凱旋!
マサムネ率いるニッポン王国軍は、マーモ帝国の討伐軍に勝利した。
マーモ軍は多くの死者負傷者を戦場に残して敗走し、ヒノマル王国軍は勝利の雄叫びをあげる。
全く持って、見事な大勝利だった。
2000対200、数で大きく劣りながら常に優位に立ち、ほとんど一方的に勝利している。何しろ、ヒノマル王国軍の死者は10名を超えていなかったのだ。これほど死者が少なかったのは、従軍した、ベル、マリー、ミモザ、カミュそしてサシカイアと言った高レベルな癒しの魔法の使い手が、本来ならば命を落としていた重傷者を速攻で治療して死なせなかったという理由があるモノの、それでも圧倒的で、見事な大勝利だった。
ヒノマル王国軍の兵士達は、おのおのの武器を振り上げて、彼らを指揮した国王マサムネを称える。
この大勝利は、何かとマサムネに点の辛いサシカイアでも、彼の指揮によるモノだと認めざる得ない。最初から最後まで、予定どおりに敵味方を動かし、予定どおりに勝利した。それは疑いようもない事だったから。
マサムネは偉そうにふんぞり返って、兵士達の賞賛を受けた。
マサムネは、即座にこの勝利をヒノマルの街に知らせた。
そして、配下の吟遊詩人に命じて大々的に宣伝させる。いつものように脚色されたこの戦いの顛末は、あっという間にカノン中に、そしてロードス中へと広められていくだろう。これにより、ますます英雄マサムネの名声が高まる事、間違いない。
更に、マサムネはヒノマルの街の有力者にこっそり金を渡して、マサムネの勝利を称える祭を、「自発的に」開催させた。人間、ある程度の人数が右を向けば、他の人間も思わず右を向いてしまうモノである。何人かが大々的にマサムネを称えてお祭り騒ぎを始めれば、何となくつられて同じように称えてしまう人間が出てくる。その人数が多くなれば、取り残されまいと、更に人が増え、増えれば仲間はずれが嫌でまた人が増え──と、そうなる事を期待しての行動。
こうした小細工というか、小ずるい手段は、マサムネの得意技である。
それを抜きにしても、マーモ軍を敗退させた事は、民に喜びをもたらす事である。
もし、ニッポン王国軍が敗北してマーモに再占領される事になっていれば、色々酷い目に遭うに決まっているのだ。マーモに比べれば、マサムネの統治は格段にマシ。少なくとも、飢える事はなくなっているし、一年限りと区切られているが、今のところは税も払わなくて良い。
更に言えば、正直、これまでカノンの民は何かと鬱屈していた。国を滅ぼされ、自分の生活は苦しい。その原因であるマーモ軍がやっつけられた。それだけでも、鬱憤が晴れる出来事。お祭り騒ぎをする理由にはなる。
用心深くマサムネに距離を置こうとする者もいるにはいるが、それはごく少数のひねくれ者だけになっていた。そして、そう言うひねくれ者は絶対にいなくならないから、ほとんど考慮する必要もないだろう。
とにかく、ヒノマルの街の住人達は、マサムネらの凱旋を、大々的な歓呼で迎えた。
そして、この勝利は、マサムネを、ヒノマル王国を様子見していた人間達にきっかけを与えた。
唐突に国王を名乗り国を興したマサムネである。
そのマサムネの強さについては、吟遊詩人らの大活躍で広く知れ渡っている。
しかし、それとてもマーモ帝国が本気になれば、容易く押しつぶされてしまうモノに過ぎない。マーモ帝国は巨大で、対してニッポン王国は、まだまだできたての小国。勝ち目があるようにはとうてい見えない。
そう考え、マサムネの陣営に加わる事を躊躇していた者の背中を、この勝利が押した。
マーモ帝国に勝てるかも知れない。
いや、マーモ帝国に勝てる。
また、少数ながら義勇兵として参加した者達が、当人が望めば正式に騎士として取りたれられ、望まなければ多くの褒美を
頂いた、と言う事も、彼らの行動を加速した。
マサムネは、実力主義で人材を取り立てる。家柄などは問わない。
ニッポン王国は新しい国である。他の国であれば、騎士等になりたいと考えても、その実力があってもなかなか上手く行かない。古いしがらみがあり、家柄の問題がある。例え実力が劣ろうとも、家柄で勝る人間が優先的に騎士に取り立てられる場合が多い。しかし、ニッポン王国ならば、実力次第で出世する事が出来る。何しろ、騎士団長はただの傭兵だった男だし、宮廷魔術師にしろ、聞いた事もない名前の人間。どころか、国王マサムネだって、何処の誰とも知らない人間だ。そう、実力さえあれば、何処までも出世する事が出来るのだ。そうした希望。
ニッポン王国、ヒノマルの街には一旗揚げて見せようと、自分の実力に自信がありながら、これまで出世するチャンスがなかった人々が集まってくる。また、そうして人が増えれば、自然、仕事も増える。それを見越して、マーモのカノン占領から逃れ、各国で難民になっていたカノンの人間も戻ってきた。その勢いは、これまでの比ではない。
