戦いは、ニッポン王国有利で進んでいる。
「ベル、突撃の準備をしておけ」
マサムネは命じて、馬にまたがる。
「ついに突撃っすか? 突撃、最高っすよ」
ベルが嬉しそうに、軽やかに馬に飛び乗る。そして馬上の人になるとマサムネの背後に寄り添う。
サシカイア、カミュ、カティサークもそれに倣う。
そろそろ、敵も堀を越え始めた。
圧倒的な数。死体で堀を埋めて、その上を乗り越えてきたのだ。矢をくらい、魔法を喰らって悲鳴を上げながらも、ひたすら全身を続ける。
そして敵は、ついに陣にたどり着いた。
陣の外と内とを隔てる土嚢と柵で作った即席の城壁を挟んで、熾烈な争いが始められている。騎士達は弓を棄てて槍を取り、柵をよじ登って超えようとしている妖魔達を次々に突き落としていく。流石にこちらにも被害は出始めているが、柵を挟んでの戦いを最初から想定していた味方に比べて、妖魔の方は有効な武器を用意していない。リーチの短い剣しか持っていないモノが多い為、敵の攻撃はなかなか味方には届かない。また、柵を登ろうとすれば、無防備に腹をさらしてしまう。やっぱり被害の程度では敵が勝る。見事なまでに味方有利で、妖魔の志気は挫けかけている。
「……ここまで一方的だと、騎士団、逃げちゃうんじゃないですか?」
サシカイアが疑問を口にする。
既に敵はずいぶんな被害を受けている。こちらの被害は微々たるモノ。まさしく一方的な展開。だから、このまま強行するのを避け、一旦は退いて、後方で編成し直して再びの決戦を挑む。そうされたらどうするのかと、マサムネに質問する。
「そうなったら、そうなったでいいさ。派手に、俺たちの勝利を宣伝させる。マーモの権威は失墜して、こっちになびく人間も増えるだろう」
マーモが怖い為、様子を見ている人間はたくさんいる。ニッポン王国など、マーモがその気になれば簡単に叩きつぶされると、思っている人間はたくさんいる。
しかし、それがそうではなかった。ニッポン王国はマーモ軍を易々と撃退した。
そうなれば、マサムネの言うように、ニッポン王国に味方しようという人間は大量に出てくるだろう。そうなれば、ニッポン王国の戦力も増していく。戦力が増せば、ますますマーモに対抗する事は容易になる。
「それに、逃げ散った妖魔が、そう簡単に再集結するわけでもないしな」
算を乱して逃げた妖魔が、わざわざマーモ軍に合流する為に行動するという事もないだろう。妖魔達はそのまま、逃げ出した地に住み着いてしまうと見て良いだろう。その近くに元々住んでいる者達には迷惑な話だが、流石に全滅させる事は不可能な為、この被害は許容するしかない。いや、マサムネは悪辣で、その状況すら利用しようと考えていた。
「そいつを始末してやれば、また、俺の評価も高まるだろうしな」
バラバラに逃げ散って、少数単位で住み着いた妖魔など、騎士団の敵ではないのだ。順ぐりにやっつけてしまえばいい、と笑う。
悪党だ。迷惑の原因を自ら作っておいて、善人面してそれを解決して感謝される。マッチポンプとは、こういう事を言うのだろうか?
