おかしな人間は、宗教関係者だけに限らない。


 魔法使いの女性、カルーアに席を勧め、面接を開始する。
 カルーアの魔法使いとしてのレベルを測ったところ、楽々と導師級以上の実力があるらしい。待った甲斐があった。これこそ待望の魔法使いだ。と、マサムネは無邪気に喜んでいたが、その視線を見ればカルーアの胸に注目している。何を喜んでいるのやら、だ。
「……しかし、何故、ウチの傭兵団に?」
 用心深く、サシカイアは尋ねた。
 マサムネは既に雇用する気満々だが、サシカイアは即答する気にはなれなかった。レベル的には充分大丈夫だが、最近、いろいろ変な奴を見てきたので、その人間性を自分で確認するまでは気楽にオッケーサインは出せない。どうせ最終的な決定権を持つのはマサムネだからはかない抵抗だが、だからと言って譲る気にもなれない。
「あの〜。私の師事していたお師匠様が最近お亡くなりになりまして、その結果、お師匠様の財産は没収されるしパトロンは皆引き上げられてしまうしで〜、最近では研究資金にも事欠くようになってしまったんですよ〜」
 求人の張り紙の、高給優遇の部分に惹かれてきたらしい。
「どころか〜、最近は食事にも事欠くようになりまして、このままでは、ちょっと不味いかな〜、って思っていた矢先に、こちらの求人広告を目にしまして〜、お願いしてみようかな〜、と言う気になりました」
 言葉どおり、食事に事欠いていたのは確からしい。テーブルの上にあったつまみを、食べて良いという許可を出したとたん、猛烈な勢いで食べ始めている。それを見かねたマサムネが更に追加注文を出して、それも綺麗に平らげ、ようやく人心地付いたみたいだ。
「……ほっぺにおべんと付いてますよ」
「ああ〜。あれ〜?」
 カルーアは自分の顔をつるりとなで回す。
「あの〜。何処まで話しましたか?」
「……求人広告を見て、お願いしてみようかな、って所までです」
 あんまり記憶力良さそうに見えないのに、本当に高レベルの古代語魔法が使えるのか?、とサシカイアは内心で首をかしげながら、尋ねた。
「しかし、何故、ウチなんですか? あなたの言葉を信じるなら、その能力は導師級以上。何処の王宮に行っても、好待遇で取り立ててもらえると思いますが」
 そうだ、変だ。
 自分で口にしながら、サシカイアは確信していた。
 今は魔法使い不足の世の中だ。フレイムは言うに及ばず、そう言えばヴァリスだって、宮廷魔術師をやっていたエルムが、先のマーモとの決戦で命を落としている。アラニアは元々賢者の学園が存在した地という立地条件の良さもあって比較的魔法使いは多いが、アスモン伯の方はともかくラスター公側の魔法使いはとある事情で上位陣全滅の酷い事になっているから、こちらも魔法使いを求めているだろう。カルーアのレベルがあれば、何処へ行ってもやっていけるはずなのだ。
「ええと〜。私の魔法、正直評判悪いんですよ〜」
「……は?」
「私が専門で学んでいる魔法は死霊魔術と呼ばれるモノで〜、なんだかずいぶん評判悪いんです〜」
「……死霊魔術?」
 ちょっぴり、サシカイアの声が裏返った。
 同じく古代語魔法の使い手と言っても、いくつかの系統がある。例えば、サシカイアのメイド服に代表されるような、武器や防具に魔法の力を付与させたり、マジックアイテムを作る事を専門とする付与魔術。精霊を古代語魔法の力によって使役する事を専門とする四大魔術。異界より魔神などを呼び出して使役する召還魔術、等々。それぞれの研究するモノも違えば、得意とする魔法も異なってくる。──もっとも、古代魔法王朝の崩壊とともに多くの魔法が失われ、現在では専門といえるほど大した魔法を使えるわけではなくなってしまっているのだが。
 その中で、死霊魔術と言えば、死者を操り命を弄ぶと言う類のモノだ。
「死霊魔術? 邪悪ね」
 マリーがぼそりと言う。一般的な死霊魔術のイメージは、まさしくマリーが言うように、「邪悪な魔法」だろう。
 それをカルーアは聞きとがめた。
「邪悪って、まるでファリス神官のような事を言いますね〜」
「ファリス神官よ」
「え?」
 濁音が付きそうな「え」と、カルーアは変な声を出す。それから、おそるおそるといった風に尋ねる。
「あ、あの〜。失礼ですが、お名前は〜?」
「マリーよ」
 素っ気なく言ったマリーの返答に、カルーアの顔色が変わった。
「血まみれマリー!」
 有名人だ。と、マリーに視線が集まる。
 カルーアはあわあわあわと慌てふためき、椅子から落っこちてしまった。胸だけではなく、お尻も大きいみたいで、結構な音がした。そのまま、腰が抜けたみたいにしてお尻を床に着けたまま、ずるずるずると後じさる。
「懐かしい反応よね」
 頬にそっと手を寄せ、過去を憧憬するような瞳になってマリーが呟いた。
「……そんなセピア色の思い出を懐かしむような顔になる事じゃないと思いますが」
 サシカイアは呆れ混じりに突っ込む。
「わ、私は、邪悪じゃありません。で、ですから、なにとぞ御慈悲を〜」
「……大丈夫ですよ。今のマリーさんはそんな事しませんから」
 サシカイアは簡単な話しか聞いていないが、カルーアのこの怯え様を見るに、どうやら相当に凄かったらしいぞ、とマリーを見る。
「ほ、本当ですか?」
 がたがたがたと、分厚いローブを通しても、カルーアの体が震えているのが分かる。
「私のお師匠様みたいに、厳しい拷問の末に殺されたりはしませんよね?」
 流石にカルーアの口調も、せっぱ詰まったモノになっている。しかし、お師匠様とやらが亡くなった原因はマリーなのか?
