登場人物が増えすぎるのは、自分の首を絞めるのだけど。
男が一人、宿屋の一室の、閉ざしたカーテンの隙間からヒノマルの街の様子を監察していた。
男は、年齢は40代半ば。名前はシュリヒテ・シュタインヘイガーという。細身ですらりとした長身の男で、着ている服は控えめなデザインであるモノの、見る人が見ればそれなりに金がかかっている事が分かるだろう。全体的に見て、上品で育ちの良さそうな男だ。実際、育ちは良く、男爵の爵位を得ていた旧カノン貴族の一人である。
シュリヒテはマーモ軍によるカノン王城シャイニングヒルの陥落から辛くも逃れ、カノン各地を転々としながら、マーモに対する反抗の機会を狙ってきた。いくつかの反抗組織を結成し、地道にレジスタンス活動を行ってきたが、今ひとつ上手く行っているとは言い難かった。彼は元々文官で、戦いの方は専門外。物量で勝るマーモに、なかなか上手く対抗出来ないというのが現実。そうした時に、マサムネという人間が国を興し、ラバダンの街──現ヒノマルの街からマーモ兵を追い払い、近隣一帯もその支配下に入れたという話を聞きつけ、様子を見る為にこうして自らやってきたのだ。
シュリヒテが見下ろすヒノマルの街は活気に溢れている。一旗揚げようとやってきた人間。マーモ支配のカノンから逃げ出した人間。様々な人間がロードス各地から集い、あるいは、現在一番活気のある街かも知れない。
「ただいま、戻りました」
そこへ、部屋の扉が開いて男女の二人連れが入室してきた。
「どうだった?」
シュリヒテは振り向いて、二人に尋ねる。
「いやあ、にぎやかで元気の良い街ですよ」
二人連れの男の方が、にこやかに笑って答える。
男の名前はフェイマス・グラウス。二十台後半の筋骨隆々とした逞しい体つきの男で、金属鎧を身につけ、腰には剣を帯びている。元々は傭兵でぶいぶい言わせていたが、ここ数年はシュリヒテにその腕を見込まれ、彼の領地の守りを任されていた男だ。
「酒はうまいし、食べ物も足りている。おまけに治安もしっかりしていると来る。久々に、民が笑っているところを見たような気がしますね」
マーモの支配地域では、民衆は暗い顔をして毎日を過ごしている。何時訪れるか分からない理不尽な死。そうでなくとも、日々の搾取に続く搾取。こんな風に朗らかに笑っている人間を見る機会はほとんど無い。
「何を誉めているのだ、貴様は」
しかし、その言葉を女の方が窘める。
女の名前はカティサーク・エメラルド。年は二十歳ぎりぎり手前。アッシュブロンドの髪の毛を短く刈って、彼女もフェイマス同様に武装している。
彼女のエメラルド家は代々優秀な騎士を輩出してきたカノン有数の武門の家柄である。カティサークの父親はカノン、シャイニングヒル城攻防戦で獅子奮迅の働きを見せたが、最後にはマーモ皇帝ベルドによって討ち取られている。
その後、カティサークはカノンから逃げる事に成功し、その後、父親と親交のあったシュリヒテを頼ってやってきて、今では彼と行動を共にしている。
「金をばらまいて、ごろつきどもをロードス中から集めているだけではないか」
カティサークはカノン騎士の娘として当たり前にカノンに対して愛国心を持っているから、マサムネのようにカノン解放ではなく、自らの国を興すという行動を取る人間が、我慢出来ないらしい。とげとげしい口調で、マサムネの所行をあげつらう。
「まあ、それは確かにその通りかも知れやせんがね」
対して、フェイマスは元々傭兵。個人的にシュリヒテに雇われているだけであり、カティサークのようなカノン王国に対する愛国心はない。だから、その辺りの事情はどうでも良く、町の様子を見たままに評価する。
「それでも、カティサーク様の言うごろつきどもも、マーモの連中と違って問題を起こす訳じゃないありやせん。きっちり、国王様の統制は取れていると見て、良いんじゃないですかね?」
確かに、街を行く人々は、品が良いとは言い難い。真っ昼間から酒を飲んで大騒ぎしている人間もいる。しかし、マーモ兵士のように無軌道に迷惑をかけているわけではないのだから、それはそれで良いのでは?、と言うのがフェイマスの感想だ。
