マサムネの支配地域は順調に広がっています。


 旧ラバダンの街を中心に、辺り一帯はニッポン王国の支配地域となっていた。
 マーモ帝国の大規模な反撃は覚悟していたのだが、思っていた以上に、その反応は鈍い。元々、こちらはマーモにしてみれば辺境に当たり、さして重要視していなかったようではある。また、マーモの評議会という統治システム、こちらも上手く機能しているとは言い難い。ベルドに変わる人間の見つからないマーモでは、暗黒騎士団長アシュラム、宮廷魔術師バグナード、暗黒神の司祭、ダークエルフの族長の4人の協議によって国を動かす様になっている。しかし、それは意思統一を欠き、それぞれの勢力がそれぞれ勝手に自分の都合で動くという有様で、足並み揃えて行動する事が全く出来ていない様子。自然、こちらの行動に対するリアクションが遅くなる事も可能性として考えていた。しかし、これはあまりに遅すぎる。
「……黒翼の邪竜ナースが活動期に入ってマーモで暴れているという未確認の情報もありますから、このせいなんでしょうか?」
 と、サシカイアはマサムネに意見を求めてみるが、マサムネの方だってサシカイア以上の情報を持ってい無いのだから答えようはない。二人とも同じ密偵を使い、同じ報告を受けているのだ。まじめにやっているサシカイアの方が多少、多くの情報を受けているが、大差はない。
 仕方がないので引き続き情報収集を密にするように密偵達に告げると、この場合取るべき行動を考える。
「どうせだから、この間に出来るだけ支配地域を広げるぞ」
 マサムネが即座に決断して命令する。
 それもアリだが、悩ましいところでもある。
 中核となる部隊はある。旧ヒノマル傭兵団、現日輪騎士団の人間がそれで、彼らの忠誠も能力も充分信用出来る。しかし、その数は決して多いものではない。支配地域の人間から志願して兵となる者もぽつぽつ出始めているが、それでも数としてはあんまり多くない。支配地域が広がれば、それぞれの守護の為にある程度の兵隊を振り分けねばならない。マーモ軍は追い払っているが、彼らが連れてきた妖魔達が土地に根付いてしまったりしているので、無防備で放っておく訳にはいかない。どうしても、ある程度の守備兵を配備しておく必要がある。あなた達をきちんと守りますよ、と言う態度を見せる必要があるのだ。そうなってくるとどうしても兵士の人数が足りなくなってしまう。兵士は集中させてこそ力になる。あんまり分散させすぎるのはよろしくない。これまでは避けてきたが、このままだと強制的に徴兵する必要もあるかも知れない。
「それぞれの街に派遣する兵士は最小限。中核となる部隊をヒノマルの街に残しておいて、そいつに大車輪で働いて貰うしかないか」
「……了解です」
 最初の戦いでは馬が用意出来ず、歩兵での戦いになったが、最近では馬も揃いつつある。中核軍は全員騎兵として、問題の起きた場所へ素早く送り込む。結局、それしかないだろう。
「正直、マーモがとっとと正面からぶつかってくれた方が話が早いんだが」
 自身の力に絶大の自信を持つマサムネが言う。確かに、マサムネの力は圧倒的で、少々の兵力差など軽々とひっくり返してしまえるだろう。マサムネが魔法の大技を連発し、数人を切り伏せてみせれば、それだけで敵は怯え、味方は猛る。それだけの圧倒的な能力があるのだ。敵がどの程度の兵を派遣してくるかはまだ未知数だが、アダンの街でヴァリスと対峙している以上、こちらより多いのは間違いないが、それでも圧倒的な数の兵士を動かす事は難しいはずだ。
「何にせよ、物事はポジティブに考えるべきだ。今はチャンスと見て、支配地域を広げる。これでいい」
 もう少しあなたはネガティブに考えても問題ありませんよ、とはサシカイアは言わず、素直に頷いた。


 好事魔が多しと言う言葉もある。
 それを示すというわけではないが、近くの、さして大きくない村を支配する為に派遣した部隊が、目的を達成出来ずに帰還したのは、マサムネが決断を下したすぐ後の事。
「ファラリスの神官?」
 マサムネは報告を受けて首をかしげた。
「そんなもん、とっとと倒しちまえばいいだろうが。どうせ、大した人数はいないんだろうし」
 マリーに土産に持ってくれば喜ぶぞ、とマサムネは付け加える。
 サシカイアは正直、喜ばせる必要はないと思う。変に拷問にかけて改宗を迫ったりすることなく、さくっと殺してしまうのが、一番良いと考えている。
「それが」
 と、派遣した部隊の大将をしていた男が何とも言い難い、と言う顔で報告する。
「その村の住人、ほとんど全てがファラリスに改宗している様子で、我々の進駐を阻んだのです」
「村人がファラリスの信者に?」