これを聞いたサシカイアは顔をしかめる。さすがはファリスの邪悪探知に引っかかるだけの事はある。
「何か言いたそうだな」
「……いえ」
「まあいい」
マサムネは適当に流して続けた。
「それに、マーモの内情は、思った以上にぐだぐだらしいからな。ここで一旦退いたら、次に攻めてこれるようになるのが何時の事かも解らない。だから、ここで勝負を決めたいと思っているはずだ」
「……確かに、そうかも知れませんね」
マーモ帝国の正面の敵はヴァリスである。出来ればこんなカノン辺境の反乱勢力──多分、ヒノマル王国はこの程度の認識しかされていない──などには、時間をかけたいとも思わないだろう。速攻片付けて、ヴァリスとの決戦に備えたい。それがマーモの本心のはずだ。
「更に言えば、この状況でも、敵の方が数は多いからな」
まだ突撃を敢行していないマーモ軍の暗黒騎士団は、その数500。それだけでも、こちらの全軍より多い。
「こっちは仕方がないから、俺が出て決めるさ」
言っている内に、暗黒騎士団は動き出していた。
「……ああ、本当に来ちゃいましたね」
来なくても良いのに、とサシカイアは思うが、暗黒騎士団に、こちらの都合になど付き合う義理はない。
「よし、こちらも出る」
マサムネは背中の大剣を抜いて、突撃隊としてこれまでの戦いを静観してきた50名の騎士達に告げる。
「ベルは戦いの歌を頼む。サシカイアは俺の後ろに付いて精霊魔法で周りの連中の援護。タンカレー、フェイマスは、俺の左右後方に続け。カティサークはサシカイア敵を倒すよりもサシカイアの援護に集中。カミュは今回は留守番してろ」
「え〜」
と、カミュが仲間はずれにされたとでも思ったのか、不満の声を上げる。下手に戦争に参加するよりも、留守番の方が楽で良いのに。
「お前もマーモの人間とは戦いづらいだろう。今回はここまでで十分だ。後できっちりとベッドの上でご褒美くれてやるから、おとなしく待ってろ」
「そんなご褒美いらないわよ!」
「行くぞ!」
カミュの声に背中を押されるように、日輪騎士団精鋭もまた、突撃を開始した。
「目指すは敵将の首。そいつを取って、勝負を決めるぞ!」
柵は倒し、堀には用意しておいた板を渡して超える。鉄条網には切れ目が作ってあったので、そこを選んで通り抜ける。
この頃には、妖魔の大半は逃げ散ってしまっている。
騎士団同士の正面からの激突、なのだが、ニッポン王国ヒノマル騎士団は騎士団らしく見えない。
マーモの暗黒騎士団が、馬上槍をずらりと並べて突撃してくるのに対して、こちらはおのおの思い思いの得物を振り上げての突撃。どうにも、こちらの方が格落ちという感じだ。
何となく、サシカイアは砂漠での戦いを思い出した。
暗黒騎士団がフレイム王国砂漠の鷹騎士団で、こちらは砂漠の蛮族、炎の部族の戦士達。ちょうどあの戦いも、こんな感じだったように思う。
そして同時に、あの馬上槍の破壊力も思い出していた。
馬の突進の勢いを得た槍の一撃は、すさまじいまでの威力を持つ。かわして懐に入ってしまえば、長物なだけに取り回しが難しく、有効な武器とは言えなくなるが、そのかわすというのが難しい。こちらもあちらも結構な勢いで突撃をしているから、気が付いた時には貫かれている、なんて事になりかねない。
「サシカイア、魔法を派手にぶちかますぞ」
マサムネも同様に考えている様子。とにかく、魔法で先手を打って、敵の隊列を乱そうという心づもりか。
「……隕石召還(メテオ)は止めてくださいよ」
一言忠告する。アレは、もっと離れた場所に向かって使う魔法だ。それから、サシカイアはどんな魔法を使うか考える。ここに火と水はないから、風か大地か。とにかく、倒すよりも隊列を乱す事を優先。良し、アレで行こう。
「いけ〜〜」
マサムネの魔法の方が先に完成した。
火の玉がいくつも宙に発生して、それは一気に敵陣に飛び込んで盛大に爆発する。火球(ファイアーボール)の魔法。威力はあるし、おまけに見た目も派手だから、敵の度肝を抜くには最適だろう。
先陣を切って走っていた騎士が何人も、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。更に炎が広がり、突進していた馬がそれを嫌って竿立ちになる。落馬した人間も多い。見事に揃えられていた槍先が、大きく乱れた。
そこへ、サシカイアも魔法を使った。
大地の精霊の力を借りた魔法。その名もズバリ地震(アースクェイク)。
局地的な地震が、突撃をする暗黒騎士団の足下で起こり、その体を馬ごと宙に跳ね上げる。そして、重力が飛び上がった体を大地に叩き付ける。まともに足から着陸出来た者はごく少数。多くは無様に大地に投げ出される。そして、地震の影響外にあった後続の者が、急停止出来るはずもなくその体を踏みつぶしていく。躓いて馬ごと転ぶ者もいた。
