はびばのん。


 基本的に大雑把でいい加減な人間でも、自分の趣味に関する分野では、非常に細かかったり、手間暇を惜しまなかったりする。マサムネはまさしくそう言うタイプだった。基本的に大雑把でいい加減で駄目駄目な人間。しかし、自分の好きな事に関してだけはマメで、手間暇を惜しまない。
「良い湯だな、はははん。とくらあ」
 非常に上機嫌で、手ぬぐいを頭に乗せたマサムネは湯に浸かって歌など歌っている。
 ここは火竜山中腹に見つけ、マサムネが色々と手を加えた温泉である。
 熱い川と呼ばれる火竜山から流れ落ちている川のそばに、その名の由来となるのであろう、温泉がわき出しているところを発見したのは、最初に火竜山を訪れた時。これを発見したマサムネは大喜びをした。折り畳み式シャベルを使って大きくて広い穴を掘り、近くから持ち寄せた岩で枠を作り、更にはそこに砂利を敷き詰めて──と、なにやら色々やって、わき出ていた温泉を引き込み、更にそれだけでは熱すぎたので近くの川から水を引き込んで温度を調節しと、普段なら他人に任せるような力仕事を、喜々として一人でやってのけた。
 そして一言。
「さあ入るぞ」
 と、無理矢理サシカイアとベルを素っ裸にして、温泉にはいるように強要した。
 果たして温泉が目的だったのか、裸が見たいだけだったのかは、酷く微妙なところである。
 今回、フレイム国王カシューとの交渉に来た訳だが、ずいぶん、この温泉の使用も楽しみにしていたようである。
 確かに、悪くはないとサシカイアも思う。
「ふ〜〜〜」
 と、全身の力を抜いてリラックス。疲れが抜けていくような心地よさ。嬉しい事に温泉は白乳色に濁っており、お湯に浸かればマサムネの助平な視線から逃れられるのもありがたい。もちろん露天だが、他の人間の視線の心配はない。何しろ、火竜山はシューティングスターの住む山。のこのこやってくる人間なんて皆無だろうから。──いや、もしかしたらマーモの竜殺しの集団が、エイブラではなくこちらへやってくるという可能性もあるか。しかし、それは取りあえず考えない事にする。
 温泉では、もう帰ると言って巣穴に引っ込んでしまったシューを除く全員が、思い思いにくつろいでいる。
「いや〜、これで竜殺しと戦う前の英気が養えるっすよ」
 考えないつもりだったのに、ベルがそれを話題としてあげる。ベルの方はあんまりマサムネの視線を気にしていないようだ。枠となっている石の上に足だけを湯につけて座り、乳を放り出している。
「……本気で戦うつもりですか?」
 と、サシカイアは一応確認してみる。
 出来れば、そんなやばそうな人間とは戦いたくない。元々、サシカイアは正面から戦うには向いていない元暗殺者と言う事もある。
「エイブラに恩があるって言ったのは、お前だろうが」
 顔をタオルで拭きながら、マサムネが言う。
 確かに、エイブラにはずいぶん長い事、お宝の番人をやって貰っていた。それに、何度か話してみて解った事だが、アレで結構気の良いドラゴンである。少なくとも、乱暴者のシューティングスターよりもよほど話が通じる。
「シューの方も、せっかくの手下だからこんなところで倒されたら洒落にならない。それに、マーモの竜殺しとやらを見ておきたいしな。面白そうな奴だったらスカウトだ」
 マサムネは立ち上がって湯船から出る。少しは隠せ。
 今更目を逸らすような純情は失って久しいサシカイアだが、横にひっついていたカミュは慌てて目を逸らした。
「ば、ばか、少しは隠しなさいよ!」
 カミュは顔を真っ赤にして、マサムネに文句を言う。
 マサムネはその文句を聞いて、逆に見せつけるようにしてカミュに悲鳴を上げさせる。こいつ、まるでたちの悪いオヤヂのようだ。いや、たちの悪いのは確定だが。
「スカウトは駄目っす。戦うっすよ。戦いたいっすよ」
 ベルがぶんぶんと首を振って、不満の意を表す。その動きに併せて、乳も揺れる。ベルは神官戦士として結構鍛えているが、あんまり筋骨隆々な感じではない。多少肩幅が広いかな、と思う程度で、女性としての柔らかなラインは失っていない。
「無駄な戦いはマイリーだって否定しているでしょ?」
 酒なんか持ち込んで、カルーアと酌み交わしていたマリーが口を挟む。この酒、マサムネがカルーアに命じて作らせた、米を原料にしたモノ。マサムネの故国のお酒に似せたものらしい。まだまだ製造も手探り状態で一般にも出回っていないが、マリーは結構気に入った様子。しかし、本当にマサムネはカルーアを便利使いしている。