しかし、きまじめなカティサークにはその辺り、我慢出来ないらしい。そしてもう一つ。
「馬鹿者! 誰が国王様だ。カノンの地の国王は、カノン王家の者だけだ。奴は所詮、山賊野盗の大将に過ぎん」
マサムネが勝手にでっち上げたニッポン王国の事も気に入らない様子である。まあ、普通はそうだ。
「そうですかねえ。俺が見るに、戦力、財力はただの山賊と言うには飛び抜けてやすぜ?」
一体何処でどのようにしてそれだけのモノを得たのか、特に財力はただの傭兵隊の頭が持っていて良いモノじゃない。噂で聞く、エンシェントドラゴンを下してその財宝を得たというのはフェイマスも眉唾だと思う。が、そうすると説明が付かない。
「フレイムが後ろにいるって噂もありやすが」
「カシュー王か」
シュリヒテが苦い表情をする。
エンシェントドラゴン云々は信憑性の低い噂のレベルだが、マサムネがフレイムで炎の部族との戦いで重大な働きをなしたという事は、事実として知られている。ならば、フレイムとのつながりを予想する事も、荒唐無稽な話ではない。──実際はともかく。
そして、フレイムがマサムネの背後にいるとなれば、カノンにとっては非常におもしろくない事になる。それであれば、まだ個人でやっているとする方がマシに思えるほどだ。
「カシュー王は、ロードス統一を狙っていると思うか?」
「それはわかりやせんが」
フェイマスは逞しい腕を胸の前で組んで、太い首を傾けた。
「しかし、野心的な人間である事は確かでしょうね。そうでなければ、国なんて興そうとは考えやせんでしょうから」
フレイムは、カシューが風の部族と組んで興した新興国である。しかし、各地で戦乱が続く今、時をおけば、唯一直接的な敵のいないフレイムの力は増していくモノと思われる。新興国と馬鹿にしているわけにはいかないだろう。だいたい、カノンなんてマーモに占領されて見る影もないのだから、目くそ鼻くそを笑う以上に、人の事を笑える状態ではないのだ。
「砂漠の蛮族王や盗賊の頭に、このカノンを好き勝手にされるなど、絶対に認められる事では無いっ!」
カティサークが言葉どおりに我慢出来ないという表情で、今にも剣をすっぱ抜きそうな格好になる。ここで抜いても仕方がないのだが。
「まだ決まった事ではない。ただの噂だ。落ち着きなさい」
シュリヒテが、僅かに苦笑してカティサークを窘める。その横ではフェイマスも困ったもんだ、と言う顔をして僅かに肩をすくめた。
正義感に満ちあふれているのは良いが、視野が狭く、生真面目に過ぎるのが、カティサークの欠点である。カノンの騎士よりも、ヴァリスの騎士の方が向いているかも知れないと、フェイマスはこっそり思っている。かの国の騎士は、まさしくカティサークのような人間が多いのだ。
「話を戻すが、お前はマサムネという男をどう見ている?」
シュリヒテはフェイマスに向かって尋ねた。
今でこそ、フェイマスはシュリヒテの部下になっているが、以前は傭兵としてあちこちを旅してきた男だ。傭兵は、雇い主を見誤ると酷い目に遭う。だから、そうした目は優れているはずだと考え、フェイマスに町の様子を詳しく見させたのだ。町の様子から、その主の姿を想像するくらい、フェイマスには軽い事だろう。
「英雄、である事は確かでしょうね。荒くれどもの傭兵達が、マサムネには心酔しているようです。最強の魔法戦士。本当に最強かはおいておきますが、確かに、そう威張れるだけの力はあると見て、間違いないでしょう」
傭兵である。力に生きている者達であるから、力をある者はそれだけでも尊敬する部分はある。フェイマスにしたところで、カノンを滅ぼした暗黒皇帝ベルドの強さには、素直に賞賛を惜しまない。まさしく、ベルドもまた英雄なのだ。──こんな事を言ったら、カティサークにさんざん罵られる事は明白なので、口にはしないが。
