人に会う事も王様の仕事である。
マサムネは謁見の間の豪華な椅子に座り、陳情者達の話を聞いていた。
王様という者は、こうやって人の話を聞くのも仕事の内である。
そう自分で言い出して始めた癖に、マサムネの飽きるのも早かった。基本的に陳情者なんて者は、何人かの内の代表とかそう言う人が多く、そうなればある程度の年の行った男ばかり。若い娘なんて滅多にいないからである。
しかし、こうやって人々の苦情を聞いてその善後策を考え、あるいは会話を通しての情報収集など、確かに重要な仕事なのだ。その理解だけはしているのだろう。不満はしょっちゅう口にするが、それでも辛抱強く続けている。……毎日ではないが。
基本的にマサムネが謁見に当てる時間は、朝ご飯を食べて食休みをした後からお昼ご飯まで。途中に休憩を挟んで約3時間と言うところである。無論、緊急の用事があればその日の謁見を中止する事もあるし、逆に緊急性が高いと見れば、この時間を外れていても謁見する事もある。困るのは、用事が無くとも気まぐれでお休みにする事である。
本日はちょっとした理由もあって、マサムネは朝からまじめに謁見をこなしている。
謁見の際に王の左右に立つのは普通、親衛隊長と宮廷魔術師なのだが、ニッポン王国では大きく事情が異なる。まず間違いなく左側にはサシカイアが立ち、右側は日替わりだ。ベルが立ったりマリーが立ったりと、その日、暇な人間が適当に立つ事になる。
ニッポン王国の宮廷魔術師はカルーアだが、ほとんど謁見に参加した事はない。元々、カルーアはこういう事に向いているようには思えないので、誰も文句は言わない。それを良い事に、カルーアは自分の研究室にこもり、色々と怪しげな研究をしているようだ。マサムネの要求に従い、醤油や味噌などの開発を試みている場合もある。カルーアは基本的に研究者であり、政治家ではないのだ。出世にも興味が無く、マサムネの元へ来たのだって、研究のパトロンが欲しかったからである。一応、他の下っ端魔術師の教師役はきちんとやってくれているから、それで満足すべきであろうと言うのが、マサムネ、サシカイア共通の認識である。
本日、サシカイアと共にマサムネの左右に侍ったのはカミュである。ベル、マリーの二人は、ファラリスの神官であるミモザが街で慈善活動を行い、着実に支持を得ているのを見て危機感を覚えたらしい。それぞれ、「マイリー様の教えをみんなに広めるっすよ」とか、「ファリスの信者が増えないと、ジハドの時に寂しくなっちゃうじゃないの」などと口にしながら、熱心な布教活動を行っている。そのせいで、最近は全く謁見に付き合っていない。
カミュはダークエルフである。そんな娘が、メイドの格好をして王様の横にいるという事で、みんな最初はびっくりした顔をする。しかし、マサムネが全然平気な顔をしているので、多少怯えを見せるモノの、それについては何も言わず、見なかった事にするようだ。
「あ〜、面倒臭え」
幾人かの陳情を聞き、一区切りが付いたところでマサムネは一時休憩を宣言し、椅子から立ち上がって大きく伸びをした。
「今日はここまでにするか?」
「……駄目です。自分で言い出した事だから、責任を持ってください。そうでなくとも、今日は大事な「予定」もあるんですから」
「そうよ、お姉様の言う通りよ。あんたも王様なら、もっとまじめにやりなさいよ」
窘めるサシカイアに、カミュが助勢してくれる。助勢はありがたいが、お姉様は止めて欲しい。
「俺の前に出る前に、言いたい事くらいまとめて来いよな。要領の得ない話し方をする奴ばっかりで、いらいらするぞ」
「仕方がないんじゃないの? 普通は王様って言ったら、雲の上の人な訳だし。緊張してろれつも回らなくなるわよ。私もベルド陛下の前に出た時は凄く緊張したし。──って言っても、あんたはちっとも雲の上じゃないし、偉そうでもないけどね」
とカミュが憎まれ口を叩く。
マサムネは自分が礼儀知らずなせいか、他人の礼儀知らずにも基本的に甘い。と言うか、あんまり気にしない。カミュが女の子だというせいもあるだろうが、好きなような口をきかせている。王様を名乗るのであれば、もう少し威厳というモノを持つべきではないかとサシカイアは思っているが、言っても無駄なので口にしない。
「俺は偉いぞ」
「何処がよ。威厳ってモノがないのよ。それに、仕事もさぼってばっかり。仕事の大半、お姉様に任せて遊んでんじゃないわよ」
