さて、そのころ彼女がどうしていたかと言うと。
フレイムからヴァリスに抜ける街道。
ルノアナ湖脇を通るそれは、ほとんど使用不可能状態だった。
大量の妖魔、魔獣が出没し、道行く人を襲うのだ。近くの小さな村はいくつも壊滅し、もはや近づく事も叶わない。そんな魔境と化していた。
「通らない」
そんな街道近くの場所で、一人の少女が呟いた。
「なんで、あいつは通らないのよ!」
憤慨したように、少女は叫ぶ。
そんな目立つ真似をしたら、近くの妖魔や魔獣がやってきてしまう。
だが、少女にしてみれば、そんな事は全く問題ではなかった。
なにしろ、多くの妖魔、魔獣を率い、街道封鎖をしているのはこの少女だったから。
少女の名前はカミュと言う。マーモ、闇の森出身のダークエルフの娘である。
そして、カミュの言う「あいつ」の名前は、マサムネと言う。
カミュは、マーモ軍の戦略の一つ、通商破壊の為、この辺りに潜んで道行く人を襲っていた。商人の行き来を邪魔し、商品の流通を妨げる。もともと、自分の所だけで完結している国はない。特産品を他国に輸出し、足りないモノを他国に求める。そうやって、ロードスの国はやってきている。それを邪魔すれば、マーモにとって益がある。
そして、素晴らしい事に、マーモ軍にはダークエルフが味方している。ダークエルフは、下級の妖魔、魔獣を従えて、配下として使役する事が出来る。だから、わざわざ軍勢を派遣する必要なく、ダークエルフを一人、必要な場所に派遣すれば、その場で近在の妖魔を従えて、簡単に通商破壊の為の部隊を組織する事が出来る。これは凄く楽ちんで美味しい。
カミュも、そうした理由で派遣されたダークエルフの一人である。
呪われた島、ロードス。マーモほどではないにしろ、妖魔の類には不自由しない。だからカミュも適当にゴブリンなどを配下として、通商破壊にいそしんでいた。
ところが。
いつものように通りがかった商人に襲いかかったところで、カミュはマサムネにあった。
出会ってしまった。
マサムネは圧倒的な戦闘能力でカミュの連れていたゴブリン達を撃破して。
そしてマサムネは、カミュを捕らえるとあんな事やこんな事を──
「〜〜〜〜〜〜!」
思い出して真っ赤になり、カミュは瞳に涙をにじませて、堅く拳を握りしめる。握りしめた拳はぶるぶると震える。怒りで。
屈辱だ。絶対に許す事の出来ない屈辱だ。
マサムネは、その後、カミュの命を取らず、解放した。もちろん、だからといってカミュは、欠片も感謝などしていない。逆に、屈辱をはらす為、マサムネに復讐する事を決意した。
カミュは、自分だけでは力不足かも知れないと冷静に認め、マーモ本島のお父ちゃんに泣きついて、マンティコアを借り受けた。マンティコアくらい邪悪で強力な魔物であれば、マサムネの奴をぎったんぎったんにすることが出来るはずだ。
そう考え、カミュは辛抱強く、再びマサムネがこの街道を利用する時を待ち受けた。
そして、その時が来た。
復讐の時は来た。自分が感じた屈辱を、倍にして、のしを付けて返してやる。
そう勇んでマサムネを襲撃したカミュであるが。
またもや敗北した。
そしてマサムネは、カミュを捕らえるとあんな事やこんな事を──
「〜〜〜〜〜!」
思い出して真っ赤になり、カミュは瞳に涙をにじませて、堅く拳を握りしめる。握りしめた拳はぶるぶると震える。怒りで。
屈辱だ。絶対に許す事の出来ない屈辱だ。
マサムネはやっぱりこの時も、カミュの命を取らずに解放した。もちろん、カミュは欠片だって感謝などしていない。屈辱をはらす為、再びマサムネに対する復讐を決意した。
その後、再びマーモ本島のお父ちゃんに泣きついて、ジャイアントを借りてきた。今度こそ、絶対にマサムネに復讐してやると待ち受ける事しばし。
三度、この街道を利用したマサムネに襲いかかった。
