マーモ帝国、ついに動く。
「つっても、今更な感があるなあ」
と、マサムネは椅子にふんぞり返って座り、のんきに言った。
「俺がニッポン王国の建国宣言してから──ひいふうみのよの──もう、半年以上立っているじゃないか。うわ〜、ここまでぐだぐだしていると、マーモも先がなさそうだな」
「この戦いに勝たねば、我々の先が無くなります」
まじめな口調でマサムネを窘めたのはシュリヒテ・シュタインヘイガー。
それを聞いて、サシカイアはなんだか感動してしまった。これまで、マサムネにつっこみを入れるのはサシカイアの役目だった。と言うか、サシカイアしかそれをする人間がいなかった。みんなぼけばっかりで、つっこみが他に存在しなかったのだ。
「ああ、大丈夫、じょぶじょぶ。俺は最強だから、負けるはず無いし」
ひらひらひら〜と、いい加減に手を振って、マサムネが応じた。
ルードの街に派遣している密偵の報告を受けて、即座に対策会議の開催をシュリヒテが提案した。
マサムネにも異論はないらしく、素直にそれを受けたのだが、あんまりやる気なさそうだ。あるいは、危機感がない。
この会議に参加しているのはニッポン王国の主要なメンツ、マサムネ、シュリヒテ、サシカイアの他には、日輪騎士団団長であるタンカレーに副団長のフェイマス。親衛隊長カティサーク。そしてオブザーバーとして宮廷付きマイリー司祭のベル。密偵を束ねるラスティ・ネイル。後は数名の文官。
「貴様はもっとまじめにやれ!」
いい加減なマサムネの態度を腹に据えかねたのか、カティサークが机の天板を叩くようにして立ち上がって叫ぶ。もっともな意見だと思うが、それにしても王様を貴様呼ばわりである。マサムネは礼儀に五月蠅くないので咎める事もないし、いつもの事なので誰も気にしないが。
カティサークの叱責を受けたからと言うわけではあるまいが、マサムネがラスティの方を向いてまじめな聞いた。
「で、数はどれくらいだって?」
「はい、暗黒騎士団を中心に、総勢2000名程度の部隊になる模様です。大半はゴブリンなどの妖魔になるようですが。おそらくは騎士は500。残りは妖魔となるでしょう」
ラスティの言葉に、シュリヒテが難しい顔をする。
「こちらの騎士団の人数は?」
「だいたい200人ってとこです」
タンカレーが答える。一応、数は増えている。しかし、2000に対して200では、如何にも少ない。しかも、騎士の人数だけでも2倍以上である。正面からぶつかれば、簡単に叩きつぶされてしまうだろう。
しかも、騎士団と名前は変わったが、実質はヒノマル傭兵団の頃と大差ない。鎧も武器も統一されていない。騎士の必殺技、馬上槍を揃えて突撃、なんて真似はできそうにない。他国にこれを騎士団として紹介したら笑われかねない内実である。
「義勇兵は期待出来るのかね?」
「はあ、一応募っては見ますが」
と、タンカレーの言葉は頼りない。まだ建国一年にも余裕で満たない新興国。命をかけて守ろうとするほどの民がどの程度いるのか、計算が付かない状況だ。
大丈夫か、と言う表情がシュリヒテの顔に浮かぶ。
「やはり、ヒノマルの街に籠城しますか?」
ヒノマルの街は、ぐるりと周囲を城壁に囲まれた城塞都市だ。しかも、広がった市街を囲むように作られた新しい城壁は、相当に堅固に作られている。城に籠もって戦えば、数の差をいくらかは補う事が出来る。それに籠もって戦うとなれば、後のない住民達が義勇兵として参加する事も期待出来る。なにしろ再占領されてしまえば、酷い目に遭う事は解っている。必死になって戦ってくれるだろう。
ただ、援軍の当てのない籠城戦は、まず勝利は期待出来ないと相場が決まっているのだが。
「いや、出戦を仕掛ける」
マサムネはシュリヒテの意見を、首を振って否定した。
「野戦で勝てるのかね?」
「勝つさ。なあに、以前からの計画通りにやれば、それでいいさ」
そして、マサムネは平気な顔をして付け足す。それから、タンカレーに確認する。
「その準備は進めているんだろうな?」
「はい、鍛冶師の方は既に作業は済んでいますし、傭兵──いえ、騎士達の練度も、十分に高まっています」
「何か、用意がしてあったのかね?」
シュリヒテがマサムネに尋ねる。