「御主人様のフォローをするのはメイドのつとめだ」
カミュと子供じみた口げんかをしているのに、僅かに頭痛を感じる。
もっとも、この口げんかのせいで、比較的早くにダークエルフであるカミュが周囲の者に認められたのだから、悪い事ばかりではない。マサムネもそうだが、カミュもかなり子供っぽく、一般にイメージされている悪のダークエルフ、の印象から遠い為、周囲にさほど恐怖を与えずに済んだのだ。また、カミュ以前に、ファラリス神官のミモザを受け入れたという事も、その助けになっているようだ。ファラリスの神官だっているのだ、ダークエルフがいたって不思議じゃない、って感じで。
「サシカイアは俺のモンだから、俺の言いつけに従うのは当然の事だ」
「何言っているのよ。お姉様は私のお姉様よ」
「……私は私のものですし、カミュさんのお姉様とやらでもありません。二人ともいい加減にしてください」
なんだか変な口論をしているので、サシカイアは口を挟んだ。ふう、とため息を零す。マサムネもそうだが、カミュにも困ったモノだと思う。あのとき、変なスイッチが入ってしまったようだ。懐かれるのは良いが、お姉様は勘弁して欲しい。だいたい、カミュはダークエルフ。見た目若くても、サシカイアよりもよっぽど年上なのだ。
「え〜〜〜」
と、二人揃ってブーイングをあげてくるが、サシカイアは耳のない様な顔をして無視する。
「……それより、そろそろ続きを始めませんか? 昨日さぼったおかげで、陳情者が溜まっていますし」
「ああくそ、面倒くさいな」
文句を言いながら、マサムネは椅子に座る。それから、何か良い事を思いついたというように手を打った。
「そうだ、目安箱を作ろう」
「……目安箱?」
「何、それ?」
聞いた事のない言葉に、サシカイア、カミュが揃って首をかしげる。
「俺の世界の昔の政治家のした事だ。役所の前に箱を置いてだな、困った事があったら紙に書いてここへ入れろ、ってやった奴だ。よし、思いついたら即座に実行。これで、陳情者の数も減るはずだ。そいつを分類する手間はかかるが、そんなモン、誰か下っ端に任せれば済む」
「……問題点てんこ盛りですが」
盛り上がっていたマサムネは、サシカイアの覚めた言葉に不満そうな表情をする。
「どこがだ? そりゃあ、これをした奴は、江戸時代の三大改革者の一人と数え上げられている割には、やったのは実効性の薄い懐古政策で、実は無能じゃないか?、田沼の方がよっぽど凄い政治家だぞ、って思う事もあるけど、この方法はなかなかナイスアイデアだと思うぞ。王様の前に出て陳情となれば、二の足を踏むシャイな人間もいるだろうが、紙に書いて目安箱に放り込むだけならば、あんまり遠慮しないで済むだろう?」
「……紙は高価です」
「へ?」
マサムネの世界では、紙なんて掃いて捨てるほどにあるらしいが、この世界ではそうではない。国の書類にだって、使われているのは羊皮紙で、それですら一般にはほとんど流通していない。紙となれば、ものすごく希少で高価なモノなのだ。
「……それに、読み書きの出来る人間がそんなにいません」
「へ?」
マサムネは呆然とした顔をして、それから盛大にしかめた。
「これだから、おファンタジックな世界って奴は」
「……それって、何か馬鹿にされているみたいで嫌なんですけど」
サシカイアは不満を口にする。マサムネはことある事におファンタジックな世界と言ってこの世界を罵るが、この世界の人間であるサシカイアにとっては、それは自分たちを含めて馬鹿にされているようでおもしろくない。
「あ、すまん」
マサムネは適当に謝って、ぶつぶつ言いながら考え込み始めた。
「確かによく考えてみれば、紙なんてほとんど見かけねえな。作らせるか? 紙の材料って何だっけ? パルプ? いや、三つ又の木とかコウゾの木とかだったような気がするがはっきりしねえな。だいたい、原材料の名前が解っても、どれがそうだかわかりやしないし。ええい、面倒くさいからカルーアに任せよう」
「……カルーアさんも災難に」
何か研究したりする事があると、マサムネはすぐこれである。押しつけられるカルーアこそ良い迷惑──なのだろうか? 当人は研究さえ出来れば結構喜々としてマサムネの要求に従っているような気もするから、取りあえず判断は保留としておこう。それに、研究課題を与えないで独自の路線に走らせると、グログロな研究を始めそうだし。いや、絶対に始める。カルーアはフリーハンドを与えると拙いタイプだ。これはこれで良しとすべきかも知れない。
