さあ、お祭り騒ぎを始めよう。


 一日、ライデンの港に大勢の人間が集まっていた。
 大半の者は荒くれ者。鎧に身を包み、武器を持った男達。彼らはヒノマル傭兵団に所属する、傭兵達。
 他にも、様々な人がいた。木工、石工、鍛冶師、密偵、エトセトラ、エトセトラ。
 中には、綺麗な女性達もいる。彼女たちは、娼婦。
 その、総勢100名ほどの集団の前に、一人の男が立っていた。
 背は高く、体は鍛えられているが細い部類にはいる。その癖背中には本当に大きな大剣を背負い、ソフトレザーの簡単な鎧の上から黒い外套を羽織っている。
 彼こそが、ヒノマル傭兵団の団長である、マサムネ・サクラ。
 突如としてこのロードスに現れ、フレイムで、ヴァリスで、モスで、様々な戦いに参加して、その全ての勝利してきた男。吟遊新人達によって歌われている、ロードスで一番新しい英雄。
 その傍らには常に一人の美しいメイドの少女が控えている。ある意味、マサムネ以上に有名なその少女の名前はサシカイア。プラチナブロンドの髪の毛を編み上げ、メイドの必需品、ホワイトプリムを付けている。勝利のメイドさんとか呼ばれる事もある、マサムネと並ぶヒノマル傭兵団の象徴にして、マスコットのような存在である。
「待たせたな」
 マサムネは、彼の前に並ぶ傭兵達に向かってにやりとした笑いを浮かべると言った。
「これから、俺の国盗りを始めるぞ!」
 マサムネの言葉に、その場にいた人間達が揃って、歓声を上げた。


 傭兵達にマサムネがその目的を明かしたのは、この場が初めての事である。
 しかし、これまでもそれとなく臭わせる事をしてきた。だから、傭兵達は戸惑うことなく、逆に、ついに来たかと喜び勇み、すんなりと受け入れてくれた様子だ。
 その他の人間たちには、そのものズバリを口にして勧誘しているから、もともと問題ない。
「……世の中、思ったより脳天気な人間が多い」
 大はしゃぎをしている者達を眺めながら、サシカイアは心の中でそっとため息を零した。
 何故、この人達はこんな風に喜べるのだろうかと、疑問に感じてしまう。その立場に疑問はあるが、マサムネに一番近い場所にいて、その人となりをよく知っているサシカイアとしては、気楽に喜ぶ事は出来ない。
 英雄マサムネ。
 世間一般の評価はこうだが、現実、マサムネがそんな人間であるとは思えない。ただの馬鹿で、ただの助平。それがサシカイアの評価だ。確かに、強いが、それだけだという思いがある。
 そして、その英雄マサムネという世間の評価にしても、これはマサムネ自身が吟遊詩人を使って広めた事なのだ。例えば最近、あの自由騎士パーンを勇者と評価する声が高まりつつあるが、それと違ってこちらは自然発生的に生まれた事ではない。これは宣伝活動の結果なのだ。当然の事ながら、実際と噂の間には大きな開きがある。その噂で許せないモノの筆頭は、サシカイアがマサムネに思いを寄せていて云々、の部分だが、それはこの際国盗りには関係ないので置く。
 とにかく、そんな男に命を預ける事になるのに、この脳天気ぶり。否応なくサシカイアは命を預けねばならず、その仲間が脳天気ばかりとなると、不安にもなろうというモノだ。
 そのサシカイアの背中が、思い切りどやしつけられた。
「何を辛気くさい顔をしているっすか? 喜びの野へ続く、この喜ばしい始まりの日に、そんな顔は駄目っすよ」
 サシカイアの背中を叩いたのは、マイリー神に仕える僧侶、ベル・デキャンター。長い黒髪が美しく、濃い眉毛のりりしい女性神官である。
 彼女はマサムネこそが自分の勇者であるとマイリー神の啓示を受け、その従者として仕える事になった。明るく朗らかな女性で、神聖魔法を高いレベルで使いこなし、同時に、戦士としての腕前も相当のモノ。能力的には飛びっきりに優秀だが、その実態はウォーモンガーな吶喊娘である。元々、戦神であるマイリー神の信者には少なくない性格だが、彼女の場合はそれが極端である。何しろ、フレイムのマイリー神殿で持て余されて、マイリー信仰では一番の僻地といえる、神聖王国ヴァリスの詰め所へ左遷されていたような過去の持ち主なのだから。
「喜びの野に行くのはまだ駄目でしょう。その前にジハドが無くっちゃ、死んでも死にきれないわ」
 ベルにつっこみを入れたのは、マリーという名の女性。ハニーブロンドの、理知的な美貌の持ち主。