「一応な。何しろ半年も待たせてくれたんだから、時間はそれなりにあった。まあ、戦いの方はこっちに任せておいてくれればいい。あんたは、国内の整備を頼むぞ」
「……解った」
シュリヒテは、自分に軍事的才能がない事は承知しているらしい。多少不満も見えたが、それでもしっかりと頷いた。
その日から、慌ただしく戦争の準備が始められた。
決戦の地は、ヒノマルの街から少しばかり南下した場所にある平地。結構開けた場所の、入り口にニッポン王国軍は陣を敷いた。
ニッポン王国日輪騎士団には標準装備として全員に折りたたみ式のシャベルが支給されている。それを使って簡単な堀を作り、その土を麻袋に突っ込んで土嚢を作って積み上げ、更に木材を組んで柵を作りと、瞬く間に結構な守備陣地を作り上げる。騎士団は、ここの所、こんな訓練を繰り返して行っていた。数が少ないのだから、有利なスペースを確保してから戦おう、と言うのがマサムネのもくろみ。騎士達から、俺たちは騎士団じゃなくて土木作業員だ、なんて声もこぼれたが、そこは元傭兵、問題となるほどの不満には育たなかった。これが正式な騎士団であれば、やってられるか、ってなことになっただろうから、幸いである。
更にいくつかの罠を仕掛けて、待ち受ける事しばし。
マーモ帝国軍が姿を現した。
大軍が移動するとなれば、街道を外れるのは結構難しい。それに、こちらの数が少ない事は向こうも承知しているから、真正面からぶつかってくるだろうと言うマサムネの予想は、正解だったようである。
「戦いっすね。戦いっすよ。戦っていいんすよね?」
それを見て興奮しているのはベル。そう言えば、ここの所戦いがなかったから、かなりストレスが溜まっていたようだ。
「あ〜、ちゃんと、後で突撃の機会も作ってやるから、しばらくはおとなしくしているように」
一人で走り出さないように首根っこを捕まえて、マサムネが告げる。
「本当っすね。約束っすよ。破ったら、勇者様には針千本飲ませるっすよ」
「ああ、解った解った」
マサムネは首根っこ捕まえたベルを軽く後ろに放り棄てて、部下達に向かった。
「さて」
マサムネが声を上げると、全員がそちらに注目する。
みんな、歴戦の勇者達である。この状況でも、不敵ににやりと笑っている者が多い。一番蒼い顔をしているのは、実は騎士団長のタンカレーだったりする。
「ここで一発、俺たちの強さをマーモの連中に思い知らせてやるぞ」
「おおっ!」
と、得物を振り上げて、騎士団の者達が叫ぶ。
「予定どおりにやれば、勝つのは俺たちだ!」
「おおっ!」
マサムネが声を上げるたびに、騎士達が答えて叫ぶ。
「……なんて言うか、騎士団と言うよりも、傭兵とか、盗賊とかのノリそのままのような気がしますね」
相変わらずメイド服のサシカイアは、マサムネの後ろでぽそりと呟く。
「いいんじゃないの? まじめにすかした事を言うマサムネなんて、マサムネじゃないし」
こちらは魔法のメイド服は一着しかないので、ソフトレザーの鎧に着替えたカミュが応じる。
なんだか、ずるいと思うサシカイアである。
マーモ帝国軍の戦い方にはパターンがある。
まずは、大量にいるゴブリンなどの妖魔をけしかけて、敵を物量で押していく。妖魔は単体の戦闘能力は低いが、とにかく数がいる。だから、妖魔を相手に戦っている内に、相手は疲弊してしまう。そこへ、満を持して暗黒騎士団の突撃、そして蹂躙で勝負を決める。
そんな形。
このやり方では、最初に突撃する妖魔に膨大な被害が出る。しかし、どうせ放っておいてもすぐに増える妖魔であるから、気にせずに使い捨てである。
今回の戦いも、そのパターンに倣ったようだ。
まず、先行してきたのは妖魔達。よく分からない叫びをあげながら、突進してくる。
それを、陣にこもったニッポン王国軍が弓矢で迎え撃つ。
鋭く宙を切り裂き、雨のように降り注ぐ矢を受けて、妖魔がばたばたと倒れていく。しかし、妖魔の数は膨大で、そのまま怯むことなく味方の死体を踏み越えて陣に迫ってくる。
が、途中で足が止まった。と言うより、止めた。
陣の手前には、鉄の柱が等間隔に打ち込まれ、その間に鋼線が螺旋状に渦を巻いて渡してあった。鋼線には、無数の棘が付いており、それに体を引っかけて、妖魔達は進むに進めなくなったのだ。