「世の中に、無駄な戦いなんて無いっすよ」
 ベルがマリーに反論する。
「はいはい」
 マリーは軽く流して、おっとっとっ等と言いながら、カルーアにお酒を注いで貰っている。
「まあ、どっちにしろ、臨機応変で行動すればいいさ」
 別名、行き当たりばったりとも言う。
 マサムネは言って、湯船のそばに腰掛けると、石けんで体を洗い始める。
 この石けんもまた、カルーアに開発させたモノ。マサムネの説明は要領を得ず、カセイソーダがどうとか、死体の鹸化とか、当人もよく分かっていない様子の、端から聞けばちんぷんかんぷんだったのに、カルーアはしっかり開発成功するのだから、本当に凄いと思う。これで、ことある事に死体の研究をしたがらなければ、花丸をあげたいくらいだ。
「あ、勇者様、背中流すっすよ」
 戦いたいが為のご機嫌取りか、それとも勇者の尽くすのは従者のつとめという奴か。とにかく、ベルがしゅたっと手を挙げてマサムネの方に向かう。同じ女同士だが、ベルにも少しは隠して欲しい。
「良し、ベルには素晴らしい技を伝授しよう。こうやって男の背中を流す時には、自分の体に石けんを塗ってだな……」
「……それって、娼婦の人たちにやらせている技ですよね。確か、アワオドリとか言って」
 ジト目でマサムネを見るが、ベルはあんまり気にしていない様子。
「男女の関係も戦いっすからね。新しい技があればなんでも、どん欲に身につけるっすよ」
「……そうですか」
 もう放っておこう。と、サシカイアは決意する。
「勉強熱心なベルには、他にも色々な技を教えてやるぞ。センボウキョウとか──」
「……ここでおっ始めるつもりですか」
 サシカイアは放っておこうと決意したばかりなのに、マサムネにつっこみを入れる。他のつっこみ要員であるシュリヒテがいないのが辛い。まあ、ここにいられても困るのだが。
「まあ、あの二人は放っておいた方が良いわ。サシカイアもこっち来て飲みなさい」
「……そうですね、頂きます」
 サシカイアはマリーのそばによって、お酒を頂く。
「あ、私も貰う」
 カミュも言って、コップを用意する。
「カミュにはまだ早いんじゃないの?」
 視線を、カミュの胸の辺りに向けて、マリーが言う。
「私は、これでも50才ですからね、もうとっくに大人です」
 カミュは頬をふくらませて文句を言う。確かに、この中の誰よりも長命だ。しかし、ダークエルフだから、まだまだ若い部類にはいる。
「へ〜、カミュちーは、私とあんまり変わらないのね〜」
 カルーアがアルコールに頬を染め、のほほんと言う。カミュちーとは、カミュのあだ名らしい。ちなみにカルーアの胸は、カミュの対極。ぷかりと湯の上に浮いている。
「カルーアさんはいくつなの?」
 そこに視線が寄ってしまうのを堪えられない様子のカミュが、半ば上の空で尋ねる。
「ええと〜。確か今年でよんじゅ──」
「40才以上?」
 全員がカルーアの方をぎょっとしたように見た。
 特にマサムネの驚きが大きかったように思う。嘘だろ?、お袋よりも年上か、等とぶつぶつ言っている。
 しかし、魔術師もそれなりに長命だと聞くが、カルーアの見た目は二十代である。にわかには信じられない。
「ほら〜、私は良く、「死んだように」眠っているから〜。アレって、魔法的な眠りだから、寝ている間は年を取らないの〜」
 一度、10年くらい寝っぱなしだった事もあるし〜、とカルーアは気楽に言う。
 確かに、精霊魔法でも、スリープの魔法で眠らされたモノは、魔法で起こされない限り、永遠にその姿のままで眠り続けると言う。魔法の力で眠り続けるお姫様の童話も、いくつも存在するし。
「……しかし、何で10年も?」
「ブッ君に〜、起こして貰うようにお願いするのを忘れちゃって〜」
 ブッ君とは「死者の書」なる本の事。呪われた本としか思えないのだが、それなりに使えるという事だろうか。
「……10年も寝ていたら、時代に取り残されて困ったんじゃないですか?」
「う〜ん、私は基本的に研究室に籠もっている事が多いから〜、世の中に取り残されるのはいつもの事だし〜」
 そう言えば、そう言う人だったと、サシカイアは納得する。ヒノマル王国でも、日がな一日、研究室に籠もっている事が多い。何日、何週間と見かけない事も珍しくないのだ。
