久しぶりのライデン。
マサムネ率いるヒノマル傭兵団は、ヴァリス、モスと大回りをして、再びライデンの街に戻ってきていた。
途中、ヴァリスではマリーがファリス神殿で侍祭の地位を返上。ほとんど一方的に神殿から離れて活動する事を告げると、そのままの足で、本格的にヒノマル傭兵団へ合流した。
その後、道中いくつかの仕事もこなし、フレイムでの戦いほど大がかりなモノは無かったが、その全てに勝利した。小規模な戦闘になれば、まさしくマサムネの独壇場。そのデタラメな戦闘能力で敵を圧倒出来るから、これは当然だろう。
それでも被害は皆無とは言えず、幾人かが犠牲になった。戦争をやっていれば仲間の死は仕方のない事である。主要なメンツ、団長であるマサムネはもちろん、サシカイア、ベル、マリー、タンカレーと言った顔が欠ける事はなかったから、充分許容出来る範囲内だった。
そして、それ以上の新規入団もあった。
ライデンに帰還した時には、ヒノマル傭兵団の総数は50人を上回っていた。
ライデンに帰ったサシカイアは、短い休息の後、必要物資の買い出しに出かけていた。
と言っても、実際に買い物するわけではなく、トリスとの交渉である。トリスは、いつの間にかヒノマル傭兵団の専属商人の様になっている。良質の品を、抑えた値段で売ってくれるので非常にありがたい。おまけに本職の商人。サシカイアが個人で飛び回って品を揃えるよりも、格段に仕事が速いし確実だ。
ふと疑問に思って、何故そんな風に良くしてくれるのか、サシカイアは質問してみた。トリスの依頼をマサムネが受けたのが縁の始まりだが、これほど友好的に接してくれる理由になるとは思えない。
「マサムネさんとは、長く取引をしたいと思っていますからね」
トリスは人のよい顔に、笑みを深めて言った。
マサムネと長い取引。凄い度胸だ。
「マサムネさんは金払いが良いですからね」
確かに、マサムネは金持ちである。フレイムにおける戦いの報酬もかなりのモノだったし、その後の仕事でも結構な額を稼いだ。その内の大半は気前よく配下の傭兵達にばらまいているが、それでも傭兵団の経営に困っているわけではない。その上、エイブラとシューティングスターの莫大な財宝は、まだほとんど手つかずで残っている。相変わらずの置きっぱなしだ。個人としては、ロードスで一、二を争う金持ちかも知れない。ライデンの豪商だって目じゃないだろう。
「……それでも、あんまり信用出来る人間じゃないと思いますが」
「そんな事はありませんよ」
トリスは苦笑する。
「少なくとも、料金はしっかり払ってくれますからね」
では、何故ぼらないのだろうか。
マサムネは金があるし、基本的に大雑把な人間だ。少しくらい値段に上乗せして請求しても、何も考えずに払ってくれるだろう。
そう告げると、トリスは首を振った。
「いえいえ、マサムネさんはアレで結構油断が出来ない相手ですよ。私がそんな真似をしたら、即座に切り捨てて、別の商人を捜すでしょうね。その辺り、容赦ない人ですから。──特に男には」
切り捨てる、と言っても実際に剣で切って棄てるのではない。取引を中止する、と言う意味だ。
「……やっぱり、買いかぶりすぎだと思うのですが」
サシカイアは買い物をした後、きちんとマサムネに報告している。その報告を、マサムネは面倒くさそうな態度でいい加減に聞き流しているような気がしてならない。とてもではないが、いちいち取引の値段に拘っているようには見えないのだ。
これにはトリスは苦笑するだけで済ませた。
それにしても。
サシカイアは落ち着かなく周りを見回した。
なんだか、以前とはライデンの街とは様子が変わっているように感じる。
こうやって問屋街でトリスと話をしていても、街を歩いていても、なんだか視線を感じる。
いや、視線を感じたのは以前からの事か。何しろ、メイド姿で街を行く人間は結構珍しいから。否応なく、視線を集めてしまっていたのは以前から。
