国盗りの為の戦争開始。
ラバダンの街は、ルードに次ぐ、カノン第二の港町である。と言っても、ライデンのそれはもちろん、ルードと比べても小規模すぎるほど小規模な漁港に過ぎない。それでも、豊富な漁獲高と、小規模な国内交易に依って得られる富はそれなりにあり、カノン北東部の中心的な街でもあった。
そのラバダンの港の沖合に、三隻のガレー船が現れたのは、お昼が丁度過ぎた頃だった。
即座に、この街を占領統治しているマーモ軍は迎撃体制に入った。ロードス全てを敵に回しているマーモ帝国である。自軍以外の存在は全て敵なのだ。見慣れぬ、予定にない船。それだけで、敵と断定出来る。
港町である。防衛の為の船はあった。多くは漁民から徴発した小規模な漁船。普段はこれだけだった。
しかし、このときに限って、通商破壊にいそしんでいたマーモ海軍所属の軍船が一隻、補給の為にラバダンの港に寄港していた。
その船は、即座に港を発した。迎撃──の為ではなく、逃走の為。
同じガレー船同士、ならば、数が多い方が勝つと考えるのは当然の事だろう。しかも、先頭に立つ一隻は見るからに新しい新造船。大きさも最大級。一対一でも、分が悪い。
ならば──と、マーモ軍船はあっさりと逃走を決意した。
ベルド亡き後、マーモ軍の統率は明らかに崩れている。
暗黒皇帝ベルドは強烈な個性、強烈なカリスマを持った、他に並ぶ者などいない英雄だった。その後を継げる者など、マーモの何処を探しても存在しなかった。マーモは暗黒騎士団、暗黒神の信者、ダークエルフ、宮廷魔法使いのそれぞれから代表を出して、評議会という形で、マーモを統率しようとしていたが、それは明らかに成功していなかった。一人で駄目ならば、四人が協力してマーモを統治する。しかし、それは結局協力態勢にはほど遠く、組織間の連携が途絶え、四つの勢力がそれぞれ好き勝手に行動する、と言う形にしかならなかった。
上層部の混乱は、下にも波及する。それは今回、ラバダンの街のマーモ軍と連携して対処すべき所を、自分だけを優先する判断として現れていた。
しかし、マーモの軍船は逃げ出す事は出来なかった。
件のガレー船が、素晴らしいほどの早さで距離を詰めたのだ。
マサムネの所有する三隻のガレー船。そのフラッグシップである「やまと」には、船首像は付いていない。
その代わりになると言うつもりではないが、サシカイアは「やまと」の舳先に立って、ラバダンの街から逃走しようとするマーモ軍船を見つめていた。
「やまと」は、素晴らしい勢いでそのマーモ軍船に迫りつつある。
漕ぎ手としてマサムネが用意した魔法人形は、単純な命令しか解さない代わりに、力が非常に強い。ただ直進するだけであれば、通常のガレー船の速度を易々と凌ぐ事が可能だ。
「……始めます」
しかし、最高速度が高い代わりに、旋回性能に難が出ている。うろちょろと逃げ回られると、厄介な事になる。
だからサシカイアは背後を振り返り、マサムネに確認を取ると、目を閉じた。
風が、サシカイアの髪やメイド服の裾を、盛大にばたつかせている。足下、船の下には広大な海原が広がっている。風と水の精霊はそこら中にいて、望めば彼女に力を貸してくれる。。
精神を集中して、魔力を高める。サシカイアの口からは、聞き慣れない言葉がこぼれ始める。
精霊語と言われる、文字通り、精霊達と会話する為の言葉。
そこで、一際強い風が吹き、サシカイアのメイド服のスカートを盛大にまくり上げた。
「おお」
と、上がりかけた背後の傭兵達の歓声は、直後にしぼむ。
こんな風が強い場所で無防備でいるつもりなどサシカイアにはない。だから、スカートの下にはしっかりとズボンをはいていたのだ。普段、メイド服から少しでも逸脱すると嫌がるマサムネも、今回はあっさりとサシカイアの防御力強化を許可してくれていた。
スカートの中に何を期待したのか、失望した様なため息を零す背後の傭兵達に呆れながら、サシカイアは精神の集中を続ける。これから使うのは大技。しっかりと準備しておかないと、フレイムでの戦いの後のように、寝込む事になりかねない。だから、時間をかけて集中する。
「男って、悲しいくらいに馬鹿よね」
マリーの声が聞こえてくる。
確かにその通りだとサシカイアは思う。
「そうすか? そこが可愛いと自分は思うっすけど」
ベルの声が聞こえる。
それは、自分には理解出来ない感性だ。
「……行きます」
