クエストの始まりは。


 マーモ軍暗黒騎士団団長アシュラムの、支配の王錫を求める旅の始まりは、邪竜ナースの目覚めから始まった。
 邪竜ナースは、マーモ島、ファラリス神殿の地下を巣に定めている。いや、逆か。ナースを自分たちの守護者としようと、休眠期にある内に、その巣穴の上にファラリス神殿が建設されたのだ。
 もちろん、ナースにはそんな事情は知ったことではない。休眠期を終えて活動期に入ったナースは、自分の巣穴の上にいつの間にか建てられていたファラリス神殿の存在に気づき、激怒した。
 ナースの目覚めに慌てたのはファラリス神の信者ばかりではない。何しろ、ファラリス神殿はマーモの帝都、ダークタウンのごく近くに存在したのだ。ファラリス神殿近くで暴れ狂う邪竜ナースの存在は、ダークタウンの者達にとっても脅威だった。
 これを受けて、暗黒騎士団団長アシュラムと宮廷魔術師バグナードは珍しく力を合わせ、ナース討伐部隊を組織した。数十人の腕利きが招集され、ナースの巣穴に攻め込む。その中には、アシュラム、そしてバグナードの姿もあった。
 ナースの巣穴では、苛烈な戦いが繰り広げられた。
 戦いはついに、宮廷魔術師バグナードの持つドラゴン支配の為のマジックアイテムにより、ナースが屈服させられることで決着した。
 しかし、突入したメンバーの内、生き残ったモノは5人。もちろん、アシュラムは生き残った。しかし、腕利きの大量死は、正直、アシュラムにも、マーモにとっても痛すぎる打撃となった。
 現在、マーモの状況は良くない。
 マーモ皇帝ベルドは、あまりにも巨大すぎる男だったのだ。そのカリスマは、自分勝手に生きてきたマーモの者達を一つにした。アシュラム、バグナードはもちろん、自由こそがその生き方であるはずのファラリス信者、そして闇の森のダークエルフまでもが、ベルドには忠誠を誓った。こんな真似は、誰にもできない。ベルド陛下こそが、ロードス最高の英雄だと、マーモの者は誇りに思っていた。
 しかし、ベルドは倒れた。ヴァリス、ロイド東の決戦において、フレイム王カシューの卑怯な振る舞いにより、倒されてしまった。
 巨大すぎる男ベルド。
 当然の事ながら、彼に替われる人間は、何処を探しても存在しなかった。
 元々、ベルドの豪腕でまとめられてきたマーモ帝国である。彼の存在無くして、まとまるはずもなく。
 そのまま分裂し、消えていっても不思議ではなかった。
 しかし、それを良しとしないアシュラムらは、有力者の合議制でマーモ帝国を維持していくことにした。いずれ、ベルドに替わる人間が出てくることを期待して、今は、それで何とか耐える。耐える必要がある。
 何しろ、マーモはやりすぎたのだ。
 カノンを滅ぼし、ヴァリスの半ばまでを占拠した。
 ここで、バラバラに分裂してしまえば、息を吹き返すであろうヴァリスを初めとするロードス諸国の、苛烈な復讐を招くことは確実。ヴァリスらは、マーモを、マーモに住む者達を滅ぼす勢いで攻め込んでくるだろう。特に厄介なのは、ヴァリスらが正義の看板を背負っている事。正義を自認している連中ぐらい、苛烈で容赦ないモノはいない。
 マーモ帝国は、石にしがみついてでも戦い続け、勝利するしかない。それしか、彼らの生き延びる術はないのだ。
 だが、合議制が上手く行くはずは、最初から無かった。
 合議制、評議会の構成メンバーはそれぞれ、暗黒騎士団の代表アシュラム、宮廷魔術師の代表バグナード、ファラリス信者の代表ショーデル、ダークエルフの代表のルゼーブ。彼らは、マーモを維持していこうと思っている。思ってはいるが、それでもやはり、自分の仲間が可愛い。アシュラムにしても、配下の暗黒騎士団が一番信用出来、だからこそ、一番大事である。出来れば、被害は他の連中に引き受けて貰いたい。そして、うま味だけは自分で引き受けたい。これは他の者も同様だ。そして、出来ることならば、自分たちが、自分たちこそが復活なったマーモ帝国で、重要な地位を得たい。
 そうした思惑から、腹のさぐり合い、足の引っ張り合いに終始してしまい、どうにもフットワークが重くなってしまったのだ。
 本当であれば、弱体化したヴァリスを早々に攻め滅ぼしたいところであるが、組織間の連絡が上手く付かず、延々とアダムの街のマーモ軍は、ロイドの街のヴァリス軍とのにらみ合いを続けている。
 そして、また困ったことが起きた。
 突如としてラバダンの街を占拠した傭兵集団がニッポン王国を名乗り、瞬く間にカノンの一部を支配地域に置いてしまったのだ。