「うらやましいのか、うらやましくないのか」
 マリーが首をかしげながら呟く。
 やはり、何時までも若く美しくは女性の永遠の願いの一つだろう。基本的に光の陣営の神々は、不自然なモノを嫌う傾向にある。ファリスももちろんだ。それでも、そうした欲求はあると言う事か。
「だって、長く生きていれば、それだけ出世する可能性が増える訳じゃないの。表向きは実力主義でも、実際は年功序列だったりするしね」
 神官の序列は、基本的にどれだけ神に近づけるか。わかりやすくは神聖魔法をどれだけ使えるか、と言った部分で比べられる。確かに、若い頃から優秀な神聖魔法の使い手で、神殿内の位階を早々とあげていく人間はいるが、それでも、ある程度は年齢による縛りを受ける。例えば、10代の最高司祭なんてモノは、存在した試しがない。
「……つまり、出世云々というのは」
「もちろん、ジハドの為に決まっているでしょ」
 マリーも、これさえなければ普通の神官に見えない事もないのに。血まみれ、なんて二つ名を頂いたのも、全ては最高司祭になってジハドを使う為なのだ。そのせいか、ニッポン王国でのマリーは比較的おとなしい。わざわざ異端審問や邪教弾圧を繰り返さなくても、マサムネがロードスを統一すれば、自分が最高司祭に着任する事は確定しているから。
「……でも、マサムネがロードスを統一しちゃったら、敵がいなくなるんじゃないですか?」
 ふと思いついて、サシカイアは尋ねてみる。
 その途端、マリーは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「しまった、盲点だったわ」
「そうっす、盲点すよ」
 マサムネといちゃついていたベルも、一大事とばかりに大声を上げる。
「強大な敵がいないんじゃあ、虫けらのごとく死んでいく私の信者達の姿が見えないじゃないの」
「そうっすよ。せっかくのジハドなのに、戦え無いっすよ」
「この人達って、本当にファリスやマイリーの神官なの?」
 まだ詳しく二人の事を知らなかったカミュが、冷や汗を流しながら尋ねてくる。
「……多分、一番まともな神官は、ミモザさんですよ」
「でも、あの人、ファラリスの神官としては、絶対に間違っていると思うけど」
 確かに。と、サシカイアは頷く。
 その間に、マリーはとんでもない結論を出したようだ。
「そうだわ。マサムネに反旗を翻せばいいのよ。ロードス統一王なら、相手にとって不足無し!」
「それはナイス──じゃないっす」
 即座に賛成しようとしたベルが、途中で慌てて首を振る。
「自分は勇者様の従者っすよ。戦いを挑むわけにはいかないっす。だから却下っす」
「お前らな……」
 マサムネが呆れた様に二人を見る。
「……今のウチに斬っておくのが、ご自分の為にも、ロードスの為にもなると思いますが」
「美人じゃなかったら、そうするんだがなあ」
 判断基準はそれですか?、とここでつっこみを入れるには、サシカイアはマサムネを知ってしまっていた。
「そんな理由なの?」
 代わりにカミュが入れてくれた。
 確かに、能力人格を全く無視されているから、面白い話ではない。無いが。
「……マサムネですからねえ」
「マサムネだしねえ」
「勇者様っすから」
「そ〜言うことですね〜」
 と、残りの4人は僅かな諦めを含んだ言葉で、カミュの疑問に応じた。
「何かむかつくな」
 マサムネはぼやいたが、誰も取り合わなかった。


 そのまま順繰りに体を洗ったり、湯船でゆったりくつろいだりしたと、風呂から上がる。
 カミュは慣れないお酒のせいもあってすっかり茹だってしまって、風呂の脇に素っ裸で寝っ転がっている。マサムネがにやにや助平な視線を向けているが、それに文句を言う余裕もないようである。
 そして、わざわざ氷の精霊を連れてきて、きんきんに冷やしておいたエールで風呂上がりの一杯。
「く〜〜〜。この一杯の為に生きている〜」
「確かに、湯上がりの一杯は最高っすね」
 等とやっている最中に、マサムネがまじめな顔をして視線を宙に飛ばした。
「ちっ、本当に来やがった。エイブラの方だ」
 どうやら、電波を受信したらしい。
「結構やる。こりゃあ、ゴーレムは突破されるな」
「戦いっすね。戦いっすよ」
 ベルが、表情を輝かせる。
「よし、直ぐに飛ぶぞ」
「……でも、カミュはどうします?」
「あ」
 全員の視線が、茹だっているカミュに向けられた。