ライデンに異変有り。


 なんだか当人は納得いかない顔ながらも、ダークエルフのカミュはマサムネの配下になった。このダークエルフの娘はなんだか人の良いところがあるみたいで、「俺の女になるって言ったよな」とマサムネが強い調子で言うと、「うっ」と詰まって渋々頷く。無理矢理言わせたようなモノなのに、自分の発言には律儀に責任を持つつもりらしい。暗黒神官のミモザもそうだが、この娘も、マーモのような生き馬の目を抜く場所で、良く生き残れたモノである。
 懸念されたベルやマリーの反応は、苦笑を一つ、それだけで済んでしまった。マサムネだからしょうがない。そんな感じで。
 カミュの方はマリーが苦手なようだ。その一方で、やっぱり同じようにマリーが苦手なミモザとは意気投合した様子。
 そう言えば最近カルーアを見ないのだが、マサムネに確認してみると、自室にこもって研究中だという。……何を研究しているのやら。聞けば教えてくれるのだろうが、わざわざ知りたいとも思わない。何しろ死霊魔術師。どうせロクでもない事に決まっている。
 後、なぜだかサシカイアも懐かれてしまった。お姉様、とサシカイアの事を呼んで慕っている。なんだか、やばい方向に目覚めさせてしまったような気がする。
 それはともかく。
 マーモの動きは、まだ鈍い。ルードの街で多少動きらしきモノは見えるが、即座に今日明日で部隊を送り込んでくる、と言うような緊急性はない。人ごとながら、心配してしまうほどの動きの鈍さだ。正直、このままではマーモも長くなさそうである。


 そんな一日、港にライデンから来た船が入港した。
 ライデン、ヒノマル間には定期的な航路が結ばれている。今のところ、ニッポン王国では自給自足態勢には遠い。だからマサムネの私財を切り崩して、ライデンより食料を初めとする各種補給物質の輸送をさせている。占領した町や村でマーモ領主が貯め込んでいた金を集めてはいるが、もちろん足りない。エイブラの財宝がどんどんと減っていく現状は、ちょっぴり心理的にもきついモノがある。まだ、シューティングスターの財宝の方が手つかずなので、尻に火がついた、と言うほどではないのが救いだが。
 だから、ライデンから船が来る事は珍しい事ではない。
 しかし、その船は常と違った。
 入港したその船から、大量の人間が下りてきた。
 これも、珍しい事ではない。一旗揚げようと、ヒノマルにやってくる人間は少なくないから。最近ではヒノマルの街の人間は、以前から住んでいる人間よりも、新たに流入してきた人間の方が多いくらいだ。以前からヒノマル住人が、ちょっぴりおもしろくない様子であるのは、心配の一つである。
 それはともかく。
 だが、今回、その人間達の何人かが顔見知りで、酷く焦燥、疲労の色が濃いのが、常と違った。
 彼らは、ライデン盗賊ギルドの人間だった。
「ようやく、密偵の元締めを送ってくれたか?」
 マサムネは、以前、ライデン盗賊ギルドにそのような依頼をしていると言っていた。
 ライデン盗賊ギルドとマサムネの関係は友好的だ。盛大に金をばらまいて感心を買い、その後も何かと仕事を依頼していたせいで、マサムネはお得意様。ギルドの長とも顔見知りだ。
「……でも、なんだか変ですよ」
 サシカイアは首をかしげ、マサムネと一緒に面会を望んできた男と対話の場所をもうけた。
 領主の館の一室、マサムネが魔法を色々と使って、外部からの盗聴その他を防げるようにした、いわゆる「沈黙の間」と言われる部屋で、その男と向き直る。
 かなり年を取った、老人と言っていい男。
 しかし、サシカイアの背は自然に伸びた。
「……釘」
「懐かしい名前じゃな」
 老人はサシカイアの言葉に、どこか寂しげに、それでも懐かしそうな顔をした。
 この老人は、ライデン盗賊ギルドの幹部の一人。そして、以前は暗殺者として有名だった男。本名は知られていないが、一般に「釘」を名乗り、暗殺者として伝説的な働きを見せた男。同じく暗殺者として生きていたサシカイアにとっては、偉大なる先達。背筋も伸びるというモノである。
「今は、ラスティ・ネイルと名乗っておる」
 ラスティ・ネイル。錆びた釘。自嘲的な名前。年を取った事による衰えを、その様に名乗る事で笑っているのだろう。
「あんたが、頼んでおいた密偵の頭候補、ってことで良いのか?」
 何で若い娘じゃないんだ?、と言うマサムネの態度である。こいつにかかっては、伝説的な暗殺者も形無しである。
「否、儂は、儂らはライデンから逃げてきたんじゃよ」
「……逃げた?」
「そうじゃ、お前らの知っているライデン盗賊ギルドは壊滅した」
 苦渋に満ちた声で、ラスティは言った。