ヒノマルの街は、急激な右肩上がりで人口が増えていった。
これを受けて、マサムネは、城の建設を決意していた。
これまでは旧ラバダン領主の館を使ってきたが、人が増え、仕事が増えと、ずいぶん手狭になってしまったのだ。ヒノマルの街も、カノン出戻り組や新たにロードス中から集まってきた者達のおかげで、人口的に辺境の小都市から、大都市と言って差し支えない規模になっている。城の一つくらいあっても、不思議ではない。
「戻ってきた難民なんかを、その作業に当てればいい」
職を保障してやる事も、国王としては必要だろう。そんなマサムネの言葉で、城の建設は決定した。
「天守に金の鯱は絶対必要だな」
等とも言い出したマサムネだが、誰もその金の鯱とやらを知らないし、マサムネも絵心はないらしく、上手く説明出来ずに却下された。城の名前だけはマサムネがごり押しし、パンデモニウムとなった。マサムネの世界の神々の集う城の名前、と説明されたが、サシカイアだけがこっそり知らされた真実では、悪魔が集う城の名前、万魔宮と言う意味らしい。
「……なるほど、ご自分の事を良くご理解しているご様子で」
「馬鹿たれ」
マサムネは深く納得したというサシカイアに、不機嫌に言い返す。
「俺くらい素敵で最高な王様はいないぞ」
「……はっ」
「お前、今鼻で笑ったな?」
「……何の事でしょうか」
「ちっ、可愛く無い奴め」
マサムネはぶつぶつ文句を言っていたが、それでも、そう言う名前を付けた意図をサシカイアに教えてくれた。
所詮、政治家なんてロクでもない連中が揃っていて、日々、裏では仲間内での足の引っ張り合いをしているモノだ。それこそ、悪魔みたいに騙し合いが日常的に行われる、それが政治の中枢である城という場所。だから、それを皮肉ってやったのだ、と言う話。
「……なるほど、結局、その政治家どもの大将であるご自分も悪魔のような人間だと認めているわけですね?」
「お前だってその仲間だ。もしかしたら、尻に先っちょのとんがった尻尾が生えているんじゃないか?」
「……スカートをめくらないでください」
こんな頭の悪いやりとりをしている間にも日々は流れ、少しずつ、しかし着実に、ニッポン王国は国としての体裁を整えていった。
そして、トリスも帰国してきた。
トリスは知らないうちにライデンの裏の世界が色々と変化している事に驚きを隠せなかった様子。そして、ライデンに色目を使うフレイムを警戒して、トリス商会の本拠をヒノマルの街へ移す事を決意した。元々マサムネとつながりが深く、それによって成長してきたトリス商会である。両者の距離が近い方が都合が良い。ライデン評議会は、すでにライデンで有数の大店に成長しているトリス商会のこの動きに眉をひそめたが、マサムネの存在もあってごり押しは出来ず、結果的に認める事となった。この動きに、大小の商人のいくらかが呼応し、ヒノマルの街はますます栄える事となる。
また、トリスはマサムネの鶴の一声で、ニッポン王国の大蔵大臣に就任した。財政面の責任者である。
「取り立ててやったんだから、感謝して俺に忠誠を誓うように」
偉そうに言うマサムネに、トリスは僅かに苦笑したモノの、素直に応じて礼を言った。
このごり押しに、シュリヒテは苦い顔をしたモノの、一代で大商人となったトリスの経営能力をその目で見る事で、結果的に認める事とした様子だ。
また、トリスは大陸から色々とおみやげを持ってきた。
個人宛のモノとして、サシカイアはマサムネと対になる指輪を貰った。それはリンゲージ・リングと言う名の魔法の婚約指輪。二個一組の銀製の指輪で、同種族の男女がこれをつけると、お互いの精神力を自由に使えると言う魔力が付与されているもの。つまり、マサムネの呆れるくらい膨大なマジックポイントを、サシカイアが魔法を使う際に利用する事が出来るようになると言う事。確かに、便利である。婚約指輪として作られた、と言う部分にサシカイアは非常な引っかかりを感じたモノの、別に結婚を強要するような魔力が付与されているわけではない事、そして確かに便利である事から、ありがたく頂く事にした。もちろん、サシカイアは左手薬指にはめるつもりはなかったのだが、マサムネがそれ以外の指にはめる事を許してくれなかったので、泣く泣く諦めて、今はその指にはめている。
その他、ベルは魔法の鎧を、マリーは魔法のメイスなど、皆に色々と勝ってきてくれていて、トリスの帰還は非常に喜ばれた。現金な話ではあるが。
そして、トリスは個人宛ではないおみやげも、持ってきてくれた。
それは、大陸の優れた技を持つ技師である。
ロードスの文化、技術レベルは大陸に大きく劣っている。それを、マサムネは色々と不満に思っていた様子で、その解決の手段として、トリスは優れた技術を持つ大陸の技師を何人か雇って、わざわざロードスへ連れてきたのである。
「……それは非常にお金がかかったんではありませんか?」
とサシカイアは懸念した。
