本日の謁見、メインイベント。


 休憩後、幾人かの陳情者の後、二人のお供を連れた中年男が入室してきた。
 椅子に尊大な格好で座っているマサムネが、僅かに肩を動かす。
 来た。
 サシカイアも、内心で身構える。
 本日のメインイベント。
 男の名前は調べが付いている。
 シュリヒテ・シュタインヘイガー。旧カノン王国の男爵。
 現在では、カノン復活の為のレジスタンス活動をしている。──もっとも、この活動はさして上手く行っているとは言えない。元々この男は文官で、軍事的なセンスは無い様子。また、カノン復活と言っても、そのための旗印がない。そのせいで、活動にも勢いが無い。それでもそれなりの人数を集めた事もあるが、目立つ行動を始めた途端、派遣されたマーモ軍にあっさり叩きつぶされて一から出直し。そしてまた人数を集め、するとマーモが──と言うような事を幾度か繰り返し、最近ではマーモ支配の緩い辺境でこそこそやっているだけらしい。
 こう言うとただの無能のように思えるかも知れないが、組織を作る、経営すると言う部分では、彼はその才能を遺憾なく発揮している。根っからの文官、戦が空っきしと言うだけで、無能では無い。
 その辺りを調べたのはラスティ・ネイル率いる元ライデン盗賊ギルドのメンバー達。現在彼らは密偵の仕事を主に行っており、その能力の高さを示している。正直、ライデンから離れたカノンの地で、こんなにすぐに有機的に働いてくれるとは思っていなかったのだが、それはライデン盗賊ギルドを甘く見すぎた考えだった様子。さすがはロードス最大規模を誇ったライデン盗賊ギルドである。ここに来る以前より、おそらくはマーモ侵攻の以前から、きっちりとカノンの情報も調べていたらしい。 
 サシカイアは、表情に出さずにシュリヒテ・シュタインヘイガーを監察する。
 なかなか整った顔立ちをした中年男。若い頃はさぞかしもてただろう。いや、今でも十分な人気を得そうだ。理知的で落ち着いた容貌、中年太りって何それな、すらりとした体型。おまけに品もある。更に男爵、家柄も良い。そして戦の才能こそ無いモノの、内政の方の手腕は優れているという。天に二物も三物も与えられているわけだ。世の中というものは絶対に公平でない。
 それから、サシカイアは連れの二人に視線を移した。
 一人は、体格雄偉な大男。一目で分かる。間違いなく、戦士。名は、フェイマス・グラウス。この男の前歴は傭兵。あまり詳しくは、流石にライデン盗賊ギルドでも調べ上げる事が出来なかった。何しろ傭兵であるから、ロードス各地の戦乱の場所へ行って職を得る。そんな生活をしていたのだ。追い切れるものではない。だいたい、フェイマスはシュリヒテのように、貴族ではなく、ギルドがあんまり注目する必要のある存在でもない。しかし、ぱっと見、かなり強い事は解る。タンカレーとどちらが強いだろうか、とサシカイアは考える。サシカイアの知る限り、ベルド、ファーン、カシュー、そしてマサムネを除外して、一番強い戦士はタンカレーだ。即ち、この男は一般に最強レベルの戦士という事。サシカイアは、自分では絶対に勝てないと確信した。手段、時を選ばずに、ただ殺すだけならば可能だと思うが、正面から戦ったら瞬殺されてしまうかも知れない。
 もう一人は若い女性。カティサーク・エメラルド。父親はカノン緑林騎士団に所属していた騎士隊長の一人で、マーモとの戦いで命を落としている。当人はその跡を継ぐ気満々なのだろう。女性用にアレンジしているが、騎士団の正式なそれを模した鎧を着用している。歩く時に非常に重くて五月蠅そうだ。剣の腕前は、それなりにやれそう。技術は相当高そうだが、こちらはサシカイアはあんまり怖いと感じない。どうとでも対処出来そうに思う。
