性格が腐りきっていても、マサムネ最強。これは基本です。
マサムネとカティサークの勝負は、そりゃあもうあっさりと決着が付いた。
マサムネは勝負開始と共に、あっという間に距離を詰めて大上段から一撃。その速度が尋常じゃないものだから、カティサークはろくに反応すら出来ず、ただ、目の前に突きつけられた刀身を面食らったように見つめるだけだった。
一拍遅れてカティサークの髪の毛を剣風が拭き散らかし、その時になってようやく決着を理解したのか、呆然としたままでぺたんと腰を落とす。
マサムネはにやりと笑うと大剣を肩に担ぎ、見学していたシュリヒテ、フェイマスの二人に向き直ると、宣言した。
「これで約束どおり、貴様らは俺の部下だ。絶対の忠誠を誓い、馬車馬のように働け」
良いのだろうか、これで?
首をかしげるサシカイアだが、マサムネは良いと思っているようだ。
それから、にやにやと助平笑いを隠そうとせず、カティサークに、早速自分の部屋に来るように命じた。
「よろしいんですかい?」
取りあえず用意された部屋に入ったフェイマスは、難しい顔で沈黙しているシュリヒテに尋ねた。
「あんな一方的な約束、反故にしたって問題ないと思いますが」
「お前は、あの男をどう見た?」
その質問には答えず、シュリヒテは逆に質問を返した。
「俺の意見なんかが参考になるとは思えやせんが」
と、前置きして、フェイマスは言った。
「まあ、正義の味方って感じは全然しませんね。どっちかって言えば、まず間違いなく悪者。ですが、面白い奴だと思いましたよ。王様を伊達や酔狂でやろう、なんて普通の奴は考えませんからね。それに、思ったとしても、普通は口にしません。それを平気で口に出して」
くっくっく。と、楽しそうに笑う。
しかしやっぱりマサムネは悪者か。まあ、マリーの邪悪探知に反応するくらいだから、今更驚くような事ではないが。
「そうだな。確かに我が儘一杯で、デタラメな事は確かだ」
シュリヒテの方も、納得して頷く。
「強さの方もデタラメですね」
「お前でも、勝てないか?」
シュリヒテには、その種の見る目はさしてないらしい。
「勝てませんね。と言うか、アレは化け物ですよ。最強の魔法戦士って言う評価の、戦士の部分は間違いありませんね。カティサーク様だって性格はアレですが技術はかなりのもので、結構やりますからね。それを子供扱い。相手にもしていません。俺は暗黒皇帝ベルドの戦いを見た事がありますが、それすら霞んで見えるほどですよ。アレに勝てる人間は、ちょっと思いつきませんね。カシュー王や、大陸最強と言われている「竜殺し」のリジャールでも、一対一では多分無理じゃないですかね」
「それほどなのか」
驚いたように、シュリヒテが沈黙する。
話を聞くに、フェイマスは、大陸に渡っていた事もあった様子。なるほど、ライデン盗賊ギルドでもその経歴を追い切れないはずである。
「奴ならば、マーモからカノンを解放出来ると思うか?」
「まあ、戦争ですからね。個人の武勇だけではどうとも言えない部分はありやすが。見たところ、ここの連中は相当に鍛えられていますね。おまけに、奴に心酔している事は間違いありやせん。何しろ、あの強さですからね。そして、マーモの方も内情はぐだぐだみたいですから、結構なところまでやれるとは思いますが」
上手くすれば可能だと思うが、断言は出来ません、と、フェイマスは告げる。
「そうか」
シュリヒテは、頷く。
「──で、どうしやすか? 逃げるなら、とっとと──と言っても、奴はカティサーク様とお楽しみみたいですからね。それが終わってからでないと、置いて行く事になっちまいやすから、しばらくは待つ必要はありますが」
見捨てるなら、その方が早いし楽ですが、とは言わず、フェイマスはシュリヒテの結論を待つ。
「……まず肝要なのは、マーモ支配より民を解放する事だ。そう、それこそが急務なのだ」
シュリヒテは長い沈黙の後、口を開いた。
「そのためであれば、例えカノン王国が滅んだとしても、それは仕方のない事かも知れない。残念な事に、我々ではそれを果たせそうにない事はこれまでにはっきりしている。──それに、奴のそばにいれば、奴が非道を働いた時に、それを止める事も出来るだろう」
