ラバダンの街、開放、あるいは占拠成功。


 ラバダンの街の住人達は、建物の中に閉じこもり、固く閉ざした扉の隙間からおそるおそる戦いを見つめていた。
 彼らの見つめる先で、突如として現れた武装集団は、瞬く間にマーモ帝国の兵士達を駆逐していった。
 領主の館を初めとする街の重要拠点をあっさりと占拠し、各所に残っていたマーモ兵も、抵抗する者は処分し、投降した者は拘束していく。
 その動きは統率され、一人一人が熟練の戦士である事を示していた。
 そして、彼らはラバダンの街での戦いが終結したと見ると、領主の館の倉を開き街の中央の広場で炊き出しを始めた。大きな鍋をいくつも並べ、料理を始めている。
 同時に、武装集団の人間が何人か、街の中を駆け回って住人に向かい、戦いは終わったから家から出てくるように大声で触れ回った。
 最初、住民達はその声を受けても家の中から出ようとはしなかった。しかし、武装集団がいつまで経っても立ち去る様子を見せないのに諦観して、一人、また一人と家の中から姿を現していく。事情は分からない。しかし、このまま永遠に家の中に隠れているわけにはいかない。また、何時までも彼らの言葉に従わないで、機嫌を損ねるのも不味い。今は彼らは狼藉を働いていないが、これから先は分からない。怒らせるのは得策ではない。
 抑圧され、支配される事に慣れきってしまったラバダンの住人達は、処刑場に引かれる羊の従順さでもってそのように決断、いや諦観して、三々五々、中央広場に姿を現した。
 広場で、彼らを迎えたのは、武装集団の頭らしい黒い外套を着て背中に大剣を背負った若い男。まだ、二十才にもなっていない様に見える。武装集団の人間も若い者が多いが、その中でも彼は若い部類に入る。とてもではないが、荒くれ者どもを従えている人間には見えなかった。若さもそうだが、顔立ちも、とてもではないが荒くれどもの仲間には見えない。ちょっぴり意地が悪そうだが、十分に優男と言ってもいい程度に整っていた。
 それなのに、彼は武装集団の者達を完璧に統率していた。武装集団の者達は、誰もがこの男に恐れと崇拝の念を抱いているように見えた。そしてそれは、彼の戦いを見る事の出来た、ごく少数の者だけは素直に納得出来た。この男の強さは尋常ではないのだ。この男に向かっていって、一合と刃を交える事が出来た者は存在しない。すべて、一刀で切り伏せている。デタラメなまでに強い。それはもう、最強と言ってよいほどに。武装集団。それだけに、彼らは強さに憧れを抱くものだから。
「取りあえず、飯を食わせてやるから皿でも何でも良いからもってこい」
 二度手間だ。最初からそのように言ってくれれば無駄を省く事が出来たのに。
 しかし、男の言葉に逆らう勇気もなく、ラバダンの住民達はいったん家に戻ると、器を持って広場にとって返す。
 本当に飯を食べさせてくれるのか半信半疑だった者もいたが、言葉どおりに彼は住民にご飯を振る舞ってくれた。それを見て、未だ隠れていた者達もおそるおそる姿を現す。
 言いつけに素直に従わずに隠れていた事を咎められるかと、僅かな恐怖を浮かべていた者達にも鷹揚に頷き、男はあごでしゃくって、飯を食うように告げた。
「さあさあ、一杯食って腹を満たすっすよ。そうしたら、マーモと戦って戦って戦い抜くっすよ」
 中でも一人、マイリーの神官らしき戦槌を背負った娘がいて、大声で叫びながら乱暴に、大雑把に、住民の用意した器に、これでもかっ!、と言う量の料理をぶち込んでくれた。
 住民達は最初、遠慮がちに、しかし、一口食べた後は空腹を思い出したように勢いよく、料理を平らげていった。
 料理は、お世辞にも洗練されたとは言い難いモノ。大雑把に鍋で食材を煮込んだだけの、戦場料理だろう。だが、このところ腹一杯食べられる事の希だった住民達には文句は一欠片もなく、すぐに遠慮も会釈もなく腹の中に掻き込んでいく様になった。
「お代わりが欲しい奴は、もう一回並ぶっすよ。遠慮は無用っすからね」
 マイリー娘の声を受けて、何人かはお代わりを貰い、思う様に食べて空腹を満たす。