しかし、なんだか以前とは視線の種類が変わってきているような気がするのだ。
以前は、変なモノを見る目を向けられて、非常に悲しい思いをしたモノだ。
今も、やっぱりそう言う視線は少なからずあるが、なんだか、別種のモノも増えた。
それは、憧れだったり、激励だったり──あるいは嫉妬? なんだか、よく分からない視線が増えた。
それをトリスに話すと、驚いたようだった。
「ご存じなかったんですか?」
「……と言う事は、トリスさんはご存じなんですね」
教えてくださいと水を向けると、トリスはきょろきょろと辺りを見回して、すぐに視線を固定した。
そこには、吟遊詩人がいた。
道の脇に台を置き、その上に立って楽器を奏で、物語を歌い、道行く人から報酬を得る。報酬は強制ではない為、それなりの実力がないと、人が集全然まらなかったり、全然金を落としてもらえなかったりと、稼ぎにならなくて悲しい思いをする事になる。街で営業する人ばかりではなく、中には酒場の専属になっている吟遊詩人もいる。現在利用している宿屋の一階で営業している酒場にも、専属の吟遊詩人がいたはずだ。
今、視線の先にいる吟遊詩人はそれなりの実力者なのか、結構な人数が集まっている。
「……あれが何か?」
「まあ、とにかく聞いてみてくださいよ」
トリスににこにこと微笑みながら言われ、素直にサシカイアは吟遊詩人の声に耳を傾けた。
そのサシカイアの顔が耳まで真っ赤になるのに、たいした時間は必要なかった。
「……何なんですか、あれは?」
珍しく宿屋の部屋にいたマサムネに、開口一番サシカイアは尋ねた。
まだ、頬に赤みが残っている。あれから、トリスの元を逃げるようにして辞して、そのまままっすぐ、サシカイアはここへ戻ってきた。戻ったというのは、サシカイアは当たり前のようにマサムネと同室になっているからだ。いつものようにサシカイアの意志は無視されて。
「アレって言うのは何の話だ」
「……吟遊詩人ですよ」
「聞いたのか?」
「……聞きました」
「勇気あるなあ」
マサムネは心底から感心したように頷いた。
「俺はさわりだけで背中が気持ち悪くなったぞ」
「……私だってさぶいぼが出ましたよ」
サシカイアはそれを証明するように、二の腕をさすった。
「で、その吟遊詩人がどうした?」
「……どうしたもこうしたも無いですよ。何ですか。あの内容は?」
「マサムネ様の大活躍を称える歌じゃないか」
しれっと悪びれず、マサムネが言う。
そう、吟遊詩人の歌っていたのは、フレイムにおけるマサムネの物語調にして、その活躍を称える歌だった。
「最近のロードスは暗い話題が多いからな。新しい英雄様の誕生に、みんな大喜びで、人気が高いみたいだぞ」
「……捏造てんこ盛りじゃないですか」
「あれくらいは脚色の範囲内だろう?」
等というマサムネを、無言で否定する。アレは、そんな生やさしいレベルじゃない。
何しろ。
吟遊詩人の歌の中では、マサムネは高潔な人物として歌われている。何でも、彼は混迷するロードスの現状に憂いて立ち上がった義の人で、高い徳を持ち、苦しむ民衆の為に戦っている正義の勇者。
何処の誰だ、一体それは。
真実を知っているサシカイアにしてみれば、同じ名前の別人としか思えない。
しかも。
その物語の中には、彼を慕う美しきメイドの少女が出てくるのだ。そのメイド少女の名前はサシカイアで、彼女は心からマサムネの事を崇拝し、献身的に彼の為に尽くしている。そのけなげさに、多くの聞き手は感動していると言う。
何処の誰だ、一体それは。
サシカイアが視線を集めてしまっていたのは、それが理由だ。元々、メイド姿で出歩いて目立っていたから、そのサシカイアが彼女の事だと分かってしまう人間も少なくない。いや、あのサシカイアとこのサシカイアは断じて別人だが、とサシカイアは拳を握りしめる。
