ラバダンの街解放、あるいは占拠。
「くそ、さっさと逃げ出しておいて、あのざまか」
こちらを見捨ててあっさりと拿捕されてしまったマーモ軍船を罵りながら、ラバダンの街の領主の地位にある男は吐き捨てる。それでも、罵るだけで事態は改善されるはずがないと、麾下のマーモ兵に命じて、大あわてで港のバリスタを用意させる。ラバダンの住民から徴発した漁船に兵士を乗せて海上で対抗するという手段は、即座に却下した。彼は暗黒騎士団に所属する人間だ。やはり得意は陸戦で、海上での戦いは専門ではない。向こうの様子を見るに、海上での戦いでは勝てそうにないと判断していた。まずは接近前にバリスタなどの飛び道具で被害を与えた後、陸上で迎え撃って決戦する。どうしたって上陸する時には隙が大きくなるから、十分に勝利する事は可能だと、男は判断した。
三隻──いや、逃げ出したマーモ軍船を拿捕して四隻になった所属不明のガレー船軍は、素晴らしい早さでラバダンの港へ向かってきている。やはり、陸上で迎え撃つ事を判断して良かったと、領主は思った。専門外の海上戦では、あの速度に追随する事は難しかっただろうから。
「十分に引きつけて攻撃を開始しろ!」
それでも、陸上で戦う限りは我々は負けない。
領主は慎重に彼我の距離を伺いながら、発射のタイミングを計る。
何処のどいつだか知らないが、自分の待ちに手を出そうとした事を後悔させてやる。
領主は、腕を振り上げ、発射の指示を出そうとする。
が。
「大変です。敵襲です」
泡を食って駆け込んできた伝令の言葉に発射命令を出す事も忘れて驚愕する。
敵は、海上だけではなかったのだ。後方、陸側からも、一団の武装集団がラバダンの街に攻め込んできていた。
「突撃しますよ!」
タンカレーはベルが乗り移ったように叫び、部下をけしかけながら、ラバダンの街へ躍り込んでいた。ガレー船に馬を積んでくる余裕が無かった為、彼らは徒歩だ。それでも、熟練の傭兵らしく、軽やかに自前の足で走りながら目的を目指す。
彼の麾下には、ヒノマル傭兵団の四分の一が配されている。実はこの全員が、船酔いでやられた連中で、魔法使いのカルーアも混じっている。どのみち、海上での戦いではモノの役に立たないと判断された彼らは、ラバダンの街から距離を取った場所で上陸、ぐるりと回って港とは反対側から、タイミングを合わせた強襲を行ったのだ。
マーモ軍の注意は、海側、港の方に集中していた。そうさせる為、真っ昼間、目立つように三隻連なってラバダンの街を目指して見せたのだから当然だ。
そのため、彼らはほとんど苦労することなくラバダンの街の城門を突破して──カルーアのアンロックの魔法一発であっさり開いた──街の中へ一気に攻め込む事に成功していた。
これほど見事にタイミングを合わせられたのには、もちろん理由がある。
「大将に連絡。我奇襲に成功せり。トラトラトラ」
タンカレーは先頭切って走りながら、一人の兵に命令する。その兵は、貝殻を二枚持っていた。一枚を耳に当て、もう一枚を口元へ持って行く。
この貝殻は古代魔法王国のマジックアイテムで、「伝声の貝(ウィスパー・シェル)」と呼ばれるモノだ。二枚貝の片割れに囁くと、もう一方の片割れにその声が聞こえるというマジックアイテム。いわば、トランシーバーのようなモノ。これによって、リアルタイムでマサムネの命令が届き、ほぼベストなタイミングでタンカレーらは行動する事が出来たのだ。
「我奇襲に成功せり、トラトラトラ」
その兵士が、貝殻に向かってタンカレーの言葉を忠実に告げる。
トラトラトラとやらが何を意味するのかよく分からないが、マサムネが奇襲を成功させた時にはそう言うモノだと言ったから、多分そう言うモノなのだろう。タンカレーは深く考えずに納得していた。奇襲開始の命令、「ニイタカヤマノボレ」もやっぱり同様だ。
「そのまま港に向かい、予定どおりバリスタ等の遠距離攻撃兵器を破壊せよとの事です」