 久方ぶりの満腹、あるいは食べ過ぎて住民達は、広場に三々五々、へたり込んでいた。
 そこへ、男が声をかけた。
「街の代表はいるか?」
 その声を受けて、顔を見合わせる。
 いないのか?、と再びの質問を受けて、男の近くにいた一人が代表して、おそるおそる、いないと説明する。
 眉をひそめる男に、更に告げる。
 マーモは、住民達が連携して反抗する事を恐れて、代表といえるような人間は、真っ先に始末していた。カノン王国に任命されていたこの町の領主はもちろん、マーモが攻め込んできたその日の内に首をさらしている。その他、商業組合、漁業組合といったギルドの長も、それに倣った。せいぜいがご町内のまとめ役、程度の人間しか残されておらず、街の代表といえるような人間はいない。
「〜〜〜〜。面倒くさいな」
 男は言葉どおり、面倒くさげに呟いて、言った。
「それじゃあ、そのご町内のまとめ役で良い。誰か一人、代表者を出せ」
 住民達は、再び顔を見合わせた。ご町内のまとめ役になっていた人間は、かわいそうなくらいに怯えて、他の者に代表者として出ろと視線で牽制し合う。代表者になったとしても、そこに彼らは利益を見いだせなかった。無理難題を命じられるのか、何にせよ、苦労をするばかりだとしか思えなかった。
 と、そこで、一人の娘が港の方からやってきて、男のそばに立った。
「……荷物の積み卸しは終わりましたよ。領主の館に運ばせていますが、それで良いんですよね」
 男に質問した娘は、何故かメイド服を着ていた。荒くれ者の集団にあってメイド服。酷く、この娘の存在は浮いているように見えた。しかし、それを気にするのは住民達ばかりで、武装集団の者達は日常の風景を眺めているように当たり前の顔をしている。
「メイドを連れた大剣使い?」
 誰かがぽつりと呟いた。
 そう言う人間に、思い当たる者が一人、いた。と言うか、一人しか思い浮かばない。
 武装集団の長でありながらメイドを常に傍らに置く男。
 最近、何度か噂で聞いた人間。
 カノンを──いや、彼らを救いに来てくれると噂された、最強の魔法戦士。ロードスで一番新しい英雄。その名はマサムネ。
 男は、その反応を待っていた、と言うようににやりと笑うと、住民達に向けて言った。
「そうだ、俺がヒノマル傭兵団を率いる世界最強の魔法戦士マサムネ様だ」
 噂は真実だった。本当に、マサムネ率いるヒノマル傭兵団は、マーモから彼らを解放する為に来てくれたのだ。
 住民達の爆発したように歓声を上げた。
 その横で何故か、メイド娘は難しい顔をしていた。


「……こう言う認識のされ方は、不本意ですね」
 自分の存在で、住民達に自分たちが何物であるかを悟られた事に、言葉どおり不本意な表情をして、サシカイアはぼそりとマサムネに文句を言った。この男が、サシカイアに常にメイド服である事を強要しているのだ。文句の言い先としては、間違っていない。
「わかりやすい記号で良いじゃないか」
「……もしかして、最初からそのつもりで私にメイド服を着せたのですか?」
「その通りだ」
 マサムネは胸を張って即答した。
「……嘘ですね」
 サシカイアははあ、とため息を零した。きっぱり嘘だ。それに、わかりやすい記号というのであれば、もう少し別の方法でも良かったはずだ。傭兵団にメイド。そんな巫山戯たものを選択する必要なんて無い。
「ちっ。かわいげのない」
 マサムネがすねたように文句を言ってくるが、それをサシカイアは冷めた目で迎撃した。
「……それで、これからどうするんですか?」
「そうだな」
 マサムネは頷いて、ラバダンの街の住人達に向き直った。


 マサムネは、堂々と胸を反らし、ラバダンの街の住人達に正対して立つ。
 それに気が付き、住民達の歓声が途切れていく。
 十分に静かになり、住民達が自分の方に注視している事を確認してから、マサムネは口を開いた。
「カノン王国は滅びた!」
 苛烈な口調で告げたマサムネのこの第一声で、住民達の中にかすかなざわめきが起こる。
 さんざん、商人やら吟遊詩人やら、外から来た人間に言われていた事である。それを何故、今ここで口にするのか。自分たちを絶望させるつもりなのか。こいつは、一体味方か敵か、どちらなのか。そうした戸惑いが、はっきりと見て取れた。