「あと、識字率か。文字なんて読み書き出来て当たり前だと思っていたけど、よく考えてみれば日本の識字率って、あっちの世界でも飛び抜けて高いんだよなあ。こんなおファンタジックな世界では、識字率が低くて当然か」
「……また、おファンタジックって言いましたね」
「あ、すまん」
相変わらず、心のこもっていない謝罪である。
ふう、と諦めのため息をつくサシカイアの横で、マサムネは更にぶつぶつ呟いていたが、不意に顔を上げて手を一つ打ち合わせた。
「良し、決めた」
「……何をですか?」
これで助平な提案をしたら本気で見限ってやろう。そう考えてしまう辺り、サシカイアのマサムネに対する信頼度の低さが解るというモノである。
「義務教育を始める」
「義務教育? なに、それ」
相変わらず聞き慣れない言葉。カミュが首をかしげる。
「学校だな。寺子屋でも良い。ニッポン王国のガキ全員に教育を受けさせる事に決めたぞ。取りあえず読み書きと四則演算を中心にして、そうだな6年はいらないだろうから3年で良いか」
「……ちょっと待ってください」
サシカイアは、勝手に結論を出していくマサムネを止めた。
「……子供というのは、農村では働き手でもありますよ? そりゃあ、たいしたことも出来ませんが、雑用を中心に、彼らも働いています。それを取り上げて読み書きを習わせようとしても、親がいい顔をしませんよ。いえ、どころか、そんな事をしていないで働けって事になると思います」
「その辺りは、何かメリットを与えればいい」
「……どんなメリットですか?」
「その辺は、お前ら考えて何とかしろ」
「……」
「いい加減な奴」
「細かい仕事は部下がすれば良いんだよ」
マサムネはカミュに言い返して、更になにやら考えついたようで、不気味な笑いを浮かべる。ロクでもない事を考えた時の笑いだ。
「あ、何か悪い事考えてる」
と、さしてつきあいが長いわけでもないカミュにも一目瞭然のようだ。
「ついでだから、中国や韓国に倣って、歪んだ愛国教育も施すぞ。捏造した歴史を教え込んで、俺に対する忠誠も植え込む。一石二鳥だ」
うしししと、笑う。
「……その中国とか韓国とか、何度か聞く名前ですが、嫌っているんじゃないんですか?」
「大嫌いだ」
マサムネは即答した。
「はっきり言って、死滅してくれれば世の中もう少しマシになるのに、とか良く思っていたぞ。──だがまあ、使えるモノは何でも使うべきだ」
くだらん偏見で事実をゆがめるのは、それこそ奴らと一緒だからな。と、自分だって相当に偏見を持っている事を棚上げしてマサムネは言った。
「忠誠心を植え込むねえ。ベルド陛下やうちのお父ちゃんほどのカリスマの無い人間は色々と大変ね」
「何を言うか、俺のこの溢れんばかりのカリスマを」
「そんなの無い無い」
「って言うか、もともとソードワールドやロードスに魅力値を示すモノはないし」
マサムネがカミュと口論して、言ってはならない事を口にする。
「……それはともかく。本気で子供に教育を施すつもりなんですか?」
「本気だ」
マサムネはしっかりと頷く。
「本当は教育は諸刃の剣なんだけどな。民なんてモノは、馬鹿な方が王様としてはやりやすいからな。──とは言え、馬鹿なままだと国が育たないし。色々難しいところだよなあ」
何も知らない人間に言う事を聞かせる方が容易い。しかし、何も知らない人間では創意工夫も生まれてこない為、国の成長も止まる。知りすぎてしまえば、色々見えてきて、王様に対する文句も出てくる。マサムネの言うように、難しいところである。
「へ〜、一応色々考えてはいるんだ」
カミュが僅かに感心し、しかし、からかうように声をかける。
「当たり前だ。俺が洒落や酔狂で王様やっているとでも思ったか」
「違ったの?」
「もちろん、違わないぞ」
マサムネは偉そうに胸を張った。
「洒落や酔狂でやっているに決まっているじゃないか」
何を言っているのか、こいつは。じんわりとした頭痛を覚えてこめかみの辺りを押さえ、サシカイアはがっくりと肩を落とす。
確かに、マサムネはほとんど暇つぶしに近い感覚で王様を始めた様だが、胸を張って言うモノではない。
見ればカミュは呆れたと言うより呆然とした顔をして、とっさに言葉が出てこない様子だ。
「……それはともかく、そろそろ休憩は終わりにしましょう」
サシカイアは、これ以上、この話題は聞いていたくないと、謁見の再会を提案した。