第3の宗教家登場。
「ミモザ様!」
村人達が、声を上げて彼らを守るようにマサムネらの前に立ちふさがった女性の名前を呼んだ。女性、まだ少女と言っても差し支えがないだろう若い娘だ。しかし、これまでの話の流れからすると、この娘がファラリスの神官という事になる。
「あ、あのっ、私がファラリス様に仕える者です」
少女は、両手を広げて必死、と言う顔でマサムネに向かう。
「わ、私は、あなた達に投降します。抵抗しません。で、ですから、村人達には手を出さないでください」
気弱な娘が勇気を振り絞りました。そんな表情だ。
「あ〜」
マサムネは、その娘の顔を見、それから周囲の村人達の顔を見回す。戸惑いを顔一杯に広げ、再びミモザの顔に視線を向ける。
マサムネの戸惑いは、サシカイアにも理解出来た。
ファラリス=邪悪。
これは、絶対の図式である。あるはずである。当然、その神官と言えば邪悪である。そのはずである。
しかし、この少女──ミモザはとてもそうは見えない。
している格好は、胸元にぶら下げたファラリスの聖印以外はそこいらの村娘と変わらず。顔立ちも、気弱な少女のそれ。生け贄を神に捧げて大喜び、そんな一般的なファラリスの神官のイメージとは遠い。──まあ、ファラリス神官の全てが目つきが悪くて目の下に隈がある、なんてわかりやすい特徴を持っているわけではないだろうが。
「お前が、邪悪なファラリスの神官か?」
「じゃ、邪悪かどうかは分かりませんが、確かに私がファラリスの神官です」
ミモザ様は邪悪じゃないぞ〜と言う、村人の声を背景に、少女がきっぱりと──いや、なんだかどもりがちだが答える。人と話す事があんまり得意じゃない。そんな、内気の少女のように見える。
マサムネは助けを求めるように、マリーの方を見た。
「邪悪感知(センス・イービル)の魔法には引っかからないわね」
なにやらぶつぶつ呟いていると思ったら、マリーは魔法を使っていたらしい。
邪悪感知。これは、正義の神様、ファリスに仕える神官達にのみ使用可能な奇跡。マリーの好きなジハドと同じくファリス神官の専用魔法だ。いや、ジハドと同列視したらマリーは怒るかも知れないが。とにかく、その人物が邪悪かどうか、ファリス神が判定して教えてくれる魔法だ。
それに引っかからないという事は──どういう事だろうか?
悪者じゃない? ファリス神官が?
「……魔法を失敗したとか、ありませんか?」
どんなに熟練の者でも、36回に一回は失敗するというのが定説だ。もしかしたら、今回、丁度のその一回が来たのかも知れないと、マリーに確認する。
「失礼ね、サシカイア」
マリーはサシカイアの疑問に不機嫌に応じ、それでも確認するみたいにマサムネを見た。
「ほら、マサムネは邪悪に光りっぱなしよ。きちんと魔法は効いているわ」
ああ、やっぱり邪悪だったんだ。
なんだかサシカイアは酷く納得する。見れば、ベルもうんうんと頷いている。
「誰が邪悪だ」
しかし、マサムネ本人は納得していないようだ。誰でも自分の事は分からないモノなのだ。
「……人にギアスの魔法をかけて自由に弄んでおいて、そう言う事を言いますか?」
「まあ、それはともかく」
マサムネはあっさりと話題を変えた。
「どういう事だ? 詳しく説明しろ」
村人、ミモザ、それぞれに事情聴取をする。
村人は強硬に反対して、武力行使も辞さない、と言う態度だったが、ミモザに一言言われると、おとなしくなった。どうやら、かなり慕われているらしい。
ちなみに、ミモザの事情聴取は別室でマサムネが行っている。やれやれだ。
村人の話を聞くと、ミモザはこれまで、村人の為に身を粉にして働いてきたらしい。
最初は、ファラリスの神官という事で、村人は絶望した。ファラリスの神官と言えば、邪悪な儀式。そのための生け贄にされると怯え、村から逃げ出した者もいた。
しかし、実際に赴任してきたのは、どこか気弱に見える少女。なんだか拍子抜けしたらしい。
ミモザはその後、率先して村の為に働いた。
荒れ地を耕し、村人にけが人が出たとなればファラリスの奇跡でそれを癒し、徴税官とは少しでも取り立てをゆるめてもらえるように交渉し、魔物が村に迫ったとなればメイスと神聖魔法を使ってそれと戦って追い払う。
最初は戸惑いと恐れとで遠巻きにミモザを見ているだけだった村人も、少しずつ、少しずつ、ミモザと親しくなっていった。
何故、そんな風に助けてくれるのか?
