青竜の島にて。


 アシュラムら一行は青竜の島に上陸した。
 そのメンバーはアシュラム以下、蛮族の女戦士スメディ、魔術師グローダー、ダークエルフのアスタール、ファラリス神官のガーベラ、マイリー神官のホッブの6人の仲間達に、襲いかかってきたところを返り討ちにして捕らえた、カシューの手先の戦士。仲間は皆、優れた戦士であり、優れた魔法使いだった。
 カシューの手先の戦士は、荷物運びと、生き証人として連れてきている。アシュラムは、この戦いの様子を彼に見せ、自分たちが如何にドラゴンと戦って勝利したか、それをカシューに知らしめようと考えていた。その為、航海終了後、この戦士だけは釈放してやるつもりだった。他にも5人捕らえているが、そちらについては、マーモ軍船「海魔の角」号の連中の好きにさせるつもりだ。間違いなく女二人は慰み者、人間の男二人は奴隷として死ぬまで漕ぎ手としてこき使われるか、あるいは顔立ちの整っている男達だったから、こちらも慰み者になるかも知れない。残りの一人、グラスランナーについては使い道もなさそうなので、速攻殺されるかも知れない。しかし、アシュラムにとってはそんなことはどうでもいいことだった。彼らにどんなに過酷な運命が待ち受けていようとも、それは彼らが負けた以上、仕方のないこと。少なくともマーモでは、敗者は勝者に全てを奪われる。そんなことはごく自然で、当たり前のことだったから。
 エイブラの棲む島、青竜島は、エイブラが棲んでいるが故に、人や獣が存在しない。そのせいか、鳥の王国のようになっていて、そこら中フンだらけだし、あちこちから餌を求めるひな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。
 そんな中を用心深く進みながら、ドラゴンと戦うのは初めとなるホッブに、現在までに解っていることを教えてやる。休眠期と、活動期のドラゴンでは戦闘能力が格段に違うこと、そしてナースとの戦いの様子。それから、支配の王錫を手に入れた後のことなどを話しながら、エイブラの棲むという洞窟の入り口に至る。
 洞窟の場所については、既にナースから聞いている。だから一行は迷うことなくそこへ至ったのだが。
「アレは、ゴーレム?」
 その入り口に立つ石像を見て、グローダーが顔色を変えた。
「馬鹿な、何故そんなモノが?」
 アシュラムも驚きを隠せない。
 ナースやブラムドの住処には、そんなモノはなかった。太守の秘宝の番人はドラゴンである。最強の幻獣と呼ばれるドラゴンがいるのに、その他にもこんな番人を用意するモノだろうか。それは、つまり──
「間違いありません。アレはゴーレムです」
 魔法の存在を確認したのだろう。グローダーがなにやらぶつぶつ呟いた後、確信を持った口調で断定する。
「……あるいは、誰かが先に太守の秘宝を?」
「馬鹿な、そんな話は聞いていないぞ?」
 ガーベラの言葉をアシュラムは否定する。理性に基づく反論ではなく、それは感情によるモノだった。そんなことはあって欲しくないという願望。
 グローダーの顔色も悪くなっている。元々、顔色の悪い男だが、更に一層青白い。
「で、どうするのさ?」
 尋ねてきたのは女戦士のスメディ。戦うなら戦う、戦わないなら戦わない、早いところ結論を出せと態度で要求している。考えることは、そちらに任せる、自分は戦うことが専門で、それ以外は知らない、そう言った潔い態度だった。
「餓鬼の使いではないのだ。どちらにせよ、確認しないわけには行くまい?」
 ぼそりと、ダークエルフのアスタールが呟く。
 その通りだと、アシュラムは頷いた。今回の、支配の王錫を手に入れるというクエストには、マーモの未来がかかっているのだ。容易く諦められることではない。太守の秘宝が既に奪われているなら奪われているで、それを確認しておく必要がある。最悪、マーモこそが支配の王錫に対する備えを必要とするかも知れない。