「鉄条網、結構効くな」
マサムネは作戦が図に乗って、嬉しそうである。
妖魔達は、その鉄条網とやらを乗り越えようとするのだが、少しばかりそうするには高さがあった。結果、上手く乗り越えられずに棘に体を引っかけ、傷を負って悲鳴を上げる。傷自体の大きさはさしたるモノではないが、痛いモノは痛いし、体に引っかけたままで無理をすれば傷が広がってしまう。乗り越えられずにその場で立ち往生する事になった。
先頭集団がそこに引っかかって止まっても、背後の者達は続々と前進してくる。数が多いだけに、先頭の様子に後方のモノは気づけないのだ。
結果、その場所に渋滞が巻き起こる。
「良し、チャンスだ、攻撃集中しろ」
マサムネの言葉を待つまでもなく、騎士達は独自の判断で猛攻を加えている。弓をバリスタを、それぞれの手にした飛び道具から、雨あられと矢を浴びせかける。
「カルーア、魔法使い達も攻撃」
「はい〜」
流石に研究室から引っ張り出して連れてきた宮廷魔術師カルーアを初めとする魔術師達が、次々に呪文を放つ。鉄条網を壊さないように、彼女らが選択した魔法は電撃。いや、カルーアを除く魔術師達には、それが最大の攻撃魔法かも知れないが。
それはともかく。
太い電撃の束が、まっすぐに走って妖魔達の間を駆け抜ける。悲鳴を上げて妖魔達の体が突っ張り、力を失って倒れる。
妖魔達は、行くもならず退くもならず、虚しく死体を量産していく。
しかし、鉄条網も永遠に保つわけではない。
矢を喰らった妖魔がたまたまその上に倒れこみ、鉄条網を無効化する例などもあったりして、とにかく膨大な被害を出しつつも乗り越えて更に陣地に迫る。
だが、まだ陣地にたどり着く前に超えなければならない障害がある。
ぽっかりと開いた堀。
堀は、飛び越えるには少しばかり幅がありすぎる。だからといって、その上に渡して道を造るような板きれなどもない。選択の余地無く、妖魔達はその中に飛び込んで、悲鳴を上げた。
堀の底には、釘を大量に打ち付けた板きれが、突き出た釘の先端を上に向けるようにして並べられていた。
そんなモノを踏みつければ、靴すら履いていない妖魔の足の裏は貫かれて当然。悲鳴を上げて倒れれば、今度は体に突き刺さる。そこへ容赦なく矢の雨が浴びせかけられる。地獄絵図が、堀の底では繰り広げられた。
「あっはっはっは〜」
それを見て、マサムネは大喜びで笑っている。
「何と言うか、ここまではまると、笑いが止まらんぞ」
味方はふんだんに矢を敵に浴びせかける。半年間という時間は、大量の矢を生産する余裕を与えていた。だから、残りを気にすることなく、盛大に撃ち続ける事が出来た。足が止まっているから妖魔はただの的で、面白いくらいにばたばたと倒れ、死体の山を築いていく。
対して、妖魔の方からも矢を放つ者がいたが、こちらはサシカイアの風の守りによって味方には当たらない。
見事なまでの一方的な展開だった。
平地戦では、数に敵わない。だが、城に籠もって戦えれば、数で劣っていても堪える事が出来る。
これが、今回の戦いのマサムネのコンセプトだった。シュリヒテの提案と同じ、しかし、マサムネは素直にヒノマルの街に籠もる事は考えなかった。折角、あそこまで育てた街を戦場にして被害を出したくない。それにようやく城に籠もって敵を撃退したと言うよりは、平地で戦って敵を撃退して見せた方が、ニッポン王国軍の強さを周りに示す事が出来る。
だから、マサムネは決戦の場所をここに選んだ。
大軍が展開出来る十分な広さを持った平地。しかし、自分たちの陣は、その入り口の狭い部分に敷く。わざわざ平地で戦うように見せて、その実、堅牢な陣地を築く。平地での戦いだと敵に思わせ、無造作な突撃を誘う。真正面からのぶつかり合いと見た敵は、周到に用意された堅牢な陣地にぶつかって停滞する。そこを飛び道具で攻撃して出血を強いる。平地戦の様に見せて、その実、城攻め。短時間で強固な陣地を作る。それがこの作戦の肝で、そのために騎士団は連日、街の建設にも参加させて経験を積ませてきたのだ。
ちなみに作戦名は「スノマタ・キャッスル」。例によって意味が分かるのはマサムネだけである。