復讐の時は来た。自分の感じた屈辱を、三倍にして、のしを付けて、綺麗にラッピングして返してやる。
そう勇んでマサムネを襲撃したカミュであるが。
三度、敗北した。
そしてマサムネは、カミュを捕らえるとあんな事やこんな事を──
「〜〜〜〜〜!」
思い出して真っ赤になり、カミュは瞳に涙をにじませて、堅く拳を握りしめる。握りしめた拳はぶるぶると震える。怒りで。
屈辱だ。絶対に許す事の出来ない屈辱だ。
マサムネはやっぱりこのときも、カミュの命を取らずに解放した。もちろん、カミュは小指の先ほども感謝などしていない。屈辱をはらす為、三度、マサムネに対する復讐を決意した。
その後、三度マーモ本島のお父ちゃんに泣きついて、こんどはヒドラを借りてきた。今度こそ、絶対にマサムネに復讐してやると待ち受ける事しばし。
マサムネがまたもやこの街道を利用したのだが。
その時、マサムネは一軍と言っていい、武装した人間を連れていた。
流石に、これには勝ち目はない。
カミュは屈辱に身を震わせながらも、そう判断した。マサムネ一人でもきついのに、これだけの人間がいたのでは、目的達成は不可能。もし敗北した時には、またもやマサムネに捕まって、あんな事やこんな事をされてしまうのは明白。その上、マサムネの脇にいた女性も問題だった。その女性の名前はマリー。血まみれの二つ名を持つ、マーモの者にとっては最悪といえるファリス神官だ。彼女の手でファリス神殿地下に送り込まれて、二度と日の目を見る事が出来なくなった者は少なくない。今までは見逃してもらえていたが、彼女がいるとなれば、今回はそれを望めない。敗北は、即ち死。そして、今の戦力で勝ちは望めそうにない。
だからカミュはその場でのマサムネへの復讐は泣く泣く諦め、襲撃する事を思いとどまった。
しかし、それは永遠にマサムネに復讐する事を諦めたという事ではない。
今の戦力では勝てない。
ならば、更に戦力を充実させて、マサムネに対抗出来るようにすればいい。
その日から、カミュは近隣を忙しく走り回り、見つけた妖魔達を片っ端から配下にしていった。
努力の甲斐あって、現在カミュの元には大量の妖魔が集っている。
ヘルハウンド、ミノタウロス、ハーピィ4匹、オーガー4匹。さらに、ゴブリンロードを頭とするゴブリンの一族が約50匹。ホブゴブリンも5匹ほどその中に含まれている。お父ちゃんに借りた、ヒドラも健在だ。
もはや、この戦力は一軍と言っても差し支えない程のモノ。
更に、カミュの能力も格段に高まっていた。
エルフにしろダークエルフにしろ、ほとんど無限と言って良いほどの長い寿命を持つ。そのせいで、自身の能力を鍛えるという事に関しては、かなりのんびり屋だ。長く生きている内に、何となく能力が高まっていく。そんな感じの者が多い。100才に満たない若いカミュも、これまでまじめに能力を高めようなどとは思った事が無く、精霊使いとしての能力は低いレベルだった。しかし、カミュは心を入れ替え、まじめに鍛錬に取り組んだ。元々種族的に素質に恵まれている事もあり、努力の甲斐あって、現在では上位精霊だって従えて使役する事が可能となっていた。
力は満ちた。
後は、マサムネがここを通りかかればいい。
そうすれば、今度こそ、カミュの怒りを、屈辱を、まとめてマサムネに叩き付けてやる。敗北し、助けを求めて懇願するマサムネを、あざ笑いながら始末してやる。自分が何に逆らったか、きっちりと思い知らせてやる。この世に生まれてきた事を後悔させてやる。
と、理想の未来予想図を脳裏に描き、カミュはマサムネが通るのを心待ちにしていた。
無論、その間も通商破壊は続行し、ついでに近隣の町や村をいくつも襲ってその全てを壊滅させてきた。
なのに。
マサムネは一向にこの道を利用しようとしない。全然、通らない。
自分に恐れを抱いて逃げた?