 当初、この程度の事は問題にならないと思われていた。これまでも、旧カノンの人間がマーモ帝国に反旗を翻したことはある。そして、その全てを、マーモ軍は叩きつぶしてきた。だから、今度も軽く叩きつぶせると思っていた。
 評議会での足の引っ張り合い、そして時期悪く目覚めたナースが暴れたおかげで、ニッポン王国を名乗る連中を討伐の為の軍を派遣するまでに非常な時間がかかったが、それでも何とか2000の兵を組織、満を持して送り込んだのだが──それは敗北に終わってしまった。しかも、言い訳のしようがないほどの、一方的な敗北。相手には、ろくに被害も与えられなかったと言う。
 その後も、ニッポン王国は勢力の拡大を続け、現在では旧カノンの東半分近くをその支配地域に置くに至っている。もはや、一撃して殲滅することも敵わないほどの勢力に育ってしまっている。そうでなくとも、マーモはヴァリスに対抗する為、アダンの街に貼り付けた主力部隊を動かすのが難しいのだ。兵力を小出しにすれば、また、敗北の憂き目にあうことは間違いない。
 このままではじり貧。
 砂漠の王国フレイムの内乱が収まったのも痛い。いずれ、国力が回復したフレイムは、ヴァリスに味方してマーモ帝国に攻め寄せてくるだろう。そうなれば、今のマーモでは支えきることは出来ない。
 マサムネ・サクラ。
 その名前を忌々しく口にするマーモの人間は多い。
 件の、ニッポン王国の国王を名乗る男。そして、フレイムの内乱を鎮めるのに、多大な働きをしたと言われる男。
 この男の噂には事欠かない。今もっとも新しい英雄として、吟遊詩人に色々と取り上げられているのだ。ベルドこそが最高の英雄だと信じて疑わないマーモの者には、片腹痛い話であるが。
 最強の魔法戦士。剣の腕前はロードス1、魔法を使わせれば星を降らし、精霊王を使役する。吟遊詩人の歌う物語である。脚色半分と見ても、それなりの人物であろう。しかし、同時におかしな性癖も伝えられている。
 曰く、メイド好き。
 このマサムネという男、常に自分のそばに、メイド娘を侍らせているという。常に。それこそ、戦場にも。
 アシュラムには、メイド好きと聞いて思い浮かぶ人物がいた。ベルド皇帝がカシューの卑劣さに倒れた時、近くにいた男。しかし、あの男はペペロンチャと名乗っていた。だから、多分別人なのだろう。
 とにかく、マーモは追い詰められている。今はまだ、それが顕著には表れていないが、遠からず、確実に見えてきて、滅びに向かう。
 アシュラムにはそれが解り、だからこそ、何とかしたいと思った。
 そんな時、バグナードが一つのアイデアを持ってきた。


 ナースを倒すことにより、バグナードは魔法王国時代の太守の秘宝、「知識の額冠」というマジックアイテムを手に入れている。このアイテムは、その名の通り、身につければ様々な知識を得ることが出来るという便利なモノ。そして、その知識の中には、他の太守の秘宝の情報もあった。
 太守の秘宝は全部で五つ。ロードスに生息する5匹のエンシェントドラゴンが、守護者としてそれぞれ一つずつ、太守の秘宝を守っている。どのドラゴンがどの宝を守っているかは不明らしいが、残りの4つは、どれほど遠くの場所でも見通すことの出来る「遠見の水晶球」、どんな酷い怪我でも瞬時に回復させる「生命の杖」、失われた魂を取り戻し死者の復活を可能とする「魂の水晶球」、そして、それを所持する者に逆らえなくする、絶対の支配力をもつ「支配の王錫」。
 その最後の一つ、「支配の王錫」を手に入れることを、バグナードは提案した。
 確かに、それを手に入れることが出来れば、状況は一度にひっくり返る。誰も、支配の王錫の所有者の言葉には逆らえなくなるのだ。絶対の忠誠を誓う軍隊を作り上げることが出来る。いや、敵になることすら禁じることが可能だ。マーモによる、アシュラムの手によるロードス統一が、それを使えば容易く可能となるだろう。
 とは言え、太守の秘宝を守っているのはエンシェントドラゴンである。くださいと言ってもらえるモノではないだろうし、戦って奪うにしても容易な話ではない。エンシェントドラゴンの強さは、ナースと戦う事によってアシュラムは思い知らされていた。ドラゴンスレイヤーが褒め称えられるのは、まさしく、ドラゴンを倒すことがそれだけの難事だからだ。
 そして、その為には他の評議会員の協力も不可欠だった。