村人の一人が尋ねた時には、ミモザは控えめに笑いながら、それが私の喜びですから、と答えた。
近くの村や町で、マーモが悪行の限りを尽くす中、この村だけはミモザに守られて平和に──年貢の取り立てが多くなったせいで、多少は苦労も大きくなったが──安閑と過ごす事が出来たらしい。
そしてミモザの献身的な働き。それにほだされた村人の中から、一人、二人とファラリスに改宗する人間が出始め、今では村の人間のほとんどがファラリスの信者で、そうでない人間も、ミモザの事を心から尊敬しているという。
「……ええと、それはつまり、聖職者の鑑のような人物、と言う事ですか?」
「んだ。ミモザ様は、まるでファラリス様がこの世に降臨なさったみたいな、とっても立派な人物だ」
何かが違う。
サシカイアは何となく、マリー、ベルに視線を向けた。
「なに? サシカイア」
「なんすか? 何か言いたい事でもあるっすか?」
「……いいえ」
まともな聖職者はロードスに存在しないのか。
サシカイアは、かつてそんな事を考えた。
そして、今、サシカイアの前に、どうやらまともらしい聖職者が登場した。
しかし、何かが違う。
「……なんでファラリスの神官が、一番まともで、一番聖職者らしい聖職者なんですか?」
「それは、私に喧嘩を売っているのかしら?」
「まるで自分がまともな聖職者じゃないみたいに聞こえるっすよ。発言の撤回を求めるっす」
いや、ミモザもやっぱりまともではないかも知れない。何しろ、ファラリスの神官なのだ。彼女もやはり、ファラリスの神官としては際物中の際物で、異端なのだろう。
なんだかやっぱり世の中間違っていると、頭痛を抱えたサシカイアの方に、村長宅の一室を占拠して、マンツーマンの尋問を行っていたマサムネが、ミモザを連れて戻ってきた。
なんだか、マサムネは非常にすっきりとした顔をしているし、その後に続くミモザの顔は僅かに赤い。もう、どういう尋問をしていたのか、一目で丸わかりである。
「ミモザ様。無事だったべか」
村人が、姿を現したミモザに安堵し、喜びの声を上げる。
みんな、考えが甘い。無事なわけがないのである。
「……それで、彼女の話は聞きましたか?」
「話?」
マサムネは首をかしげた。
「ああ、そう言えばすっかり忘れていた」
こいつは……
握り拳を僅かに振るわせながら、サシカイアは深呼吸。怒りを呼気と共にはき出そうと試みる。
「……まあ、良いです」
そして残ったのは諦観。
「……どうせなら、私たちも彼女の口から語って貰いたいところですから、ここで色々と質問をさせて頂きます。よろしいですね?」
「あ、はい、分かりました」
ミモザは、気弱に応じ、背筋を伸ばして直立する。ものすごく緊張している。
「……もう少し、楽にしてくださって結構ですよ」
「サシカイア、笑顔笑顔。不機嫌になるのも分かるけど、そんな怖い顔をしていたら、彼女が怯えても仕方がないわよ」
「……私は笑顔ですよ」
マリーに言われて、サシカイアは更に笑みを深めてみせる。
したらミモザは更に緊張したように肩の辺りの線を堅くする。村人も、一歩後方に下がってしまう。
失礼な。
内心で憤慨しつつも、サシカイアは友好的にミモザに話しかける。
「……それで、まず確認ですが、あなたは本当にファラリスの神官ですか?」
「あ、はい。確かにそうです」
ミモザは気弱な表情ながら、はっきりと頷いた。
「……村人の話を聞いた限りでは、あなたの行動はファラリスの神官と言うよりは、マーファとか、そっち系の神官のように思えたのですが、何故、ファラリスなんですか?」
「あ、あの、それは、ファラリス様の声を聞いたからです」
神様が、敬虔な信者やそれ以外に、声をかける事は希にある。例えば、ベルがマサムネが勇者であると電波を受けたのも、その一種だ。高位の神官ともなれば、瞑想して、自ら望んで神の啓示を受ける事もある。また、それ以外でも、神に認められるような働きをした者に、信者であるなしを問わずに声をかける場合もある。その場合、同時にその神に仕える神官としての能力も付与される場合がある。ミモザの場合はこれか?