「しかし、アレを突破して、更にドラゴンがいたら事だな」
 ガーベラがあごでゴーレムをしゃくって見せる。ドラゴンは気力充分な状態でも、勝てるかどうかと言う強敵なのだ。ゴーレムと戦って疲労した後では、勝ちが見えない。無謀な突撃はごめんだと言う態度。
「仕方がありませんから、バグナード様からわけて頂いた魔晶石を使いましょう。これで、魔法を使う際の疲労を押さえられるはずです」
 魔晶石とは、一見水晶のように見える石で、その中には魔法を使う際に必要となる精神力が、どのような方法でか閉じこめられている。古代王国期には通貨として使用されていたとする説もあるこの石は、古代遺跡で結構頻繁に見つかる。しかし、魔法王国の滅亡した今となっては、その製法は不明であり、新しく作り出すことは出来ない。貴重なマジックアイテムであることには違いない。
 その魔晶石を、グローダーは今回の任務に際し、師であるバグナードから大量に貸与されていた。
「そんなモノがあるなら、最初から出して欲しかったな」
 グローダーが懐から取り出した結構な数の魔晶石を受け取りながら、アスタールが文句を言う。ブラムドの戦いの時には、グローダーは出し惜しみしたのだ。それに対する嫌みである。
「正直、私はお前達を信用してたわけではないからな」
 お前達もそうであろう?、とは言わなかったが、十分に通じたようだ。
 アスタールはにやりと笑う。
「それでは、今は信用していると?」
「さてな。──しかし、こうする事が必要だと判断した」
「裏切るも自由、裏切らないも自由」
 ショーデルがファラリスの教義を口にしながら、やはり魔晶石を受け取る。
「やれやれ、私には理解しづらい世界ですな」
 ホッブがぼやきながら、同じように魔晶石を受け取る。彼は単純に、勇者として認めたアシュラムに付いていくだけ。裏切りとかそう言ったことは、自分にはあまり関係ないと思っている。もっとも、それくらいは軽くいなしてくれなければ、アシュラムに勇者の資質無しと見捨てることも考えるだろうが。
「これで我々の方は消耗を押さえることが可能です。後は、あなた方戦士の体力の問題となりますが」
「馬鹿にしてくれるなよ」
 アシュラムは腰の大剣、魂砕きを抜きはなって言った。この剣は、元々はベルドの帯剣。今では、アシュラムの愛剣となっている。同時にベルドの鎧もまた、何故か赤から黒に色が変わって、アシュラムが着用している。
「全くだね。ひ弱な魔法使いと一緒にして貰いたくないよ」
 スメディは獰猛に笑うと、両手にブロードソードを構えた。この蛮族の女戦士は、恐るべき腕力の持ち主で、軽々と二本の剣を扱う。
 そのスメディの剣に、すかさずホッブが戦の神の力を導いて強化し、そのまま戦いの歌を歌い始める。
 グローダーは二人の戦士に守りの魔法をかけ、更に魔法で援護すべく、精神を集中していく。
 アスタールはウィル・オー・ウィスプを召還する。この光の精霊は、壊れる時に純粋な攻撃力を発生し、防御力無視のダメージを与える為、ゴーレムのような硬い敵に有効なのだ。
 ガーベラは戦士が傷ついたら即座に治療の魔法をかけようと待機する。暗黒神ファラリスの神官には、敵に呪いをかける類の魔法を初めとする攻撃魔法が充実しているのだが、ゴーレムにそれが効くとは思えない。そして、マイリー神官のホッブがは戦いの歌を歌っていて、治療魔法の同時使用は不可能な為、回復役を務めることにしたのだ。
 ブラムドとの戦い、そして、カシューの差し向けた追っ手との戦いを経て、彼らの間にも自然に役割分担が出来ていた。心の底で何を考えているかはともかく、勝つと言うことに関しては、彼らの目的は共通していた。
「行くぞ」
 アシュラムの号令に合わせて、彼らはゴーレムとの戦いを開始した。


 うんざりするくらいのゴーレムが、彼らに襲いかかってきた。