 マサムネは、民間人への狼藉を厳しく禁じている。そう言う真似をしないように、わざわざライデンから娼婦を大勢連れてきて、ヒノマル軍兵士は優先的に安い値段で利用出来るようにもして気を遣っている。一番利用しているのはマサムネだが。──それはともかく、兵士達には好評で、利用率も高い。あるいは、娼婦達こそが一番働いていると言えるかも知れない。しかし、それでも悪さをした人間はいて、そいつは即座にマサムネに見せしめとして首を刎ねられている。禁を破れば、容赦はしない。それを、はっきりと兵士達は思い知っている。
 この兵士も当然それを知っていて、だから、村人が彼らを阻んだ時、手を出す事が出来ずに逃げ帰ってきたのだろう。
「密偵の報告は?」
「……平和な村だと評判でしたが?」
 もちろん、事前の調査は怠っていない。その村は、マーモ支配下であるとは思えないほど、平和であったという。取り立てて厳しい搾取にもあっていないらしく、ある意味こちらにはやり辛いかも知れないと予感はあった。マーモが悪さをしていればしているほど、こちらが彼らを追い払った時の住民の喜びは大きくなるから。
「……また、ファラリスの神官も、ただ一人しかいないと報告されていました」
「そいつが、村人をファラリスに改宗させたのか? どんな奴だ?」
「……と言うか、村人の方に何か問題があるんじゃないでしょうか。普通、ファラリス信者にはなりませんよ」
 ファラリス=悪。これは、ロードスでは当たり前の図式だ。「汝が望むままにせよ」それが、唯一のファラリスの教え。欲望を肯定する神に仕える人間は、欲望のままに振る舞う。人を殺し、女を犯し、財産を奪い──と、そこまで考えて、サシカイアはそれに当てはまる人間が身近にいる事に気が付いた。
「俺はファラリス信者じゃないぞ」
 口にしたわけでもないのに、マサムネが即座に否定してくる。
 そんなにわかりやすい表情をした覚えはないのだが、とサシカイアは内心で首をかしげた。
「……あるいは、無理矢理に改宗させられて、矢面に立たされたか。自由を尊ぶファラリス信者らしくないやり方ですけど。──それで、どうしますか?」
 ごまかすように、マサムネに尋ねる。
「今、ルードの動きはどうなっている?」
「……特に、変化はありません」
 相変わらず、マーモの動きは鈍い。本当に、邪竜ナースが目覚めて暴れているのかも知れない。流石に、密偵をマーモ本国に送り込むのは難しく、はっきりした情報は得られていないのだが。
「よし、なら、俺が出る。マリーも同行させる」
「……マリーさんですか?」
 む〜、と、サシカイアはちょっぴり難しい顔になる。かつてはヴァリスのファリス神殿で、異端審問と邪教弾圧で死体の山を築き、「血まみれ」の二つ名を得たマリーである。それをファラリス信者で一杯の村に連れて行ったらどういう事になるか。
「きっと喜ぶだろうからな」
「……それはそうかも知れませんが、あんまりおすすめしませんよ」
 どうやら、粛正に次ぐ粛正が起きそうである。


 その村は、カインの村と言った。
 それこそ、20ほどの家族がまとまって暮らす、小さな村だ。農業が主体。他に、これといった産業はない。典型的な、辺境の貧乏農村。
 マサムネは日輪騎士団10騎プラスαを連れてカインの村へ自ら赴いた。
「そんな村が、まとめてファラリス信者になるなんてね」
 プラスαの一人、マリーは、嬉しそうに言った。
「まあ、私に任せておけば、すぐにファリスに転ばせてあげるわよ」
「……そうですか」
 しかし、転ぶという表現は何とかならないモノだろうか?、と首をかしげながら、サシカイアは相槌を打つ。
「ところでサシカイアは蓑踊りってしってる?」
「……はい?」
「算盤責めは?」
「……あんまり知りたくありませんね」
「それはあなた、人生損しているわよ」
 人生損していても良いから、詳しくは知りたくないと思うサシカイアである。
 マリーは非常にテンションが高い。カインの村の話を聞いた瞬間、マサムネに拷問器具の購入計画を持ちかけたくらいに、テンション高まりっぱなしだ。
「転ばせるなんて、面倒くさくないっすか? ここは戦って戦って戦って、マイリー様の喜びの野にさくっと送り込んでやるのが一番、ってもんすよ」
 他に、ベルも同行していた。勇者様に付いていくのは、従者たる自分の努めっす、と言う理由らしい。まあ、ここのところ戦いらしい戦いがなかったから、チャンスを逃すまいとしているのだろう。
「見えたぞ」
 サシカイアが、どうにも気の滅入る話をマリーとしている内に、目的の村に着いたらしい。
 カインの村は、事前調査どおりの小さな村だった。
「しけた村っすね」
 とのベルの言葉が、一言で全てを表している。まさしく、そんな感じの見栄えのしない村。山間の小さな村で、少しでも耕地面積を作る為に、斜面にだんだんになった棚田が作られている。その間に、こじんまりと家がいくつか、まとまって存在する。見た感じ、特にファラリスの神殿と見えるような建物はない。