 彼女は、至高神ファリスに仕える神官である。ファリス信仰のメッカ、ヴァリスの本神殿で順調に出世を重ね、二十歳そこそこで侍祭の地位にまで上り詰めたという、若手の出世頭だった、高レベルの神官である。だが、血まみれマリー等という二つ名を持つ事が示すように、異端審問やら邪教弾圧やらで、彼女の進んできた道は血にまみれている。しかも。何故血にまみれたかと言えば、信仰の為ではなく、彼女個人の目的の為。その目的はファリスの最高司祭になる事。そのことを否定するわけではない。最高司祭の地位を得る。それは、神官としては最高の名誉だろう。──が。マリーの場合、その目的がかなり歪んでいる。自身の信仰の高さを示す結果として、最高司祭を目指す、と言うのではなく、ファリス最高司祭のみに許された専用魔法、ジハドを使ってみたいから、と言う理由なのだ。自分の命令に従い、敵に突撃して虫けらのように死んでいく信者を見てみたい。その願いは、絶対確実に歪んでいる。
 何故、彼女が高レベルプリーストなのか、もしファリスに出会う事が出来たら尋ねてみたいと、サシカイアは常々思っている。
「そうっすね。ジハドがあったっすよ」
「そうよ、ジハドがあるのよ」
 ベル、マリーの二人は、ベルがファリスにとばされて以来の友人である。どうやら、変な神官同士で気があったらしい。一人でも迷惑なのに、二人も揃ってしまったら、迷惑の自乗だ。勘弁して欲しい。
「私の命令に従って、虫けらのように死んでいく信者達」
「そして、自分がすかさず喜びの野に送り込むっす」
 二人は頬を染め、うっとりと笑い合う。
「完璧な役割分担ね」
「完璧な役割分担すよ」
 こういう友情だ。本当に止めて欲しい。
「あの〜」
 と、そこへ口を挟んできたのは、つい最近仲間になったカルーアという名の女性魔法使い。顔立ち自体は整っているのに、なんだか野暮ったいという印象がある女性だ。あと、胸が大きい。
「じゃあ〜、死体は私が実験用に貰っても良いですか〜?」
 のほほんと、とんでもない事を口にするのは、彼女が古代語魔法の中でも、死霊魔術と呼ばれるモノを専門に研究している為。死霊魔術とはその名の通り、死者を操り行使する。一般には邪悪、不浄とか言われているモノ。特に、古代魔法王国の、ロードス最後の太守がこの魔術の専門家だった事もあり、なにかと一般人には忌み嫌われる事の多い魔法使いの中でも、とびきりに嫌われている分野だ。しかし、当人はその自覚こそあるモノの、さして気にしていない様子でのほほんとしている。
「邪悪ね」
「邪悪っすね」
 マリー、ベルが声を揃える。人間、他人の事はよく見えて、自分の事はなかなか見えないモノである。それを証明するような、二人の反応だ。
「え〜、仲間はずれは酷いですよ〜。私も加われば〜、資源を最後まで有効利用出来るじゃないですか〜」
 人間の死体を資源と言い切る当たり、間違いなく彼女も邪悪である。見た目、如何におっとりしていようとも。
「ええと、お三方、このめでたい日に喧嘩は止めましょうよ。仲良く、仲良くですよ」
 その三人に、取りなすように声をかけた男は、タンカレーと言う。
 ヴァリス、ロイドでのマーモとの戦いでマサムネに出会い、その腕前に惚れ込んで仲間になった男である。熟練の傭兵だが、なんだか気弱な男である。当人もそれを自覚しており、このままでは一生うだつが上がらない一傭兵で終わってしまうとの危機感を抱いていたらしい。そこで、なんだかよく分からないがでかい事をしそうなマサムネに出会い、ついていけば、自分も引き上げてもらえるだろうと考えて、仲間に加わった男である。サシカイアにしてみれば人生をその時点で棄てたようにも思えるのだが、当人は満足しているようだ。
 最近では、マサムネと傭兵団の間に立ち、マサムネの命じる各種雑用をこなしながら、傭兵団をまとめるという、中間管理職のような仕事を任されている。気弱で人が良い分、その仕事を大過なくこなしており、ヒノマル傭兵団の重要人物の一人である。……マサムネがその働きをどの程度評価しているかは疑問だが。
「マサムネさん、ご依頼の食料、資材その他の一覧です。先に船に積み込んでおきましたが、一応、ご確認ください」
 そこで、マサムネに声をかけてきた中年男は商人のトリス。
 元々、マサムネに商売の護衛を依頼したのが縁で、以来、ヒノマル傭兵団の専属商人の様な立場にある男だ。様々なマサムネの無理難題に、にこやかに笑って答えてきたあたり、商人としては高いスキルを持っている様子。最近では、どんどん商売の規模を広げて、このまま行けば、将来はライデン評議会のメンバーにだってなれるかも知れない、等と囁かれるようになっている。
 以上がヒノマル傭兵団関係の主要人物達。
 癖の強い人物が非常に多く、こんな人間を率いて、本当に国が取れるのか、サシカイアは不安でしょうがない。