 3人は、入室してすぐ、マサムネの横に立つサシカイアとカミュに気が付いて、それぞれに反応した。
 シュリヒテは僅かに眉を動かしたものの、それ以上の反応は無し。流石、カノンの宮廷、政争の場に生きてきた人間だけに、軽々しく表情を変えない。
 フェイマスの方は、素直に驚きの表情を浮かべる。これはサシカイアではなく、ダークエルフのカミュを見たからだろう。しかし、直後に面白そうに、唇を笑いの形にした。あんまり、動じていないようだ。
 最後のカティサークは、フェイマス同様に驚き、直後の反応が違った。カミュを許せないモノを見る視線でにらみ付けている。まあ、カノン騎士であれば、ダークエルフを見て当たり前の反応をした、と言えるだろう。
 もちろんカミュはそんな視線を向けられて面白いはずが無く、唇をへの字に曲げて不機嫌です、と言う顔になった。
「本日は、お目通りを──」
「挨拶は面倒くさいから省略だ。──で、シュリヒテ・シュタインヘイガーだったな。何しに来た?」
 挨拶をしようとするシュリヒテをマサムネが制して、単刀直入に質問する。
「……」
 シュリヒテは僅かに目を細めて、マサムネを見た。
 ああ、余計な事を。と、サシカイアは内心で肩を落とした。まだ、敵になるか味方になるか解らないのだから、札は一枚でも多く伏せておくべきなのに。こちらが、既にそちらの事を調べている事を示す必要は無かったのに。それを明かすにしろ、もう少し様子を見るべきだった。不意をついて主導権を狙うつもりだったかも知れないが、それは全くの失敗だ。シュリヒテは、ほとんど驚いていない。
「それでは、こちらも単刀直入に話をさせて頂きましょう」
 シュリヒテは、あっさりとマサムネの言葉に頷いた。
 ここで礼儀云々ぐだぐだ言い始めたら、きっとマサムネの機嫌は悪くなっただろうから、この反応は正解だ。
「我々はカノンの地をマーモから取り戻すべく行動しています。それで、あなたは、何を目的としているのですか?」
「もちろん、俺の国を作る為に行動している。わかりやすく、内外に示したつもりだったがな」
 宣伝不足か?、と、マサムネは笑う。
「少なくともカノン復活なんて下らない事の為に、お前達に協力してやるつもりなんて欠片もないぞ」
「なんだとっ!」
 と、声を上げたのはカティサーク。マサムネの挑発にあっさりと乗っている。この人は密偵の調べどおり、かなり単純みたいだ。
「貴様、王を騙るばかりでなく、我々の崇高な目的を下らない事だと?」
「ああ、下らない事だな」
 あっさり、マサムネは頷いた。
「それに、俺は王を騙っていないぞ。実際に、王様だ。少なくとも、この辺りを実行支配しているのは俺だ」
 シュリヒテは、どうやらカティサークに好きにさせるつもりのようだ。その反応を見て、マサムネを探ろうというのだろう。
「馬鹿な。貴様のやっている事はただの侵略だ。マーモと同じだ」
「全然違うぞ。少なくとも、俺はマーモのように何も考えずに搾取をしている訳じゃないからな。搾取どころか、今のところ、こちらからの一方的な持ち出しだ」
 マサムネは、にやにやと笑う。
 ああ、これは、面白いおもちゃを見つけた、と言う反応だ。サシカイア、カミュはそれを理解したが、カティサークの方は、自分がおちょくられている事に気が付いていない様子。
「侵略は、否定しないがな。──で、それが何か悪いのか?」
「き、貴様、悪いに決まっているだろうが」
「何がだ?」
「何がだ、だと? ここは、カノン王国だ。その地を不法に占拠し、国王を名乗るなど、族滅されても仕方のない暴挙だぞ」