その言葉は、フェイマスに告げると言うよりも、自分自身に言い聞かせるような言葉。口調の端々に、苦いものが伺えるのは、やはりカノンの貴族として、マサムネの覇業に協力する事に対する抵抗感と苦痛。
サシカイアは、耳から囁きの貝と呼ばれる魔法のアイテムをはずし、机の上に置いた。このアイテムは、対となる貝殻が拾った音声を、もう一方の方に伝えるという能力がある。サシカイアの耳にしていた貝殻の片方は、シュリヒテ、フェイマスに与えた部屋の壁に、上手く塗り込まれている。
「もう、よろしいのですか?」
サシカイアと同じメイド衣装に身を包んだ娘が、尋ねてくるのに頷く。
この娘は、元ライデン盗賊ギルドのメンバーで、もちろん盗賊としてのスキルを持っている。配下の盗賊の人数が増えた事もあって、マサムネのそばで防諜、影の護衛に携わる人間を用意した。マサムネの意向で、そのメンバーは全員若くて綺麗な女性。マサムネのそばをちょろちょろしていても違和感を抱かせないように、全員メイド服を着用させられている。何しろマサムネのそばには多くのメイドがいるから、その中に混じってしまうのが確かに一番簡単なのだ。──ここまでは表向きにとってつけた理由で、絶対、メイド服着用の命令にはマサムネの趣味が多く入っていると思うが。ついでに言えば、全員既にお手つきになっている。
「……私は取りあえず、他の仕事に戻ります。あなた達は、もう少し盗聴を続けてください」
「はい」
「……何か問題があるようでしたら、すぐに報告を。それでは、後は任せます」
「はい、わかりました」
早くも耳に貝殻を寄せた盗賊メイド娘が頷くのを確認して、サシカイアは盗聴の為に用意された部屋から出た。
「……取りあえず、絶対の信頼は置けないまでも、ある程度は信用して大丈夫、ですかね?」
まあ何にせよ、シュリヒテが味方してくれるというのはありがたい。
戦闘能力が高い人間は多いのだが、文官の数が全然足りていないニッポン王国である。旧カノン王国で、そちら方面で活躍していた能力的に信用出来る人間の加入はありがたい。少なくとも、サシカイアの負担は減るはずである。
「……しかし、何をやっているのやら、ですね。あの助平野郎は」
部屋にこもって早速おっぱじめているマサムネを罵り、サシカイアは他の仕事に向かった。それでも、やる事はいくらでもあるのだ。
協力すると決めたシュリヒテの仕事は速かった。
マサムネが気楽に丸投げした事もあって、すぐさま組織の刷新を始めた。
シュリヒテに言わせると、ニッポン王国と言う組織はデタラメらしい。
その辺りを作ったのは主にサシカイアであるが、別に不満は感じなかった。
元々、サシカイアは政治は専門ではない。しかし、他に人がいなかったから仕方が無くやってきた事だ。何しろニッポン王国は傭兵を初めとする戦闘要員はやたらと数が揃っているが、逆に文官の方はお粗末な限りだったから。それに、サシカイアはメイドとしてアラニアの王宮で働いていたから、多少、その様子を知っている、と言う程度。実際に執政に参加した事はないから、問題が出ても当たり前だ。マサムネはアラニア宮廷魔術師の「知識」を持っていたはずだが、ある分野には力を入れてある分野に入れないという、かなりの偏りを作り出す事しかしていなかった。そんな地味で面倒な事やっていられるか、と言うのが、マサムネの方の事情だろう。もっとしっかりやって欲しい。
それでもマサムネが一年間の税免除を言い渡していたから、これまではそれで大丈夫だった。しかし、そうでなければ即座に破綻していただろう。ある意味この税免除、民の為と言うよりも、自分たちの事情により、と言った方が良いかも知れない。はっきり言って、まともに税の徴収が出来たとも思えないから。
シュリヒテは、即座に内政の為の組織の作り直しに着手した。シュリヒテも、人材不足には頭を抱えた様子だが、その問題は時間をおかずに解決した。
シュリヒテ・シュタインヘイガーというカノン王国の人間がマサムネ支持を表明したおかげで、これまで様子を見ていたカノン縁故の人間が何人もニッポン王国への合流を望んだのだ。マサムネはカノンではなく自分に忠誠を誓うように念押しした後、その能力に応じて使うようにシュリヒテに指示、ほとんど丸投げした。だが、これによってシュリヒテは内政方面の人材不足という問題をある程度解決する事が出来た。