「了解。みんな、港へ行きます! 優先するのはバリスタなどの遠距離攻撃兵器。敵兵は後回しです」
「おおっ!」
タンカレーらは、港へ一直線に向かった。
背後を突かれた敵はもろい。
人は、背中側の敵と戦うようには出来ていないのだ。
港へ躍り込んだタンカレーらは、命令に忠実に従い、敵を倒す事よりもバリスタ等の遠距離攻撃兵器の破壊を優先した。戸惑い焦るマーモ兵はこれを阻止する事が出来ず、ほとんど全ての遠距離攻撃兵器を破壊する事が出来た。
これで、ガレー船の本隊が容易に港へ接岸出来るようになる。彼らが到着すれば、数で圧倒出来るはずだ。
「それまでがちょっときついかも知れないんですけどね」
しかし、ここで彼らも落ち着きを取り戻した様子だ。
領主らしき暗黒騎士の指揮の下、タンカレーらの殲滅を命令してきた。
街の人間の蜂起は期待するな。事前にマサムネにそう言われている。色々と小細工をしたマサムネだが、街の人間の意識を、彼らの襲撃に合わせて蜂起させる所までは持っていけなかった。街の人間はほとんど全てに諦観しており──それにマサムネも多少の責任がある──今回も様子を見るだけで、自分たちで何とかしようとは考えないだろうという、マサムネの判断だ。
そして実際、ラバダンの街の住人は扉を固く閉ざして家にこもるだけで、こちらに味方してくれようという動きもない。もっとも、こちらの正体を知らないのだから、仕方のない事であるが。
その結果、ラバダンの街のマーモ軍は、タンカレーら奇襲部隊を数で圧倒していた。
「少し耐えれば、大将が来るから、それまで頑張りましょう!」
タンカレーが声をからして叫ぶ。
「あの〜」
その背中に守られている、カルーアが声をかけた。
「ゾンビ、作っちゃ駄目ですか〜? そうすれば、味方が増えますけど〜」
味方、敵共に短いが苛烈な戦いで既に結構な死者が出ている。確かにその死体を味方にする事が出来れば、味方の方が優勢になる。しかし。
「駄目です。俺たちは正義の味方ですから。ゾンビは無し!」
タンカレーは目の前の敵と切り結びながら、声を強くしてカルーアの提案を却下した。
一般的にゾンビなどのアンデッドは邪悪、不浄とされる。そんなモノを味方に付けて戦ったりしたら、ラバダンの街の人間に、マーモ軍と同様の恐れを抱かせる事になってしまうだろう。それはよろしくないと言うマサムネの判断で、タンカレーも納得していた。マサムネはただ勝ちたいのではない。勝って、国を手に入れようとしているのだ。
タンカレーは振り下ろされた敵兵の剣を盾で受け止めると、右手の剣を突き出す。確かな手応えと共に、その一撃が目の前の敵兵の命を奪う。マサムネや個性的な女性陣の影に隠れてしまってあんまり目立たないが、タンカレーも熟練の傭兵で、手練れの戦士である。滅多な敵には後れを取らない。更に、その横の敵兵を一刀のもとに切り伏せる。
しかし、二人を切り伏せた事で空いたスペースを、新たに迫った敵兵が埋める。敵の方が数が多い。戦い続ける事で味方は押され、数の差はますます開いているようだ。
「でも〜。味方はずいぶん押されているみたいですけど〜」
「そう思うなら、魔法で味方の援護をしてくださいよ」
なんだかこの人、緊迫した戦いの真っ最中だというのに、気の抜ける声を出す。肝が太いのかのんきなのか。多分後者だ。どうしてマサムネの周りに集う女性は、変わった人が多いのだろうか? 等と首をかしげながらタンカレーは戦う。
「それじゃあ〜、火球の魔法(ファイアー・ボール)、行きます〜」
わざわざ宣言してから、カルーアは魔法の詠唱を開始した。
「万物の根元、万能なるマナ……」
意外に、カルーアの呪文の詠唱は早かった。普段の口調はのんびりなのに、これは驚異的に早い。
こちらに迫ってきている敵兵のど真ん中で爆発が生じ、紅蓮の炎が溢れかえる。少なくない人数の敵兵が吹き飛ばされて倒れる。その中央部、火球の魔法の炸裂した辺りにいた敵兵は、真っ黒に焼け焦げて既に命を無くしている。