「何してファラリスの声を聞いたっすか? 返答次第では──」
ベルは得物の戦槌をぐるりと一回しする。どうせ、ファラリスの声を聞くような事をしたとなれば、ろくでもない事では無かろうと、確信しているのだろう。その場合、サシカイアも止める気はない。──マサムネは止めるかも知れないが。
「ひっ」
ミモザはそれを見て喉の奥で悲鳴を上げる。
「わ、私は、マーモの生まれで、普通の村娘でした。村は貧乏で、よく魔物にも襲われましたし、暮らしは楽じゃありませんでした」
マーモは、呪われた島と呼ばれる事があるロードスの中でも、更に闇の深い場所だ。妖魔はすぐそこにおり、気を抜けばすぐに襲われて命を落とす。おまけに地の実りも大したものではなく、食料は常に不足がちだという。
「よ、弱い者は搾取され、見捨てられる。逆に強ければ、何をしてもいい。それがマーモです」
弱い者は強い者から搾取され、命すら簡単に奪われる。そうした弱肉強食の世界。現在、旧カノンにおいてマーモ軍は搾取に次ぐ搾取を行っているが、それはある意味、マーモでは当たり前の事なのだ。
「で、でも、私はそれが嫌だったんです」
「……え?」
「く、暮らしが苦しいですから、子供が間引かれる事なんて珍しくありません。お年寄りを山に棄てたりなんかもします。それが、マーモでは当たり前の事でした。で、でも、私は嫌だったんです。子供達には元気に生きて欲しいし、お年寄りにも安穏と天寿を全うして欲しい。そう考えて、私は出来る限り、彼らを助けようとしました。も、もちろん、私なんかの力で出来る事なんて知れてました。わ、私が食事を減らして子供にわけてあげても、それで救えるのはマーモの人間のほんの一握りで。ど、どころか、それでもやっぱり救えなかったりもしました」
なにやら、悔しい思い出でもあるのか、ミモザは悲しげに顔を伏せた。
「……そ、それは苦労していそうですね」
ロードスでだって、そんな事をすれば苦労するに決まっている。それがマーモであれば、なおさらだろう。
「そんな人の良い事をしていると、マーモじゃ食い物にされるんじゃないっすか?」
ベルが問う。
騙された方が悪い。マーモでは、そんな倫理観が当たり前だと聞く。
「あ、は、はい。私も何度か騙されましたし、酷い目にも遭いました」
「処女じゃなかったしな」
「……あなたは黙っていてください」
口を挟んだマサムネを、怒気もあらわにサシカイアがにらみ付ける。
「……続きをどうぞ」
「あ、はい。ですから、私も、私の考えはやっぱり間違いなのかって思った事もあります。そんな時です」
ミモザは言って、瞑目して静かに胸の前で両手を組み合わせた。
「ファラリス様の声が聞こえたのです。『汝の望むままにせよ』って」
「電波っすね」
ベルが頷く。神様の電波を受けた者同士、なにやらシンパシーを感じ始めているようだ。ちょっぴり、マリーは悔しそうである。
「そ、その時、私は確信したんです。確信出来たんです。ファラリス様は私の生き方を良しとしてくださる。私は間違っていなかったんだって」
いい話、なのだろうか? どうも、ファラリスの神官の話となると、酷く間違っているような気もするのだが。
「そ、それから、私はファラリス教団に所属して、修行を積みました。生け贄の儀式とかは出来ませんでしたけど、ファラリス様の覚えもめだたく、どんどん神官としての力も付いてきました。ど、同僚の方からは、「異端である」なんて言われる事もありましたけど、最高司祭のショーデル様は、「自由を尊ぶのがファラリス様であるから、信仰の仕方もまた自由、それもまた良し」って私の事を認めてくださって。──そ、それで、私をここ、カインの村の領主に推薦してくださったんです」
「……なるほど」
「は、はい。そ、それで、この村に来て、私は精一杯、出来る限りの事をしてきました。マーモと違って、騙される事もありませんでしたし、村の皆さんにも認めて頂いて、本当に幸せでした」
ミモザは本当に嬉しそうに、しかし寂しそうに笑う。そして、視線をマリーに向けた。
「で、ですから、私はもう大丈夫です。心残りは、そりゃあありますけど、笑ってファラリス様の身元へ行く事が出来ます」
「どうして、私を見るのかしら?」
視線を向けられたマリーが首をかしげる。
「あ、あなたの事は、ファラリス神殿のブラックリストで見ました。血まみれのマリーさんですよね」
「ブ、ブラックリスト?」
どもったが、これはミモザではなくマリーである。立場が変われば、評価も変わる。ファラリスの人間をたくさん殺してきたマリーであるから、ファラリス側の評価がこうなるのも無理はないだろう。
「わ、私は、おとなしくあなたの裁きを受けます。で、ですが、村の人たちだけは見逃してあげてください」
お願いします。
と、ミモザは頭を深々と下げた。
「そ、そんな、ミモザ様だけを犠牲にするわけにはいかないっぺよ」
「そうだっぺよ。おら達も一緒に裁きを受けるだ」
「んだんだ」
村人達は口々に言ってミモザと共にあろうとする。
ミモザはそれを嬉しそうな顔で受け、しかし、きっぱりと言った。
「い、いえ。あなた達は生きてください。い、生きるのに邪魔だとなったら、ファラリス様への信仰を捨ててくださってもかまいません。あ、あなた達が日々平穏に、幸せに生きていく事が出来れば、それが私の喜びですから」
「ミモザ様」
村人達が、感極まったように涙を流す。
「……どうします?」
「これじゃあ、私が悪者みたいじゃないのよ」
ぶすっくれて、マリーが応じた。
ようやくまともな宗教家が登場したと思ったら、ファラリスの神官だった。やっぱりまともな宗教家はロードスにいないのか、とサシカイアは暗澹たる気分になる。
まあ、それはそれとして。
さて、彼女をどうするか?