恐れを抱いたというのは良いが、逃げられたのでは、カミュの復讐は達成出来ない。
カミュは、いらだちながら、それでもそこで待ち続けていた。
そんなある日、カミュの元へマーモから定時連絡の為の使者が訪れた。
使者は、カミュと同じダークエルフ。同郷の、幼なじみと言っても良い男のダークエルフだ。もっと小さな頃には、一緒になって遊んだモノである。
「それがもう、マーモの方も大変で大変で」
その使者は幼なじみという気安さもあって、必要な連絡事項の他に、マーモの状況もカミュに教えてくれた。
「何しろ、邪竜ナースが目覚めちゃったからね。巣穴の上のファラリスの神殿は大騒ぎだし、ダークタウンも二度ばかり襲撃を受けて酷い事になっちゃったし。仕方がないんで、暗黒騎士団と宮廷魔術師が力を合わせてこれに対処しようって事になったんだ。──で、珍しく協力した混成部隊が送り込まれたんだけど、それもほとんど壊滅しちゃってさ」
「そう」
「まあ、最終的に、黒の導師がマジックアイテムを使ってナースを屈服させる事に成功したんだ。でも、本当に被害が大きくて、立て直しには結構な時間がかかりそうだよ」
「そう」
「それで詳しいことは解らないけど、僕たちをよく可愛がってくれたアスタールさんが評議会の密命を受けて、なんだか太守の秘宝を──」
「そう」
「僕の話おもしろくない?」
「そう」
「てけれっつのぱー、はっぱふみふみ」
「そう」
「カミュ、僕の話、聞いてる?」
「え? ああ、聞いているわよ」
上の空だったカミュは、慌てて頷いた。
幼なじみのダークエルフは、ちょっぴり傷ついた顔をしていたが、すぐに表情を変えると、カミュに聞いた。
「カミュ、何かあったの?」
「え? 何かって?」
「なんだか、ここのところ、闇の森に戻ってくるたびに、ぷりぷり怒っていたし。わざわざ強力な魔獣を借り出すなんて……何かあったの?」
「べ、別に」
カミュは、露骨に視線を逸らした。
何があったか。
人間の男に負けて、あんな事やこんな事をされてしまいましたなんて、言えるわけがない。
そんな事が部族のみんなに知れたら、カミュは表を歩けなくなってしまう。その場合、怒り狂ったお父ちゃんやお兄ちゃんが代わりに復讐してくれるかも知れないが、カミュは、自分の力でマサムネをぎゃふんと言わせたいのだ。
「僕じゃあ、力になれないかな?」
「え?」
「そりゃあ、僕は大した力はないかも知れないけど、カミュの為だったら……」
男ダークエルフの精一杯の告白は、あっさりスルーされた。
「ありがとう。でも、良いの。これは、私が私の力でやらなくちゃならない事なの」
お父ちゃんの魔獣は借りているけど。
「やっぱり、何かあったんだ」
「うっ」
しまった、確かに、これでは何かあった事を認めてしまっている。
と、カミュは後悔する。
問いつめられたら、どうしよう。
しかし、男ダークエルフはそれ以上追求するつもりはないようだった。
「詳しくは聞かないけど、あんまり無茶はしないでよね」
「うん、わかった。ありがとう」
ぼそりと、小さな声で礼を言うと、男ダークエルフは嬉しそうにほほえんだ。
「僕の力が必要になったら、何時でも言ってね。カミュの為だったら、例え火の中水の中だから」
「うん」
男ダークエルフは、カミュの視線に照れたようにそっぽを向いた。それから、照れをごまかすように話題を変えた。
「しかし、今はそこら中大変で困っちゃうよ。カノンの方でも、マサムネとか言う人間が国を興してマーモに対抗してくるしさ。これから一体、どうなる事やら」
「ちょっと待って」
カミュは、聞き捨てならない名前を聞いた気がして、男ダークエルフの言葉を遮った。
「今、なんて言ったの?」
「え? ええと、これからどうなる事やら?」
「その前よ。誰が、何処で何をしたって?」
カミュの勢いにびびりながら、男ダークエルフは答えた。
「え? カノンでマサムネって人間が国を──」
「カノン?」
カミュは大声を出した。
「あいつ、そんなところにいるの?」
それじゃあ、この街道を利用しないはずだ。
「え? 何、カミュ。あの人間を知っているの?」
「カノンね。カノンなのね。うふふふふふ」
「カ、カミュ?」
「さっき、私の為なら例え火の中水の中って言ったわよね?」
「え?、確かに言ったけど。それが……」
「じゃあ、ここ、任せるから」
言うが早いか、カミュは立ち上がっていた。
「え? 任せるって一体何を?」
「だから、あなたはここで私の代わりをやっていて頂戴」
「え? どういう事。カミュは一体どうするのさ?」
戸惑いながら、男ダークエルフは尋ねる。
「私? 私はカノンへ行くわ」
「え? カノン何かへ何しに?」
「何でも良いでしょ。良い事、任せたからね。部下は使ってくれて構わないから、しっかり働きなさいよ」
「え? ちょっと、カミュ」
男ダークエルフの声は、素晴らしい勢いで走り出したカミュの背中に跳ね返されて、虚しく消えた。
フレイム・ヴァリス間の街道封鎖を憂慮したフレイム王国が、正規軍を送り込んで、多大な被害を出しながらも妖魔の群れを壊滅させるのは、この三日後の事である。