 サシカイアも、ヒノマル傭兵団の主要人物と見なされているが、自分は、自分だけは断じてまっとうな人間だと信じて疑わない。その分だけ、苦労を背負い込む事になって、悲しくもあるが。
「人間、自分の事はよく分からないモノなんだよなあ」
 ぼそりと、マサムネが呟いた。
 そちらへ、サシカイアは非友好的な視線を向けた。
「……何か、言いたい事でもあるんですか?」
「いやべつに」
 マサムネは空っ惚けて明後日の方を見たが、サシカイアはごまかされ無いぞ、とにらみ付けるのを止めなかった。


 傭兵達が、割り振られた通りに分かれて、三隻の船に乗船していく。
 それを、サシカイアはマサムネの横に立ってクリップボード片手に確認していく。
 三隻の船には、マサムネがそれぞれ名前を付けた。フラッグシップとなる新造艦には「やまと」。残りの二隻には「むさし」、「しなの」と、サシカイアには聞き慣れない響きの名前だ。何でも、マサムネの故国の戦艦の名前で、本当はもう少し大きな船に付けないと名前負けになるとの事。いずれでかい船を手に入れたら、フラッグシップと現在の名前はそちらに移して、こちらの名前は付け替える予定だという。そのあたりの拘りは、サシカイアには良くわからないのでスルーした。
「……しかし、何ですか、この一覧は」
 サシカイアは書類をめくり、呆れたように呟いた。
「……小さな村が丸ごと移動するような勢いですよ?」
 マサムネの集めた人間は多岐にわたり、それこそ、いない職業は無い、とまで行けそうな勢いである。
「必要だと思える人間を集めただけの話だ」
「……娼婦もですか?」
 少なくない数の、娼婦が参加している。何の冗談だ?
「娼婦もだ」
 マサムネは悪びれずに頷いた。
「俺たちはカノンをマーモから解放する正義の軍団だぞ」
「……本当に解放ですか?」
 その後、自分で占領して行くつもりなのだから、その表現はちょっと違うのではないか、と、サシカイア。
「解放だ。俺が直々に統治してやるんだから、間違いない」
「……はあ、そうですか」
「なんだ、その気のない返事は。──だいたい、俺はまっとうな統治をするつもりだぞ。少なくとも、マーモよりはマシな、な」
「……そりゃあ、マーモよりはマシな統治が出来るでしょう。比べるモノが酷すぎます」
「まあな。調べた限りでは相当に酷いからな。まるで通州事変の中国人みたいな真似をしているらしいからな」
 通州事変とは何だ?、と、サシカイアは首をかしげた。また、マサムネの故国の方の話なのだろう。
「とにかく、俺たちは正義の使者だ。そんな俺たちが、悪さをするわけにはいかないだろう?」
「……しないんですか? と言うか、しないで平気なんですか?」
 あなたが率先して悪さをするんじゃないですか、と尋ねるサシカイアに、マサムネは苦い顔をした。
「茶化すな」
「……別に茶化しているつもりはありませんが」
「とにかく、だな。部下達に悪さをさせない為には、変に溜めさせない方が良いだろう? そのための娼婦のお姉さん達だ」
 一応、色々気を遣っているらしい。マサムネは太っ腹な事もあって、部下の傭兵達に受けは良い。……大雑把なだけだと思う事もあるが。
「……しかし、よくもまあ、これだけの人が付いてきてくれたモノですね」
 娼婦に限らず、これだけの一般人が付いてくるとは、正直驚きだ。
 マーモ占領下のカノンへ行くのだ。危険はてんこ盛り。命がピンチだ。そんな事、考えなくても分かると言うのに。
「それだけ、俺の名声が高いという事だ」
「……世の中間違ってますね」
「お前とは、本当にしっかりと話し合う必要があるな」
「……私はその必要を感じていませんが」
「まあいい。船に乗っている間は時間がたっぷり余るからな。ベッドの上ででも、しっかり教育してやるぞ」
「……いえ、お気遣い無く」
 サシカイアはふるふると首を振ったが、マサムネはにやりと笑って、その言葉を無視した。
「大将、みんなの乗り込み、終了しましたよ!」
 そこで、船の方からタンカレーの声がかけられた。
 見れば、確かに皆の乗船は終わっていた。桟橋に残っているのは、マサムネとサシカイア、そして見送りのトリスだけだ。
 トリスはこのままライデンに残り、必要物資の調達や輸送を継続して行ってくれる事になっている。最終的には連れて行った職人さん達の手による自給自足を目指してはいるが、当面は、それでは追い付かなくなる事が目に見えている。船もあるし、金もある。だから、ライデンとの補給路は維持出来ると見ている。
「よし行くぞ」
 マサムネは外套を翻して船に向かう。
 サシカイアは、一つ嘆息して、その背中に続いた。


 国盗り、本格始動開始。