 強大な力を持つドラゴンと戦う為には、魔法の助けが必要不可欠で、残念なことにアシュラムにはその力がなかったから。
 アシュラムが不審に思うほど、バグナードは積極的にその行動を支持してくれた。だから古代語魔法の使い手は宛てが出来た。しかし、他の二つ。精霊魔法の使い手と、神聖魔法の使い手も必要で、それを使える人間は、それぞれダークエルフの族長ルゼーブと、ファラリスの司祭ショーデルの配下である。アシュラムの都合だけで動かせるわけではない。
 例によって評議会でのやりとりは時間を必要とした。
 彼らにしても、マーモの現状は理解している。支配の王錫を手に入れる事が出来れば、その現状をひっくり返すことが出来る。これも理解した。
 しかし、アシュラムがそれを手に入れた場合、彼らはその下に付かねばならなくなる。何しろ、支配の王錫の効果は、彼らに向かっても発揮されるであろうから。それが、面白くない。
 それでもアシュラムと、何故かここでも力を貸してくれたバグナードの二人がかりの説得により、最終的にルゼーブとショーデルは頷いてくれた。
 ルゼーブはダークエルフであり、無限に近い寿命を持つ。アシュラムは所詮人である。時を経れば容易く老いて死ぬ。アシュラムが至高の座にいるのは一時的なことに過ぎない。その後、ダークエルフが全てを支配すればいいのだと考えて。
 ショーデルは、統一なったロードスの国教を、ファラリス神のそれとすることをアシュラムに確約させることで手を打った。
 そして、両者とも、自らの配下の内の腕利きを、アシュラムに貸し与えてくれた。ショーデルの片腕とも言えるダークエルフのアスタール、高位の暗黒魔法を使いこなすファラリス神官ガーベラの二人。もちろん、最初から妙に協力的だったバグナードも、彼の一番の高弟グローダーを付けてくれて、何とかメンツは揃った。もちろん、彼らは彼らの上司から、アシュラムに隙あらば、支配の王錫を自分こそが手に入れるように密命を受けていることは明白だったが。
 アシュラムも自分の配下から、腕の立つ人間を5人用意する。少ないと思われるかも知れないが、ナースとの戦闘を経たアシュラムは、無駄に多くの人間を連れて行くことの無意味さを、良く理解していた。ドラゴンと戦うには、その巣穴に戦場を求め、ごく少数の精鋭で当たるべきなのだ。大軍は無用。どころか下手に被害をだすだけ有害。特に、今のマーモ帝国では、僅かな被害さえも避けたいことでもあるし。
 かくして、アシュラムと彼の仲間達は、支配の王錫を求める旅を開始した。
 最初、一行は氷竜ブラムドの住む白竜山へ向かった。アシュラムの配下3人の被害を出しつつもブラムドを倒すことに成功したが、これは外れだった。元々、吟遊詩人に歌われていたことだが、このドラゴンは既に魔神戦争の折、マーファの愛娘と呼ばれる6英雄の一人ニースにより、その呪いから解放され、その礼として宝を全てマーファ神殿に譲り渡していたのだ。マーファ神殿で確認したところ、ブラムドの守っていた宝は「遠見の水晶球」であり、アシュラムの求める支配の王錫ではないことも解った。
 そして、もう一つ、活動期のドラゴンと、休眠期のドラゴンの間には、大きな力の差があることもはっきりとした。活動期に入ったナースと、休眠期のブラムドの間には、圧倒的なまでの戦闘能力の差があったのだ。
 その後、アシュラムは途中、ブレードの街のマイリー神殿に立ち寄り、マイリー司祭ホッブの協力を得ることに成功した。ホッブ司祭は、アシュラムに勇者の資質を認めてくれたのだ。元々、マイリー神官は勇者に仕える事を喜びとする。だから、善悪はあまり問わない部分がある。あるとは言え、これをどこかの吶喊マイリー娘が聞いたらば、「ホッブ司祭も焦って変なのに引っかかったっすね。けけけ」とでも言ったかも知れない。
 その後、アシュラムらは次の標的を、水竜エイブラと決定した。
 間の悪いことに、最強の魔竜と言われるシューティングスターが活動期に入ってしまったのだ。対して、エイブラは現在休眠期。どちらが目指す秘宝を持っているかははっきりしないが、出来れば、楽に手に入れたいと思うのは人情だ。活動期の最強のドラゴンと、休眠期の最強ではないドラゴン。やりやすい方から当たり、持っていればラッキー。そうでなければ、改めてシューティングスターと戦う。そのように計画を定めたのだ。
 そして、アシュラムらはライデンを経由し、途中、計画を知ったフレイム王カシューの放った追っ手を退け、水竜エイブラの住まう青竜島へと渡った。