「……」
サシカイアは、視線をマサムネに向けた。ここはもう、マサムネに任せてしまおう。どうせ、マサムネの鶴に一声でどうとでもなってしまうのだ。
任せる事にしたわけであるが、結論は既に出ているような気がする。何しろ、このファラリス神官、ミモザは素朴で気弱な感じの、若くてかわいらしい娘だったから。
「よし、ヒノマル王国では、ファラリス神の信仰も、ミモザ派に限っては認める事とする」
「……ミモザ派?」
何ですか、それは。と、サシカイアは視線で尋ねる。
「そんなもの、適当に教義をでっち上げればいいだけの話だろう。そうだな、マリー、お前が監修して、ファリスの人間に文句が付けられないような奴にしろ」
「ファリスの人間は、ファラリスってだけで、文句を付けるけど?」
マリーが即答する。
「例えそうだとしても、一見、立派そうな教義にしておけば、言い訳もできる」
マサムネは少し考えて、言った。
「ファラリスは、「汝の望むままにせよ」で、自由が大切だったな」
ちょっと、話の展開において良かれ気味で、戸惑っているミモザに尋ねる。
「あ、はい、そうです。ファラリス様の信者にとって、自由はもっとも大切な事です」
「じゃあ、それを適当にアレンジだ。そうだな、「自由は大切だからこそ、他の人間の自由を侵害しないようにしなければならない」、これでどうだ?」
「え、あの、どうだと言われましても」
「つまり、人に迷惑をかけるな、そう言う事だ。それなら、ファリスの教えにだって反する訳じゃないだろう?」
マサムネは、マリーに確認した。
「確かに、そうだけど、良いの? ファラリス信仰を認めるって事は、余計な荷物を背負うって事と同意よ? 少なくとも、ファリスは、ヴァリス神聖王国は絶対に認めないと思うわよ」
あなたはいいのですか? と、サシカイアは思ったが、即座に自分で答えを出す。いいのだろう。マリーは結局、自分の地位が引き上げられて、ジハドが使えるようになれれば、その他の事は些事としてスルーすることが出来るのだ。別に、ミモザが本当に邪悪な存在だとしても、それさえ達成出来れば問題ないと思っている。実際、邪悪感知でマサムネを邪悪としておきながら、付いてきているわけだし。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
そこへ、ミモザが口を挟んできた。
「なんだ? ミモザちゃんは気に入らないのか? そうすれば、ミモザちゃんを粛正する必要もなくなるし、ファラリス信仰も認める事が出来るんだぞ」
「え? で、でも、そんな風に勝手に教義を作ったりして、良いんでしょうか?」
「大丈夫だ」
きっぱりとマサムネは頷いた。
「元々、ファラリスは自由を尊ぶんだろう? だったら、教義をちょこっと変えるくらい、余裕でオッケーだ。何しろ、自由なんだからな。信仰のあり方も自由だ。自分だって、最高司祭とやらに、そう言われたんだろう?」
「え、あ、いいのかな?」
なんだか、よく分からないがごまかされているような気がする。そんな顔で、ミモザは曖昧に頷いた。
「いいんだ」
マサムネはミモザに押し被せるようにして断言した。
「あ、はい、いいです」
どうやら、マーモでもこんな風に押し切られて、色々と騙されたり利用されたりしてきたんだろうなあ、と、想像の付くミモザの反応である。
「詳しくは、これからゆっくり決めていけばいい。マリーも協力してやれ」
「わかったわ」
マリーはあっさり頷いた。
「あ、は、はい。分かりました」
ミモザの方は、なんだか釣り銭をごまかされたみたいだけど、いくらごまかされたか分からない。そんな曖昧な表情で、それでも頷いた。