敵は、盛大に乱れた。
そこへ、大剣をひっさげたマサムネが飛び込んでいった。
左右に振り回される大剣。魔法により切れ味を高められた大剣が走るたびに、暗黒騎士団の兵士が馬からたたき落とされる。大地に落ちる前に、彼らは絶命している。マサムネの大剣は、易々と彼らの体を、時にはその馬ごと切り裂いてしまうのだ。
その左右に続いたタンカレー、フェイマスの戦いも素晴らしかった。
今回、タンカレーは斧槍を武器としていた。斬る突く叩く引っかける、様々な用途に使えるこの武器を、激しく振り回して暗黒騎士を倒していく。普段は非常に気弱だが、タンカレーは確かに優れた戦士だった。それも、高いレベルで調和の取れた戦士。早さにしろ、力にしろ、タンカレー以上の人間はいくらでもいるだろうが、全ての分野でこれだけ高レベルでまとまった戦士はほとんどいないだろう。マサムネほどの派手さはないものの、タンカレーも次々に敵を打ち倒していく。
フェイマスの方は、その体格から容易に想像が付いた事だが、典型的なパワーファイターだ。分厚い鎧に身を包み、重い武器を振り回す。フェイマスの今回の武器は鉄棍。ただの鉄の棒だ。しかし、その筋力から繰り出される一撃の威力は、簡単に鉄の兜を拉げさせ、その中身を粉々にする。剣で受けても、その剣を打ち砕き、そのまま敵を叩きのめすのだから、とんでもない。おまけに、着ている鎧は、少々の攻撃を受けても平気で跳ね返す。なんだか馬が苦しそうにも見えるが、そこは頑張って貰うしかない。戦場ではフェイマスのような人間が生き残りやすいだろう。何しろ、ろくに敵の攻撃が通用しないのだから。
ベルは相変わらず過激な歌詞の、独自にアレンジした戦いの歌(バトルソング)で味方の士気を高めている。戦槌を振り回しているが、これは戦っていると言うよりは、勢いを付けているだけの様子。それでも久々の戦いに上機嫌で、歌の方も絶好調だ。
カティサークは、あまり戦う機会がない。何しろ、サシカイア、ベルはマサムネの後ろにいて、マサムネは立ちふさがった者を、全て一撃で切り伏せてしまっているし、左右にはタンカレー、フェイマスがいる。後方には騎士団の他の者が続いており、ここまでやってくる敵は皆無だ。それでも、生真面目さを発揮して、左右に視線を配り、油断は欠片もしていない。
これは安心して護衛を任せて大丈夫そうだ。
そう判断したサシカイアは、精霊魔法で援護をする事にした。正直、大技はもう無理だ。だけど、敵の行動を邪魔したり、小さなダメージを与えたりするくらいはまだ可能。石を跳ね上げて馬を驚かせたり、足を引っかけて転ばせたりして、戦いのフォローに回る。
日輪騎士団は、素晴らしい勢いで敵を蹂躙していく。
当たる者はなぎ倒し、逃げる者も打ち倒し、もうやりたい放題だ。
魔法で先手を取った事は大きい。更に非常識なまでの無敵っぷりを発揮するマサムネの存在。敵もこんなのを相手にしたくないだろうなあ、とサシカイアは思う。
そして、マサムネはついに目標に到達した。
「貴様が敵の大将か!」
叫びをぶつけたのは、ちょっぴり他の人間よりは派手な羽根飾りの付いた兜をかぶった男。この男は、馬首を返して後方に下がろうとしていたが、マサムネの勢いの方が勝った。
横を通り抜けざまのマサムネの一撃は、あっさりとこの男の首を跳ねとばしていた。
敵からは悲鳴、味方からは歓声が上がる。
「敵将の首、ニッポン王国国王、マサムネ様が取ったぞ!」
マサムネが、大きく剣を掲げて叫ぶ。
味方から、喉も枯れよとばかりの怒号。
「我々の勝利だ!」
「おおおおおお!」
この言葉で、既に挫けかけていた敵の士気は完全に挫けたらしい。ほとんどの者が、大あわてで逃げ出そうとする。
「これより、敵残党狩りを始める。降伏すれば良し、そうでない者は全員討ち取れ!」
「おおおおお」
叫びをあげて、日輪騎士団の者達が逃げていく敵兵を次々と討ち取っていく。一方的な殺戮。背中を向けて逃げる相手は、格好の獲物だ。人は、背後の敵と戦えるようには出来ていないから。
逃げる敵を討つのは残酷?
そうかも知れない。
しかし、マーモ帝国は規模でニッポン王国に勝るのだ。一戦して勝利しただけで喜んではいられない。次に来る敵兵の数を一人でも減らす為、敵兵の心に恐怖を植え付けて敵対する意志を挫く為、ここは徹底的にやらなければならない場面だ。
ニッポン王国の兵士達は、頃合いと見てマサムネが停止命令を出すまで、一方的にマーモ兵を狩り続けた。
ニッポン王国は、マーモ帝国軍に、見事に勝利した。