何処の国も、多かれ少なかれ問題を抱えているモノである。


「どうやら、フレイムは難民問題がかなり深刻化しているようです」
 フレイムの、魔竜シューティングスターのえさ場への入植が何故行われたか。その理由については、密偵の頭を務めるラスティ・ネイルが教えてくれた。
 難民問題。これは、ロードス各地で戦乱が続いている事に問題の根っこが求められる。戦争となれば、巻き込まれて焼け出される人間が出てくる。戦乱に巻き込まれる前に危険な場所から逃げ出す人間もいる。そうした人間がどうするか。中には山賊盗賊に身を落とする者もいるが、そうでない人間はどこか平和な都市部に逃れる。そうしてここ、ヒノマルの街へ来た人間も少なくない。しかし、それが全てでは当然ない。
 フレイムの方にも、多くの難民が流入した。
 何しろ、フレイムはこのロードスで唯一、戦争状態にない国だ。戦争によって焼け出された人たち。逃げた先で再び同じ目に遭うのはごめんだろう。だから、その心配が一番少ないフレイムに、避難先を決めたとしても不思議な事ではない。
 フレイムはそうした人々を使い、国力の増加に努めた。しかし、次々とやってくる難民に、受け入れる限界は想像以上に早く訪れた。
 なにしろ、フレイムは国土の大半が砂漠である。その砂漠は現在、マサムネの働きによって精霊力の偏りを是正され、少しずつ自然な土地に戻りつつある。しかし、それもまだまだとっかかりに過ぎない。大地が豊かさを蓄えるようになるまではこれから先、非常に長い時間がかかるだろう。現時点では、砂漠のままであるには違いない。
 元々、フレイムには耕作可能な土地は少ない。だからこそ、そのわずかな土地を奪い合い、風の部族と炎の部族は延々と戦い続けていたのだ。もちろん、それが原因の全てではないが、耕作可能な土地の奪い合い、そうした理由も確かにあった。
 そのフレイムに、大量の難民が流れ込んだ。
 ただでさえ、炎の部族もフレイムの傘下に組み込まれ、養わなければならない人間が増えたところにこれである。あっという間に限界を超えてしまった。どうしたってフレイムの乏しい収穫で養える人間の数をオーバーしてしまった。
 文化風習の違う難民である。おまけに、戦乱に追われ、取るモノも取らずに身一つで逃げてきた人が多い。治安の悪化の原因にもなる。旧来のフレイム住人には迷惑な話でもある。疎み、蔑みたくもなる。食べるものが足りないとなればなおさらだ。
 難民の方も、そんな目に遭えば反発する。
 かくして、両者の間には非常に深い亀裂が出来、もめ事は日常茶飯事。放置しておけば暴動にまで発展してしまうだろう。
 これに頭を痛めたフレイム国王カシューは、どこかに耕作可能な土地が空いていないかと視線を巡らせた。
 そして発見したのが火竜の狩猟場と呼ばれるシューティングスターのえさ場だった。
 ここは、狩猟場と呼ばれるだけに、良く肥えた土地が広がっている。砂漠のフレイムとはまるで違う、耕作向きの沃野。これを切り開いて農地とすれば、増えた人間を養うだけの収穫が期待出来るだろう。
 無論、危険がある。自分のえさ場に人間が勝手に入ってきて畑を作って──とやったら、土地の主であるシューティングスターが黙っているはずもない。
 しかし、今は緊急事態。一刻も早く、食糧問題を何とかしなければ、大規模な暴動が起きかねない。そうなれば、折角平和のなったフレイムが無茶苦茶にされてしまう。また、都合の良い事に、シューティングスターは現在休眠期。巣穴でぐーすか寝ている為、しばらくは大丈夫だろう。そんな見通し。
 だが、その見通しはもろくも崩れた。
 下流の狩猟場に開拓民が入植して如何ばかりも経たないうちに、シューティングスターは休眠期を終え、活動期に入ってしまったのだ。
 さて、腹ごなしをしようとかとねぐらから出たシューティングスターはすぐに開拓民の作った村を発見し、怒り狂ってしまったのだ。
 シューティングスターの怒りは当然だろう。フレイムのやった事は不法占拠なのだから。
「まあ、いわゆる竹島を朝鮮人どもに不法占拠されたようなモノか──って、日本政府はあんまり怒らないんだよなあ。間違ってるぞ、それは絶対」
 と、マサムネが故国の話をして、なんだか怒っている。
 マサムネは色々と故国の話をするが、正直訳の分からないモノの多いサシカイアである。多分、サシカイアでなくともわからないだろう。
