さて、フレイム王カシューの決断は如何に?
「良いだろう」
長い沈黙の後、カシューはようやくに頷いた。
「その取引に乗ろう」
色々思うところは当然あるのだろう。潜在的な敵と見ているマサムネの提案に乗らねばならないと言う屈辱。また、割譲された程度の土地で、現在の難民の全てを養えるかどうかの計算。マサムネは他に、難民を引き受けると言ったが、これは裏を返せば、ニッポン王国の国力増大に力を貸す事に繋がる。人は国の力なのだ。だからこそカシューは難民を受け入れ、無理をしてでも彼らがフレイムで暮らしていけるようにしようと考えていたのだろうし。
「良し、じゃあ、大々的にロードス中に向けて、フレイムはニッポン王国を認める旨、宣言して貰うぞ」
マサムネはカシューの葛藤など意に介さないという態度で、念押しする。実際の所、ニッポン王国の懐は全く痛んでいないのだから、こちらには困る事はない。ただ、シューティングスターに割を食わせただけなのだ。これはもう、束縛が解けたら速攻マサムネを襲いに来る事は間違いない。まあ、元々支配した時点でそうなるのは確実だったから、問題ないか。却って一直線にマサムネの所に来てくれた方が、余計な被害が出なくて良いかもしれない。
「解っている」
カシューはマサムネにもう一度頷く。決断した以上は、ぐだぐだと言うつもりはない。そう言う潔い態度。
「そちらも約束を違えるなよ」
「解っているな、シュー」
「……解った」
納得はしていないけど逆らえない。そんな表情でシューは頷く。そして、これだけは譲れないと一言付け加える。
「ただし、取り決めのラインから一歩でも出たら、オレはそいつらを皆殺しにするぞ」
逆に、是非はみ出して欲しいという表情だった。そうすれば、そいつらを嬲り殺しにしてストレスを発散出来る、と。
「注意させよう」
カシューにもシューティングスターの内心ははっきりと解っただろう。隠そうという気がないのだから当たり前か。とにかくカシューは頷いて、シャダムやムハルド老に素早く指示を出す。約束した以上、早速行動しようと言うのだろう。
「よし、それじゃあ俺たちはもう一度火竜山の方に戻って、温泉に入ってから帰るか」
歓迎の用意をさせておいて、即座に帰ろうというのはアレだが、このままここにいて、楽しく会食という雰囲気でもない。ぎすぎすしながら宴というのは正直ごめん被りたいから、サシカイアにも否はない。外交的にどうかという向きはあるが──その辺り、後日のフォローは宰相シュリヒテに押しつける事にしよう。
ちなみに、ロードスにある火山は火竜山だけだから、温泉に入るというのはロードスでは一般的ではない。何しろ、他の場所には存在せず、唯一存在する場所、火竜山はシューティングスターのテリトリーのど真ん中。普通は命がピンチだ。だからのこのこ出かけるような人間はいないし、一般的になりようがない。
マサムネのメイド好きは有名だが、もう一つ、こちらはあんまり知られていないが、風呂にも酷く拘っている。領主の館の風呂も大きく改造させたし、現在建造中のヒノマル王国のお城、パンデモニウムにも、大きなお風呂を作らせている。おまけに設計その他にも色々口出しして、大変な拘りようだ。
だがこれは、逆にマサムネに言わせると、お前らが不潔すぎる、となるらしい。なんでも、マサムネの故国では庶民でも毎日風呂に入るのが当たり前らしい。女の子ともなれば、朝晩で二度とか、もっとたくさん入ったりもするらしい。サシカイアらにはとんでもない世界の話である。ロードスでは、基本的に風呂に入る事は珍しく、普段は体を濡れた布で拭う程度なのだ。──しかし、不潔と言われて喜ぶ娘も少ないだろうから、当然の事にサシカイアらは不機嫌になったが。
とにかくマサムネは風呂が好きで、温泉を発見した時も大はしゃぎだった。今回大人数でぞろぞろ来たのは、こちらが目当てだったのだ。──いや、混浴、と言う方が温泉以上の目的かも知れないが。
「温泉は気持ちが良くていいっすね。癖になりそうっす」
ベルは温泉が結構気に入ったらしい。
「あのにおいが良いですよね〜」
とは、カルーア。硫黄臭で気に入る辺り、この娘はやっぱりどこか変だ。だてに死霊魔術師ではない。
「お姉様、背中の流しっこをしましょう」
カミュがサシカイアのエプロンスカートの裾をそっと握りしめ、うつむき加減で言ってくる。何故、お前は頬が赤い。
「……謹んで遠慮します」
マサムネを相手にする時以上の、身の危険を感じるサシカイアである。