「違うな。ここは、マーモ帝国の領地だったんだ。カノン王国なんてものは、何処にも存在しないさ。とっくの昔に滅亡しちまったからな」
「な、なんだと」
「現実を見ろ」
 マサムネが厳しく告げる。しかし、視線はシュリヒテの方を見ている。
「王城は落ちた。王族は殺された。国土は支配された。──さあ、何処にカノン王国とやらがある?」
「だが、貴様のように勝手に王を名乗るなど、そんな事が許されるはずがない」
「誰にだ? 誰に許されなければならないんだ?」
 マサムネは、ふん、と鼻を鳴らした。
「別にお前らに許して貰う必要なんて、全然無いぞ」
「なっ」
「だいたい、侵略、簒奪がいけないって言うんなら、カノンもまた、駄目な事になるぞ」
「何を言うか、カノン王家は長い歴史を持つ──」
「簒奪者の王国だな」
 せせら笑うようにマサムネ。
 カティサークはこの発言に顔色を変える。思わずといった感じで腰に手が伸びているが、流石に謁見の場に入る際に、武装解除されているから丸腰だ。それを失念する程に、頭に血が上ったという事か。
「誰でも知っている事だろうが。かつて、世界は魔法王国に支配されていた。ならば、全ての王国が侵略者で、簒奪者の末裔だ」
「馬鹿な事を。魔法王国は自分たち以外の人間を蛮族とさげすみ、非道の限りを尽くした悪の王国だぞ。それと一緒にするな」
「一緒だよ。カノン王国も、民に苦痛に満ちた生活をプレゼントした」
「それは、マーモ帝国のやった事だろう。何故、カノンのせいになる」
「カノンのせいだからだ」
 マサムネは断言した。
「カノン王国が無様に、見事に、完璧にマーモに負けたからだ。王にとって、敗北は罪だ。敗北によって、民は苦しむ。民を苦しませる王国なんざ、失格も失格、花丸付きで失格だ」
 マサムネの言葉を、シュリヒテは無言で聞いている。多少苦い表情なのは、やっぱりカノンの関係者だから、それを罵られるのは面白い事ではないのだろう。
 フェイマスは、面白そうに見守っている。こちらは流れ者の傭兵。出自は不明だが、カノンの事は、所詮人ごとなのだろう。
「ならば、貴様の簒奪が正当化されると言うつもりか?」
「俺は元々簒奪をそれほど悪い事だとは思っていないぞ。下手に無能な人間が王を継ぐよりも、優秀な人間によって簒奪された方が、民の為にもなるだろう。だいたい、王の無能は罪だ」
「貴様、カノン王家を無能と言うか?」
 武器無しでも飛びかかってきそうだ。カミュにそっと目配せをする。まあ、マサムネに護衛なんて必要ないと思うが、一応用心しておこう。
「そう考えた事もないのか?」
 マサムネは呆れたように、わざとらしくため息を零してみせる。見え見えの挑発だが、カティサークはあっさりと乗せられる。正直、あんまり使えそうにない人だ。
「現実、カノン王家は国を失った。無能も無能、ここに極まれりと言うくらいの無能っぷりだ。だいたい、王侯貴族なんてものは民を食い物にする寄生虫に過ぎないんだからな。それが存在を許されるのは、必要だと民に錯覚させているからだ。国を守り、民に平和な生活を与える。そう思わせているから本来必要でないものが必要だと思われているんだ。それも果たせないような王家など、存在価値もない。つまり、カノン王家など、もはや存在する価値がないと言う事だ」
「きっ、貴様〜」
 ぷるぷると怒りに震えている。言葉も出来ないほどに怒り心頭、そんな感じだ。
「ならば、あなたは何故、王を名乗ったのですか?」
 シュリヒテがここで静かに口を挟んできた。必要ないものと言いながら、何故、王になったのか?