「頭は殺され、主立った者達も粛正された。今では別の連中が、ライデン盗賊ギルドを名乗っておる」
「ちょっと待て、話がよく分からないぞ。何で、そんな事になったんだ?」
 マサムネが首をかしげる。
 ライデン盗賊ギルドと言えば、現在ロードス最大規模を誇っていたはずだ。盗賊、それだけに、街の規模にその規模が影響される。貧乏人しか住んでいない場所では、盗賊も暮らしていけない。他人からかすめ取る事で糧を得るのだから、取るモノが無い場所ではどうしようもないのだ。そうなれば、盗賊の互助組織であるギルドの規模も小さくなるのは当然の話。
 その点、ライデンはロードス最大の経済力を誇る。それだから、盗賊ギルドは大きな勢力を誇る。単純な図式である。
 そのライデン盗賊ギルドが壊滅。あまりにも唐突すぎる。
「フレイムじゃ」
「……カシュー王?」
 聞けば、フレイムのカシュー王は、先代ギルド長の息子──フォースと言うらしい──を援助して、ライデンの盗賊ギルドの支配を狙ったらしい。ギルド長は殺され、その他、多くの盗賊達がこのフォースらの手にかかって倒れ、ライデン盗賊ギルドはほぼ壊滅。その後、このフォースが頭となって、新たな盗賊ギルドを作り上げたと言う。
「あのおっさん、死んだのか」
 マサムネがぼそりと呟く。マサムネとギルド長は面識がある。しかし、この男はギルド長をおっさん呼ばわりである。
「顔は拙いが、なかなかおもしろい奴だったのに」
「……誰かさんの真似をして、メイドを侍らせていたのはいただけませんでしたが」
 このギルド長、マサムネに対抗したのか、自分の愛人にメイドの格好をさせて侍らせていた。マサムネと二人して酒を飲み、どっちのメイドが優れているかと、ものすごく下らない口論を始めた事もある。まあ、そう言ったマイナス点もあったが、豪快でおもしろいおじさんだった事は間違いない。
「しかし、そんなに簡単にライデンのギルドがやれるもんか?」
「儂らは、暗殺や暗闘には長けておるが、戦闘はそうではない」
 このフォース、フレイムの援助で、傭兵を配下に付けていたらしい。
 元暗殺者のサシカイアもそうだが、盗賊に職業軍人と正面から戦って勝利するほどの戦闘能力はない。騙し討ち、闇討ち、そうした事は得手だが、真正面からの対決では、どうしても力不足となる。また、集団戦闘を挑まれてしまえば、ますますその差は開く。ライデン盗賊ギルドは、必死の抵抗も虚しく、一人、また一人と倒されていったらしい。
「その上、フレイムの援助で、奴らには金もあった」
 殺戮の一方で金をばらまき、裏切りを誘った。早い段階でギルド長が倒された事もあって、それで転んだ人間もかなりいたらしい。
「確かに、カシューは以前からライデンの経済力に色目を使っていたな。──評議会の連中に、けんもほろろに拒絶されていたらしいが」
 何処の国にも属さない、絶大な財力を持った集団。それがライデン。
 そんなモノが隣にいれば、目障りだろう。そして、美味しい獲物に見えるだろう。カシューが色々と圧力をかけて、ライデンにフレイム支配下に入るようにとの働きかけを行っていたというのは、本当の話である。
 しかし、ライデンのモノにしてみれば、それは余計なお世話。彼らは自分たちの力で街を治め、街を守っている。だいたい、フレイムの支配下に入るという事は、商売の上前を跳ねられるという事。ちっとも美味しい話ではない。だから当然、カシューへの返答は否。
「……それに焦れたカシュー王は、まずはライデンの裏社会を支配し、少しずつフレイムの影響力を増していくつもりなんでしょうね」
「しっかし、何でトリスはこんな大事な事を知らせてこない──って、あ」
「……トリスさんは、どこかの誰かさんが大陸に送り込んだのではありませんでしたか?」
 マサムネ、トリスは大陸との貿易を始めていた。
 一年間の期限付きとは言え税を取らない以上、他に稼ぐ手段を得る必要がある。エイブラやシューティングスターのお宝はあるが、出費ばかりではいずれ無くなってしまうのは当たり前の話。だから、稼げる手段、大陸との貿易を試みた。
 初回は問題なく成功。結構な金額を得る事が出来た。
 しかし、それでもマサムネは不満だった様子。
 ロードスの文化、技術レベルは大陸に比べると低い。そのせいで、こちらから持って行ったモノは買い叩かれ、向こうで高い金を払ってモノを買わねばならない。もちろん、ロードスへ持ってくればより以上の値段で売り払えるのだが、一方的に向こうへの金の持ち出しになる──貿易赤字がマサムネは気に入らないらしい。
 そこで、何か高く売れるロードスの特産品を作り出したい。そんな事を言い出した。