「カノン王国は滅びた!」
 マサムネは、そこへ更に叩き付けるようにして同じ言葉を繰り返す。それを、事実として無理矢理住民達に認識させるように。
 しんとする住民達。その顔を見回し、更にマサムネの言葉は続く。
「これは事実だ。まずは認めろ。カノン王家の者は、マーモに敗北して、お前達を苦しみの中に叩き込んだ。良いか、お前達がこれまで苦労してきたのは、マーモのせいもあるが、カノン王家の無能のせいでもある。そして、カノン王家はお前達を救ってくれなかった。お前達が苦しんでいたのに、何一つしてくれなかった。そして、カノン王家はこれから先も、お前達を救ってくれる事はないだろう。これはもう、王として、国を統べる者としては失格だ。落第だ。全然駄目駄目だ。王とは、民を守るからこそ、王として崇められ、存在が許されるのだ。カノン王家は、それに失敗した。だから、奴らにはもはや、王足るべき資格はない。これから先、よしんば王家の誰かが生き残っていて、のこのこ出てきたとしても、そいつにはもう王足る資格はない。お前達を救えなかった時点で、もはや王失格なのだからな」
 きっぱり、はっきりとマサムネはカノン王家の無能を断言する。いや、断罪か。
 確かに、王に敗北は許されない。王は、民を守るから、税を徴収し、それで贅沢な暮らしをする事を許されるのだ。民を守れない王は失格だというマサムネの言い分は、過激かも知れないが嘘ではないだろう。
「だが、俺は違う!」
 そして、一際大きく声を張り上げて、言った。
「俺は、お前達を救ってやった。これから先も、救ってやれる。それだけの力を、俺は持っている。俺は、世界最強の男だからな。部下にしたところで、一騎当千。ヒノマル傭兵団はロードス最強の常勝軍団だ」
 マサムネはここで一息入れた。
 今度は傭兵達が、大きく歓声を上げて、マサムネの言葉に応えている。
「俺たち最強!」
「マサムネ様万歳!」
 数々の叫びが、傭兵達の口から上がる。彼らは、マサムネの強さを信じている。自分たちの強さも信じている。実際、マサムネの麾下で戦って、敗北した事はない。だから、疑問の一片もなく、口々に声を上げ、手を天に向かって突き上げてマサムネの言葉に応える。
 それが一段落するのを待ってマサムネは軽く手を挙げて傭兵達の叫びを余裕のある態度で収める。それから、鋭いとも言える視線で住民達の顔をぐるりと見回し、決定的な言葉を、叫んだ。
「だから、俺はお前達の新たな王になる!」
 再び、歓声が上がる。今度の歓声も、住民達からではなく、ヒノマル傭兵団の関係者からだ。
 住民達は、戸惑ったように、横の者と顔を見合わせたり、気弱な視線をマサムネに向けたりしている。何を言い出すのだこいつ。と、理解出来ていない者がほとんど。僅かに、追従するように声を出している者もいたが、小声な上に途切れがちだ。
 まあ、こんなモノだろう。いくらマサムネ王国建設の下地を作る為に、商人やら吟遊詩人に色々させているとは言っても、即座に認めて全員揃って歓声を上げる、なんてうまい話はない。
 正直、サシカイアはここでそれを断言するのか?、とも思った。わざわざ吟遊詩人を使っていろいろやっていたから、このままカノンの人間達の中からマサムネを王に、と言う声が高まるのを待って、宣言するのかとも思っていた。その方が、住民達にもすんなり認めやすいだろう。これでは、自分の野心の為にカノンからマーモを追い払うのだと、宣言している事になる。
 だが──マサムネにも何か考えはあるのだろう、とサシカイアは考え、その横で慎ましやかに沈黙を守る。そう、きっと何か考えるがあるのだ。ただの勢いなんかで口にしたのではないはずだ。絶対に、考えがある。──なくちゃやだ。
「ここに俺は、新しい王国の誕生を告げる。国名はニッポン。ニッポン王国だ。同時に、俺たちの第一歩を記念して、この街の名前を改名する。新しいこの街の名前はヒノマル。ヒノマルの街とする!」
 傭兵達が、三度声を上げた。


 ヒノマル王国、建国宣言。