「マリーがこの人のお師匠様を殺したんすか?」
 ベルが、興味を持ったらしく尋ねる。
「馬鹿ね」
 それに対するマリーの返答はこうだった。
「あなたは今日までに食べたパンの枚数を覚えているの? 覚えているわけがないでしょう?」
 そんなに殺したのか。サシカイアはマサムネと視線を合わせて、そっと嘆息した。


 まだ怯えが見えるモノの、なんとかカルーアは再び椅子の上に戻ってきた。
「……大丈夫ですよ。マリーさんは出世の足しにならなければ、指一本だって動かすのはイヤって人ですから。ファリス神殿から離れた今、邪悪を殲滅したところで点数にはなりませんからね。だから、大丈夫です」
「ずいぶんな物言いね。サシカイア」
 じとっとした目でマリーはサシカイアを睨んだが、否定はしなかった。
「……でも、困りましたね。折角来て頂いたんですけど、それじゃあ、ウチに入るというのは、やっぱり駄目ですか?」
 流石にお師匠様の仇と一緒にはいたくないだろう。そう考えたサシカイアである。
「え?」
 しかし、カルーアは戸惑いの声を出した。
「あの〜、何でですか? 私じゃあ、駄目って事ですか」
「……お師匠様の仇ですよ。問題じゃあ、無いんですか?」
 ちらと視線をマリーに向けてサシカイア。マリーは、何よ、と鼻を鳴らした。
 カルーアはおそるおそると言った顔でマリーを見ている。椅子も、出来る限りマリーから離れた場所へ持って行こうと試みている。相当に怯えている。しかし。
「あの〜、それは全然問題じゃないんですけど〜」
「そうなのか?」
 マサムネが首をかしげながら聞いた。
「師匠の仇討ちとか、考えていないのか?」
 だとしたら、仲間にするわけにはいかない。どんな腐れ神官でも、一度は仲間にした人間である。その安全は優先しなければならない。
「全然、考えていませんよ〜」
「恨んでないんすか?」
「ええ〜」
 カルーアは頷いた。
「そりゃ〜、お師匠様の財産のほとんどを没収されてしまったのには困りましたけど〜、私が無事なら全然大丈夫ですよ〜」
 ああ、この娘も──年上だが──やっぱりどこか変かも知れない。サシカイアは、チラとそんな事を考えた。
「……そうなんですか?」
 これまでよりも用心深さを増して、サシカイアは重ねて尋ねる。
 カルーアはええ、としっかり頷いて、言った。
「だって〜、お師匠様は最近、私をリッチーにする実験をしようとしていましたから〜。逆に、助かったかな〜、とも思ってます」
 それから、ちらとマリーに視線を向けて付け足す。
「ちょっぴり、怖いですけど〜」
「金持ちになるのが、何かか問題なんすか」
 ベルが首をかしげながら聞いた。セージ技能を持っていない人間はこれだから困る。もっとも、カルーアの口調は間延びしているから、この誤解が仕方のない部分もあるが。
「リッチじゃなくて、リッチー。簡単に言えば、アンデッドの一種よ」
 こちらは高レベルでセージ技能も取得しているマリーが言った。
 その言葉どおり、リッチーとは強力な魔法を使う不死の存在。確かに、死霊魔術は死者の使役だけではなく、不死の追求という一面もある。そのためにヴァンパイアやリッチーと言ったアンデッドになる、そう言う魔法もあったと聞く。わざわざ弟子を使うという事は、自分の前に試そうという事だろうか。
「ろくでなしの師匠だな」
「ええ〜」
 マサムネの言葉に、カルーアはしっかり頷いた。
「でも〜。お金は持っていましたから〜」
「当然ね。私が貧乏人を的にかけるわけ無いんだから」
 威張るような事ではありません。
 サシカイアは自慢げに胸を張るマリーを、呆れた顔で見る。
「……では、どうしますか? 採用しますか?」
 サシカイアは、既にマサムネの返答は予想が付いていたが、一応尋ねてみる。何しろ、団長はマサムネなのだから。
「採用する」
 マサムネはしっかりと頷いた。
「その胸を自分のモノにしないのは、男として失格だろう」
 ああ、やっぱり。
 ぬるい空気が、サシカイア、ベル、マリーの間にたゆかう。
「胸が、どうかしたんですか〜?」
「とにかく、正式採用に先立って、別室でマンツーマンの面接を行い、最終決定を出す」
「……ああ、そうですか」
 だら〜とした口調で、サシカイアは応じた。勝手にやってください。
「ところで、この本はなんすか?」
 そこで、ベルがカルーアの持っている本に興味を持った。いや、最前からずっと興味を持っていたのだろう。視線はそこへ集中しがちだった。