何しろ、大陸の方ではロードスは呪われた島、なんて呼ばれているのだ。その島の住人としては、その呼ばれ方には面白くないモノを感じないでもないが、ある意味、仕方のない事かも知れないとも思う。大陸でも数匹しか確認されていない古竜が、この島では5匹もいるし、つい50年程前には魔神王なんてモノがぶいぶい言わせていた。常に何処彼処で戦争は行われているし、マーモに渡ればこれでもかという数の妖魔、魔獣が生息している。確かに、そう呼ばれるだけの根拠はあるのだ。
その島へわざわざ、危険を冒して渡ってきてもらう。多分、自分だったらいくら金を積まれても断りそうだと、サシカイアは思う。
「いえいえ、それほどでもありませんでしたよ」
しかし、笑って答えたトリスの話を聞くと、実際、さして金はかかっていない様子。
なんでも、問題を抱えている技師を中心に人集めをしたらしい。
腕が良いのに問題を抱えている。性格が頑固だったり破綻していたり、あるいは、経営があまりにも丼勘定だったりで、借金を抱えてしまった者。そう言った者を中心に、借金の肩代わりの条件として、ロードスへ来る事を承諾させたらしい。一応、5年間、ロードスで弟子を取ってその技術を伝えてくれれば、大陸に帰っても良いという条件も付けたらしい。
が。
「まあ、5年もいれば、色々としがらみが出来るでしょうからね。何しろ、独身男性ばかりですから。ロードス美人を紹介するのも良いかも知れませんね」
等と口にする。
トリスも、マサムネと付き合うだけあって、善人とは言い切れないのだ。
マサムネはトリスの考えを解っているのかいないのか、美人を紹介するなら俺にしろ、と文句を言っていたが。
そんなこんなでやっていると、ある日、唐突にマサムネが叫んだ。
「よせ、止めろ!」
それは、丁度謁見の真っ最中。
突然の叫びに、サシカイアと、その横にいたカミュがぎくりと体を震わせる。より以上に驚いたのは、丁度陳情の真っ最中だったどこかの村の村長さん。かわいそうなくらいに真っ青になっていた。
「……陛下?」
流石に謁見の場では、サシカイアもマサムネの事を陛下と呼ぶ。どうしたんだと、声をかけたのに、マサムネは答えもせずにもう一度叫んだ。
「だからよせ、殺すな!」
危ない電波でも受信しているのだろうか?
視線でカミュの方を見ると、カミュも同様に感じたのか、頭の横で指をくるくるさせている。
「そうだ、まずは警告だけに済ませろ。殺すのは、その警告を無視した時だけにしろ」
しばらくマサムネは宙をにらみ付けるみたいにしていたが、唐突に体から力を抜き、大きく息を吐いた。
「……陛下?」
「ああ、大丈夫だ。変な電波を受けた訳じゃない」
マサムネはひらひらと手を振って、言った。
「シューティングスターが活動期に入った」
「シューティングスターが?」
シューティングスタートは、5色の古竜と言われる、ロードスに住む5匹のエンシェントドラゴンの一匹。その中でももっとも性格が荒くて凶暴と言われる、火竜の事である。魔竜と言われる事もある。
このシューティングスターは、マサムネによって支配されている。その時の戦いは思い出したくない。いくら耐火の魔法に守られ、身代わり人形(エスケープドール)を用意していたとは言え、サシカイアはミスリルすら溶かすと言われるブレスを浴びたのだ。あんな経験、二度としたくないと思っている。
「まあ、それは良いんだが」
シューティングスターの住処は火竜山と呼ばれる山の洞穴で、それは遙かライデンとフレイムの間の山脈にある。ここ、カノンの地にはさして影響がないから、活動期に入ったと言っても、取りあえず影響はない。ただ、脱皮をしてマサムネの支配から脱した場合は、その限りではないが。その時には、自分を支配してたマサムネに復讐する為、どれだけ離れていようともやってくるだろう。シューティングスターが脱皮するのが、出来れば自分が死んだ後になって欲しいと思うサシカイアだ。
「カシューの馬鹿が、シューティングスターのえさ場に入植を初めてやがった」
こりゃあ一悶着ありそうだと呟くマサムネ。
サシカイアも、同感だった。
言うなれば、自分が寝ている間に庭に他人が住み着いていたようなものだろう。ただでさえ性格の荒いシューティングスターが黙っているはずもない。早速その失礼な連中を皆殺しにしてやろうと動き、気付いたマサムネが慌てて止めた。先刻のやりとりは、そんな所か。支配者と被支配者の間には、テレパシーのようなモノが働き、マサムネは自分の意志や命令を伝える事が出来るのだ。
……なんだ、電波には違いがないかも知れない。
とにかく、カシューが何を考えてそんな危険な場所に入植をさせたかはともかく、これから先、色々と厄介事が起きそうな予感が、サシカイアはびしばしと感じられた。
かわいそうに、どこかの村の村長さんは、話題から置いていかれ、未だにぶるぶると怯えていた。