すさまじい威力。
普段のしゃべり方がのんびりしすぎるほどのんびりしているし、船ではタンカレーと同じように船酔いにやられてぐったりしていたから軽く見ていたが、この娘は強力な力を有した高位の魔法使いだった。マサムネが高い金を払っているだけの事はあると、タンカレーは見直していた。決して、マサムネはこの娘の胸の大きさに金を払っていたわけではないのだ。
「魔法使いか! あの魔法使いを狙え!」
敵の総大将、ラバダンの領主である暗黒騎士団の男が叫ぶのが聞こえてくる。カルーアが、敵の目に脅威と映ったのだろう。何よりまず、カルーアを倒せと叫んでいる。
「あれあれあれ〜?」
のほほんと、カルーアが声を上げた。
「あの〜。私、もしかしてピンチですか〜?」
全然、自分でピンチと思っている様には聞こえない声だ。あくまでのんびりしている。
「そう思うなら、もっと魔法をじゃんじゃん使ってくださいよ!」
タンカレーは叫んで、味方にカルーアを守るように指示を出す。
魔法使いは一般的に、接近してしまえば容易に倒せる。カルーアはそんな一般論以上に、簡単に倒せそうだった。何しろのんきで動きが遅い。はっきり言ってしまえば、とろい。体を使った戦闘能力は、欠片も期待出来ないだろう。
「じゃあ、ゾンビを〜」
「それは駄目です!」
「けち〜」
「けちじゃないです。もう一発、さっきのをお願いしますよ」
確かに、強力な魔法使いだ。だが、それ以上に変な女だ。
タンカレーはマサムネを信じ、これからも命ある限り付いていくつもりだ。しかし、女の趣味だけはいただけないと、心から思った。
必死でカルーアを守りながら奮戦するタンカレーら、奇襲部隊。
カルーアも、おとなしくゾンビは諦め、火球の魔法を連発して、何人もの敵兵を倒した。しかし、そろそろ弾切れらしい。
こちらもそろそろやばい。
タンカレーは敵兵と切り結びながら、そんな事を考えた。
ちらと海の方へ視線を向けると、味方のガレー船は結構近くまで来ている。しかし、港へ味方が上陸するには、もうちょっと時間がかかりそうだった。
かなり不味い。
味方は、数も体力もかなり消耗している。このままでは、遠からず押し切られる。
そう思った瞬間、敵の中で連続して火球の爆発が起こった。
カルーアか?
と思ったが、こちらもびっくりした顔をしているから、どうやら違うらしい。
そう思った時、頭上から声が降ってきた。
「待たせたな」
マサムネの声だった。
「大将!」
タンカレーだけでなく、他の奇襲部隊の者からも歓声が上がる。
「自分もいるっすよ」
見上げれば、空に浮かんだマサムネに、ベルがだっこちゃんよろしくしがみついている。
飛行(フライ)の魔法で、味方の本隊に先駆けてやってきたらしい。
たった二人の援軍。しかし、この二人の強さを承知している奇襲部隊の人間達は、喜び、士気を高める。
ひらりとマサムネが、奇襲部隊の前に飛び降りる。結構な勢いで降りた足下には敵兵がいて、変な声を上げて平たくなって潰れる。そのまま、マサムネはベルを抱えたままで大剣を一閃させる。それだけで、周囲の敵兵が吹き飛ばされてしまう。相変わらず、デタラメな戦闘能力。
「ベル、戦いの歌!」
「分かったっすよ。──全員突撃突撃突撃〜♪ マイリー様の喜びの野はすぐそこだ〜♪」
常のごとし、ベルの歌う戦いの歌は、歌詞がいただけないのだが、その効果は確かだった。
タンカレーの疲労が蓄積していた体に、新たな力がわき上がってくるようだ。感覚が鋭くなり、心に勇気が満ちる。そのくせ、酷く冷静になって敵の動きがはっきりと見え、自分がどうすればいいのかよく分かる。
タンカレーは危なげなく、自分に襲いかかってきた敵兵を切り伏せながら、確信する。
この戦いは勝利した、と。
そして間もなく、港へ入ってきた味方の船から傭兵達が雄叫びをあげて飛び出してきて、この戦いのけりを付けた。