 洞窟に入ってからもそれは同様で、付き添いに連れてきた戦士は、巻き添えをあっさりと食って命を落としてしまった。
 アシュラムは多少、残念にも思ったが、それ以上は考えることを止め、目の前の敵に集中した。
 魂砕き。斬った者の精神に悪影響を与える能力を持つ魔剣の力は、精神を持たない魔法人形であるゴーレムには有効ではない。しかし、その切れ味は問題なく健在で、石で作られたゴーレムを、易々と切り裂いていく。ベルド以前は魔神王が所有していた剣。それは伊達ではないのだ。そして、アシュラムの剣の腕前も優れている。アシュラムは、ベルド無き今、ロードス最強の戦士は自分だと自負している。それが真実かどうかはともかく、その自信にふさわしいだけの力を持っていることは間違いない。剣とアシュラムの能力。その相乗効果で、ゴーレムを全く寄せ付けなかった。
 スメディの戦いは、アシュラムに比べれば荒っぽいモノだった。力任せに叩き付ける。そうした、乱暴きわまりない戦い。しかし、スメディに人並み外れた腕力があることは確かで、魔法の力を付与された二本の剣は、ゴーレムを一撃で砕いて壊していく。
 グローダーはゴーレムに命令解除(ディスペル・オーダー)の魔法をかけ、直後に新たな命令(コマンド・ゴーレム)によって自分の配下とし、同士討ちをさせている。巨大な石の人形同士が殴り合う様は圧巻で、巻き込まれたら、人など簡単にミンチになってしまうだろう。実際、巻き込まれた不幸な戦士はぐちゃくちゃスプラッタな肉片になってしまった。
 アスタールのウィル・オー・ウィスプは、ゴーレムの天敵と言って良いほどに効果覿面だった。とてつもない防御力を誇るはずのゴーレムが、その一撃であっさりと崩れ落ちる。アスタールは立て続けにウィル・オー・ウィスプを召還して、次々とゴーレムを砕いていく。
 ホッブは高らかに戦いの歌を歌って味方の士気を高め、ガーベラは傷ついた仲間をすかさず癒す。
 アシュラムらは瓦礫の山を築いて、ついにエイブラの前までたどり着く事に成功した。


 流石に、この騒ぎであるから休眠期にあるエイブラも目を覚ましていた。
 億劫そうに首をもたげると、アシュラムらを見下ろしている。
「グローダー」
 ドラゴンは古代語を使う。それが理解出来るのは古代語魔法の使い手であるグローダーだけである。だから、アシュラムは彼の名前を呼んだ。
 呼ばれたグローダーは一歩前に出て、エイブラに正対する。
『やかましい連中だな』
 大きな吠え声は、うんざりとした響きを宿していた。無論、それを理解したのは古代語が解るグローダーだけだったが。
『お前達が宝を目的としてきたのであれば、見ての通り、もうほとんど残っていない。命をかけるには足りないであろうから、とっとと立ち去るが良いぞ。私は眠りたいのだ』
 エイブラの近くには、大きな池が存在した。その底には、いくらかの輝きが見える。しかし、ナースが守っていた財宝に比べると、如何にも少ない。確かに、ドラゴンと戦って得られる宝がこの程度だとすれば、エイブラの言葉どおり、足りないと言っていい。
 しかし、グローダーにとって必要なのは量ではなく、質だった。ただ一つの魔法のアイテムさえ手に入れられれば、他はどうでもいいのだ。
 他の者がそうであるように、グローダーも師であるバグナードからの密命を受けていた。それは、魂の水晶球を手に入れること。そして、その魂の水晶球を守護しているのはこのエイブラであることも、実は解っていた。アシュラムの目的、支配の王錫はシューティングスターが守っているのだ。
 最近ではアシュラムに対しても忠誠心のようなモノを抱き始めているグローダーである。だから、アシュラムを騙すことには忸怩たるモノを感じていたが、それでもバグナードの言いつけに逆らうほどの気概もない。バグナードは、使えないと判断した部下に容赦がない所がある。今でこそ、グローダーはバグナードの一番弟子であるが、この任務に失敗したとなればどうなるかは解らない。なまじ、魔法の才能があるだけに、追放で済まないことは確実。最悪、死を与えられる可能性もある。