 そのまま馬を進める事しばし、村の入り口にさしかかると、村人総出の出迎えを受けた。歓迎ではない。
「おら達の村に何のようだ?」
 最初から、村人の態度はけんか腰。何しろ、竹槍や農具を構えているから間違いない。
「俺は、最近評判のマサムネ様だ」
 もちろん、マサムネがその程度の事で怯えたりするはずもなく、堂々と胸を反らして宣言した。
「ここいら一帯は俺の国、ヒノマル王国の領土になったから、お前達も従え」
 こいつはあんまり表に出さない方が良いかも知れない、とサシカイアは考えた。せっかくの解放に出かけても、こんな調子でやられたら、支持率アップはかなり難しいだろう。無意味に反発を招いてしまうだろう。
「おら達にはそんなもの関係ねえだ」
「そんだそんだ」
「そっちの都合なんか知った事じゃない。これは決定だ」
 マサムネは、村人の声なんて歯牙にもかけなかった。しかし、本当にただの悪者だ。やっぱり、引っ込めておくべきだろう。
「それに、お前達にはファラリス信者であるとの嫌疑もかかっている。まあ、俺も鬼じゃないから、村にいるファラリスの神官をつきだして改宗すれば見逃してやる」
「ミモザ様を突き出すなんて、そんな真似ができるわけねえだ」
「そんだそんだ」
「おら達は命にかけても、ミモザ様を守るだ」
 どうやら、ファラリス神官の名前はミモザというらしい。
「ミモザ? 女か?」
 あ、ちょっとイヤな予感。サシカイアは、マサムネの表情を伺う。きっとろくでもない事を考えている。
「ちょっと聞くが、そのミモザ様とやらは、若い娘か?」
「なしてそっただこと、答えねばなんねえべ」
「死にたくないならすぐに答えろ。いい女か?」
「ミモザ様は、まるで女神様のようなお方だ」
 村人は、マサムネの脅しに屈したというわけではなく、どこかうっとりしたような表情で答えてきた。
「ほうほう」
 村人の言葉を聞いたマサムネは、なんだか嬉しそうに頷いた。
「なるほど、それは俺が直々に、そのミモザ様とやらを審問する必要があるな」
「……マリーさんに任せるのではなかったのですか?」
 サシカイアはジト目になって、マサムネを見る。
「それはそれ、臨機応変という奴だ」
「……マリーさんもそれで良いんですか?」
「まあ、マサムネがその気になっちゃったみたいだから。ちょっと残念だけど、ここは譲るわ」
 苦笑して、マリーはあっさりと頷いた。マサムネがこうなってしまった以上、もう絶対に止まらないと、それなりにつきあい長いだけに、理解、あるいは諦観しているようだ。
「でも、貸し一つだからね」
「分かった、お前のほしがっていた拷問器具を一つ、購入してやる」
「約束だからね」
 そんな約束はしないで欲しい。
「う〜、マリーばっかりずるいっすよ。戦わないなら、自分にもご褒美が欲しいっすよ」
「分かった、ベルにも何か考えておいてやる」
「……私も、一つお願いがありますが?」
「お前のは却下」
「……何でですか?」
「どうせ、ギアスを解けとかギアスを解けとかギアスを解けとかだろう」
「……良いじゃないですか、解いてくださいよ」
「どのみち神聖魔法が使えなくなった俺には無理だ」
 マサムネは素っ気なく、サシカイアの願いだけは却下した。
「さて。こっちの話はまとまった。お前達はどうする?」
 マサムネは強引にサシカイアとの話を締めくくり、村人に向かう。
 その眼光を受けて、村人が僅かに後ずさる。所詮、勢いで武器を構えたモノの、完全武装のマサムネらを見て、完璧に腰が引けていた。実際、戦闘になれば村人達は相手にもならずに全滅するだろう。
「俺に逆らって酷い目に遭うか、素直に従って平和に暮らすか。──選べ!」
 最後に叫んだマサムネの声に、村人達は目に見えて怯える。
 これは、あっさりけりが付くか?、とサシカイアは期待混じりに推測した。あんまり酷い事はしない方が良い。村人が素直に頷いてくれれば、それが一番である。
 しかし。
「おら達は、おら達は、絶対に引かねえだ」
「んだんだ」
「ミモザ様を守るだ」
 村人達は、自らを鼓舞するように声を上げた。
 おや、とマサムネが表情を僅かに変える。脅せば引くと思っていたのに予想外。そう言う顔。マサムネも、村人を相手に戦いを始めるつもりなどは無かったのだろう。
「そうか、お前達の決意は分かった」
 それでもすぐにマサムネは心を決めたようだ。
「なら遠慮はしないぞ。騎士団、この邪教の信徒どもを殲滅するぞ!」
 すらりと背中の剣を抜いて、天に向かって掲げる。きらりと刀身が魔法の輝きを見せる。
 それを振り下ろした時が、村人達の最後だ。
 と、そこで。
「待ってください」
 と、女性の声が割り込んできた。