「トリスの奴、メイド服を大量に仕入れて売りに出したら、結構な稼ぎになったって言っていたな」
マサムネが笑いながら言う。
そう言えばとサシカイアは、以前は町中でほとんど見かけなかった、メイド姿の人間を見かけるようになった事を思い出す。しかし、流石に商人、なんだか抜け目がない。
じゃなくて。
「……誰かが背後で糸を引いているそうですね」
「トリスの奴がばらしたのか?」
やっぱりか。
捏造てんこ盛りだが、関係者以外は知らないような実話も、いくらか混じっていた。なんだか異常に事情に詳しかったりしたから疑問に思って、サシカイアはカマをかけたのだ。
「……で、どういうつもりですか? ライデンに空前のメイドブームを起こそうって言うんですか?」
だとしたら非常に病んでいる。元々メイド服に対する拘りは病的なモノがあったが、これではサシカイアの想像以上に病んでいる。
「そんな間抜けな事するかよ」
少なくない金を使っているんだ、と、マサムネは否定した。
「俺の目的は何だ?」
「……ライデンの花街制覇」
サシカイアは即座に答えた。実際、マサムネがライデンに戻ってきたその足で向かったのは花街だ。
「それも、確かに重要だが、他にもあるだろう」
「……ブレードの花街制覇」
「だから、それじゃなくて」
「……ロイドの花街制覇」
「分かって言っているだろう、お前」
じろりと睨まれ、サシカイアは諦めてそれを口にした。
「……国盗り、ですか?」
「そうだ」
マサムネは力強く頷く。
「その為の下準備の一環だ。宣伝活動だな、要は」
聞けばわざわざライデンの盗賊ギルドに金をやって、吟遊詩人にマサムネらの活躍を歌わせるようにし向けたらしい。ライデンの盗賊ギルドにしてみれば、十分な報酬をもらえるのならばその程度は安いモノ。もともと、ギルドと金払いの良いマサムネの間は友好的なので、ますます問題がなかった。聞けば、ライデンの町だけではなく、ロードス中へギルド所属、盗賊兼業の吟遊詩人達が派遣され、マサムネの活躍をせっせと広めているらしい。
あのサシカイアが、ロードス中の人間に広められてしまう。
サシカイアは心からの絶望にとらわれ、がっくりと肩を落とした。
「内容については、俺はあんまり口出ししていないぞ」
「……あんまり、ですか?」
何処まで信用できるやら、とサシカイアは冷たい瞳でマサムネを見る。
「……しかし、本気で考えていたんですか? 国盗り」
「当たり前だろう。俺は本気の国から本気を広めに来た本気の王子様くらい、本気で国盗りを考えているぞ」
何処の王子様だ、一体。
「……そんな事、本当に出来ると思っているんですか?」
「カシューに出来て、俺に出来ない事はあるまい?」
「……充分あると思います」
確かにカシューは一介の傭兵からフレイム国王になったが、そんなうまい話がそうそうあるとは思えない。確かに、マサムネの力は尋常じゃないが、国を盗るとなればそれだけでは足りないと、サシカイアは思う。
「吟遊詩人達に歌われる、あのけなげな俺のサシカイアは何処にいるんだ?」
「……そんな人は何処にもいません」
大げさに嘆いてみせるマサムネに、サシカイアはにべもなく告げる。
「まあ、冗談はさておいてだ」
マサムネは、ちょっとだけ、真剣な顔になった。
「今のロードスの状況ならば、十分に可能だと思うぞ」
「……本気で言っているんですか?」
「ああ」
マサムネはしっかりと頷いた。
ああ、本当に本気で考えている。と、サシカイアは嘆息した。残念な事に、ギアスの魔法で縛られているサシカイアは、マサムネと袂を分かつ事が出来ない。どれだけ無茶だと思っても、マサムネがやるとなれば、付き従うしかないのだ。覚悟を決めるしかない。
「……それで、どの国をとるつもりなんですか?」
別にそんな必要はないのだが、サシカイアは若干、声を潜めて尋ねていた。
「カノンだ」
マサムネは、きっぱりと言った。