「お姉様のいけず〜」
「じゃあ、俺が洗ってやろう」
「カミュさん、やっぱりお願いします」
いや、やっぱりマサムネの方が危険だ。
なんて場所柄もわきまえず、がやがや賑やかにやりながら退場しようとした所に、パーンから声がかけられた。
「待ってください」
「何だ?」
と振り向くと、パーンは酷く真剣な表情をしていた。
「あなたに一つ尋ねたい事があります。あなたはエンシェントドラゴンが守っていると言う太守の秘宝、「支配の王錫」をご存じですか?」
「ん?」
マサムネは覚えていないのか、首をかしげるので、サシカイアが代わりに答えた。
「……シューティングスターが守っていましたが、それが何か?」
「それは、今どこに? まさか、あなたはそれを使ってカノンの支配を?」
「質問ばっかだな」
マサムネは面倒くさそうに応じる。
「……なんか、まじめな話みたいですよ」
「まじめなら、何でも許されるってモノでもないぞ」
「……ええ、いい加減なら何でも許されるってモノでもないのと同様に」
とサシカイアはマサムネに向かって毒を吐き、パーンに向き直った。
「……支配の王錫は、今は火竜山の火口の中です。カノンの支配には使っていません」
「そうなのですか?」
驚き半分、安堵半分の表情で、パーン。
「ああ、あれか」
ここでようやく支配の王錫について思い出したらしく、マサムネが一つ手を打つ。
「なんだ? 妙な拘りをする奴だな。お前も、アレで世界の美女を支配してうはうはな生活を送ろうと考えていたのか?」
「は?」
パーンは呆然としている。
そう言う阿呆な事を考えるのは、後にも先にもマサムネだけだとサシカイアは確信している。
「だけど駄目だぞ。この女、いきなり俺から奪って火口に棄てちまいやがったからな」
「……ええ、当然の行為です。」
自分は間に合わなかったが、それでも多くの女性を救えた事に、サシカイアは満足している。
「……どうせなら、そんな腐れた野望も一緒に棄ててしまって欲しかったのですけどね」
しかし、油断は出来ない。マサムネはその腐れた野望を諦めたわけではないのだから。第2,第3の支配系マジックアイテムの登場もありえるのだから。
「そんな事に……」
なんだか力が抜けた顔で、パーンがぼそりと呟く。呆れているのだろう。そりゃあ呆れる。呆れるに決まっている。サシカイアだって呆れている。
「そんな事ってお前、それ以外の何に使うんだ?」
しかし、マサムネは逆に、そうした野望を抱かない事を不審に思っている様子。首をかしげてパーンに問う。
「え? それ以外って、それこそロードスの支配とか」
「つまらん話だな。そう言う事は、自分の力でやるから面白いんだろうが」
「……私は、世界の美女を支配しようって言う方が、よっぽどつまらないと思いますが」
「それは、性差による考え方の違いだな。世の中の男という生き物は、多かれ少なかれ、こうした欲望を抱いているモノだ」
「……ああそうですか」
サシカイアはいい加減に吐き捨てた。
みれば、パーンは横のディードリットに咎めるような視線を向けられて、なんだか必死に首を振っている。自分はそんな事を考えていないと言う事を、必死の態度で表明している。
「ああ言う表向きまじめな顔をしている奴の方が、結構えげつない事を考えているモノだ」
マサムネが聞こえよがしに言って、ますますディードリットのパーンを見つめる視線がきつくなる。
「……ええと、ディードリットさん、こいつの言う事まじめに受けても仕方が無いですよ。口から吐く言葉の9割までが法螺やデタラメですから」
残りの一割は冗談だ。
「主に向かってこいつとはいい身分だな」
「……誰かに変わって貰いたいぐらい、いい身分ですよ」
嫌みで応じ、サシカイアはパーンに尋ねた。
「……でも、何故、支配の王錫のことを気にしているのですか?」
聞けば、マーモの元親衛隊長アシュラムが、支配の王錫を狙って行動しているらしい。
支配の王錫。マサムネは間抜けな使用方法しか考えていなかったが、パーンが言った様に、これは本来、統治に使うアイテムだ。強烈な支配力により、相当意志の強い人間でない限りは、錫杖の持ち主の言葉に逆らえなくなってしまうのだ。そんなモノをマーモの人間が手に入れれば、どんな事になるか。結果は明白である。だから、パーンは仲間達とそれを阻止するべく、行動をしていると言う事。
「そんな金にもならない事を」
マサムネは呆れたように言う。