「そんなもん、俺が贅沢におもしろおかしく暮らしたいからだ」
 きっぱり言い切るマサムネ。ファリスの邪悪探知に引っかかるはずである。
「後、暇つぶしだな。ただし、俺は伊達や酔狂で王様やる気になった以上、民や国を富ませて喜ばせてやろうとも、同時に思っているぞ。悪逆な支配者と罵られるよりも、名君と褒め称えられた方が、嬉しいからな。女にももてる。そして、それを達成出来れば、血筋や出自なんて関係なく、それこそが王を名乗る資格だと思っている」
 シュリヒテは、マサムネの言葉を受けて、黙り込んだ。
 その沈黙を僅かに見守り、再びマサムネは口を開いた。
「と言うわけで、お前達は俺に仕えろ。絶対の忠誠を誓え」
「な、何を馬鹿な事を言い出す!」
 カティサークが吠えるがそれを無視して、マサムネはシュリヒテに視線を固定している。
「どうせ、お前らの実力では、マーモを追い払う事も出来ないんだからな。こそこそやっているだけ無駄だ」
 きっぱり、言い切る。
 これは、シュリヒテも流石に面白くないみたいで、思い切り苦い表情をする。
「少なくとも、俺はマーモよりマシな統治をしているつもりだ。俺が一刻でも早くマーモを追い払えば、その分、民の苦しみは軽減されるだろう。カノンであるとか、そうでないとか。そんなモノよりも、民を救う事が出来る、それこそが価値がある事じゃないのか? そう思わないならば、お前達はいらない。とっとと失せて、二度と顔を見せるな」
 しっしっ、と猫の子を追い払う様に手をひらひらさせるマサムネ。
「きき貴様〜」
 カティサークは言葉も出ず、ぷるぷると震えている。
 マサムネはそちらを面白そうに見て、それから、何か思いついたみたいな顔をした。サシカイアは、なんだか嫌な予感を覚えた。
「それじゃあ、一つ勝負をしようか」
 流石に難しい顔で沈黙しているシュリヒテに、面白そうに指を立ててみせる。
「この姉ちゃん、それなりに腕は立つんだろう?」
「当然だ」
 カティサークが胸を張る。
「我がエメラルド家は代々優秀な騎士を輩出してきた、武の名門。もちろん私も、幼い頃から鍛錬を積んできている」
 なんだか、本当に単純な人だ。
「そこで、この姉ちゃんと俺が一対一で勝負してみようか? それで、俺が負けたら、お前らのカノン復活に全面協力してやろう」
「何?」
 カティサークは既にやる気満々で、許可を求めるようにシュリヒテに向き直る。
「ただし、俺が勝った場合には、貴様らは全員俺の部下だ。絶対の忠誠を誓え。それともう一つ」
 マサムネはにやにやと助平笑いなど浮かべている。これだけで、もう一つの条件が解る。
「その姉ちゃんは俺の女になれ」
「な、なんだと〜!」
 怒りなのか羞恥なのか、顔を真っ赤にしてカティサークが怒鳴る。
「なんだ、自信ないのか? まあ、しょうがないか。所詮は女だもんな。男の俺に勝てるわけがないか」
「貴様、私を愚弄するか」
 本当に、見え見えの挑発に乗る人である。
「私の正義の剣が、貴様のような邪悪な剣に負けるはずがない!」
 正義が邪悪に勝つというのであれば、何でカノンはマーモに負けたんでしょうか?
 思わずそんな質問をしたくなってしまったサシカイアであるが、何とか沈黙を守る。
「何か、この人駄目駄目だ」
 カミュも小声でぼそっと呟いている。どうやら、サシカイア同様の感想を抱いたらしい。
「シュリヒテ様、私に任せて頂ければ、必ずや勝利して見せます。この勝負、受けさせてください」
 シュリヒテは、勢いづくカティサークを、僅かに疲れた表情をして眺め、長い沈黙の後、静かに頷いた。


 もちろん、マサムネが負けるはずもなく、勝負はあっさりと付いた。