砂漠の城、アークロードへ。


 一行は、フレイムの王城アークロードへ向かった。
 アークロードは、砂の川の中州に存在する。砂で煙っているのは相変わらず。しかし、以前来た時には枯れていた砂の川に、細いながらも水の流れが見えた。確かに、精霊の偏りが正され、気候が自然に戻りつつあるのだろう。
 門衛には当たり前だが話が通じていた。カミュに対して不審げな視線を向ける事は堪えられなかったようだが、余計な事を口にする事はなく、一行を謁見の間に案内してくれた。
 途中、城の中庭を見ると、この糞暑い中で騎士団が訓練を行っている。あちこちに、組み立て中の大型飛び道具の姿も見えた。間違いなく本気で、カシューはシューティングスターと戦うつもりなのだ。
 謁見の間では、既にカシューが待ち受けていた。他に、シャダムとムハルド老、そして見覚えのある戦士とエルフの姿があった。自由騎士パーンとエルフのディードリットである。
「げ、ハイエルフ」
「何でダークエルフが」
 カミュとディードリットの初対面の印象は、両者ともに最悪だったようだ。いや、初対面の反応と言うよりは、種族的に対立していると言う事か。カミュは盛大に顔をしかめ、ディードリットの方もカミュをにらみ付ける。どちらも、ここが謁見の間でなければ、即座に武器を抜いて戦いを始めそうな気配。
「久しいな」
 二人の様子を無視して、カシューがマサムネに声をかけてきた。
「ああ、久しぶりだ。──爺さんもまだ生きていたか」
 マサムネの言葉に、ムハルド老が怒りの表情でにらみ付けてくる。どうして余計な一言を付け加えて喧嘩を売るのか。
「お前は全然変わっていないようだな」
 カシューが呆れ気味に首を振る。それから、一行の顔をぐるりと見回した。
「新しい顔が何人か増えているな。しかも、ダークエルフまでいる」
「みんな俺の女だ」
「あ〜、どうも始めまして〜」
「誰があんたの女よ」
「全くだ。何故、オレが貴様の女なのだ」
 上からそれぞれ、カルーア、カミュ、赤毛メイド娘の反応。
「本当に変わらないようだな」
 ため息に似た空気を口からはき出し、カシューはまじめな顔になった。
「それで、今回のいきなりの訪問はどういう理由だ? 悪いが俺も忙しい。長々と付き合っている余裕もない」
「本気でシューティングスターを倒しに行くつもりか?」
「その通りだ」
 カシューは頷いた。
 その言葉を受けて、赤毛メイド娘が怒りを顔に浮かべる。今直ぐにでもカシューに飛びかかろうとするように膝を撓めるが、マサムネが腕を横に伸ばしてその動きを止める。
「どういうつもりだ?」
 今、赤毛メイド娘が何をしようとしたか。当然、カシューに知れている。
 カシューは用心深く腰を落とし、腰に帯びた剣に手を伸ばしている。そのカシューの様子に、謁見の間にいた護衛の騎士達にも緊張が満ちる。
「そういきり立つな。俺はいい話を持ってきてやったんだぞ」
「いい話?」
 口を開いたのは赤毛メイド娘。
「何処がいい話だ?」
 深甚な憎悪をたたえた目で、マサムネをにらみ付ける。
「お前には悪いと思うが、堪えろ。無理でも堪えろ。御主人様の命令だ」
「……自由になったら、真っ先に貴様を喰らってやるぞ」
「無理だ、諦めろ」
 マサムネはひらひらひら〜と、手を振った。
 それを見て、ますます赤毛メイド娘がいきり立つが、それでも実力行使はしない。と言うか、出来ない。そう言う事になっている。サシカイアにかけられたギアス以上の強制力を持つ主従関係。
「そうだな、まず、こいつの事を紹介してやろう」
 言って、マサムネは怒りが収まらない赤毛メイド娘を示す。
「こいつの名前はシューティングスター。エンシェントドラゴンだ」


「な、何の冗談だ?」
 カシューは、しばらくの沈黙の後、マサムネの言葉をあんまり信用していない口調で尋ねてきた。
「からかいに来たのか?」
 いや、全然信じていない。
 確かに普通、信じられる事ではないと思う。しかし、事実だった。
「ここで本性見せるのは騒ぎになりそうだな。そうだな、シュー、そこの窓から外へ向かって炎でも吐いて見せろ」
「オレは見せ物じゃないぞ」