確かに、金にはならないだろう。おまけに危険も大きい。何しろ、既にアシュラム達一行は、邪竜ナース、氷竜ブラムドの二匹のドラゴンを下しているという。ドラゴンと戦って勝利する。そうした人間を敵に回すのは、ドラゴンを敵に回す以上に危険だ。そんな危険な事を、報酬もなく、しかし当たり前にやろうとしている。
ああ、この人は本気で勇者なんだ。
と、サシカイアは思った。
ザクソンでの独立運動のリーダーシップを取っているとも聞く。そしてそれは、自らが王になろうと言う動機ではないらしい。ちょっと人が良すぎると思うが、マサムネのように自分で吟遊詩人に歌わせて知名度を稼いだわけではない、本物の勇者。そんな人が存在したとは……
「天然記念物みたいな奴だな」
マサムネが身も蓋もない事を言う。
「しかし、仲間って言うのは、ディードリットちゃんだけか?」
「ディードリットちゃん?」
そんな呼ばれ方をするのは初めてなのか、ディードリットがびっくりした表情になる。
「正直、お前ら二人だけじゃあ竜殺し相手に力不足だと思うぞ?」
きっぱり言い切る。
以前に会った時よりも、二人は格段に力を増している。でも、たった二人で竜殺しに立ち向かうには、全然足りそうにない。
「それは、我々も解っています。本当は、他にも仲間がいたのですが、我々はカシュー王の手伝いをしてシューティングスターを、他の者は青竜島のエイブラの方にと、手分けをしたのです。なにぶん、アシュラムがどちらを目指すか分からなかったモノで」
「戦力の分散はあんまり誉められた話じゃないぞ」
「はい、ですから、我々も直ぐにあちらに向かいます。幸いな事に、支配の王錫がもはや存在しないとなれば、合流したら引き上げてこればよくなりました。わざわざ竜殺しと戦う必要もありませんから」
言って、パーンは一礼すると、ディードリットを促して退場した。
マサムネはそれを見送り、腕組みをして考え込む。
「糞、エイブラの方に竜殺しが行ったか。放っておく──のは拙いか?」
シューティングスターの方に向かってきている自分たち以外の人間はこれまで見ていない。ならば単純な消去法で、竜殺しはエイブラの方に行ったとなる。
「……エイブラさんには、宝の番人をやって貰っている恩がありますからね」
「しょうがねえな。──だが、まあ、取りあえずは温泉だ。エイブラの所に本当に連中が来れば、俺には解るからな」
エイブラの住処には、マサムネが作って配置したゴーレムがいる。侵入者となれば、そのゴーレムとまず、戦う事になる。マサムネの指定したキーワードを言えばゴーレムは襲ってこないが、普通、あんなキーワードを思いつく人間はおるまい。そしてゴーレムが戦い始めれば、マサムネには解るような魔法もかけてある。だから、それから行動すればいいだろうという理屈。マサムネは瞬間移動の魔法を使えるから、それからでも十分に間に合うのだ。
「竜殺しと戦うっすか? それは良いっすね」
わくわくを隠そうともせず、ベルが大きく頷いている。相変わらずのウォーモンガーっぷりだ。
「はいはい」
マリーがこなれた態度でベルをすかす。
「それじゃあ、みんなこっちに寄れ。温泉まで飛ぶぞ」
「了解っす」
わらわらと、マサムネのそばに集まる。瞬間移動の魔法は、効果範囲があんまり広くないのだ。だからくっつく必要がある。
「……だからと言って、変なところに手を回さないでください」
「そうよ、お姉様にべたべたするんじゃ──きゃっ、何処触っているのよ」
「何だ、背中かと思ったら胸だったのか。真っ平らだから解らなかったぞ」
と、マサムネがカミュをからかう。
「こ、こいつ、無茶苦茶むかつく〜〜」
種族的特性で、ダークエルフは非常に細身だ。それこそ、マサムネの言うようにぺったんこ。メリハリの非常に乏しい体型をしているのだ。そしてカミュがカルーアの胸に向ける視線を見るに、かなり不満に思っている様子。それをからかわれて、カミュは涙目になってマサムネに噛みつく。
「それじゃあな、カシュー、邪魔したな」
マサムネは笑ってカミュをいなしながら、カシューに別れの挨拶をした。
カシューは、椅子にぐったりと腰を落としたまま、行けというように手を振る。
お互い、王様同士がするような態度ではない。ないが、マサムネであるから、言っても仕方のない事だろう。マサムネも、礼儀知らずなだけに、他人の無礼もあんまり気にしないし、サシカイアが気をもむだけ損だ。
「さて──」
と、呪文の詠唱を始めると、言った。
「ジャンプ」
その瞬間、一行の姿は謁見の間からかき消えた。