マサムネも、それなりに色々考えて動いていたようである。
とにもかくにも、古代語魔法の使い手カルーアが仲間になった。
「初めてだったのに酷いです〜」
カルーアは涙目でぐすぐす言っていたが、今更マサムネの所行を咎めてもどうしようもないと思っているサシカイアは、それをスルーした。同じ女としてかわいそうだとは思うが、それ以上に自分の方がかわいそうだし。
その後、マサムネは珍しく積極的に行動した。
盗賊ギルドに依頼して何人かの密偵を融通して貰ったし、情報も集めた。いや、情報はこれまでも集めていたらしい。
「俺が花街に通ったのも、実は情報収集が目的だったんだ。娼婦って奴は、結構色々知っているからな」
マサムネはそう言った。
確かに、マサムネの言うように、娼婦が色々と知っているという話は真実だ。男という生き物は、女の気を惹く為に、余計な事を漏らしてしまったりする。その街の情報を知りたければ、娼婦に聞け。そう言う風に言われてすらいる。それを見越して、盗賊ギルドが娼館を経営していたりもする。
だが、マサムネの言葉は嘘だ。いや、真実は含まれているかも知れないが、99パーセント以上は別の目的で花街に通っていたのだと、サシカイアは確信している。情報収集目的など、0,1パーセントもあれば良いところだ。
そのほかにも、マサムネは職人を集めた。石工、木工、鍛冶、エトセトラ、エトセトラ──娼婦なんてのもいた。それは、本格的にマサムネの国盗りが始まったという事。
そして一日、マサムネに引き連れられて、サシカイア、ベル、マリー、カルーアの4人は、ライデンの港へ向かった。
ライデンの港は、ロードス最大規模の港である。
唯一、この港だけが、ロードスの外へと向けて開いている。大陸との交易はこの港を通して行われている。公平に見て、ロードスの技術レベルは大陸に比べて低い。であるから、大陸から持ち込んだ品は、ロードスで高い価値を持つ。ライデン繁栄の一翼を担っているのは、間違いなく大陸との交易である。
最近では、フレイム王国、カシューも大陸と独自に取引を始めようと画策している。新型の帆船を建造しているとの噂もある。これは、ライデンにとってはゆゆしき問題である。
商売は、独占する事によって巨大な利益をもたらすのだ。競合する他の者がいなければ、値段設定が勝手に出来る。いくら高価ても、そこでしか手に入らないとなれば、そこで買うしかない。もちろん、この世界に独占禁止法などはないから、ライデンが独占している事は責められるような事ではない。同時に、他の勢力が独自に大陸との取引を始めようとするのも、ライデンに止める資格があるモノではない。
が、ライデンにとっては見過ごせない事である。
ライデン評議会は表立ってではないが、カシューのこの動きを牽制しているし、最悪、阻止の為に武力を使うことも視野に入れているだろう。
ライデン商人の所有する貿易船。これは当たり前に武装している。最近ではマーモ私略船が跳梁跋扈しているし、それ以前からだって海賊は出没していた。それに対する備えとして、当然の事だ。
そして、その武装は自分を守る為だけではなく、こちらから他者に向ける事も出来る。元々、彼らも一皮むけば、海賊と大差ないのだ。そして、海の上で沈めてしまえば、誰がやったかなど、簡単に分からなくなってしまう。既得権を守る為であれば、それくらいの事はするだろう。
それはともかく。
港の入り口で待ち合わせていたトリスと落ち合う。
港は非常ににぎやかだった。少なくとも、サシカイアにはそう思えた。サシカイアの故国、ライデンのビルニの港町などとは、その喧噪のレベルが違う。大陸との交易をしているせいか、港で働いている人間には異国の風すら感じる。それはビルニの港では見ないモノだった。
しかし、トリスに言わせると、これでも以前に比べれば全然おとなしいとの事。
マーモの通商破壊は、確実に効果を上げている。港の喧噪にも、ライデンの経済にも。既に何隻もの貿易船が沈められ、あるいは奪われた。元々危険な大陸との交易は、現在更に危険な状況になっている。
海ばかりではない。
陸の方でも事態は深刻になっている。
各地の戦乱。それは、治安を悪化させている。
マーモは更に治安を低下させるべく、各地で破壊活動にいそしんでいる。戦乱や、その破壊活動によって家や田畑を焼かれた者達が、食い詰めて盗賊、山賊になる例も珍しくない。それが更にと悪循環して、崖を転がり落ちるように、ロードスの状況は悪くなっていく。
現在、商売をするには非常に厳しい状況だ。
商品を持って街道を進む。それが、酷く危険を伴う。何処で襲われるか、全く予想も付かないのだ。
「だからこそ、稼げるという面もあるのですがね」
と、トリスは笑う。