 文句を言いながらも逆らえないシューティングスターは、窓へ歩み寄ると、近くにいた騎士を押しのけて外へ顔を向ける。そして軽く息を吸い込むと、一気に吐き出した。
 呼気は紅蓮の炎だった。
 窓から外へ猛烈な勢いで炎が吹き出す。炎はそれだけではなく窓を舐め、その石枠をあっさりと融解させる。ミスリルさえ溶かすというのだ。それくらいは余裕だろう。
「ふん」
 と、口元を乱暴に拭って、シューティングスターはこれで良いのかとマサムネに視線で尋ねる。マサムネが頷いて戻ってくるように伝えると、不承不承と言う顔ながらも、素直に元の位置に戻る。
 その間、カシューを初めとするフレイムの人間は、皆、惚けたような顔をして立ちつくしていた。
「ドラゴンはただの猛獣じゃない。時を経たドラゴンは人を凌ぐ知性を持つに至る。古代語魔法を軽々と操るし、ドラゴン独自の魔法も存在する。例えば、ドラゴンを崇める竜司祭が使う魔法、竜語魔術。その中には、自らをドラゴンに変化させる魔法がある。それならば竜司祭の上の存在であるドラゴンが、自らの姿を変化させる魔法があっても不思議ではあるまい?」
 大きなドラゴンがばたばた空を飛んで街にやってくれば、それだけで酷い騒ぎになる。それを避ける為に人に化けさせた、とマサムネは言うが、それは理由の一割くらいだろう。何故それが若くて綺麗な娘なかと問えば、もちろんマサムネの趣味である。ドラゴンは元々性別のない生き物である。だから女性でも別に問題ではないのだが──変化させて手を出すのは、やっぱりどこかおかしいと思うサシカイアだ。
 カシューは呆然と突っ立っていたが、そのまま数歩後ろに下がり、玉座に疲れたように腰を落とす。謁見の間の窓から噴き出す炎という異変を目にし、この頃になって慌てて駆けつけてきた配下の者達を「何でもない、気にせずに元の仕事を続けろ」と適当に追い払うと、目の前に右手を置いて、掠れた声を出した。
「それで、お前は何をしに来たのだ?」
「だから、取引だと言った。お前にも悪くない話だ」
「取引だと?」
「そうだ。フレイムの事情は、俺も知っている。だから特別に、火竜の狩猟場、その一部分を人間の為に解放してやる。そう言う約束をシューと結んだ」
「約束? あの何処がだ?」
 シューティングスターが文句を言う。確かに、約束ではない。強制力に物を言わせて、無理矢理認めさせたのだから。
「シューも生きていく為には食べなくちゃならない。全てを解放するのは無理だ。だから、それで満足しろ」
「……俺が断ったら?」
 カシューは目の上にのせていた手をどけると、まっすぐにマサムネをにらみ付けて聞いた。
「その時は、俺もお前の敵に回る。風の部族の人間が、風の精霊王を敵に回して戦えるか?」
 マサムネは、カシューの視線を避けもせず、逆ににらみ返すようにして告げる。
「だいたい、今回の事、フレイムに正義はないぞ? 元々、あの土地はシューのモノだ。シューのモノだったんだ。それを、人の側の一方的な都合で占領し、追い払われたと見るや武力で殲滅しようとする。俺がブレードの街の横をいきなり占領して、新国家樹立宣言をしたらお前はどうする? お前のやろうとしている事はそう言う事だ。無茶苦茶だ」
 マサムネに無茶苦茶と言われたら終わりのような気がする。誰よりも無茶苦茶なのがマサムネなのだから。
「しかし、今のフレイムには農地が必要なのだ!」
 カシューが吠える。
「ロードス各地から流れ込んでくる難民。元々生産力の低いフレイムでは、彼らの全てを養う事などとうてい出来ないのだ。既に、食糧は不足して皆に行き渡らず、あちこちで騒動が起き始めている。このまま放っておけば、大規模な暴動が起こる事は確実。そうなれば、フレイムという国が崩壊するかも知れないのだぞ?」
「だからと言って、他から奪うのでは、マーモと変わりあるまい?」
「お前がそれを言うか?」
 カシューは憎々しげにマサムネを見て言った。
「カノンの地で、お前は何をしている? 力にものを言わせて、国をでっち上げているのではないか?」
「それはそれ! これはこれ!」
 マサムネは悪びれずに、平気な顔をして言った。