「それに、ずぼらな部分も多いですが、その一方で斬新な事もいろいろ始めていやすね。──まあ、斬新と言っても、メイドを常に侍らせているというのは、いささかアレですが」
「ファラリスの神官に布教の許可を出したと言う噂も聞くが?」
「真実です。ですが──」
フェイマスは即答した。それから、更に話を続けようとするが、それは果たせなかった。
それを聞いたカティサークが再び吠え始めたのだ。
ほら見ろ、やっぱり奴は邪悪なのだ。初戦は山賊の頭、自らの欲望に忠実なケダモノ野郎だ。云々と。
シュリヒテはそれを宥め、視線でフェイマスに続きを促す。
「──ですが、どうも俺たちの思っているファラリスの教えとは、微妙に違うようで」
「違う?」
「ええ。何でも、ファラリス教ミモザ派とか言う新しい宗派のようで、『自由は大切だから、他人の自由を妨害する事になる悪い事はするな』なんて教えでしてね。法を守るという事は、即ち、それぞれが最大限の自由を得る事に繋がる。だから、法は遵守せよって、何と言うか、とてもファラリスの教えとは思えないような話で」
自分の中でも上手く咀嚼出来ていないのか、フェイマスは頭をかいて首をかしげる。
「一概に、邪悪だって切って棄てるわけにも行かないというか。そんな教えですね」
「何を言うか、ファラリスと言えば邪悪に決まっているだろう!」
「ちょっと、カティサーク様は黙っていてくださいや」
「何だとっ」
「カティサーク、黙りなさい」
フェイマスの言葉では黙らず、逆に声を荒げたカティサークだが、旧カノンの序列では自分よりも上のフェイマスの言葉には、渋々といった様子ながらも従って口を閉ざす。
「それに、マサムネのそばには、ファリスのあの、「血まみれ」マリーがいるんですよ。彼女は、ファラリス教ミモザ派の布教を黙認しているようだってのもあります」
「あの、血まみれマリーがかね?」
「へい、あの、血まみれマリーがです」
「そうか」
難しい顔をしてシュリヒテも考え込む。
血まみれマリーと言えば、ファリスの正義を遂行する為にファラリス信者で屍の山を築いたと言う、ファラリス神官の急先鋒として知られている。そのマリーが許している。それは、この教えが邪悪でないという証明だろうか。
「更に、もう一つ」
「まだあるのか?」
「ええ。マサムネがメイドを侍らせているのは有名な話ですが、最近になって、もう一人、メイドが増えたらしいです」
「……その辺りは個人の趣味で、他人がどうこう言うモノでも無いだろう」
変わっている、変だとは思うが、とは口にせず、シュリヒテは表情だけでそれを表して見せた。
「その新しいメイドが、ダークエルフだって言うんですよ」
「なっ、やっぱり邪悪ではないか」
黙っていろと言われたが、我慢出来なくなったらしく、カティサークが吠える。
「しかし、これまた血まみれマリーは黙認しているんですよ。マサムネが言うには、「邪悪かどうかはどう生きてきたかで決まる。生まれで邪悪だとか決めつけるな」って事らしいんですがね」
まあ、実際その通りでしょう、とフェイマスは頷く。
「人にも邪悪としか言い様のない奴がいれば、こいつ本気かと思ってしまうような、まじめに正義の遂行を考えている奴もいる。ほら、最近噂になってきているザクソンの勇者とか。あれは、噂を信じるなら、マジモンの正義の味方ですよ。冗談みたいな。──っと、話が逸れやしたね。──とにかく、マサムネが言うには氏より育ちが重要で、ならばダークエルフに邪悪でない者が存在しないと、どうして言い切れる。そう言う事みたいですがね」
「ますます、マサムネという男が何を考えているか解らなくなったな」
「ただの女好き、と言う話もありますがね」
件のメイド、従者のマイリー神官、血まみれマリー、宮廷魔法使い、噂のファラリス神官に、新たなメイドのダークエルフ。全てが綺麗な娘であるという。他に、わざわざ娼館を国で経営している。マサムネが女好きというのは、ヒノマルの街では定説となっている。
「とにかく、一度会ってみるか」
シュリヒテは、結論づけるように言って、深く頷いた。