「本当にシューティングスターを支配していたとは……」
 驚きを隠そうともせずに言ったのは、シュリヒテ。
 元から知っているベル、マリー、トリス、タンカレーと言った人間は平然としているが、それ以外の人間は流石に驚いている。当たり前か、シューティングスターと言えば、一般にロードスで最強の生き物だと思われているのだから。
「ちゃんと吟遊詩人に歌わせていただろうが」
 何を今更な事を言っていると、マサムネは言うが、ここにいる人間は、マサムネが脚色捏造ばりばりの歌を吟遊詩人に歌わせて、支持率アップに使っている事は承知している。信じてもらえなくとも仕方がないだろう。
「しかし、大将は本当に強かったんですね」
 フェイマスが、太い腕を組んで、大きく頷く。傭兵なだけに、強さにあこがれを持っているのだろう。先の戦争以来、マサムネを見る目が変わっていたが、それが更に感心の度合いを増した。確かにドラゴンスレイヤーと言えば、最高の名誉だ。いや、この場合は倒していないからドラゴンテイマーか。
「男に尊敬の目で見られてもちっとも嬉しくない」
 とか言いながらも、マサムネは、にやにやと嬉しそうな顔になっている。単純だ。
「ドラゴンテイマーだったなんて。お父ちゃんに借りたレッサー・ジャイアント程度じゃあ、勝てないわけだわ」
 そこまで非常識に強いとは思っていなかったのだろう。カミュが、呆然とした顔になっている。
「ですが、ドラゴンを支配って、そんなに簡単に出来るものなんですか? 実際に確認したわけではありませんし、この男が嘘を 突いている可能性だって」
 と、疑いの視線を向けたのかティサークである。マサムネの強さは自分も敗北しているから、仕方がないので認める。しかし、ドラゴンを倒すなど、普通は出来ない。しかも、マサムネの人間性は欠片も信用ができない。こいつは平気で嘘を付く人間だ。だからこれも嘘なのでは?、と、そう言う視線。
「ドラゴンを従えるなんて、簡単だぞ。そいつの体に、爪を打ち込んでやればいいだけの話だからな」
 猛獣──特に相手を容易く死に至らしめるだけの攻撃力を持つモノ達は、同族同士の争いにルールを持っている。例えば、腹を見せる事が降伏の証となり、負けを認めた相手にはそれ以上の攻撃を加えない、等の。強力な攻撃手段を持つからこそ、相手を殺さない為のルールがあるのだ。逆にそうした強力な攻撃手段を持たない動物同士の戦いほど、酷く凄惨な戦いになる。例えば、平和の象徴として知られる鳩同士が戦った場合、両方が血まみれになっても戦いを止めず、結果、どちらかが死亡するまで終わる事はない。必殺の武器がないからルールが無く、相手を殺す前に止まれないのだ。
 ドラゴンの場合も、最強の幻獣と呼ばれるだけあって、強力な攻撃手段には事欠かない。そのブレスはミスリルですら溶かすと言われているし、牙、爪、尾、それぞれが必殺の威力を持つ。だから、同族同士で戦った場合、相手を殺さないようにとルールが存在する。それは、先に爪を相手の体に打ち込んだ方が勝者で、それにより、敗者は勝者に支配されるというモノ。
 その習性を利用すれば、人の手でドラゴンを支配する事が出来る。とにかく、ドラゴンの爪を打ち込んでやれば、ドラゴンはその相手に逆らえなくなってしまうのだ。古代魔法王国期にはその習性を利用して、ドラゴンを支配するマジックアイテムも存在したと言う。
 もっとも、ドラゴンの支配は、マサムネが言うように簡単な事では絶対にない。マサムネに同行していたサシカイアは断言出来る。普通の人間には絶対に無理だ。普通はそんな事をしようとすれば死ぬ。実際サシカイアは死にかけた。
 また、一度支配したからと言って、永遠に支配し続けられるわけでもない。そのドラゴンが脱皮をすると、一緒に爪は抜け落ちてしまい、支配下から脱する事になる。そして、ドラゴンは自分を支配した人間を、そのまま放っておいたりはしない。報復の為に、殺しに来るだろう。更に、竜は脱皮する事でより強力に成長する。あのシューティングスターがより力を増して報復に来る。正直、考えたくない。
「大丈夫だろ? 何とかなるさ」
「……本気でそう思います?」
「だいたい、相手はエンシェントドラゴンだぞ? 強さはもう極まっているだろう。脱皮してパワーアップしたところで、知れているさ」
「あの〜」
 カルーアがのんびりと口を開いてきた。