もう、精神集中は十分だ。そう判断したサシカイアは、高らかに精霊の名前を呼ぶ。
「……水の精霊王、クラーケンがストロワヤよ」
海面がうねる。水がはねる。
水の上位精霊の召還。
サシカイアの声に答えて、こちらから必死で逃れようとしていたマーモ軍船の足が止まる。
遠目にも、突然止まった自分たちの船に、驚き戸惑う様子が見て取れた。
「よし、良くやった、サシカイア。この隙に接近して乗り込むぞ!」
マサムネが号令を下し、「やまと」は更に加速して敵船に迫る。
沈めるだけならば、実のところ簡単だ。マサムネが魔法を使えば、一発で可能。シンクで沈めても良いし、星を降らせても良い。実際、以前に一度、シンクの魔法一発で沈めた事がある。
しかし、ガレー船の値段を知った事によって、それでは勿体ないと考えるようになったのだ。折角だから、拿捕して、自分のモノにしてしまいたい。そうしたマサムネの要望を受けて、接舷、乗り込んでの制圧することになったのだ。
サシカイアは接舷を確実にする為、精霊魔法による足止めを命じられていたのだ。
下手に傷を付けるのもイヤだとの事で、大型弓(バリスタ)による遠距離攻撃も控える事になっている。
が、その辺りは敵には関係ない。
敵の方は遠慮無くバリスタを放ってきた。
風による矢除けの魔法はマサムネがかけているから、人が使う程度の弓による攻撃は問題ない。しかし、バリスタクラスの攻撃になると、風の矢除け程度では、防ぐ事が出来ない。何しろ、威力が違うから。
その攻撃は幸いな事に外れたが、敵は再びバリスタの準備を始めている。接近するまでに、もう2回程度の攻撃がありそうだ。そして、互いの距離が近くなる分だけ、命中する危険も増す。
「ちっ」
マサムネが舌打ちした。
「何勝手なことしやがる」
こちらの都合に相手が合わせる理由がないのだが、盛んにマサムネは罵っている。しかし、確かに、敵の戸惑いはもう少し続くと思っていたのだが、思った以上にあいてはプロらしい。確かにロードスでもっとも豊富な戦闘経験を持つ海軍は、マーモのそれだろう。海賊行為を繰り返しているのだから、経験豊富も当たり前か。
「どうするっすか? こちらも攻撃するっすか?」
ベルが、うきうきとした声でマサムネに尋ねる。
これから、彼女が好きで好きで、大好きでたまらない戦いが始まるのだ。浮かれないはずがない。愛用の魔法の戦槌を握りしめ、期待に溢れたわくわくした表情をしている。
「いや──俺が先行してあちらに飛び込む。お前らも時間をかけずに来いよ」
「先行って、まだ、距離があるのに──」
マリーの言葉を皆まで聞かず、マサムネは古代語の詠唱を始めると、そのまま駆け出し、一気に跳んだ。
彼我の距離はまだまだ開いている。いくらデタラメな身体能力を持つマサムネでも、幅跳び可能と言う距離ではない。
ないが、マサムネの体は大きく放物線を描いて宙に舞い、そのまま飛んでいった。
古代語魔法の飛行(フライ)の魔法だ。
そして、そのまま、マサムネはマーモ軍船の甲板まで飛ぶと、一足お先に戦いを始めた。
黒い外套を翻して甲板に降り立ったマサムネに、マーモ軍船の船員達は、戸惑いと恐怖の表情を浮かべた。
マサムネは放物線を描いて飛んできたから、一見、ジャンプしてこの距離をクリアしたようにも見えたのだ。
この距離をジャンプで超えた。そんなデタラメな事が普通、出来るわけがない。こいつは化け物だ。
戸惑う男達を放っておいて、マサムネはすたすたと気軽な調子で歩き、第二射の為、バリスタの舷を巻き上げる途中で、呆然と動きを止めている男の首を大剣で跳ねとばす。
そこで、船員達の呪縛が解けた。
「てめえ!」
どうやら船長らしき男が仲間を殺された怒りもあらわに叫び、部下達をけしかける。
「相手は一人だ。取り囲んでぶち殺せ! 仲間の仇を取れ!」
その声を受けて、船員達は自らの得物、海賊刀を引き抜いて、マサムネに襲いかかる。
マサムネは、それを大剣を横殴りにする事で迎え撃った。
一振りで、二人の男の体が二つに分かれて甲板に転がる。
目の当たりにしたデタラメな戦闘能力に、再び船員達の動きが止まる。
マサムネは大剣を肩に担ぐようにして、船員達を傲然と胸を張って睥睨する。
「降伏しろ。それが一番俺が楽だ」
「ふ、ふざけるなよ!」
それでも、船長の戦意は萎えることなく、彼は声を上げた。
「この程度でびびっていて、マーモ海軍がつとまるか。野郎ども、かかれ。取り囲んで切り刻め。俺たちはもう、海賊じゃねえんだ。マーモ海軍の意地を見せろ!」