 サシカイアも、興味がなかったわけではない。一目で分かる。この本は、マジックアイテムの一種だ。
「なんつ〜か、邪悪な気配がびりびり来ているんすが」
 ベルの言葉どおり、おどろ線がそこから出ているのが見えるくらい、怪しげな本だ。
 材料は皮。羊皮紙か、頑丈そうな作りの本だ。おまけに、頑丈そうな錠前が、本をしっかりと閉じている。表紙や裏表紙は真っ黒で、角だけ金で型くずれをしないように保護してある。
「これは〜、マジックアイテムの「死霊の書」です」
 なんとも見事な邪悪っぷりな名前である。
「魔法の発動体にもなる〜、便利な本で、いわゆる意識を持つアイテムの一種ですよ〜」
 インテリジェンスソードならぬ、インテリジェンスブックですか?、と、カルーアは軽く言う。
 インテリジェンスソードと言えば、例えばランスの魔剣カオスとかT・O・Dのソーディアンとかああ言ったモノで、知性を持ち、しゃべったり、自力で行動したりとかする奴の事である。
「へ〜」
 興味深げに、マリーが頷いた。
「そう言うモノがあるとは聞いていたけど、私も初めて見るわ」
「自分もそうっす」
「……あ、私もです」
 マリー、ベル、サシカイアが興味津々で本の方に体を乗り出す。
「あの〜、皆さんもブッちゃんの声、聞いてみますか?」
「……ブッちゃん?」
「本だから、ブック。で、ブッちゃんですよ〜」
「……なるほど」
 まあこの際、カルーアが自分の持ち物を何と呼んでいようが気にする必要はないだろう。だからサシカイアは適当に応じて、マリーらと顔を見合わせ、頷いた。せっかくの機会だから、聞いてみよう。そう思った。
「じゃあ、本に耳を近づけてください〜。それだけで、聞こえるはずです」
「あら、意外に簡単ね」
 マリーが拍子抜けしたみたいに言って、本に耳を近づけた。ベル、サシカイアも倣う。女三人、顔で押しくらまんじゅうするみたいにして、カルーアの本に寄る。
「あ、何か聞こえてきたわね」
「静かにするっすよ」
 そして。
「………………ここは暗い。………………寒い。………………助けて」
 地獄の底から聞こえて来るみたいな陰鬱な声がぼそぼそと、本のページの間から聞こえてきた。
「うひいいいいいいい」
 三人は悲鳴を上げて、盛大に後じさった。
「何これ、何これ、何これ?」
「何すか一体、今の声は?」
「……さぶいぼが、さぶいぼが、ほらこんなに」
 がたがた震えながら三人でしっかと抱き合って、カルーアに尋ねる。
 カルーアは、その三人の反応を不思議そうに見ていたが、朗らかにほほえんだ後、言った。
「この本の材料にされた人の声みたいですよ〜」
 どうやら、この本の材料は羊皮紙ではなく、人の皮らしい。まこと、「死者の書」なんて名前の本らしい材料だと納得──
「納得出来るか〜!」
 マリーが叫んだ。
「邪悪よ、この娘絶対邪悪に違いないわ」
「ええ〜、そんな事無いですよ〜」
 カルーアは困ったように否定した。
「だいたい〜、この本凄く役に立つんですよ〜」
「きっと、ろくでもない役に立ち方に決まっているっす」
「そんなんじゃないですよ〜」
 首を振って、カルーアは言った。
「眠れない夜に、この子を枕にすると、あ〜ら不思議。死んだ様に眠れるんですよ〜。今度、お貸ししましょうか?」
 絶対枕になんてしたくない。
 三人は心を一つにして、首をぶんぶんと振った。


 それから、サシカイアは、マサムネに尋ねた。
「……ところで、本当にこの人、仲間にするんですか?」
「する」
 マサムネは即答だった。
「……本気の本気ですか?」
「本気の本気だ」
 と言うか、とマサムネは力無く首を振った。その顔には、悲痛なモノが見えた。
「お前を含めて、まともな女が仲間になるのはもう諦めた。少なくとも容姿は合格点だし、胸もでかい。だから、もうこれでもオッケーだ」
「……私を含めてと言うのには、ものすごい異論があるんですが」
「だって、お前、何時でも何処でもメイドじゃないか」
「誰のせいですかっ!」
 いつもは一拍間を入れて、考えてから発言する事の多いサシカイアだが、これだけは絶対に認められないと即座に叫んだ。
「とにかく!」
 マサムネは、結論するように言った。
「まずは別室でのマンツーマンの面接だ」
 言うが早いか、カルーアの肩を抱いて、別室──自分の部屋へとお持ち帰りする。
 その背を見送って、サシカイアは心底呆れきった声で呟いた。
「……それでも、することはするんですか」