 思わずカシューが勢いを殺がれてあんぐりと口を開けて黙り込む。言葉も出ないとはこのことだろうか。
 カシューだけではない。他の人間もそうだった。
 ただ、サシカイアだけがそっと、恥ずかしそうにため息を零した。マサムネがこういう奴だと、サシカイアはよく知っている。マサムネの心には、でっかい棚がいくつもあるのだ。
「それに、俺も鬼ではないからな。だから、火竜の狩猟場の一部をフレイムに割譲すると言っている」
「一部の割譲? それはどのくらいだ?」
「サシカイア、地図」
「……はい」
 サシカイアは答えて、地図を取り出して広げる。
「羊皮紙、じゃないな。紙か?」
「うちの宮廷魔術師に研究させて作らせたモノだ。いずれニッポン王国の特産品にしようかとも考えている」
 えへへ〜と、カルーアが照れがちながらも自慢げに、分厚いローブを平気な顔をして押し上げている大きな胸を張った。カルーアの専門は死霊魔術のはずだが、マサムネの専門外な要求にも良く応えてくれている。マサムネがとっかかりを示しているとは言え、それは本当にとっかかりにすぎないもの。ほとんど一から調べるのと変わらない場所からであるから、カルーアは研究者として、かなり有能である。
「──それより、今はこれだ」
 マサムネはサシカイアの広げた地図に、懐から取り出した長い棒を突きつけて示す。
「ここがブレード。ここがライデン。──で、ここが火竜の狩猟場だ。その内の、この赤く塗りつぶした部分、ここを、フレイムに割譲する用意がある」
「狭いな」
「贅沢言うな。シューだって生きているんだ。生きていく必要があるんだ。わけてもらえるだけでもありがたいと思え。だいたい、こいつに無茶を通しすぎると、自由になった後に俺が襲われるんだぞ? あんまり怒らせない方が良いんだよ」
「……既に手遅れですよ」
「その通りだ。自由になったら覚えていろ」
 サシカイアの呟きを、シューティングスターが肯定してくれる。
「何故だ?」
「何故? 何故だと? オレは人と関わらないように、離れた場所で静かに暮らしてきたんだぞ? それをそちらの一方的な理由で土地を奪われ、どうやって納得しろと言うのだ?」
「まあ、それはともかく」
「流すな!」
 シューティングスターが吠えるが、マサムネは耳のない顔をして無視する。
「他に、希望者がいれば俺の国でも引き受けてやる。幸い、こっちは農地に出来る土地がまだまだあるからな。──で、カシュー、お前の決断は?」
「……」
 黙り込んだカシュー王に、脇にいたパーンが近づいて声をかける。
「カシュー王。ここは、これで納得すべきではないでしょうか? シューティングスターと戦えば、少なくない被害が出る事は確実です」
「少なくない被害じゃない。皆殺しにしてやるぞ」
 シューティングスターが獰猛な表情をして訂正する。美人なだけに、こうした表情は凄い迫力がある。
 が、パーンは無視をした。更にカシューの説得を続ける。
「それに、我々の一方的な都合で、シューティングスターを討とうとしていると言うのはその通りです。シューティングスターは、確かに、人に迷惑をかけることなく、辺境の地で暮らしてきたのです。ですから──」
 色々恐れられているシューティングスターだが、パーンの言うように、容赦なく殺すのは自分の土地に入り込んだ人間だけである。積極的に余所に出向いてまで殺戮に走った事はない。
「解っている」
 カシューは邪険にパーンの言葉を遮った。
「オレだって解っている。しかし、オレは王として、何より民の生活を保障する必要があったのだ」
「まあ、その苦労は、俺にも解るけどな」
 マサムネが頷くが、その辺りの苦労を主にしているのは、以前はサシカイアで、最近はシュリヒテであったりする。マサムネは偉そうに思いつきを命令するだけで、後は投げっぱなしなのだ。
「それで、どうする?」
「その前に、お前の方の条件は何だ? それを聞かねば、易々と承諾は出来ん」
「オレの方の条件は二つだ。これ以上、シューティングスターにちょっかいを出さない事。もう一つは」
「もう一つは?」
「ニッポン王国を、フレイム王国が認める事だ」