そして、シュリヒテの提案で、ニッポン王国の人間の地位をはっきりさせる事になった。
結果、サシカイアは王様直属のメイド統括者である、メイド大臣とか言う、訳の分からない地位を与えられる事となった。これはもちろん、マサムネの発案、ごり押しである。メイド大臣とやらの権限は国王マサムネに継ぐナンバー2として、様々な分野への口出しが許可されている。こんな、組織をまたいで口出し出来る素人の存在は、シュリヒテにとっては迷惑な事であろう。しかし、マサムネがかたくなに譲らず、最終的には諦めて承諾した。
シュリヒテはニッポン王国の宰相。後でシュリヒテに続いてやってきた人間は多いが、内政分野でシュリヒテ以上の手腕を持つ人間もいなさそうだったので、順当な人事だろう。幸い、旧カノン王国内の序列で、シュリヒテ以上の人間もいなかったから、新参の人たちもあっさりと納得して認めてくれた様子。これで侯爵とか伯爵なんて地位の人間がやって来ていたら、一悶着あったところだ。また、得体の知れない人間ばかりのニッポン王国で、旧カノンの人間が宰相の地位にいると言う事も、カノン縁故の新参の人間達を安心させる材料になった様子である。
ベル、マリー、ミモザは、それぞれマイリー、ファリス、ファラリスの宮廷付き司祭の地位を与えられた。これは、今までとあんまり変わっていない。一応、ニッポン王国とは別組織から派遣されている人間、と言うような形である為、協力は要請出来るが強制は出来ない。と言うわけで、変わらず勧誘の為の慈善活動を競い合うように行っている。
カルーアもそのまま宮廷魔術師筆頭のまま。旧カノンの宮廷魔術師はまだ存命らしいと聞くが、ニッポン王国に参加してはいない。いても、マサムネのごり押しでカルーアが宮廷魔術師筆頭であったのは間違いないだろう。旧カノンの宮廷魔術師が綺麗で若い女性なら話は違っただろうが、結構な年の男らしいから。カルーアは宮廷魔術師としては失格なのだが国政には興味がないのは変わらず、研究室にこもっての研究三昧の日々を送っている。多分、彼女には最高な日々の過ごし方なのだろう。
タンカレーは正式に日輪騎士団の団長となった。そして、シュリヒテに従っていた傭兵フェイマスは、その副団長になった。彼の戦闘能力は高く、古くからの傭兵達もその能力を認めた為、新入りだが問題なく認められた。タンカレーの方は、自分が団長で良いのかと、気弱な表情をしていたが、能力的には問題ない地位だ。気弱だが、実は相当に強いのである。フェイマスと立ち会ってみて、マサムネを除くニッポン王国最強の戦士である事を証明している。
ラスティ・ネイルは諜報組織の頭に。これまた順当な人事だ。彼の配下にはライデンから来た盗賊達が付き、その中の若くて綺麗な女性は、メイドの格好をして、マサムネの身辺警護や防諜に当たり、これはサシカイアの直下に組み入れられた。
カミュの立場は微妙だったが、マサムネのごり押しでメイド副大臣に。何それ、と、微妙な表情をしたカミュだが、結局承諾した。「お姉様と一緒なら」と頬を染めながら頷くのは勘弁して欲しいと思ったサシカイアである。
そして、カティサークは親衛騎士団の団長になった。と言っても、人数は今のところカティサーク一人だが。正直、目の届くところに置いておかないと一人で突撃しそうな危うさがあるからの人事だと思うのだが、彼女はそうとは気が付いていない様子だ。聞けば、カノンでは女性の騎士はほとんどおらず、カティサークも正式には騎士になっていない。それが、カノンではなくニッポン王国で、とは言え、正式な騎士としての身分が与えられた事に、喜んで良いのかそうでないのか、ずいぶん微妙な表情をしていた。
しかしそれも、マサムネが口を開くまで。
「近くに置いておけば何時でもやれるからな」
この発言でカティサークの機嫌は地の底まで落ちた。
そんなこんなでニッポン王国が組織としても休息に形を整えて来た頃。
ルードの港に張り付いていた密偵からの緊急の知らせが届いた。
それは、マーモ帝国が重い腰を上げて、ようやくニッポン王国討伐の準備を始めたとの知らせだった。