「エンシェントドラゴンは、成長すると、エンシェントドラゴンロードになるそうですよ〜」
「……」
「……私は、その時は逃げる事にします」
 サシカイアは絶対に付き合わないと宣言した。当たり前だ。そんなモノと戦ったら、絶対に死ぬ。確実に死ぬ。サシカイアは、マサムネほどデタラメではないのだ。
「何を言うっすか? せっかくの戦いから逃げちゃ駄目っすよ」
「……取りあえずベルさんは付き合ってくれるそうですよ。二人で仲良く喜びの野にでも行っちゃってください」
 まあ、ベルはマサムネの従者である。マイリーの従者は、常に勇者と定めた人間と共にあり、共に戦うから、わざわざ念押しするまでもなく、そうするだろう。
「まあいい。将来の事は将来の事だ。だいたい、俺は最強だからな」
 マサムネはそれ以上の思考を止め、話題を元に戻す。
「問題は、フレイムの事だ」
「正直、私は放っておいても構わないのではと思うのですが?」
 シュリヒテが首をかしげながら言う。フレイムはニッポン王国と国土を接しているわけではない。だからどうなろうとも取りあえずは関係ないという態度。
 実際、それは間違いではないだろう。冷淡かも知れないが、国を治めている者は、自分の国にこそ責任を持つモノ。よその国はその後である。無論、それが自国の利益に繋がるというのであれば、よその国を助ける事を優先する場合もあるが、今回はとてもそうとは思えない。
「カシューはどう反応すると思う?」
 マサムネはシュリヒテの言葉に直接応えず、質問した。
「そりゃあ、逃げるのはマイリー様の教えに反するっすからね。ここはドラゴン退治にゴーゴーっすよ。勝てば領地が広がって、負ければマイリー様の喜びの野に。どっちに転んでもオッケーっすよ」
 ベルの発言に、サシカイアは頭痛を覚えた。この猪突馬鹿は。
「ドラゴンと戦う気になりますかね? 普通は、勝ち目がないと見て諦めるんじゃないですか?」
 タンカレーが、性格にあった弱気な事を言う。まあ、弱気じゃなくてもそう思うかも知れない。こちらが一般的な見方か?
「いや、ベルの方が正解だと思う」
 マサムネは、タンカレーの意見を退けて言った。
「さすがは自分の勇者様っす」
 ベルが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、うんうんと頷いている。
「カシューは俺ほどじゃないがそこそこ強いし、これまで負けた事がないそうだからな。そう言う奴は強気な行動に出るはずだ。そうでなくとも、ライデンに色目を使っている辺り、ロードス統一に野心ばりばりな男だ。ここで退くわけにはいかないだろう」
 ロードス統一に野心ばりばりなのは、あなたではないでしょうか?、サシカイアは心の内でつっこみを入れた。
「しかし、ドラゴンと戦うとなれば、勝ち負け、どちらに転んでも、膨大な被害が出る事は確実ですよ」
 シュリヒテがそれは考えられないと言うが、マサムネは一蹴した。
「その時は口が減って、おおいに結構だろう?」
「……そこまでは考えていないと思いますが」
 だいたい、兵隊という奴は成年男子──つまりは働き手である。働き手が減ってしまえば収穫も減る事になるから、口が減って万歳とは行かない。
「それで、そこに我々がどう関わっていくつもりなのですか?」
「交渉の結果次第だが、シューティングスターに少々割を食って貰うのも仕方がないと思っている」
 マサムネの言葉に、シュリヒテは僅かに安堵したような顔をした。
 ドラゴンに味方してフレイムに戦いを挑むと言い出すとでも、心配していたのだろうか?
 正直、サシカイアもその心配をしていたから、ちょっぴり安堵していた。マサムネが本気でロードス統一をするつもりであれば、フレイムは避けられない、おそらくは最大の敵になるだろう。しかし、今の段階で敵に回すのは、あまりにも時期尚早だ。
 また、それは難民を見捨てる事にもなる。実際どうであれ、フレイムはそう宣伝するだろう。マサムネは個人としては間違いなく邪悪だが、ニッポン王国の国政は、シュリヒテらの尽力もあり、まっとうな、民の為の政治を行っていると評価しても、間違いではないだろう。それが覆されてしまう。悪の王国のレッテルを貼られてしまえば、マーモと同列。色々とやりづらくなる事は確実だ。
「それで、何を交渉するのですか?」
「この機会を利用して、ニッポン王国をフレイムに認めさせる」
 マサムネは、間髪入れずに答えた。