 その為にはまず、大陸で何が必要とされているのか? 大陸では何が高く売れそうなのか? そう言った事を調べる必要がある。
 マサムネはトリスに人をやってそれを調べるように命じたのだが、受けたトリスがわざわざ自分で行く事にしたのだ。
 今ではトリスは大商人の一人に数えられ、ライデン評議会のメンバーに、なんて話も持ち上がる事があるほどだが、その割にフットワークが軽かった。ついこの間までは自分で馬車を引いて商売していたのだから、それも分からないでもないが。
 マサムネもトリス以上に信用出来る商人を知らなかった為、それに許可を出した。マサムネと言う大のお得意様を持つとは言え、トリス商会を大店にできたのは、やっぱりトリスの商才が優れていたからだ。そのトリスが自分で見てくれば、期待したどおりの、あるいはそれ以上の結果を出してくれるだろう、そう考えたのだ。
 しかし、トリス不在の為、ライデンの情報収集が疎かになっていた。なにぶん、当面の敵はマーモという事もあり、そちらの方にこそ力を注いでいた事情もある。小国──それも出来たばかりの、には似合わぬ情報収集能力を持つニッポン王国だが、それだって完璧には遠く、当然限界はあるのだ。
「それで、お前達はどうしたいんだ?」
 マサムネはラスティに聞いた。
「正直、仇討ちをしたいと言われても、今の俺に力を貸してやる余裕はないぞ」
 ニッポン王国は建国したばかり。マサムネの言うように、自分の事で精一杯。よそに力を貸してやるような余裕はない。
「それは、儂らにも分かっておる。だが、儂らは他の生き方を知らず、かと言って長を殺した連中に頭をたれるのも我慢がならない」
 ラスティは深甚な怒りを称えた口調で言った。
 この怒りは、もちろんマサムネに向けたモノではない。フレイムの手先となってライデン盗賊ギルドを壊滅させた、フォースという男に向けた怒り。
「奴は、長を簒奪者と罵った。だから、自分の行動は正当なモノだと言った。だが、儂らに言わせれば、奴のやった事は裏切りじゃ。奴はライデンの盗賊ギルドを、フレイムに売り渡した忌むべき裏切り者じゃ」
 それに──と、ラスティは続ける。
 ギルド長が簒奪者と言うが、それはラスティらにしてみれば仕方のない事だったらしい。先代のギルド長は孤児を拾ってきて養うと同時に、ギルドへの、そして先代ギルド長への絶対の忠誠を植え込んだ。そして成長したら一人を次の長候補に、更にはギルドの要職も他の子供に与える事でギルドの私物化を狙ったという。
 また、先代は独善的な価値観を持っていて、正統派な盗賊ギルド、とやらを目指し、暗殺や禁止薬物の取り扱いをいきなり禁じたらしい。
 先代は、自分の行動に満足していた。
 しかし、問題は部下達の方だ。それまで暗殺や禁止薬物の売買で糧を得てきた人間は、それでは困ってしまう。ラスティもそうで、彼らは糧を得る他の方法を知らなかった。伝説と言われるほどの能力を誇った暗殺者。それだけに、暗殺を禁じられてしまえば、どうしようもなくなってしまう。
 そうした存在を、先代は全く無視した。自分は良い事をしたと自己満足に浸り、困っている人間がいる事を視野に入れる事もなかった。
「そりゃあ、儂だって違う生き方が出来るのならば、してみたかったよ。じゃが、子供の頃からそれしか教えられていなかった儂には、それしかなかったのじゃ」
 禁を破って暗殺や薬物売買を行った人間は、ギルドの法に照らして処分された。ラスティらは進む事も、退く事も出来ずにどうしようも無くなって困窮した。
 その一方で、ギルドを半ば私物化した先代は肥え太る。
 それを見かねたギルド長が、ついに先代の排除を決意。先代を暗殺してその地位についた。
「その時、後顧の憂いを絶つべく、先代の息子達も始末するはずじゃったのだが、全員は無理じゃった。逃した一人が、フレイムの力を借りて復讐をなしたという話じゃ。奴にしてみれば、儂らこそが悪なのじゃろう。だが、儂らにすれば、逆に、奴こそ、奴の親父の先代こそが悪なのじゃ」
 マサムネは静かに黙ってラスティの独白を聞いていた。そして、ラスティが荒げた息を整えるのを待ってから、尋ねた。
「それで、お前達はこれからどうするつもりだ?」
「儂らは、奴に仕える事は出来ん。だから、こちらに来た。ギルド長とお前との友誼に基づき、儂らはお前の下に入る。存分に使い倒してくれ。──そして出来れば、奴やフレイムに復讐を」
「いいだろう、全員まとめて雇ってやる。復讐については、しばらく待て。いずれ俺はロードスを統一する。爺さんはその時まで、頑張って長生きしな」
「かたじけない」
 ラスティはマサムネに深々と頭を下げた。