大陸よりの輸入が難しくなり、同時にロードス島内での商品流通も上手く行かない。自然、品薄になる。原産地には商品が溢れるが、それ以外の場所では全然手に入らない。需要と供給のバランスが大きく崩れている。だから、原産地で安く手に入れて、よそへ持って行く事に成功すれば、大きな利益を得る事が出来る。危険さえ何とする事が出来れば、一攫千金がねらえるのだ。
トリスはそれに成功した。この厳しい季節に、着々と財をなしている、数少ない例だ。他にもトリス同様に頭角を現してきた新興の商人はいるが、出世頭と言えばトリスであるらしい。
それもこれもマサムネさんのおかげですよ、とトリスはにこやかな笑みを浮かべながら、一行を港の一角へ案内した。
そこには、三隻のガレー船が停泊していた。
「こちらが、マサムネさんに命じられて用意した船です」
トリスは、その三隻を順繰りに指さして言った。
「我ながら、あの予算の中で三隻手に入れたのは、頑張ったと思いますよ」
「良し、誉めてやろう」
マサムネは偉そうに応じた。ねぎらっていると言うよりは、威張っているようにしか見えない態度だが、トリスは素直にありがとうございますと言って頭を下げた。
「……何時の間にそんな事を頼んでいたのですか?」
「フレイムに出かける前だ」
サシカイアの疑問に、マサムネが答える。そう言えば、フレイムに行く前に、トリスとなにやら話していた覚えはある。
「しかし、何で船なんて買ったんすか?」
ベルが首をかしげる。
「俺が狙っているのは、カノンだって伝えたよな?」
マサムネの狙っている国。それは、現在マーモ統治下にある旧カノン領だ。それは、ここにいる人間には伝えてある。いや──
「え? あの〜、何の話ですか〜?」
新入りのカルーアはまだ知らなかったようだ。
「俺は、国をとって王様になる。そのための傭兵団だし、そのためのお前達。そして、そのための船だ」
マサムネは船を見ながら言った。
「ええ〜?」
と、カルーアは何処まで本気でマサムネが言っているのか、よく分からないと首をかしげている。まあ、普通は本気だとは思わないだろうな、と、サシカイアは思った。
「カノンに入ろうと思えば、陸路は不味い。船なら、色々運べて便利だしな」
と、マサムネは未だカルーアが驚きの表情を浮かべているのを無視して、サシカイアの疑問に答える。
カノンにライデンから向かう陸路、街道は二つ。ヴァリス経由か、アラニア経由。ヴァリス経由は、カノン手前のアダンの街でマーモが頑張っているし、アラニア経由の方は、ラスター公とアスモン伯の内乱中でよろしくない。どっちを選んでも、厳しい事になる。ならば海を、と言う事らしい。
「しかし、本当に頑張ったな。予想では、二隻も手に入れられれば上等だと思っていたんだが」
船を見ながら、うんうんと頷く。
「ありがとうございます」
トリスが応じ、運が良かったんですよ、と続けた。
「一隻は新品よね」
マリーが、一隻の中で一際大きく、一際新しい船を見て呟く。まだ、木の臭いが漂ってくる様に感じるから、マリーの言葉どおり、本当に新品のように見える。そんなのを交えて、二隻予定が三隻、確かに、トリスは本当に頑張ったのだろう。自身が言うように、運が良かったとしても。
「最近、大陸との交易に失敗して破産した商人がいましてね。そこが建造を命じていた船を、結構安く手に入れる事が出来たんですよ」
マーモの通商破壊でにっちもさっちもいかなくなっていた商人──評議会にも名前を連ねる、大商会と言って良い規模だったらしい──は、起死回生の手段として、大陸との交易に賭けた。大小5隻の船団を組んで、これならばマーモの私略船も手を出せまいと、自信満々で送り出した。基本的に、マーモノし略船は一隻単位で行動している場合が多く、複数の船を相手に回す事は少ないと見たのだ。実際、マーモの私略船は手を出せなかった。──が。
ツいていない事にその船団は大きな嵐に遭って、5隻中の4隻までが沈没。残った一隻もぼろぼろになってしまい、大陸にたどり着く事も出来ずに、這々の体で逃げ帰ってきた。当然儲けはゼロ、マイナス収支になった。
かくして、その交易に乾坤一擲の勝負を賭けていたその商会は倒産し、次を当て込んで先に建造を命じていた新造船は、金が途絶えて工廠で宙ぶらりんになってしまった。それを、トリスが買い叩いたとの事。
他の二隻も、ここのところのマーモ通商破壊やらで資金繰りが悪化した他の商会の持ち物を、安く手に入れたらしい。
「うん、この調子で頑張れば、俺の王国の御用商人にしてやるぞ。精進しろよ」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
トリスが深々と頭を下げる。
「しかし、ガレー船かよ」
マサムネは三隻の船を見て、そこばかりは不満だと口にする。
