利して負い目を感じる無く、負けても納得が出来るように。そして、戦いを通して自らを高める事が出来ると来れば、最高っすよ。──なかなか、そんな風に上手くは行かないっすけどね」
「あら、まるでマイリー神官の様な事を言うのね」
マリーが茶化してすかさずベルが怒る。
「自分は正真正銘のマイリー神官っすよ」
サシカイアは二人のやりとりを背に、窓の外に視線を向けた。
戦いが終わり、灯火管制の解かれたブレードの街は、今までの鬱憤を晴らすかのように盛大に灯を点している。街の方では露骨に戦勝の騒ぎが行われていて、かすかにそのざわめきが城まで届いている。ヒノマル傭兵団の者達は、今、そちらで騒いでいるはずだ。マサムネは予定よりも多く貰った報酬の中から維持費だけ抜いて、残りのほとんどを傭兵達にばらまいたから、彼らは大喜びして街へ繰り出していった。おまけに、彼らヒノマル傭兵団の人間もまた英雄だから、きっとちやほやされている事だろう。
「ところで、お前達は──マサムネはこれから何をする気だ?」
カシューがサシカイアの方を見て尋ねてきた。
ああ、またあの目だ。
マサムネがメテオの魔法を使ったとカシューに威張った時に、一瞬だけ向けたあの視線。今度は隠すことなく、サシカイアに向けてきている。
嘘を付くか?、いや、そんな事をしても、相手はカシュー、見破られるか?
葛藤は一瞬で無になった。
「自分の勇者様は国を盗るっすよ」
ベルがきっぱりはっきり答えてしまったのだ。
「国を?」
カシューはまじめな表情になって考え込んだ。冗談ではなく、本気の話だと理解している。
そちらを見つめるサシカイアの視線の先で、カシューは笑って見せた。
「残念だな。あいつには是非ともフレイムに仕えて欲しかったんだが」
「……宮仕えには致命的に向いていませんよ」
サシカイアも、笑顔を作ってカシューに向けた。
3日後、ヒノマル傭兵団はフレイムから旅立った。
ファリス神殿から暇を貰うつもりのマリーを伴い、いったんヴァリス国に向かう。彼の地でも、戦争に参加するかも知れないが、今のところ予定は未定だ。
フレイムの王城、アークロードが見えなくなった地点で、サシカイアはマサムネに馬を寄せていった。
「……カシュー王は、あなたをかなり警戒していますよ」
「知ってる」
マサムネは、あっさりと応じて言った。
「あいつは間違いなく、俺の敵になるよ」
その言葉は、どこか楽しそうにも聞こえた。