「奴は何と言っているのだ?」
 古代語を解さないアシュラムが、グローダーに尋ねてくる。
「どうやら、エイブラはずいぶん気の荒いドラゴンのようです」
 とっさに、グローダーは嘘を付いた。どうあっても、エイブラの宝を手に入れねばならない。最悪、戦う必要がある以上、その口実を作っておく必要がある。
「そうなのか? オレにはずいぶん穏やかなドラゴンのように見えるがな」
 侮れない、と、グローダーはアシュラムに敬意に近い感情を抱いていた。古代語は理解出来ないのに、状況を正しく理解している。
 実際、エイブラは穏やかな性格をしているようだ。ナースに比べればもちろん、ブラムドに比べてもずいぶん知的なドラゴンのようだ。最悪、いきなり襲われる可能性だって低くはなかったのだ。
「まあいい。とにかく、奴が支配の王錫を持っているかどうかを尋ねてくれ」
 アシュラムはエイブラの言葉を理解しないから、目の前にある池の中にあるモノが、そのお宝の全てだとは解っていない。どこか、よそに隠されているか、とでも思っているのかも知れない。
『エイブラよ。お前が守っていた太守の秘宝は魂の水晶球だと聞いている。それも既に、持ち去られてしまっているのか?』
『知らぬよ』
 あっさりと、エイブラは流した。
『私は既に宝の番人を強制されていない。私にとって宝は意味をなさないモノとなった。だから、アレらが何を持ち出し、何を残しているのか、興味もない。──もっとも、太守の秘宝は私が守っていた中でも最大級の宝だ。当然持ち出していると考えるべきであろうな』
 確かに、エイブラの言うとおりだった。しかし、確認していないとなれば、確認しないわけにはいかないのが、グローダーの立場である。それが、どれほど低い確率であろうとも。
『エイブラよ。その持ちだした人間というのは誰なのだ?』
『マサムネと名乗っていたな』
 答えてくれないかとも思っていたのだが、至極あっさりとエイブラは答えてくれた。
 しかし、その名前にグローダーは驚愕する。
『マサムネ? あの男が?』
 言われてみれば、ニッポン王国国王マサムネの資金源については、色々と不明な部分が多かった。ライデン商人の援助を受けているという話もあったが、それにしても、持ちすぎている。アレだけ民衆にばらまいているのだ。とてつもない資金力の持ち主だ。そして、それがドラゴンの財宝を手に入れた為であるとなれば、すんなりと納得出来た。
 マサムネと言う言葉は固有名詞だったので、アシュラムらにも理解出来た。
「マサムネ? ニッポン王国の国王を名乗る男か? それがどうしたのだ?」
「少し待ってください」
 グローダーはアシュラムを制し、エイブラに話しかけた。
『エイブラよ、お前は宝の番人を解かれたと言うのであれば、我々がその宝を貰って行っても、問題はないな』
『済まぬが、そう言うわけにも行かぬ』
 エイブラは、本当に済まなそうにグローダーに返してきた。
『宝の番人の強制を解かれた礼に、しばらくは宝を守っていてやると、アレに約束したのだ。強制ではないが、約束をした以上、アレ以外のモノに、勝手に持ち出させるわけには行かぬよ。それに、お前の目的が魂の水晶球であれば、おそらくは、だが、持ち出されているはずとみて、10中9まで間違いあるまい。その程度の確率に命をかけるのは馬鹿らしいことだとは思わぬか?』
『……私もそう思いますが、それでも、残りの一に賭けて見ねばならないのです』
 グローダーは心を決めた。
 大きく背後に飛びながら、共通語で叫ぶ。
「残念ながら、交渉は決裂しました。エイブラの宝は、戦って奪うしかないようです」
『残念だ』
 エイブラは一言吠えて、ゆっくりと戦いの姿勢を取り始めた。