ガレー船というのは、人力でオールを漕いで推進力を得る船の事だ。一応帆はついているが、その帆は、上手く追い風になっている時しか使えない。あくまで補助でしかない。喫水も浅く、基本的に陸地近くを進む為の船で、外洋に出るには危険が大きい。
「もう少し、マシな船はなかったのか? と言うか、ロードスにはまともな帆船はないのか?」
マサムネは、港を見回して呟いた。港にあるのは大小の違いはあるが、みな、ガレー船のようだ。
「大陸の方では、帆船が主体のようですが、ロードスではガレー船が精一杯ですね」
トリスは頷いた。
「そう言えば、最近カシュー王が大型で最新式の帆船を建造させているという噂がありますね」
あの方は、大陸出身だそうですから、と、トリス。
「ふ〜ん」
と、マサムネはいい加減に頷き、それから、表情を変えた。
「ってことは何か? こんなちんけな船で、大陸と行き来しているのか? ライデンの商人て奴は、勇気があるな」
感心、と言うよりは呆れているという口調だった。きっぱり無謀だと、言っている口調。
サシカイアにはよく分からない話だったので尋ねると、ガレー船というのは穏やかな海や水深の浅い海では高い機動性を持つが、嵐が来ると途端にやばくなるとの事。また、積載量も知れていて、補給が頻繁に必要になる為、外洋に出るのは危険きわまりない事だと、教えてくれた。
「……なんだか、馬鹿じゃないみたいに見えますよ」
「お前とは、本当にじっくり話し合う必要があると思うぞ」
じろりと睨まれて、サシカイアは明後日の方に視線を移した。
どうせ、マサムネがこんな事を知っているのは召還魔法のおかげで、自前で勉強したとはとうてい思えないサシカイアである。
「まあ、戦闘用としては、これでも充分価値はあるな」
衝角もついているし、白兵戦向きの船である。
「しかし、いずれきっちりした戦列艦が欲しいな。ロードスで無理なら、大陸の方で作らせるしかないのか? いや、カシューは自前でつくっているんだよな。ああ、くそ、その「知識」がないぞ」
悔しそうにマサムネが頭をかく。
マサムネに与えられた「知識」は膨大だが、決して完璧ではない。全てを知っているわけではない。魔法の特性上、生け贄の持っていない知識は、得ようがなかったのだ。
「船員の方はどうなっている?」
それでも気持ちを切り替えたらしく、トリスに尋ねる。
「一応、何人かの人間に声をかけてあります。自前の船を失った船長とか、経験豊富と見た人間を中心にしました。漕ぎ手の方は、この辺りの酒場で募集をかければ、条件次第で集まるかと。いざとなれば盗賊ギルドを利用して、奴隷を集めるという手段も──」
「いや、漕ぎ手はいらない」
マサムネは首を振った。
「奴隷はあんまり好きじゃないからな」
「……私の立場は?」
ギアスの魔法で絶対服従。奴隷と変わりないのではないか?、と、サシカイアが問う。しかし、マサムネは耳のない様な顔で無視をした。
「漕ぎ手は魔法で代用する。給料も惜しいし、乗る人間が減れば、その分だけ運べる荷物が増える」
漕ぎ手を乗せれば、その分だけ、必要となる食料その他が大きくなる。それを嫌ったのだろう。
「あの〜、私の出番ですか〜?」
カルーアが尋ねてくる。
「そうだ」
「分かりました〜。頑張って、ゾンビを作ります〜」
「違う!」
マサムネは大声を出して否定した。
「ストーンサーバントとか、ボーンサーバントとか、ゴーレムとか、魔法人形だ! ゾンビなんて臭いもんを、船に乗せるな!」
「そうなんですか〜? ……残念」
「残念てなんだ?」
ああ、やっぱり、この娘もどこかおかしいかも知れない。サシカイアはそんな風に考えていた。自分は断じてそうではないが、マサムネのそばには、変な女が集まるようになっているのかも知れない。──同情する気はないが。
「この子、やっぱり邪悪じゃない?」
「殲滅したいっすね」
マリー、ベルが小声で囁き合っているのが聞こえる。
しかし、マサムネが絶対に許さないだろうと、サシカイアは確信している。そう、カルーアのあの胸がある限り、絶対にマサムネは許さないに決まっているのだ。
「お前、失礼な事考えていないか?」
「……いませんよ」
「その間は何だ?」
「……いつもの間じゃないですか」
しれっと、サシカイアは応じる。
「まあいい」
追求してもごまかされるだけで無駄だと考えたのか、マサムネは気持ちを切り替えるようにして言って、表情を改めた。
真剣な顔だ。
「これで、必要な準備は整った」
ぐるりと、サシカイア、ベル、マリー、カルーアの顔を見回す。カルーアは、よく分かっていないのか、きょとんとしているが、他の者の顔にも、真剣な物が浮かぶ。
「始めるっすか?」
「ああ、始める」
マサムネはベルの言葉に頷き、力強い口調で宣言した。
「国盗りを始めるぞ」