「味方見捨てて逃げようとした奴が意地とか言うなよ」
マサムネが呆れたように言う。実際、この船はラバダンの街の防衛をさっさと諦めて、とんずらしようとしていた。それで意地とか言われても、何である。
「それはそれ。これはこれだ。野郎どもかかれっ!」
しかし船長はマサムネのつっこみをモノともせずに、部下に命令を下す。
部下達は雄叫びをあげて、海賊刀を振り上げてマサムネに迫る。
「やれやれ」
多勢に無勢。ただ一人敵に囲まれた状況でありながらも、マサムネはただ単に面倒くさそうに嘆息する。そして、迫り来る船員達に向けて、大剣を構えた。
直後に始まった戦いは、一方的に展開された。
マサムネが大剣を振り回すたびに、最低でも一人、時には数人の船員達が体を切り裂かれて倒れる。武器で受けようとか、盾で受けようとしても無駄だった。召還の儀式によるドーピングを受けたマサムネの身体能力は、人の範疇を軽々と超えている。おまけに持つのは魔法の大剣。例えば現在、唯一存在が確認されているプラス3の魔法の武器、ファリスの聖剣ほど強力な魔法の剣ではないが、それでも一応は魔法の剣。しかも、やたらと重量がある、大剣の中でも大振りな大剣だ。それを片手で軽々と振り回す勢いは圧倒的で、受けようとした剣は砕き、盾は割り、そのまま船員達の肉体を分断する。離れて弓を向けた者もいたが、風の精霊の守りが、マサムネの迫る矢の進路をねじ曲げてしまって命中しない。ならば、とバリスタを放とうと思いついた者もいたが、威力があるだけに重量もあり、狙いを付ける以前の状態でまごついてしまった。挙げ句、向きを変えるだけで四苦八苦しているウチにマサムネに気付かれて、バリスタごと真っ二つにされてしまった。一方的な殺戮が、マーモ軍船で展開されてた。
「化け物だ」
絶望したような一人の船員の嘆きが、彼我の戦力差を表していた。
そして、その間に「やまと」も、マーモ軍船に接近していた。
鈎付きの縄が投げ込まれ、手すりや船体に引っかかって両者をつなぐ。すぐに渡し板が渡されて、「やまと」から戦闘要員がマーモ軍船に躍り込んでくる。
「さあ、自分に続くっすよ。ヒノマル傭兵団、吶喊っすよ!」
先頭に立つのは戦槌を振り上げたベル。慌てて防ごうとする船員の頭をかち割って、マーモ軍船に乗り移る。
その背後には、ヒノマル傭兵団の戦士達が続き、幾人かは迎撃を受けて海にたたき込まれるモノの、すぐに船員達を圧倒する。
勝敗は確定した。たった一人の相手にも敵わなかったのだ。これで、数でも圧倒された。生き残りの船員達が次々に武器を投げ捨てて、命乞いを始める。
「くそっ。戦え、マーモ海軍の意地を見せろ!」
船長が叫ぶが、もはや流れは変えようがなかった。それを悟ると、船長は慌ててきびすを返す。
海に飛び込んで逃げるのかと思えば、何を考えたのか船内に逃げていく。どちらにせよ、部下達には徹底抗戦を命じておいて自分はとっとと逃げ出す。良い身分である。
「ちっ」
マサムネは舌打ちして、部下に命令する。
「中の敵の一掃はお前らに任せる。狭い場所でこれを振り回すと、船が輪切りになっちまいそうだからな」
マサムネが大剣を軽く掲げて示すと、納得したようにベルが頷く。狭い場所で振り回すのには絶対に向いていない武器。それにマサムネの力と魔剣の切れ味。実際、壁や重要な柱をすぱすぱ切り刻んでしまいそうである。折角沈めずに拿捕した船が、そんな事で沈んでしまってはばからしい。そのままベルが先頭切って船長を追いかけ、船内に躍り込んでいく。
船長が船内に逃げ込んだのは、何かの意図があったわけではないらしい。ただ、追い詰められて発作的に逃げ出しただけだった。すぐに傭兵の一人が追いついてとどめを刺し、マーモ軍船から敵は一掃された。
素早くマストのてっぺんに掲げられたヒノマル傭兵団を示す白地に赤のヒノマル旗を満足そうに見上げ、マサムネは視線を陸の方──ラバダンの街に向けた。
「次は、ラバダンの街の開放だ。タンカレーに連絡、『ニイタカヤマノボレ、攻撃を開始しろとな』」
マサムネは、背後に従っていた一人の兵士に命じる。それから、部下達に向かって叫ぶ。
「さて、こちらは派手に動いて敵の目を引きつけるぞ!」
「おお!」
一足遅れて乗り移ってきた水夫らにマーモ軍船の操船を任せ、4隻に増えたヒノマル傭兵団はラバダンに進路を向けた。